第14話 引き続きお買い物タイム、そして
涙目のアリスが店員に連れられたのは、店の奥まった部屋にあるジュエルコーナーだった。シルバーの煌めきと、宝石類の輝きが眩しい。台にそのまま陳列されているものが多いが、高級なのだろうか、ガラスケースに保管されているものもある。
「これは……王都のお店と変わらない品揃えですね」
ミシェルが感心した声を出す。この規模の街に構える店にしては、十二分な充実ぶりだった。
「さすがに超がつくくらい高級なものはありませんが」
謙遜しつつも、店員も得意げな様子である。
「お土産ですから、かまわないでしょう?」
「う、うん」
「ご一緒いただければ、ペアリングなんかも承りますよ」
「ペアリング?」
アリスが聞き慣れない言葉に首をかしげた。
この国では婚約、結婚で指輪を贈る風習はない。だが別に、贈らない人が皆無というわけでもない。
気持ちの伝え方は個人に委ねられていた。指輪など、形として残る物を贈る者もいれば、手料理を振る舞い気持ちを伝える者、熱烈に愛を囁く者、魔法で花火を打ち上げる者──人によって様々だ。
ちなみに、リチャードからは持つ力を全てぶつけられたのだが、それはまた別の話である。
「そうですね……手を出してもらえますか?」
「え? ええ」
店員がガラスケースから一つの指輪を取り出し、アリスが差し出した手、その薬指にはめ込む。
サイズも測っていないし、リング幅もだいぶ違っていたが、すぐにその大きさを変えて、彼女の細くて綺麗な指にフィットした。
「魔道具ですか」
様子を見たミシェルが声を出した。
「ちょっと違いますけれど、魔力が込められているのは変わりません」
「えっと……これで?」
リングのはまった自分の指をしげしげと眺めたアリスが、不思議そうに問いかける。たしかに美しいとは思うが、お土産だというのにどうして自分が身につけるのだろうか。
「同じものを二人で身につけるのがペアリングです」
「え?」
「男女それぞれで同じものを指に──素敵だと思いません?」
「……ほ」
おかしな声を出したアリスが、指を眺めたまましばらく固まった。
「結婚の証として買われるお客様もおりますよ」
「あ、あかし……」
「お二人で仲良く選ぶ方がほとんどです」
「ふ、ふたりで……」
結婚の証を二人で。アリスはなんとなくその光景を思い浮かべた。
彼と腕を組んで幸せそうに寄り添い合い、あれやこれやと注文をつけ、店員を困らせる。できあがったお揃いの指輪を、ゆっくりとはめてくれる彼の姿。自分も相手の指に慎重にはめ、二人して笑顔で手を見せ合う。なんなら甲にキスを落としてくれるのだった。
「ゃぁ……」
首まで真っ赤になった顔を両手で覆って、小さく呟く。
「な、なかなかそそられますねこれは……」
「でしょう」
その姿に、二人はごくりと喉を鳴らした。
けっきょくリングは諦めた。この場にリチャードがいないのだから当然である。
店員から別に勧められた、少し青みのかかったタイピンとシルクストールを購入し、綺麗にラッピングしてもらった。手提げ袋をミシェルが手に持つ。
「今度お渡しになりましょうね」
「そ、そう、ね」
渡すシーンを想像したアリスが、もじもじと恥ずかしそうに身をくねらせた。
「さて次は──」
「ミシェルはいいの?」
選んだのは自分の分だけである。彼女だって現在進行中の相手がいた。どうせなら一緒に渡せばいい。そのように考えたアリスは、ミシェルに声をかけた。
「……なにがでしょうか」
声をかけられたミシェルは不機嫌な──いや、どちらかというとごまかすような表情でアリスを見た。
「アレフ様に渡さないの?」
「……申し上げましたとおり、男性への贈り物はわからない──」
「あらあらあら! まぁまぁまぁ!」
目をぎらぎらと輝かせた店員が、二人の会話に入り込む。
そして矢継早にまくしたてた。
「どのようなお相手なのでしょうか?」
「えっ! えっと、そう、ですね」
「年齢はおいくつですか? ご職業は? 好みはわかりますか?」
「わ、私より少し年下で……職業は執事全般です。好みは……たしか、わりと落ち着いた物が──」
