第8話 しかたないでしょう、令嬢ちゃんなんですもの
査察当日。
アリスとミシェルの二人は魔導車に揺られていた。
今日のアリスは、先日よりもいくらかゆとりのある修道服に袖を通していた。きちんと採寸をした結果、異例の早さで侯爵家に届けられたものだ。針子の苦労が目に浮かぶ。
なお、以前のものは綺麗に折りたたみ返そうとしたのだが、なぜか全力で突き返された。『記念にどうぞ』と無理やり手渡され、どうするんだこんなものと途方に暮れたが、ミシェルからある一つの提案をされた。
きょとんとした彼女は伝達を一つ、リチャードに飛ばした。『お望みでしたらいつでも着ます』と。
そのあと一向に返事が来ないことに不安になり、ベッドにうつ伏せになっていたが、何時間ものち、『ぜひ』と短い言葉だけが届いて、よくわからないまま衣装部屋に大事に保管した。
そんなバカらしい日を過ごしたあと、予定通りに王宮に向かい、今は合流したウィルと査察場所である孤児院に向かっている途中だった。
王家専用の魔導車。普通のものとは違い、技術もサービスも贅が尽くしに尽くされている。冷えたウェルカムドリンクは当たり前、ちょっとした軽食も用意されており、心を和ませる音楽までかかっている。豪勢な内装がそこかしこに施されており、座席は沈み込むような柔らかさで身体を受け止め、外から伝わる振動も最小限だった。
「重ねて礼を言っておくよ。それと二年前、妹をありがとう」
向かいの席に座るウィルが頭を軽く下げた。
「大したことはしておりませんので、頭を上げてくださいませ」
「しかしだね、君がいなかったら──」
「ではお礼だけ受け取っておきます」
渋々と頭を上げてくれたことに、アリスが心中でほっと息を吐く。
王家に属する者の謝辞。それは国が跪いていることと同義になる。この場に他の者がいないことが救いだった。
「私は見ることができなかったんだけどね。なぜか再生に失敗、したんだよ」
ウィルが少しだけ、訝しむような目をアリスに向けた。
「あら、そうなのですか」
なんともなしに答える。
たしかにあの魔物は強かった──
記憶を振り返るように、アリスが思う。
複数のパッケージを使い、手順を重ねに重ねて撃ち込まないと倒せそうになかった。そのため力を練り込むのに時間がかかってしまったのだ。断っても断ってもなおやってくる釣書への苛立ちを、彼奴に全てぶつけたという理由もあったのだが、それは別として単純に強敵だった。
父の知り合いに会ったのは驚きだったが、その人達も情報の操作に協力してくれていたことを、彼女は後に知った。
ミシェルも同行すると言って聞かなかったが、討伐地点近くにある村や町の避難、防衛も必要だ。あの時はそちらに回ってもらっていた。
(リック様がいてくれたら、もっと簡単だったわね)
あのあとすぐにリチャードが来訪し、熱烈な出逢いを交わしたのだが、その時を思い出したアリスがにへら、とだらしない表情をした。
「スチュアート嬢?」
「あっ……な、なんでもないですわ」
ごまかすようにお茶を飲む。
アルコール類も用意されていたが、さすがに誰も手をつけていない。『帰りの楽しみにしておこう』とウィルが言っていた。
そのウィルが、腕に巻いていた時計を自然な動作で見た。
「到着までは小一時間。スチュアート嬢も気楽にしてくれ」
「アリスでかまいませんわ」
「そうかい? ……いや、よしておこう。まだ死にたくないのでね」
「うん?」
アリスが小首をかしげるが、ウィルは黙ったままお茶をすする。
「それにしてもさっきは、大変、だったね」
「やめてくださいませ」
ぐっと息を詰まらせ肩を震わせるウィルに、少し顔を赤くしたアリスが景色でも見るような感じで、窓の向こうに視線をそらした。ミシェルも申し訳なさそうにうつむいている。
今朝の出来事が、三者の中で思い浮かべられていた。
「ウィルフィード第二王子殿下の護衛を努めます、スチュアート侯爵家が長女、アリス・スチュアートです。こっちは侍女のミシェルですわ」
王宮前でアリスがそう言った瞬間、場の空気が凍った。
『侯爵令嬢が同伴する。シスターの召し物をしているが、驚かないように。』
そう言われていた皆だったが、誰もがその美しさに惚けたあとに、『護衛をする』という言葉を聞いて呆気にとられた。
このなよっとした令嬢が? 剣も盾も持っていない──どころか持てそうにもないその腕で? そもそもなぜ侯爵令嬢ともあろう者が、護衛を?
