第9話 迎える者と迎えられる者
「来たよ、アンナお姉ちゃん!」
孤児の一人である女の子が、たくましくも木の枝にまたがる姿で、額に手をかざして声を張り上げた。
「はい、ありがとうございます。ですが危ないので降りてください」
「はぁーい」
するすると木から滑り落ちるように、慣れた手付きで危なげなく降りる。
そのまま着地し、笑顔で駆け寄ってくる。アンナは女の子を受け止めながら、
「みなさん、失礼のないよう、いい子にしていてくださいね」
『はーい!』
その場にいる子供ら全員が、元気よく良い返事をした。
総勢五名。いずれも幼く、一番上の子でも二桁もいかないように見える。男女比は一:四。女子が大半だった。
これは孤児院での生活を表している。
孤児はいずれ、孤児院を卒業する。各ギルドや商店、適正さえあれば騎士団など、王国では様々に受入体勢を整えてくれている。場合によっては貴族の養子なども稀にはあったが、基本的にはどこかの組織に従事することがほとんどだった。
そのために見習いや下働きとして、ある年齢を越えたら派遣という形で働きに出てもらう。そうでなくても奉仕活動などに参加してもらい、そこで会得した技術・知識を下の子に伝授し、次へと託す。そういうサイクルが出来上がっていた。
そこではやはり男子の適応能力が高い。女子より受け入れ先が幅広いのだ。
もちろん、縫製ギルドや侍女見習いなど、女子であるからこその現場もあるにはあるのだが、それでもあらゆる面で男子が望まれる機会が多かった。
そのため、普段の孤児院には女子が多くなりがちであるのだが、これも特段困っているようなことではない。料理、縫製、掃除など、どこでも通用する技術と知識を孤児院で身につけ、将来に直接繋がることもあるからだ。
だからこの場に女子が多くいても、特に不思議なことではない。
「……? セリアとオスカーがいませんね?」
だが、年長者の男子は一人は残しておく決まりとしている。下の子の世話はもちろん、習得した技術の指導が主だが、何かあった時の力仕事や、時には司祭やシスターの代わりを務めてもらうこともあった。
今日はその役目を担うはずであるオスカーと、今朝お祈りに付き合ってくれたセリアがこの場にいないことに、アンナが疑問符を浮かべた。
「お昼前からいないよ」
「二人でどっか行ったみたい」
「そうですか……みんなでお出迎えと言ったはずですが」
少し怒気が込められたアンナの言葉だったが、子供らは口元に手を当てて、嬉しそうに見つめ合う。
「ふふ」
「うぷぷ」
「どうしました?」
『なんでもないよ!』
取り繕ったかのように、慌てて両手を腰の後ろに回す。言いたいけど言えない。そんな雰囲気だ。
アンナは首を捻るが、査察も目前のため二人を探す時間はない。
「とりあえず、帰ってきたらお説教ですね」
「アンナは真面目ですねぇ」
「司祭様が一番心配なんです!」
王家の査察。その特別なイベントに、アンナは緊張しっぱなしだった。
ただでさえ案内と説明が必要だというのに、来るのは国そのものと言っても差し支えのない、王家に属する人物。そんな存在、令嬢時代ですら滅多にお目にかかったことがない。洗礼や入学式など、公的なイベントくらいである。
だが司祭は普段と変わらない、のんびりとした雰囲気だ。そのことに尊敬の念を強める彼女ではあったが──
「これでも、貴女より年齢も経験も──」
「ああ! もうしわが付いているじゃないですか!」
司祭の服のヨレを目ざとく見つけたアンナがぱたぱたと近寄って、上から下まで裾を引っ張るように正していく。他にもないか入念にチェックをし始めた。
「……アンナ」
「えっと、ストールとローブは問題なし……サープリスも──ああ! キャソックにし、シミが!」
「アンナ」
「もう! あれほど汚れに気をつけてくださいと、いつも申しておりますのに!」
頬を膨らませてぷりぷりと怒る。司祭が呼ぶ声にも耳を傾けていない。なんだか言葉遣いにも令嬢の風味が戻っている。
あまりに普段どおりな司祭に、アンナは尊敬より苛立ちが勝ってしまっていた。
「アンナお姉ちゃんのいつものが始まったー」
「あつあつだよね」
