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第11話 二人のぽんこつシスター

 アリスが先に教会に入った。いちおう護衛という名目で同行しているため、危険がないかチェックするためだ。

 ミシェルには子供らの相手を頼んでいる。外からは、同行したシスターも混じった楽しそうな声が聞こえてくる。


 入り口から近くの身廊に進んだところで、あたりを見渡す。補修跡があちこちに見られるが、手入れはよく行き届いているらしく、扉を開けても埃が舞うようなことはなかった。


 探査魔法を発動。隅々まで魔力を行き渡らせる。トラップはなし。人影が潜んでいることも、なし。この場にいるのは関係者のみのようだ。

 次に周囲の人物、その思考をおおよそ確認。悪巧みをしている者がいないか、だ。さすがに簡易的なものであるため、表層部分のみだったが、特に悪いイメージは伝わってこない。


 入り口に戻り、待っていたウィルの顔を見てうなずく。

 護衛らしく動く彼女に、ウィルも苦笑を浮かべながらうなずいた。


「小規模だと聞いていたけど、まさか二人だけとはね」

「たまに、他から手伝いに来てくれてはいますよ」


 ウィルとケヴィンが話をしながら、身廊を進む。アリスが一歩身を引いた。


「それにしても……」


 外から聞こえてくる声に耳を傾けながら、


「なんだかみんな落ち着いているね?」


 ウィルが不思議そうな声を出した。前回との違いに驚いているように見える。

 たしかに、この教会は孤児院としては規模が小さく、孤児の人数も少ないのだが、それでも小さい子供が大人しくしているのは、彼にとっては意外だった。


「アンナのおかげですよ」

「し、司祭様……」


 後ろを付いてきたアンナが、ケヴィンの言葉に顔を赤くする。


「へえ?」

「彼女が来てくれてから、子供らの態度も変わりまして。皆、信頼を寄せてくれています」

「そ、そんなこと……そこまでじゃ、ないです……」


 王家の前で褒められたことに、アンナの声はどんどん小さくなっていき、最後は聞き取れないくらいだった。


「なるほどね。君のような者がいるのは、国として有り難いことだね」

「お、王子殿下! そんな、恐れ多い──」

「まぁ、真面目すぎるのと子供にもからかわれているのが、珠の傷ですがね」

「んなっ! 司祭様!」

「はは。ではこちらへ。まずは記録の確認でしょう」

「そうだね。よろしく頼む」


 ウィルとケヴィン、監査人が司祭室に入っていく。身廊にはアリスとアンナだけが残った。


 しん、と静まり、沈黙と、少しばかりの気まずい空気が流れる。

 その空気をごまかすかのように、アンナがちらちらとアリスの横顔を盗み見る。


(なにか会話でもしたほうがいいのかしら?)


 視線に気づいたアリスが考え込むが、共通の話題が思いつかない。これが本職のシスターならいろいろと話せることもあるだろうが、あいにく自分は偽物。変に話をしてボロが出るのも、喜ばしくはない。というよりは、もし向こうから専門的な話をされたらどうすればいいのか。祈りの練習成果もすでに自信がなくなっていた。


 悩む彼女を尻目に、アンナも会話をする勇気が出なかったのか、信者机を乾拭きしたり、椅子の位置を調整したりと、ちょこちょこと動き回っている。


(……あら?)


 その動きに、アリスは違和感を抱いた。普通なら見逃してしまいそうな、ほんの少しの疑念。

 考えるより先に口が動いた。


「貴女、どこかのご令嬢?」

「えっ!?」


 アンナが驚き振り向く。雑巾を持ったまま石のように固まった。

 たしかにアンナは男爵令嬢である。しかしアリスとは一言も話していない。貴族生活から離れてもう数年にもなるため、言葉遣いも所作も錆びついてきている。


 だが、アリスはアンナのその動作の端々から、平民では決して身につくことのない、貴族令嬢の雰囲気を感じ取っていた。先ほどケヴィンに見抜かれたことを驚いていたアリスだったが、彼女自身もまた、他者を見抜く力を持っていた。


「違ったかしら?」

「い、いえ……ローズ男爵家三女、アンナ・ローズです」


 別に隠していることでもないため、アンナは素直に身分を明かした。


「そう、だからかしら……ローズ様、私はアリス・スチュアートと申しますわ」

「スチュアート!? こここ、侯爵様!?」


 今度こそアンナが驚くが、それも仕方ないことである。


 『侯爵』と『男爵』。これは企業にすると、『主要取引所上場企業』と『小規模企業者』くらいの開きがある。

 しかもスチュアートといえば侯爵家筆頭。下手な公爵より力があり、王家にすら対等に接するどころか、いろいろと文句をつけまくりだと、噂では王妃が夫人によく泣かされているという──とにかくあらゆる意味で有名な名前だった。アンナの実家など比べるまでもなく、吹けば飛ぶような木っ端貴族である。