そんな疑問を誰もが浮かべていた。だが、ウィルと親しげに会話を始めている姿に口を挟むことができない。
ちなみにミシェルはけっきょくいつもの仕事着だった。アリスは修道服を着せたがっていたため、前日ぶーぶーと不満を垂らしていた。
「あ、アリス様と、お呼びしても?」
同行するシスターが、赤い顔でこわごわと言った。
「ええ、かまわないわ」
「はい……ありがとうございます、アリス様……」
同性にも関わらず、ぽやーっとした感じで目を潤ませる。ミシェルがどやぁと胸を張っていた。
「今日はよろしくね」
「はい、ウィルフィード様」
第二王子を王家への敬称なしに呼ぶ。そのことにまた、周りが驚きの声を上げた。
「ではお嬢様、まずはゲートを」
「ええ」
うなずいたアリスが空中に手をかざす。
「待て待て待て!」
ウィルが慌てて止めた。
「なんでしょうか?」
止められた二人は、なぜか若干不満げである。『せっかく護衛とやらをしてんだから邪魔しないでよ』とでも言いたげだった。
二人はあらかじめ、侯爵家に務める護衛から心構えとやらを伝授してもらっていた。その護衛が言うには、移動時が最も危険らしい。
護衛対象の移動を妨げることはできない、だが護らなくちゃならない。その付かず離れずの見極めが難しい。体勢も整っていないため、事が起きた時の反応も一歩遅れる。移動時間は最小限が望ましい。
ふんふんと頷いた二人は、移動なんて無くしちゃえばいいよね、くらいの考えで、ゲートを使おうとしていた。
「いや、うん、便利だよそれ。私も知っている。ついこないだね。でもね、訪問時間はまだ先だから。というより! いきなり現れたら! 驚くだろう!」
「ですが移動時が最も危険だと」
「よ、余計な知識を……魔導車で行くからある程度の防御力はある。速さも十分だし大丈夫だよ」
「そうですか……」
失敗その一だった。
「皆様、どうぞこちらに」
近衛の一人が、近くに停めていた魔導車に案内をする。
その魔導車にアリスがつかつかと近寄った。真面目な顔で。一直線に。
近衛の静止も振り切り、探査魔法を発動。魔導車に込められている魔法を、余すことなく丸裸にさせる。
「あら、あまり上等な防御じゃないわね」
「ではお嬢様、結界を」
「ええ、貴女も力を貸して」
「かしこまりました」
「は?」
とは言え、伝授されたものの、アリスもミシェルも本職ではないため、護衛というものがどういうものかよく理解できていなかった。
とにかく護ればいいんだろ。そんなノリで、人にあらざる二人の魔力により、魔導車に強固も強固な結界を張った結果、王宮各地に設置されていた魔力感知器が一つも残さずけたたましいサイレンを鳴らした。ついでに魔力慣れしていない監査人がばたーんと倒れる。
「敵です! お嬢様!」
「早くない!?」
「ちがーう!」
王宮のあちこちから怒声が聞こえてきた。ウィルと近衛が、慌てて各所に伝達を使っていく。なんなら司祭も手伝っている。シスターは変わらずぽやーっとしていた。
「え? え?」
「君の魔力を感知したんだよ!」
「ええっ!?」
「手伝ってくれ!」
「と、止めたほうがいいのではないでしょうか?」
ミシェルが珍しくも、おどおどした弱々しい声を出す。
「あ、あの……止めたほうがいいでしょうか……?」
「え!? なんでもいいから! 早く!」
「は、はいぃ」
アリスが魔力を王宮に流し込む。尋常ではない量を。考えられないくらい広範囲に。ありえない速度で。
それは感知器に作動し、次々とその音を鳴り止ませていく。最後には全てが沈黙した。
ウィルと近衛がはぁーっと肩を落とし、続けてばっと顔を見合わせた。
今、何をした?
