第6話 シスターアリスと愉快な仲間たち
『おらぁっ!』
『ごふぅっ! ……あ? なんだ俺は……ここはどこだ?』
『リック様ぁっ!』
『ん? アリー──っ!?』
『それはもうやったでしょう』
『よかった! よかったあぁぁ……リック様あぁっ』
『ああああアリー!? むぅう……』
『リック様? リック様ぁ!?』
私に任せてください。そう言ったアレフが、『東方伝来の氣功』と称した腹パンをリチャードの鳩尾あたりに(かなりの力で)思い切り(魔力を込めて)叩き込み、なんとかリチャードは息を吹き返した。
むっくり身を起こしてきょろきょろする彼に、アリスが涙を流してがばっと抱きついたため、もう一度『氣功』を使うハメになったものの、皆が揃って迎賓室に向かっていた。
「……で、その姿は、どうした?」
やっと見慣れてきたのか、ある程度落ち着いたリチャードが、彼女の──胸、はまずい。腰、もヤバい。足、も眩しい。顔、はなんて可愛さだ。
どこを見ればいいのかわからなかったが、前にアレフにも言われたことを思い出し、ほんの少し、本当に少しだけ、彼はアリスの胸をちらちらっと見て、すぐに目線を上げた。
リチャードでなくとも、今のアリスの姿は絨毯爆撃のような破壊力があった。
誤解されがちではあるが、修道服というのは、わりと身体のラインは隠される。ゆったりと布多めに作られており、そのままだとだぼつくくらいで、腰を紐を縛るのが一般的である。あまりにボディラインが出ている場合は、厳重注意を受けることもある。
だが今の彼女は、サイズがそもそも小さめなのか、それとも身体の一部が想定外なのか、もしくはあえてのデザインなのか──とにかくぴたっと身体に張り付いており、その魅力的なスタイルが惜しげもなく晒されていた。
屋敷主人代理のため、客である二人の前を歩こうとした彼女を、リチャードは全力で止めた。後ろ姿がとても危険だったからだ。
歩くたびにくねるように揺れるヒップ、太ももからふくらはぎ部分、それらの形が丸わかりとなっていた。
『眼福眼福……』
『貴様!?』
『ぎょえー! なにすんだ!』
『…………』
『ちょっ! 痛い痛い! なんだよ!』
ガン見したアレフを目潰しで黙らせたリチャードと、手の甲を万力のような力で捻ったミシェルが提案し、今は仲間が集結した時のように、ミシェル先導のもと三人一列横に並んで歩いている。
「あっ……え、ええと、圧が、あるそうです」
彼の視線にアリスは顔を赤くして、恥ずかしそうに小さい声でそれだけ言った。
「ん?」
「圧?」
言われた二人はさっぱりわからなかった。
「端折りすぎです」
「う、うるさい」
ミシェルがドアを開け、迎賓室に皆を招き入れる。
「遅かったですね──あら?」
「きゃああっ! 素敵ですわ、おねえ──げっ!」
ソファに座って着替えを待っていた王家二人は、新たな来訪者に目を丸くした。テレサは口元に手を当てて、クローゼは王女らしからぬうめき声を上げて。
「テレージア王妃殿下!?」
「こ、これは王妃殿下、本日も麗しく──」
「ああ、いいのですよそのままで」
意外な人物に、慌てて拝跪の姿勢を取ろうとしたリチャードとアレフを、テレサが手で制する。
『ありがたく』
二人はのそのそと身を起こした。
「ふふ。それにしても──小さめだったかしら」
「少し……いや、だいぶキツイですわ」
満足そうな笑みを浮かべるテレサとは対象的に、胸とかお尻に手を当てるアリスは不満げである。
「ぐっ」
「リッ──リチャード様?」
「なんでもない、なんでもないぞ」
そんな彼女の仕草から、リチャードが目を逸らした。
「ごめんなさいね、あとで採寸しましょうか。でもよくお似合いですよ」
「はい。ありがたく存じます」
頭を下げたアリスに、クローゼがすすっと近寄る。そのまま腕を取って、リチャードから引き離すようにソファの方に引っ張った。
「……どうして貴方がここにいるんですの?」
「む? クローディア王女殿下、そなたこそなぜここに?」
「私は招待いただいた身ですもの! アリスお義姉さまから! ご招待を!」
「む」
「招待なんて出してないのだけれど……」
アリスが突っ込むが、聞こえていないように二人がにらみ合う。なぜだか、その視線はばちばちと火花が飛び散っているかのようだった。
「ふふん! しかも今日、泊・ま・り! ですのよ!」
「なにっ!?」
「ふふふふん! 悔しいですか! ざまぁみろですわ!」
