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第12話 ミシェルの過去と──

 二人が慌てて机を片付けたあと、監査は順調に進んだ。

 収支や人の出入りなど、客観的な記録は確認できたが、それだけでは足りない。そこにいる人達の声を聞くことこそが重要である。

 ウィルはアンナのみに留まらず、借りた部屋に一人ずつ孤児を呼んで、話の聞き取りを続けていた。


 最初の一人に声をかけようとした時、子供らはミシェルに群がるようにして、彼女から縫製を学んでいた。

 刺繍こそ専門外だが、仕事着やテーブルクロス、果てにはカーテンまで、間に合せにほつれの修繕を行うのは侍女仕事の範疇である。子供らは真剣な目で、その手付きを見つめていた。

 ちなみに唯一の男の子は、そんな少女らの世話係である。裁縫箱を取ってきて、針に糸を通して、お茶を淹れてきて──ばたばたと駆け回るその姿は、将来が目に浮かぶようだった。


「ミシェルお姉ちゃん、ここは?」

「そこはですね──」


 優しい表情、優しい手付き。

 ウィルはあまり彼女のことは知らなかったが、傍目に見るだけでも、深い愛情を抱いて接しているのがわかる。


「ずいぶんと気にかけるんだね?」


 部屋の外からその光景を見て、傍らに立つアリスに声をかけた。


「ミシェルは孤児なんです」


 同じように彼女の姿を見たアリスが、懐かしむように答える。ただ少し──ほんの少しだけ、嫉妬が混じった声で。


「そうなのかい?」

「はい、ウィルフィード様。私が見つけて、両親が拾ってくれました」




 出会いはもう十五年前になるか。さすがに他の記憶は朧気なアリスだが、その時だけははっきりと思い出せる。


 当時三歳だったアリスは、両親と侍女に連れられて、王都でお買い物を楽しんでいた。ほんの少し平民らしい格好をして、貴族外からはだいぶ離れた下町に近い露天のお店が数多く並ぶ場所で、様々な地方の特産品や、胃袋を揺さぶってくるいろいろな料理の匂いに大いに興奮していた。


 その時、両親が騎士の格好をした人に声をかけられた。すでにスチュアート侯爵家は、王家と懇意にしていたのだ。王宮に呼びたがっていた当時の王や王太子、王太子妃のことを知る騎士は、目ざとく見つけた彼らを招こうとする。