「スチュアート嬢」
ウィルが振り向かずに声をかけた。
「すみませんでした……」
指をもじもじ、内腿をすりすりさせながら、アリスが上目遣いで謝罪した。
「それより今、なにをしたのかな?」
「え? あの、全て止めましたが……まだ、なにか……?」
なんでもないかのように言った。どちらかというと、怒られるほうを気にしている。
ウィルは下げていた肩を上げ、ぱんぱんと服の皺を払った。近衛もうつむいたまま、何かぶつぶつと呟いている。
しばらくそうしていたら、腰に手を当てたウィルがいきなり笑い出した。アリスとミシェルが手を取り合ってびくりと跳ねる。
王宮各地に設置されていた頼もしい感知器。それが全てご破算となった瞬間だった。
「……しかし魔力を感知させずに結界、ですか」
「難題ね……やれなくはないんだけど、強度が……貴女が隠蔽するのは?」
「ですがそれでも一人分弱くなります。並列処理でも──」
『違う!』
間違えた反省をしながら考え込む二人に、ウィルも近衛も振り向いて地団駄を踏んだ。シスターは間近に見た神とも思われる力に、両手を組んで崇めていた。
失敗その二である。
この程度でいい。本当に頼むから余計なことをしないでくれ。
ウィルの言葉にアリスが渋々とうなずいた。まだ強度が気に入らないのか、しょんぼりしながらも口を可愛くとがらせている。ちなみに倒れた監査人はミシェルが癒やした。
近衛が魔導車のドアを開いた。振り返ったウィルが彼女らに向けて手を伸ばす。女性らの搭乗のためのエスコートである。
だがアリスもミシェルも、その手を取らずにじっと見守っている──本人たちは見守っているつもりである。
不思議に思ったウィルが首をかしげた。
「どうかした? 先に乗り込んで──」
「いえ、私たちは」
「外から見守りますので」
「は?」
スチュアート侯爵家の護衛が言っていた。
体勢は重要だ。特に椅子などに座っている時は、すぐに反応ができない。立ち上がる動作、そのわずかな時間が命取りになる時もある。そのため、護衛は常に傍らに立つようにしている。魔導車も同じだろう。同乗している時は最大限に警戒が必要だ。
ふんふんと頷いた二人は、そもそも乗らなきゃいいよね、くらいの考えで、魔力を身体に帯び始めた。
ふわっと二人の身体が宙に浮かぶ。あまりに自然な動作で浮かび上がったので、皆ぽかんと見つめていた。
「さぁ」
「どうぞ」
「降りてもらえるかな!?」
慌てて頭上を見上げ──られなかったウィルが、地面を見たまま大声を出した。
いじらしくも手で押さえているし、どちらも裾が長めなので大丈夫そうではあるが、年頃のお嬢さんらのスカートに隠されたその中身が、なんだか見えてしまいそうで気が気でない。
「別に問題ありませんわ」
「ついていけますので」
「そんなこと言っていない! いいから降りて!」
近衛がこそっと見上げようとしたのを、ウィルが視線で制する。
空に浮かびながら顔を見合わせた二人は、ぶーたれた感じで地に足を着けた。アリスが少しだけ頬を膨らませている。たいへんに可愛らしかった。
「問題ありませんと言っていますのに」
「早く乗り込んでくれ……」
「座るのは危険だと──」
「本当に余計な知識を……いいから、早く」
やっとこさ二人を魔導車に押し込み、ウィルも乗り込む。
それを見た監査人も司祭も、もう一台に乗り込んだ──シスターが間近に見た女神とも思われる姿に、とうとう叩頭して崇めていた。司祭がその腕を引っ張って乗り込んだ。
失敗その三。スリーアウトだった。
その後、車内でくどくどと説明とお小言を言われた二人は、真っ赤になって『すみませんすみません』と謝った。
アリスらが出発した時刻。レオナルド第一王子は自室で静かに公務をしていた。
先ほどの感知サイレンには驚いたが、誤報ということで普段どおりに──やろうとするが、手に付かない。
何度も立ち上がっては席に座り、ペンの動きも迷っては止まっている。
「行きましたかな?」
そうした彼の部屋に、一人の男が訪ねてきた。
宰相──デイモン・マローニ公爵である。
「ノックくらいしたらどうだ」
「貴方と私の仲でしょう?」
その言葉にレオナルドは顔をしかめ、席にもたれて腕を組んだ。
「何度も言うが、危害を加えるのは──」
「ええ、わかっていますよ」
「……そうか」
信用するには少しばかり怪しい感じもしたが、宰相もバカではない。明確な危害など与えないだろう。あくまでフリ、そう言っていたはずだ。
彼はこれ以上追求するのをやめた。
「ウィルフィード殿下は護衛を外したそうですね」
「行き先が行き先だ。弟の考えもわかる」
「そうでしょうね。ですがなにやら、令嬢を一人同伴させたと。相変わらず物好きなお方だ」
「令嬢……?」
レオナルドに一人の人物が思い浮かんだが、そんなわけがないと頭から振り払う。
「予定どおり、これでやりやすくなりましたよ」
「…………」
にやりと笑みを浮かべるデイモンに、レオナルドは何も言えなかった。