「さっさとくっつけばいいのに」
「ほあぁ!?」
子供は、特に女子は早熟である。明らかにお似合いな姿だというのに、じれじれとさせる二人の進展が、子供らをやきもきさせていた。
顔を真赤にさせたアンナだったが、『こほん』と一つ咳払いをして、冷静を装おい、人差し指をぴっと立てた。
「大人をからかうものではありません」
「私は別にいつでもかまわないのですがね」
「しさいしゃま!?」
『おおぉー』
司祭の言葉に冷静さが吹っ飛ぶ。子共らも、その余裕たっぷりの発言に目を輝かせて感嘆の声を上げた。
「し、司祭様……その、私は……」
頬を染めたアンナがもじもじとする。この場で告白でもしそうな雰囲気だ。
「来ましたよアンナ。しっかりしてください」
「んなっ! 司祭様に言われたくありません!」
『くすくす──あっ!』
雰囲気は消え、ぎろっとにらまれた子供たちが逃げるように整列する。
アンナは大きく細い息を吐き出してから、前方を見つめる。複数の人物がこちらに歩いてくるのが見えた。
「ここで停めるから、少し歩こう」
ウィルがそう言った直後、魔導車が停止した。慣性は働くが、大きく揺さぶられるようなことはない。運転士の技術もあるが、さすがの王家専用だった。
「どうしてでしょうか?」
「このまま行ったら、その、囲まれると思うんだ……」
苦い思い出を振り返るように、ウィルが遠い目をして言った。
前回は本当に苦労したのだろう。アリスは追求せずにうなずいた。
「理解できました。王家も苦労なさっておりますのね」
「ありがとうと言っておくよ……じゃあ降りようか」
ウィルが先に降りて、アリスとミシェルをエスコートする。
美男子が美女二人の手を取る。魔導車のタラップ──はなかったが、綺麗な仕草で地面に足を着けるアリスと、その手を敬々しく差し添えて、洗練された動作で誘導するウィル。アリスの服装を抜きにすれば、このまま一枚の絵に切り取って飾ってもおかしくないくらい、詩的な光景だった。シスターが夢うつつで眺めている。
二人は誰の目から見ても、誠に似合わしかった。
「はっ!」
「どうしました?」
「なんだかイヤな予感がするのだが」
「は?」
「やはり今からでも!」
「なにをいきなり──おいこらやめろ!」
クライン公爵家屋敷では、リチャードが何か凶運を察知したかのように、戦々恐々としてどたばた暴れていた。
三人が降りた所は、教会より少し離れた場所、大きな一本木がある街道沿いだった。
ウィルが運転士と帰りの時間について話している。さすがに王国機密の結晶とも言える魔導車を、この場に残しては行けない。いったん王宮に帰ってもらう手はずになっていた。
それを横目に、アリスが目を閉じて空気を楽しむかのように顎を少しだけ上げる。
静かで、風に揺れる木と草の音しか聞こえてこない。街の賑やかな感じもいいが、こういった自然豊かな場所も、アリスは好きだった。
「そうしていると、とても最高神持ちには見えないね」
しばらく目を閉じていると、話し合いが終わったウィルが忍び笑いで近づいてきた。
アリスが目を開け、少し非難混じりの視線を向ける。
「ウィルフィード様」
「あぁ、ごめん。失言だったね」
「いえ。ですが、それはあまり広めないでくださいませ」
彼女の両親は三年もの間、この加護をなかったことにするために奔走した。少々魔力が多めで魔法技術が高い──それくらいの認識で済ませ、彼女が普通の生活を送れるように、公の情報を全て抹消したのだ。
そのことに感謝をしているアリスからすると、『最高神の加護』というのは、できる限り隠しておくべき情報である。
まぁ、それでも彼女は今朝のように、人外の所業を意図せずやってしまうのだが、それはそれ、これはこれである。それに今はもう、自衛の手段すらおぼつかない子供とは違うのだから。
「そうだね、悪かったよ。じゃあ行こうか」
「はい」
他の同行者が先導し、ウィルとアリス、ミシェルの三人が後ろをついていく。
街道の先、森が広がる手前に、目的地である教会──孤児院が見える。
彼女らの後ろからは、王宮に戻るために走り始めた魔導車の音が聞こえてきた。