「……彼女は今度、私の屋敷に泊まっていく予定だ」
「リチャード様!?」
腕を組んだリチャードの爆弾発言に、アリスの顔が一気に赤くなる。
何もこんなところで言わなくても。そう言いたいが、声にならない。二人を交互に見て口をぱくぱくさせた。
「はぁっ!? ご冗談を!」
「ふっ」
「きいいいい! なによその勝ち誇った顔は!」
「そなたが言うか!?」
「なに子供に張り合ってんだよ……」
「ふ、ふん! 私たちはお風呂も一緒なんですよ! ね、お義姉さま!」
「え? ええ、そう、ね?」
「んなっ!?」
「おーほっほっほっほ!」
「なに婚約者に張り合っているんですか……」
やかましいのなんの。
王家、公爵、侯爵という、王国でもトップスリーに数えられるような、権力と家格、品格を持った偉人らの集いとはとても思えない、妙ちきりんな光景だった。追加のティーセットを持ってきたコリーナが、驚きで固まっている。
「あら? ウィルフィード様は?」
招いたはずのもう一人の姿がこの場に見えないことに、アリスが疑問の声を出した。
「ああ、ウィルは先ほどの話を王宮に届けています」
「そうでしたか」
「ごめんなさい、中庭を使わせてもらってますね」
「いいえ、お気になさらず」
理由に納得し、断ってから席に座る。
隣に腰掛けようとしたリチャードより先に、クローゼがもの凄いスピードで間に割り込んだ。
「む」
「ふん!」
またしても火花を立たせる。
リチャードのような人物ににらまれると、普通であれば子供は泣き出しそうなものだが、クローゼは怯むことなく、真正面から向き合っている。
王女の胆力。それが遺憾なく発揮されていた瞬間だった。
「それで、王妃殿下。アリス様が護衛というのは?」
席に座らず、後ろに立つようにして控えたアレフが、この場に来た理由、本題を尋ねる。
「あら」
「リチャード様は両親ではありませんので、無効ですわ」
すっと目を細めたテレサの視線から逃れるように、アリスがつんとして答えた。
「そうですね、まぁよいでしょう。ウィルが戻ってきたら説明しますね」
「本当にお胸部分がぴっちりですわね!」
「もう、つつかないで」
「ぶふっ」
リチャードがお茶を吹き出したあと、しばらく会話が続いた。
リチャードがなにか言う度にクローゼが茶々を入れ、クローゼがアリスに引っ付く度にリチャードが横槍を入れる。その都度アレフがため息を吐いた。
ちらりとアリスの胸と腰を見たリチャードが装いを褒め、真っ赤にして太ももの裾部分をぎゅっと握りしめたアリスがお礼を言い、クローゼが『いやらしい猛獣のような目』と評したところで、また諍いが起こる。その都度テレサとアレフがため息を吐いた。
『私は……別にそれでも……』と、アリスの蚊が鳴きそうな声が聞こえ、リチャードの鼓動が限界突破を始め、クローゼのハンカチが悲鳴を上げそうになった時──
「ただいま戻りました、母上──ん?」
戻ったウィルがおかしな三人を見て、不思議そうな声を上げた。
「ならば私も協力しましょう」
「えっ」
「えっ」
ウィルが再度説明をし、護衛の意味に納得の顔を見せた二人だったが、そのうちのリチャードがそんなことを言い出したため、テレサもウィルも揃って唖然とした。
「なにを聞いていたんですか」
「ムリに決まっていますわ」
「なぜだ!?」
呆れを全面に出したアレフとクローゼに、驚愕の顔を向ける。
『鏡でもご覧になさい』
二人が言うとおり、どう好意的に捉えても怖い人物にしか見えなかった。そのリチャードがついていく。護衛の目的が全て丸つぶれになることがわかりきっていた。
「リチャード様……」
「あ、アリー! アリーはわかってくれるか!?」
だがただ一人、当の本人のリチャードだけがそうとは思っておらず、ぎゅるんとアリスの方に顔を向けた。
向けられた彼女は目を泳がせ、言いにくそうに唇を開いた。
「えっと、リチャード様……私も、その……」
「あ、アリー……?」
絶望。そんな言葉がぴったり当てはまるような表情に染まっていく。
出会いから二年、婚約して二年近く、ずっと好意を向けてきてくれた彼女が『ついてくるな』と言っている。そんなこと、これまで一度もなかった。
彼の脳内では、『王子との逢瀬なのに邪魔をするな』というセリフに勝手に置き換わっていた。
「リチャード様……その、私は──」
「そ、そうだ! 認識阻害を使えばいいではないか!」
「えっ……」
なおも諦めきれないリチャードだったが、今度はアリスが泣きそうな顔をした。
