第10話 二人のシスター
「ようこそおいでくださいました、ウィルフィード・フォン・フェレニア第二王子殿下」
孤児院代表として、司祭が声を出す。のほほんとしている普段の姿からは想像もできないほど、威厳に満ち溢れていた。
到着した三人を待ち構えていたのは、拝跪の姿勢を取る孤児院の皆だ。司祭もアンナも、子供らまでもが──ぷるぷる震えてはいるが──黙って地面を見つめている。
「今日は忙しいところ悪いね。よろしく頼む。ええと──」
「名を名乗っても?」
「う、ううん……面倒だから、そういうかたっ苦しいのは抜きでいいよ。全員、楽にしてくれるかな」
困ったようにウィルが言った。こういう場面は、彼はあまり好きじゃない。
「しかし」
それでも下を向いたまま、司祭が短く固執した。
「はぁ……では命令ということで。楽にせよ」
慣れない感じで、王家に相応しい言葉遣いをする。
二度目の拒否、それと王家からの命令に、皆が従い顔を上げた。子供らは息を吐いて、胸に手を当てている。続けてウィルの容姿を見た、この場でも年齢が高めだった女子が、頬を染め始めた。
「いやぁ、助かりましたよ。ああいうのは性分に合わなくて」
「司祭様!」
先ほどまでの威厳はどこへやら。一気に砕けた感じになった司祭に、アンナが声を張り上げた。
ウィルがぷっと吹き出す。
「別にいいよ、気にしないで。こっちもそれくらいのほうが、話しやすくてありがたいからね」
「は──あ、ありがたく!」
「アンナは真面目ですねぇ」
「司祭様!」
アンナが眉を吊り上げ、司祭の服の裾を掴みぐいぐいと引っ張る。本人は窘めているつもりのようだったが、じゃれついているように見えなくもない。
周りの視線に気づいたアンナがはっとしたあと、真っ赤になって思いっきり距離を離した。
「申し遅れました。ここの孤児院の代表、そして司祭を務めております、ケヴィンと申します。こちらはシスターのアンナです」
「あ、アンナです! 本日はよろしくお願いします!」
ケヴィンの紹介に、がちがちな声でアンナが腰を曲げた。
(お姉ちゃんがきょどってる)
(司祭様以外に珍しいね)
(でも今のくいくい、よかったよね?)
(抱きつけばいいのにね)
「聞こえていますから!」
ひそひそ話を怒鳴りつけられ、『きゃー』とはしゃいで逃げ出した子供らを、アンナが追いかけ回す。
「どうもすみません」
「いや、にぎやかでいいと思うよ」
どたばたと走り回る姿に、二人が温かい目を向けた。
「もっとしっかりしてほしいのですがね」
「司祭様がそれを言いますか!?」
耳ざとく拾ったアンナが、子供を追いかけ回すのをやめてケヴィンに詰め寄る。
そしてウィルの視線に気づき、またも小さくなってかしこまった。
「こちらも紹介しておくよ。えっと──」
後ろに控えていたアリスに顔を向けたウィルは、少し考え込んでから、
「同行してもらった、シスター、アリス、だよ」
肩を震わせて紹介した。
手をかざしたウィルを少しだけにらんだアリスは、短く息を吐いて、いつものカーテシーではなく腰を曲げて挨拶をした。
「アリスです。よろしくお願いします」
令嬢言葉も出さない。彼女はウィルの悪ノリに乗っかった。とは言え所作は美しく、にじみ出るオーラも隠しきれていない。
彼女の挨拶にアンナがびしっと固まり、子供らもぽけーっと見つめていた。この場に唯一いた孤児の男の子の顔が、どんどんと赤く染まっていく。女の子から脇腹を肘でつつかれていた。
「査察には直接関わらないけれど、大切な人だから、よろしく、たのむ、よ……」
「……ウィルフィード様」
とうとう顔を手で覆ってしまったウィルに、アリスが冷たく呆れた声を出す。それは彼女の母親であるリエンナに、たいへんによく似ていた。
「これはようこそ……訳ありそうですね?」
「わかるかい?」
「ええ。まぁ想像はつきますが、聞かないでおきます」
さらっと言ったケヴィンに、アリスは驚いた。
ほんの一言二言交わした程度で、自分が本職ではないと見抜く。その観察眼には深い経験を感じさせた。そして同時に、自身の演技力に不安を抱く。
(お祈りの練習までしたんだけど……)
仕立て直した衣装が届いた日。彼女は試着をしたあと、『シスターとして同行するなら、祈祷の場くらいはあるかも』と考え、祈りの練習をした。