 慌てて頭を下げようとしたアンナだったが、アリスもまた慌てて止める。


「や、やめてくださいませ、ローズ様」

「そそそそんな、そんなこと! あ、アンナでかまいませんので!」

「で、でも……」

「どうか! 家のことはどうか! お許しを!」

「なにが!?」

「どうか……どうか名前でえぇぇえ……」

「わかりましたから、アンナ様!」

「違う!」

「ええっ!?」

「呼び捨てで! 言葉も適当に!」

「で、でも……」

「なんならゴミとか屑とかでも! ぶ、豚とかでも!」

「わかったから! わかったからアンナ! 女性がそんなこと言わないで!」

「スチュアート様……」

「私のこともアリスでいいわよ?」

「そそそそんな、そんなこと! こ、殺されるぅ!」

「殺さないわよ! 貴女、私の家をなんだと思っているの!」

「ば、バラバラにして海とか山に──」

「しないから!」


 もうしっちゃかめっちゃかである。

 二人とも泣きそうになりながら『する』『しない』を連呼する。神聖な教会、その身廊に大声が響き渡った。


 お互い肩で息をし、呼吸を整えてから、アンナが頬を赤くして恥ずかしそうに言った。


「さ、さすが第二王子殿下の婚約者様は、お綺麗で、思いやりもある方なのですね」

「え?」

「え?」


 二人してぽかんと見つめ合う。


「ウェイレット様のこと?」

「ウェイレット? 公爵様がなにか?」

「ん?」

「ん?」


 二人してぽかんと見つめ合う。


「え、もしかして私? 私は違うわよ?」

「あれ? でもさっき、王子殿下は『大切な人』だって」

「は?」

「へ?」


 二人してぽかんと見つめ合う。

 何やら見解に重大なズレがある。二人はようやく、そのことに気づき始めた。


「そういえば言っていた、わね……?」

「言ってましたよ! お、王家の方が『大切』だって言うから、てっきり……!」

「ウィルフィード様……」

「そんな親しげにお名前を! や、やっぱり!」

「だから違うの!」


 アリスはかくかくしかじかと話した。自分の素性、同行した理由、ウィルの婚約者、その他もろもろとしたことを全て。

 さすがに護衛であることと、加護のことは話さなかったが、次第にアンナは申し訳無さそうに眉を下げていった。


「し、失礼しました……」

「いいの。変なことを言ったウィルフィード様が悪いの」


 ぷんぷんとアリスが怒る。

 覚えていなさい。ウェイレット様に報告して、軽はずみの言動を思いっきり後悔してもらうから──


「で、ではアリス、様は、その、結婚とか婚約は、ないのですね?」

「──ええ!?」


 物騒な復讐の思考は、アンナの発言にかき消えた。

 王家の、見目麗しい第二王子の婚約者と間違われても、特に動じることなく平静でいたアリスが一気に顔を赤くする。両手をばたばたとさせ、頭からは湯気が立ち昇っていった。


「アリス様?」

「こ、婚約者は、その、えっとね、あのね……」

「や、やっぱり王子殿下の!」

「だから違うって! いい加減にして!」

「め、妾とか……」

「本当に沈めるわよ!?」


 アリスが信者机をべしべし叩いて、アンナが『ひえぇ』と身を縮こまらせる。


「で、では他に……?」


 がたっとズレた机を、二人でいそいそと位置を直しながら、アンナが尋ねた。


「あっ! ……あのね、えっとね、ちゃんとね、婚約者ね、そのね…………いま、す……」

「ど、どんなかたですか?」

「ええっ!?」


 せっかく位置を合わせた机を、アリスがずぞぞぞっと自分の方に引き寄せる。

 そのまま抱きかかえた。机を、抱きかかえた。

 机が垂直になっている光景も目に入っていないのか、わくわくとした様子でアンナが両手を組む。


「か、格好いいでしょうか?」

「……その、えっと」


 アリスは『ごん! ごん!』と机を床に叩きつけて、


「……かっこ、いいの」


 小さく言った。机が上下する速さが加速していく。


「うわぁ、いいなぁ!」

「あ、アンナこそ! その、いるの? 好きな、人……」

「わ、私ですか!?」

「私だけ言うのはおかしいじゃない!」


 机の横から半分だけ、真っ赤になっている顔を覗かせたアリスが、アンナをじっと見つめた。子供ですらわかっていた、からかうことができるくらいだったアンナの意中の相手が、さっぱりわかっていない様子である。