 大変に有り難い迷惑だったが、邪険に扱うわけにもいかない。


 話をするから大人しく待っていてね──

 そう言われたアリスだったが、三歳の子が、ましてやお忍び中で興奮気味の子が、大人しくするわけがない。気になるお店にふらふらと寄っては侍女を困らせる。


 あっち行きこっち行きしていたアリスは、ふと、路地裏の方から出てきた子猫に目をつけた。


 『にゃんちゃん!』と年齢に相応しい、可愛らしい呼び方をして、可愛らしくないその行動力で路地裏の方に一気に走り出した。侍女の静止など聞こえない。

 逃げるように、導くように子猫が元の路地裏の方に姿を消す。追いかけるアリス。


 そうして見つけたのが、血溜まりに倒れていたミシェルだった。


 大慌てで両親を呼び、家に運んで、あれよあれよと言う間に彼女はスチュアート侯爵家の侍女となった。

 その時からずっと、彼女は仕えてくれている。




「道理で……」


 アリスの話を聞いて、ミシェルが着いてきたがっていた理由を、ウィルは理解した。


「負い目もあったのでしょう。長いこと彼女は、自分を軽く扱う節がありました」

「そう、だろうね。でもなんだか──」


 最高神という稀代の加護を持つアリス。そしてその侍女も、これまた稀有な加護を持っている。

 偶然だろうか? 生まれも育ちも違う二人が、出逢い、関係を持ち、深い絆を築いて、なおかつ特別な洗礼を果たす。

 さらにさらに、アリスの婚約者とその従者もまた、同じような存在である。


 神の存在。

 洗礼、加護、魔法、魔物。あらゆる面で疑いも持っていなかったウィルだが──

 運命。そのようなものを感じざるを得なかった。


「ウィルフィード様?」

「ああ、いや、なんでもないよ。とりあえず一人目を呼んでくれるかな?」

「はい」


 思考を打ち切って、仕事を続ける。

 そのあとウィルは、大人しく席に座って話を聞いてくれ質問に答えてくれる孤児に、本気で感動しながら聞き取りを続けた。




「おおむね終わったんだけど、やっぱり仕入先も見ておきたいな……」


 聞き取りも終わり、現場の大部分を終わらせたあと、チェックリストらしき物を腕に抱えたウィルがこめかみを指で叩いた。

 予定にはない業務である。ただ、現場以外の声もできれば聞いておく必要がある。金の動きに不審な点がないかも、大事なチェック対象だ。


「あぁ、ここからは少し離れていますね」


 ケヴィンが答えた。

 ウィルが意地悪い表情を浮かべる。


「そうか。では予定変更、抜き打ちで行くとしよう。案内を頼めるかな?」

「そうですね──アンナ、お願いできますか?」

「はい、司祭様」


 食材やその他必需品の仕入先。それは少し離れた街の一角だ。アンナも何度も往復している。こういった外れにある施設では、どうしても不便になってしまう要素でもあった。


「このぶんならなんともないから、安心していいよ。このままで引き続き頼む。まぁ、本来は全員に話を聞きたいとこではあるけどね」

「多くは外に出ていますからね」

「本当ならセリアとオスカーもいましたのに」


 言いつけを無視してこの場にいない子供の名前を呼んだアンナが、眉を吊り上げて頬を膨らませた。


「その二人は時間があれば聞き取るようにするよ。じゃあ行こうか」

「はい。ちょっと古いですが、馬車が裏にありますので」

「君たちは残りを頼むよ」

「かしこまりました」


 監査人は後処理を、シスターと司祭は掃除や子守、執務を手伝うよう指示された。

 アンナを案内人として、ウィルが教会を出る。

 アリスもミシェルに声をかけた。


「行くわよ、ミシェル」

「はい……」


 何度も子供らを振り返るミシェルに、アリスが少しだけ口をとがらせた。


「私より大事そうにするのね」

「え!? いえ、決してそんな……!」


 慌てて釈明しようとするミシェルだったが、アリスはつんとそっぽを向いて、一人ですたすたと歩き始める。


「いいもん。ミシェルは私なんかより、みんなのほうが好きなんだもん」

「お、お嬢様!」


 小走りで追いついたミシェルが、彼女の腕を取ってそのまま背後から抱きつく。

 アリスは嬉しそうに、にまりと笑った。


「冗談よ。貴女は残る?」

「も、もう、お嬢様……いえ、私も行きますよ」

「そう?」

「はい。ただ、念のため──」

「ん? ……ふふ、そうね」


 アリスがミシェルと教会から出る。

 そのままこそこそと周囲を動き回った。なにやら話し合い、ミシェルがやる気に満ちた表情で両手をかざして、アリスがうなずいた。

 教会自体にはなんの変化もない。ここに来たときとまったく同じである。周りにいる者らも反応を示さない。野生の鳥にも目立った動きはない。

