第15話 狂炎
「外に行きたい?」
「うん!」
四人が街に向かってから、孤児院では静かな時間を過ごしていた。
残った監査人はケヴィン案内のもと、淡々と後処理を進めている。シスターや司祭は子供らの相手だ。本を読み聞かせたり、これから担うであろう奉仕活動の指導をしていた。
そんなおり、孤児の一人が教会の外へ行きたいと駄々をこねだした。
「しかし……」
司祭の男性は迷った。ウィルたちが戻るまでは、教会内で大人しくしておくべきだ。なにかあったら──もし子供に怪我でもされたら、それこそ大目玉を食らってしまう。
部屋の外に目を向ける。責任者であるケヴィンの声は遠い。まだ話し込んでいるのだろう。
「ダメ……?」
「むぐっ……」
言い出した女の子がぷるぷると震える。すでに目の端に涙をため始めていた。その姿に声が詰まってしまう。
「いいじゃないですか、少しくらい」
孤児院には似つかわしくない、年頃の少女向け恋愛物語が書かれた本を開いていたシスターが、ジトっとした目で見てきた。
どうして自分が怒られないといけないのだろうか。お前だって仕事だろうに。こういう時に責任を取るのは、いつだって『司祭』の立場になるのが気に食わない。
二人からじっと見られた司祭は、諦めて肩を落とした。
「はぁ……わかったよ」
「ほんと!?」
女の子が一気に笑顔になる。さっきの涙はどこかに行ってしまったようだ。泣き真似だったかもしれない。シスターと微笑み合っている。
司祭がもひとつ、心中でため息を吐く。まったく、女性の涙と怒りには、男という生き物は本当に弱い。こんな子供でも、男の弱点をよくわかっている。
「ただし、言うことはちゃんと聞くこと。いいね?」
「はーい!」
元気よい返事に苦笑してしまう。だいたいは言うことを聞かないからだ。
「では、行こうか」
「うん!」
手をつないで外に出る。あいかわらず快晴で、気持ちの良い天候だった。
外に出た瞬間、女の子は手を離して走り出してしまった。ほら、言ったそばからもうこれだ。
「あまり離れないように」
「わかってるー!」
わかっていないだろう。そう言いたいのをぐっとこらえる。
女の子はあちこちを動き回り、しゃがみこんでは立ち上がっている。たまになにか作業をしているように見えた。
「てつだおーかー!?」
「だいじょーぶー!」
「わかったー!」
いっしょに出てきた他の孤児と大声で話し合う。手伝い不要と言われた子供らは、そのへんで追いかけっこを始めた。なぜかシスターまでぱたぱたと走っている。
「職務中だぞ」
「はいはい!」
「『はい』は一回でよろしい」
「はいはいはーい!」
「はぁ……」
普段の勤務態度は真面目なのに、どうも子供に囲まれて童心に戻ってしまっているようである。
追いついたシスターが子供に抱きつき、転がった。頭に草を乗せて大笑いしている。そのまま談笑を初めてしまった。
「…………」
見ているといらいらしてきそうだったので、しゃがみ込んでいた女の子に近づく。
何をしているのか。手元をのぞきこんでみると、
「んしょ……んしょ……」
なにやら草花を集めて輪っかのようなものを編んでいた。
察した司祭が助力を申し出る。
「手伝おう」
「……おじさんが?」
なんとも微妙な表情である。『え、できるの?』とでも言いたげだった。大変に失敬である。
「まぁ、材料になりそうなものを集めるくらいならね」
「……じゃあ、これと似たお花、探してくれる?」
女の子が花を見せてくれた。可愛らしい、小さくて白い花だ。
それくらいなら簡単に見つけられる。今に見ていろ。軽んじたことを後悔するがいい。司祭が大人気なく意気込んだ。
彼は左右を見て、近くにあった花の前にしゃがみ込んだ。
「これだな──」
「それはダメ!」
即、ダメ出しをくらった。伸びたまま止まってしまった手が哀愁を誘い、なんとなく居心地が悪くなる。正直、なにがダメなのかわからなかった。
無言で立ち上がって、別の花に手を付けた。
「……なら、こっちは」
「それはまだ小さいからかわいそう!」
「む、難しいのだね」
「もう。男の人ってどうしてそうなの。そんなだとモテないんだから!」
「私は既婚なのだが……」
「そうなの? なら奥さんをねぎらってあげて」
言いたい放題である。まったく、どうしてこう女の子というのは、おませなのか。自分の娘も昔はそうだった。
苦笑いで周辺を見渡す。教会の前は無人になっていた。シスターらは屋内に戻ったようだ。
さらに注意深く見てみると、遠目にきれいな花が見えた。あれならこの子も文句ないだろう。
「では、あれを──」
そこで。
全身に悪寒が疾走った。
とてつもない魔力が自分たちに向けられている。恐るべき悪意と敵意にまみれた、身の毛がよだつほどの力が。
ずん、と重たい何かがのしかかった気がした。よろめきそうになるのを必死にこらえる。司祭になって二十と四、五年の彼でも、初めての経験だった。
なぜこんなところで? 疑問に思うが、考えている場合ではない。感じる力はどんどんと高まっている。女の子は気づいていない。のんきにせっせと草花を編んでいる。
(……っ、神よ──)
とっさに神聖魔法──司祭やシスターなど、神に仕える者が使用する魔法を唱える。持ちうるすべての力を使い、女の子にあらん限りの庇護魔法を施す。自分に使っている余裕はなかった。
同時にウィルやシスターに伝達を使おうと、なけなしの力を振り絞って、
「なっ──」
司祭は愕然とした。
かくも、と言いたくなるほどに、それは眼前にまで差し迫っていた。
炎の渦。
燃え盛り荒れ狂う、火炎の旋風。明確な意思を持っているかのように、うねり、空気を熱し、人も教会も飲み込まんとする勢いで襲いかかってきた。
熱気が肌を刺し、目の前が真っ赤に染まる。
その熱量の、なんと莫大で激甚なことか──