ミシェルに付き合ってもらい、『こう?』『こうじゃないですか?』と二人であれこれ見様見真似でポーズを取る。自室で跪いて祈りを捧げるような姿は、それなりに様になっていた、と自負していた。
それなのに、この司祭は自分が偽りの姿であることを即座に見抜いた。いや、むしろ素性くらいまでは感づいているかも知れない。
アリスは一気に心配になってきた。
「助かるよ。それで──ん?」
ウィルが話を続けようとした時、一人の女の子がアリスに近づいた。そのまま彼女の服の裾をぎゅっと掴む。
アリスがしゃがみ込み、女の子と目線を合わせた。
「あら、どうかした?」
「お姉ちゃん、すごい! おっぱい大きい!」
『ぶっ』
どストレートな発言に、同行していた監査人も含め、その場にいた男性陣が吹き出した。
「ふふ。ありがと」
アリスは気を悪くすることもなく、頭を優しく撫でてやる。少女は気持ちよさそうに目を閉じて、そのまま抱きついた。
忘れがちではあるが、彼女は端正和顔な人物である。多少の無礼など、ゆるりと受け流すおおらかさを持っている。少し恋愛にうとくて、そっち方面で攻められたりパニックになったりすると、途端にお子ちゃまに戻るだけなのだ。
しかしそうではない今、アリスはまさに侯爵令嬢、見せかけのシスターとして、柔らかく貞淑な姿を身にまとっていた。
「いや、すみません。ほら、離れなさい」
「や! 柔らかくて気持ちいいの!」
ケヴィンに窘められるが、女の子は抱きつく力を強くして、アリスの胸に頬を当てる。
「私ならかまいませんが」
「そういうわけにも……アンナ、貴女も──アンナ?」
アンナは呆然としていた。
第二王子の噂くらいは知っていた。とても見目麗しい男性だと。それでいて、王家でありながら温和な人物だと。
それはその通りだった。どこを切り取っても様になるような、端正で均整の取れた顔。不敬など気にすることもなく、気軽に接してくる態度。第二王子は噂通りの、尊敬に値する人物であろう。彼女の好み──ちょっとダメダメなくらいがキュンとくる危うい好み──からは外れていたが、数多くの女性から人気があるのも頷けた。
だがそれにしても。
まさか例の婚約者がここまで綺麗だなんて、想像もしていなかった。
これは、まずい。
こんなの、好きで好きで仕方がない彼も、簡単に心奪われるのではないか──
その思考にはアリスが着ている修道服など欠片も入っていなかったが、焦る彼女にはそんなこと気づく余裕などなかった。
「アンナ?」
「…………」
「アンナ」
「はっ! はい!?」
その彼が呼びかけてきていることに、ようやくアンナは気づいた。
そして不安そうに顔を見る。自分と同じように、ぽけらっとしていないか。顔は赤くなっていないか。見惚れていないか。あの女性に、惚れるなんてことがないか──
「? どうしました?」
普段とそうたいして変わらないケヴィンの雰囲気に、彼女はほっと息を吐いた。そしてきりっと真顔を作る。
「失礼しました。なんでもありません」
(きっと安心したんだよ)
(そんなに心配しなくてもいいのにね)
(あつあつなくせにね)
「だから聞こえていますから!」
今度はさすがに追いかけなかったが、鬼の形相で子供らを鋭くにらみつける。全員お口チャックで両手を口元に当て、『きゃー』と逃げていった。
「えっと、続き、いいかな?」
「ああああ、すみません!」
困ったように笑うウィルに、アンナがぺこぺこと謝る。なぜかその謝罪はアリスにまで向いていた。
「えっと……」
「すみませんすみません!」
「え、ええ……」
なぜそこまで謝られるのか。アンナの思考など知るよしもないアリスは、その勢いに気圧されるように謝罪を受け入れた。
ウィルが紹介を続ける。
「それで、彼女が侍女の──」
「ミシェルです」
ばたばた走り回る子供らを優しい目で見つめていたミシェルが、丁寧にお辞儀をする。顔を上げても、なおその表情は優しげだった。
「あとは仕事をやりながら紹介するよ」
「承知しました。ではみなさま、こちらへ」
ケヴィンとアンナが教会の方に招き、皆がそれに続く。
騒がしい挨拶は終わり、こうして査察は始まった。真面目だがちょっとおかしなシスターと、綺麗だが偽物のシスターを交えて。




