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第5話 連絡と再会

「へ、ヘンじゃないかしら?」


 自室にある姿見の前で、アリスは不安そうに己の姿を見つめていた。

 これまでの人生、一度も着たことのない衣装に戸惑いながら、くるくる回っておかしなところがないか確認する。


「神への冒涜です」

「ん?」

「最高神の加護をお持ちでありながら!」

「ミシェル?」


 着替えさせたミシェルは、なんだかよくわからないが憤慨していた。


 ミシェルは受け取った手提げの中身を最初に見た時、言葉が見つからないといった感じで、目を白黒させた。そのあとアリスと手提げを交互に見て、『さぁ着替えましょう! さぁさぁ!』と興奮した様子でアリスを引っ張り、部屋に放り込んだ。


 ミシェルも慣れない衣装だったため手間取ったが、なんとか着替えさせることができ、今は試着の結果を確認していた。


「それはさておき、具合はどうでしょうか?」

「胸もお尻もキツイわ」

「っ……さ、採寸もしてないから、ある程度は仕方ないでしょう」


 両胸をさすり、胸元の布を引っ張るアリスの行動を見たミシェルが、邪念を払うかのように頭を振った。

 引っ張ったことで、背中から脇にかけてのラインが艶かしく強調されている。アリスが手を離すと、勢いよく戻った布が身体に当たり、『ぺちん』と鳴った。


「それにしても地味ね?」

「……どの口が」

「ミシェル?」

「いえ」


 たしかに色合いも装いも地味である。くるぶし丈まである裾は長く、腕はきっちり手首まで。色も黒と白の二色だけで、貴族令嬢が着るようなドレスとは何もかもが違う。

 だがしかし、アリスだって普段からぴっちりしたものをよく着ていた。あれですら背徳感満載だったのに、そんな服を着たらどうなるか。


 つまるところ、ミシェルの言うとおり神への冒涜だった。


「あ、リック様には伝えておこうかしら?」


 残念極まりない王妃命令とやらで両親には連絡を取れないアリスだったが、リチャードは別だ。自分が護衛をしていたなんてあとから知ったら、きっとあれこれと心配させてしまうに違いない。何かあれば連絡を。婚約者として当然の報連相である。


「お嬢様、お受けくださってありがとうございます」


 アリスが考えていると、ミシェルが深々とお辞儀をした。

 その姿に微笑みを向ける。装いも相まって、本物の神の使いに見えた。


「ふふ、いいのよ。貴女も一緒に行くでしょ?」

「はい。許されるのであれば是非とも」

「なら、ミシェルにもこの服が必要ね」

「そ、それだけはご勘弁を」


 アリスが伝達の魔法を唱える。可愛らしい鳥が一匹生まれた。


「…………」

「お嬢様?」


 さっさと言いたいことを言えばいいのに、命令を待つ鳥を見つめて黙りむ。

 けっきょく何も言わず、へにょり、とミシェルの方に振り向いた。


「な、なにを言えば、いいのかしら……」


 手紙でやり取りはした。想いも書き連ねた。だが、いざ自分自身の音声を相手に聞かせるという事態に、アリスの言語中枢が音を上げる。手紙みたいにやり直しは効かない。一発勝負だ。


「……先ほどのことと、近況でも聞かせてみては?」


 ミシェルが額に手を当てて、呆れたように言った。


「そ、そうね!」

「ほら、可哀想じゃないですか」

「わかってるわよ!」


 アリスが向き直る。なんだか鳥が呆れた目をしているように見えた。『さっさとしろ』とでも言っているかのようだ。


「ほらほら、お嬢様」

「黙ってて! え、えっと、リチャード様──…………あっ! 待って!」


 ついつい愛称を忘れて名前を呼んでしまい、言い直そうとアリスが言葉を噤んだその時、役目を果たすために飛び去っていった。


「なにやっているんですか……」

「ううぅ、は、早く言い直さないと……あっあっあっ……」


 焦りからか、実行とキャンセルを繰り返してしまい、ぼふんぼふん生まれては、ぼふんぼふん消えていく。二年前、強大無比な魔法をいくつも行使した者とは思えないくらい、ぽんこつな姿だった。


