第7話 影
暗い森の中。
昼間ですら陽光は木々に遮られわずかにしか届かず、運悪くこの場で迷いでもしたら、抜け出すのは困難と言えるくらい、深く深く入り込んだ場所。
そして今は夜更けだった。ほうほうという夜鳥の声以外は何も聞こえてこない、冷えた闇が辺りを支配する。
おおよそ人が立ち入ろうとは思わないそんな場所に、二人の男が立っていた。松明のようなものを持っているが、煙も出ず、燃えるような音も聞こえない。ぼやりとした灯りだけが彼らを照らす。
どちらもかなりの屈強で大柄。腕──いや、よく見ると身体中のいたるところに、昔つけたと思われる傷跡がいくつも刻まれていた。
「グィンはまだ戻ってこねえのか?」
一人がいら立ったように言った。
「いつもの品定めでもしてるんだろう」
「またかよ」
「今回は大はしゃぎだろうな──ほら」
「あぁ、わりぃ」
煙草と干し肉のようなものを投げ渡す。受け取った男は火を着けて肺に深く吸い込んで満足そうに吐き出し、干し肉をむしゃりと噛みちぎった。
「匂いは消しておけよ」
「わかってるよ」
煙をくゆらせながら、腰にぶらさげている巻物──スクロールの一つを手で弄んだ。洗浄の魔法が込められているものだ。
スクロールは大掛かりなものは無理だが、たとえその魔法に適正がなくとも使用が可能になる、便利なものだった。
「しかし、わからないな」
「あ? なにがだ?」
灰を落としながら疑問符を浮かべる男とは対照的に、靴のつま先をとんとんと鳴らす。
「どうしてあんな場所を狙う必要がある?」
彼らが受けた命令は、この森の先にある場所を襲え、というものだった。
標的を聞いた時、彼はぽかんとした。どう考えても重要拠点でもなんでもなかったからだ。
自分の目で見たら何かわかるかも知れないと彼は考えていたが、そんなことはなかった。何かの研究施設でもない。重要な情報が隠されているわけでもない。目を瞠るほどの宝など到底考えられないような、どう見てもただの一施設だった。
「さあなぁ」
「しかも命令が中途半端なくせに、時間だけはきっちりだ」
潰せ、とは言われていない。つまり消すも消さないも自由。別に見逃してもいい、執拗に狙ってもいい。目的が不明瞭だった。
そのくせ、日時だけはしっかりと指定されている。襲うだけなら、今この時間にやったほうが確実であるにも関わらず、なぜだか真っ昼間を。目撃者が出てもいいのだろうか。疑問だらけだった。
「ボスや幹部の考えなんてわかるわけねえだろ」
「そうは言うが、考えすぎても悪いことにはならん」
「まぁた悪い癖が──っと」
草むらをかき分ける音に、ぴたりと話を止める。腕を組んで考え込んでいた男も、すでに得物に手をかけていた。
「俺だよ俺」
二人の前に、細い体格の男が姿を現した。フードを目深に被り、口元は下卑たような弧を描いている。
「遅えぞグィン」
「悪いな……あまりに可愛くてね、つい、な」
『ひひ』と笑うグィンに、二人が嫌悪感を露わにするが、口には出さない。少々遊び心はあるが、仕事はきっちりやる男だからだ。
「先に手を出すなよ」
それだけ言った。
「んなこたしねえよ」
「どうだかねぇ」
ぴん、と煙草を弾いた男がじろりとにらむが、グィンはいやらしい笑みを崩さない。
「そう言えば聞いたか?」
グィンが言った。
「あ?」
「なんだ?」
「幹部が一人やってくるって連絡が来たぞ」
『はぁ!?』
二人が驚きの声を上げる。鳥がばさばさと飛んでいく音がした。
三人はただの下っ端だったが、小さな仕事はだいたいこのメンツでこなしてきた。今回の標的規模からしても、十分に事足りる。
だというのに、彼らが束になっても敵わない幹部が参加するときた。まったくもって意味がわからない。
「なんだ? やっぱお前の言うとおり、なんかあんのか?」
「んなわけないとは思うんだが……」
「それだけ大事な仕事なんだろうよ。へへ、可哀想になぁ……」
「…………」
重要性。納得も理解もできそうになかったが、グィンの言うとおり、失敗は許されないということだろう。
適当にやるつもりだったが、考えを改めた男がもう一度計画の話をし始めた。
「……で、いいな。予定通り明日に仕掛ける。ヘマこくなよ」
「了解」
「りょうかーい」
二人が音も立てず姿を消すが、グィンはそのまましばらく、自身がやってきた方向──その先を見据えた。
「早く明日にならねぇかなぁ……」
彼の視線の先、森を抜けた所にある、孤児院にもなっている小さな教会。
彼らの標的である、可哀想な獲物だった。