認識阻害。
体表を覆うように魔力を流し、可視光線を捻じ曲げ、本来目に映るはずの姿、形、色といった視覚情報を誤らせる魔法だ。使い手次第では、年齢や体重、身長までもを自在に操作することが可能になる。基本的に他者や物体へは使えない。本人の資質が求められた。
過去、この魔法が大掛かりな詐欺に使われたこともあり、悪用すればかなりの罪に問われることになる。
それを使い、自分の(自分ではそうは思わないが)怖そうな顔を変えればいい。使い方も、まぁ間違えていない。なんていい考えだ、と彼は思ったが──
「……やです」
「む?」
「いや、です……」
「そ、そんな、な、なぜだ……どうして……」
とうとうリチャードの心がばらばらに引き裂かれ始める。
そこまで着いてきてほしくないのか。自分にいてほしくないのか。王子との邪魔を、してほしくないのか──
視界が真っ暗になるリチャードだったが、続くアリスの言葉に、救いがもたらされた。
「わ、私はその、す、素敵なお顔だと、思って、いま、す……から……」
「……!」
「他の姿になるなんて、イヤです……」
目を閉じて、決意したかのように言う彼女の姿に、リチャードは涙を流してその手を強く握った。
クローゼの、前を通り越して。
「アリー!」
「ひゃぁっ……んっ……」
びくっとするアリスだったが、彼の上からさらに片方の手を、そっと重ねる。リチャードの心がどんどんと浄化されていった。
「すまなかった……疑って、悪かった」
「り、リチャード様……?」
「邪魔ですわ! この! ぶっとい腕!」
身をのけぞったクローゼにも気付かず、二人は手を取り合ってしばし見つめ合う。
「しかしそれでもだな……他の男と、二人きりにさせるなど……」
「り、リチャード様……!」
「きいいいい!」
ついにクローゼのハンカチが端の方から千切れ始めた。
「あのね、二人だけなんて、そんなことないに決まっているだろう……」
『他の男』という不敬極まりない発言には特に気にもせず、ウィルが呆れ果てたようにソファにもたれかかった。
「なんですと?」
「私一人で査察などできるわけないだろう……なんでそんな重責を背負わせようとするんだろうね……」
「で、では」
「監査人も同行するし、本職のシスターや司祭も一緒だよ……」
「さようでしたか……」
「さようだよ」
いくらウィルが優秀と言っても、様々な観点から調査、分析する必要がある査察を、一人でこなすことはできない。
そもそも独立性が求められるため、王家一人が向かうなど、査察の意味が根本から覆ることになる。とはいえ、監査人もさすがに平民ではなかったが。
さらに今回は行き先が行き先である。見慣れた格好をする者が複数いれば、子供たちの警戒心も薄れるだろうということで、王都で務める聖職者らにも声をかけていた。ちなみにそちらは護衛も兼ねている。さすがに近衛ほど優秀ではないが、人選にはそれなりに時間をかけていた。
「そうでした、テレサ様」
ウィルの言葉に思い出したかのように、リチャードから視線を外したアリスが言った。
「あら? もういいのですか?」
「テレサ様!?」
頬に手を当て微笑ましそうにするテレサに、アリスが腰を上げてテーブルに両手をついた。
「ふふ、すみません」
「もう……こほん。彼女も連れていきたいのですが、構いませんか?」
座り直し、後ろに目を向ける。
ミシェルが無言でお辞儀をした。
「ええ。かまいませんよ」
「ありがたく存じます」
「アリー、なにかあったらすぐに呼ぶように」
「リチャード様」
「五秒で駆けつけるからな」
「はい、リチャード様」
嬉しそうにアリスが微笑む。
「五秒かよ……いや、やりそうだな……」
「そんなことにはならないと思うけどね」
そのあと、日程や寸法などを確認してから、クローゼを残した王家を見送り、なかなか離れようとしないアリスとリチャードをそれぞれ引っ張り込んで、解散となった。
突発的なお泊りに着替えも何もないクローゼは、アリスのお下がりを着れたことに喜んでいた。胸元がだいぶ余っていて、上からのぞきこめば見えてしまうのではないかという具合ではあったが、本人は喜んでいた。
お風呂に就寝にと、色々騒がしくはあったものの、その日は終わりを迎えた。
そんなことにはならない。ウィルはそう言った。ただの定期的な査察、いつもの公務の一部。皆もそう思っていた。
だが大方の予想に反して、そんなことになるのである。