 ただ、二人は何かを満足そうに見上げ、ウィルと共に街のほうに向かった。




「まだ終わらないのかよ、セリア」

「待ってよお兄ちゃん! 見つからなくて……」


 三人が教会を離れる頃、森の中に二人の男女がいた。

 男性──男の子は背も高く、十代半ばに差しかかっている。花畑にわさわさと埋もれる少女に、呆れた顔で木にもたれかかっていた。


「なんでもいいだろ」

「ダメ! あの花じゃないと──」


 必死な顔で花をにらんでいる少女は、今朝、アンナのお祈りに付き合ったセリアだった。


「そんなに花の種類が大事なのかよ……」

「もう! オスカーお兄ちゃんは! そんなだからモテないの!」

「関係ないだろ!」

「関係あるもん! 女性を待つのは、男の人の甲斐性だもん!」

「なにが女性だよ……」


 悪態も吐くし急かしもするが、無理やり引っ張って帰ろうとはせず、オスカーはセリアが花を見つけるのを辛抱強く待っていた。


「お花……お花……」


 そんな男を待たせる女性ことセリアは、特別な花を探していた。

 種類は、足元に咲き誇っているものと同じである。ただし、何百、何千かに一本だけ、花弁が一枚多いものが見つかるのである。それをセリアは求めていた。


 花言葉は『感謝』『祝福』『労わり』。そして特別な花にはもう一つだけ──

 いつも苦労と迷惑をかけてしまっている、大好きな姉の誕生日。セリアはどうしてもそれを贈りたかった。


「そろそろみんなも心配するから、あと少しだけな」

「うん……」


 心配。

 そう言われると、セリアも強く出られない。

 苦労と迷惑だけでなく、心配もよくかけてしまっている。それは今もそうだ。もしかしたら怒っているかも知れない。


「出迎えるというのを無視したんだから、怒られることは覚悟しておけよ」

「う、うん……」


 かも知れない、じゃなくて怒っているだろう。

 お客さんが来るということを朝に知らされ、みんなでお出迎えという言いつけも無視してここにいる。ひょっとしたら大目玉を食らう可能性もある。

 スカートの裾を掴んだセリアが、花も見つからない焦りもあって、泣きそうな顔をする。その様子を見たオスカーが、頭に手を当てた。


「はぁ……いっしょに怒られてやるから」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「いいから探せ」

「うん!」


 そうして一時間ほど経った頃──


「あった!」


 目的の花を見つけたセリアが、大事そうに摘み取る。何度も花弁の数を確認し、にへへと笑いがこみ上げてきた。

 あとはこれに合う他の花も摘み取って、花束を作るだけだ。心配をかけたことで怒りながらも、驚きと喜びで戸惑う姉の顔を思い浮かべたセリアが、満面の笑顔になる。


「お兄ちゃん、あった──」

「隠れろ!」


 だが、花を見つけた喜びでいっぱいのセリアとは裏腹に、オスカーは焦りの表情でその手を強く引っ張って、木の陰に連れ込んだ。


「お兄ちゃん?」

「しっ! 黙って!」


 セリアの口元に手を当てたオスカーが、摘み取っていた花畑、その向こうを鋭くにらむ。

 セリアもおそるおそるのぞきこむと、そこには知らない男が三人、くっちゃべりながら歩いていた。


「正直なところ、気が乗らねーな」

「気持ちはわかるが、仕事だ」

「そうだけどよ……」

「なんだぁ? 優しいじゃねぇかぁ」


 何を言っているのか理解できなかったセリアだが、オスカーは青ざめた顔で向き直り、声をひそめる。


(いいか。静かに、この場を離れる。こっそりと、教会に帰るからな)

(う、うん)


 一つ一つの言葉を強調して言うオスカーに、セリアも怖くなって頷いた。

 だが、そっと木から離れようとした時、セリアが足元に落ちていた小枝を踏んでしまう。


「あっ……」

「くそっ!」


 ぱきっと鳴った音に、男らが一斉にこちらを振り向いた。


「なんだ、手間が省けたじゃねえか」

「つまんねー」

「いいから捕まえろ。俺は予定通り動く」

「へーへー」


 一人がそのまま歩きだす。向かっている先は、教会がある方向──

 残りの二人が、こちらに向かってきた。


「逃げろセリア!」

「おに──」


 オスカーがセリアを突き飛ばした。ほんの少し崖になっていたところを、ごろごろと転がる。

 転げ落ちてから見上げると、フードを被った男がのぞきこんでいた。


「へへ、俺が追いかけるからよ」

「おい、命令は──」

「硬いこと言うなって。自由なんだろ?」

「はやく逃げろ!」


 男らと、オスカーの必死な声が聞こえる。

 セリアは花を握りしめて、わけもわからないまま走り始めた。

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