 アンナが令嬢であることを見抜いた観察眼は、悲しくも、この方面にはまったくなんの役にも立っていなかった。


「ええと、私は……」


 アンナがちらちらと司祭室の方に目を向ける。


「あ、やっぱりウィルフィード様、なの?」

「違います!」

「ちょっと! やめて! 隠せなくなるじゃない!」


 妙齢の女性二人が机を引っ張り合うが、アンナはその重さに諦めた。

 ひっしと抱きつくアリスの異様さに気付かないまま、恥ずかしそうにうつむいて口を開く。


「その、私は……し、し、し……」

「し……?」

「司祭様、が……」

「まぁ!」


 アリスが片手を口元に当てた。机はもう片方の手で抱きかかえたままだ。


「あ、アリス様……!」

「その、どこが、よかったの……?」

「え!? そ、そうですね……昔から面倒を見てくれまして……尊敬をしているというか……」

「立派な方なのね?」

「は、はい! ……でも、普段は少し抜けているというか……そんな所も可愛いというか……だけど決めるところは決めてくれていると、いうか……」




 アンナが司祭室に目を向ける。

 今朝、彼は言った、『任せる』と。自分は何もやらないから、と。

 だけど今、その彼は孤児院代表として、立派にお勤めを果たしてくれている。緊張していた自分とは違い、いつもの調子で王家という国からの客をもてなしている。

 やらない、と言ったくせに。おどけていたくせに。服の皺や汚れなどに無頓着なくせに、格好つけちゃって。

 昔からそうだった。右も左もわからない自分をからかいながら、茶化しながら、それでいて大事な場面ではしれっと支えてくれてきた。理想と現実のギャップに打ちのめされた時、こっそりと泣いているところにそっと寄り添ってくれたこともある。いつもと変わらない様子で元気づけてくれた。

 そんなところが、ずるくて、格好良くて、愛おしくて、好きで好きで仕方ないのだ。


「そ、そうなんだぁ……」

「あ、アリス様は?」

「私!?」

「私だけ言うのはおかしいです!」


 びしっと指を差したアンナから逃れるように、アリスが完全に机で姿を隠す。抱える腕と手だけが見えていた。


「え、えっとね、た、たくましいところとか、優しいところ、とか……」

「婚約してどのくらいなのでしょうか?」

「に、二年、近く」

「二年!? じゃあもういろいろとやっているんですか!?」

「やってない! いろいろってなに! やってないもん!」


 ぶんぶんと首を振って、ドラムのように机を叩く。その動きに合わせて、アリスの綺麗な銀髪が机の左右からふぁさふぁさと揺れた。


「そ、そうですか」

「……やりたいけど、そんなこと言えないもん」


 小さく言ったアリスの姿に、アンナは少しずつ親近感が湧いてくる。自分なんかより遙か高みである侯爵の令嬢が、子供のような声で己の恋愛を語る。

 高位貴族と言えば、政略結婚なんて当たり前。恋愛なんぞ百戦錬磨。すり寄る男どもを足蹴にして、高らかに笑いを上げる。そんな存在だと、アンナは勝手に思い込んでいた。

 だが違ったようだ。どうもこのスチュアート侯爵家令嬢は、自分と同じように愛と恋に悩んでいるらしい。


「言えないのは、やっぱり?」

「……だって、嫌われたら、やだもん……素直に言えないのおぉ!」

「アリス様!?」


 机を勢いよく置いて、ぶわっと涙を流す。スカートの裾をぎゅっと掴んでうつむくその姿は、とてもとても痛ましげだった。

 アンナが急いでアリスの手を取る。


「?」

「うっ」


 たとえ子供のような姿であっても、その実体は見惚れてしまうくらいの美少女。

 涙で濡れた瞳で見上げられたアンナが声を詰まらせ、ぷるぷると首を振る。


「アンナ?」

「い、いえ……素直になれないのは、わかります」

「そうなの?」

「はい」


 アンナもいつも素直になれなかった。感謝しているのに、少しだらしないところも好きなのに、ついつい口調を荒げてぷりぷり怒ってしまう。

『いつも頼りにしています』『そんなところも好きです』。そう言えたらどれだけ楽になることか。子供らにからかわれるのも仕方ない、と思うところもある。しかしどちらかというと──


「今の関係を壊しそうで……」

「そ、そうなの!」




 アリスは新鮮な気持ちを味わっていた。

 友人は二人とも猛者だし、唯一似ているメリッサだって、すでに結婚している身である。こういった、自分と似ている未婚の女性というのが、彼女の周りにはいなかった。


 そこからは二人で恋愛談義となった。

 あんまり優しくされても困るよね。舞い上がっちゃうよね。少し強引に来てほしい時もあるよね。こんなことしてほしいよね。そうそうこういうこととかね。ええそんなことまで!? あれ!?

 そういった明け透けで恥ずかしい話を。魔法で軽くされた机を、アンナも抱きかかえている。顔を隠しながら視線を少しだけ交わらせて、二人は話に没頭した。


「まぁこんなところですかね──ん?」

「ありがとう。次は聞き取りを──は?」


 司祭室から出たウィルとケヴィンは、机を抱きかかえながら真っ赤になっている二人を見て、声を失った。

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