「見た目は? 誕生月は? これまでお渡しになられた際の反応は、どのようなものでしたか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「はーい、ではあちらでお話しましょう! ご案内しますね!」
「あああぁっ!」
たじたじになったミシェルの腕を引っ張り、店員が別の場所に連れ込んでいく。
それをにっこりと見てから、複雑そうな表情に変化したアリスが後を追いかけていった。
げっそりとしたミシェルもなんとか品物を購入した。つやつやしている店員とは大違いである。
とは言え、購入にはそれなりに時間をかけた。彼女はとある理由から、自由に使えるお金が少ない。品質と値段を比較し、店員からもアドバイスをもらってようやく選ぶことができた。
「疲れました……」
普段の仕事でもこんなに疲労したことはない。二つ目の手提げ袋を力なくぶら下げた。
「喜んでもらえたらいいわね」
「……そう、ですね」
アリスの言葉にほんの少し笑みを作る。疲労はしていたが、不思議と心地よい疲れだった。
「あとはお屋敷のみんなにだけど……」
「やっぱりお菓子でしょうか」
「あ、でしたら」
店員がこっちこっちと手招きをする。顔を見合わせた二人が、きょとんとして後をついていく。
やはりこの店はかなり広い部類に入るのだろう。お菓子コーナーにも様々な品物が置いてあった。
店員が一つの品を持ってきて、二人の前に置いた。
「わぁ、可愛い!」
「これは、綺麗ですね」
「最近流行りなんですよ」
二人が見たのは、瓶詰めにされたケーキだった。
茶葉を混ぜたような薄緑色のクリームに形をつけ、草原のように見せている。小さい小屋はチョコレートだろうか。器用にもログハウス方式になっていて、扉までついている。その横には砂糖菓子か何かで作られた馬が、二匹仲良く寝そべっていた。
「量はないようですが、これなら──」
「見るだけでも楽しめそう!」
「季節ごとにいろいろご用意できますので」
満足そうな二人に、ちゃっかりと他の種類も売り込む店員だった。
春夏秋冬。四種類の瓶詰めケーキも購入し、さすがに量も量なので、侯爵家に届けてもらうよう手配する。
ミシェルがさらさらと記入した、配送用の記帳に店員がおったまげていた。
「ぜひ! ぜひご愛顧を!」
何度も何度も頭を下げる店員に苦笑いをする。めったに来ることはないであろう場所だったが、ここまで言われては気が引ける。たまに姿を見せようと、アリスとミシェルは目配せをした。
二人が店を出る。ウィルの聞き取りはまだ続いているようだった。
「すみません、お待たせしました」
「あら、アン──」
二人が呼びかけてきた声のほうを向いて、目を丸くした。
「あれ、王子殿下はまだですか?」
「あ、アンナ?」
「その荷物は……」
二人が見たのはアンナではなく、アンナが抱える大量の荷物だった。野菜、果物、日用品か何かだろうか、棒のようなもの──それらが山ほど積まれている。
「ついつい買い込み過ぎちゃいましたね」
「ついってレベルじゃないような……」
前が見えないくらい、ぱんぱんに詰まった紙袋を何個も両手で抱え、ふらふらと危ない足取りでバランスを取っている。
見かねたミシェルが声をかけた。
「お持ちします」
「ええ!? 悪いですよ! あっ……あああっ」
少しばかり大きく動いてしまったせいで、果物がぽろんと零れ落ち、ころころと転がる。
二人が顔を見合わせて苦笑する。ミシェルが転がった果物を拾い、アリスが腕を伸ばした。
「ほら、半分こっちに──っ!」
「お嬢様!」
ミシェルの大声と同時に、二人がばっと振り返る。
アンナの荷物などもはや一瞥もせず、もと来た方角、教会の方を鋭くにらみつけた。
「まさか……」
「そんなこと──」
アリスはその綺麗な美貌を歪め、ミシェルは信じられないと言わんばかりに、驚愕の表情をしている。
念のため。その程度の認識で構築したはずだった。出番などありはしないと。だが感じる魔力の揺らぎは、確かにそれが真実だと伝えている。
「あの……?」
これまでとはがらりと変わった二人の様子に、アンナがおそるおそる、小さな声で尋ねた。
「ミシェルの結界が反応したわ」
「え?」
「誰かが……教会に攻撃したわね」
その言葉に、アンナは手荷物を落とした。