「はぁ……もう、落ち着いてくださいお嬢様」


 ミシェルが後ろから抱きしめる。アリスの手の上から、そっと手を重ねた。


「ミシェルぅ……」

「一緒に使ってあげるから、ね?」

「ぐすっ……うん……」


 すでに涙目になっていたアリスだったが、手の甲から伝わる温もりに、次第に心を落ち着かせていく。

 贅沢に二人分の魔力を注いで、やっとのことで新たな鳥が現れた。

 ミシェルが静かに離れる。


「今度は大丈夫ですね?」

「うん」


 すうはぁと、何度も深呼吸をしてからアリスが口を開く。


「リック様、リック様──」


 吹き込んだ言葉に、ミシェルはため息を吐いた。




「む?」

「どうしました?」


 クライン公爵の屋敷で、リチャードとアレフは少しばかりの休憩を楽しんでいた。やっと領地経営の勉学も軌道に乗り始め、ここ最近は醜い諍いも起こしていない。ほどよい忙しさの中、良いサイクルで日々を過ごすことができている。


 そして今日も一区切り終え、ゆるりとしていた時、リチャードが外の方を見て声を上げた。


「彼女からだ」

「へ?」


 身を起こし、いそいそと窓の方に進むリチャードの奇怪な行動に、アレフが怪訝な顔をする。

 少し遅れて理解する。伝達の魔力が彼にも感じ取れたからだ。


「やはり」

「なんでわかるんだ……?」


 変態でも見るかのようなアレフの視線に気付かないリチャードが、窓を開ける。別にそんなことをせずともいいのだが、雰囲気は大事だった。

 身体を揺らしてそわそわし始める。なにせあれ以来、初めて聞く彼女の声なのだから。


 その様子を、アレフがにやにやして眺めていた。


「……む、なんだアレフその顔は」

「べっつにー」


 窓枠に留まった、彼女が出したと思われる可愛らしい鳥が、くちばしを開けて声を発する。


 『リチャード様──あっ! まっ…………』


 それだけ言って消えた。

 二人が呆然とする。


「今のは、なんだ……?」

「さ、さあ……?」


 何がなんだか。

 間違いなく彼女の声だったが、何を伝えたいのか、そもそも何をしようとしたのかさえもわからない。悪戯かとも思ったが、彼女がそんなことをするとは考えられなかった。


 二人が首をひねっていると──


「待て、また来たぞ」

「今度はなんだよ……」


 またしても魔力が感じ取れた。同じように窓枠に留まる。ただ今度はなぜか、通常よりも立派な体躯をしていた。


 彼女の声が再度響き渡る。


 『リック様、リック様。お元気でしょうか? アリスです。先ほどは失礼、いたしました。 お手紙は無事に届きましたでしょうか? その、あれは、えっと、ほ、本心です、ので──そ、そういうアレではなくてですね!? 決して、か、軽い気持ちで書いたわけではありませんので! 心配とか、深読みとかされると、ほんの少し、悲しい気持ちになっちゃいます……ち、違うのでして! 悲しいわけじゃなくて、喜んでくれれば、う、嬉しく、存じます…… それから、両親が帰ってきてくれました。色々と母からも助言をいただいたので、その、私、幸せになりたいです……して、ほ、ほしいと、思っております……ゃぁ…… あ! それと! 弟のルークが『姉さま』なんて言ってくれたのです! 少し怒られもしましたが、やってよかったと思います。もう行っちゃいましたけれど、これからもよい姉を目指します。そうそう、そうです。お友達ともお茶会しました。いろいろとアドバイスをもらえたと思います。これからは贈り物に気をつけるようにしますね。えっと、ええと、……を気にかけてくださると……ぅゃ……お泊りも、その、楽しみにしています……その、ええと、あの、しんし──やっぱりなんでもありませんので忘れてくださいませ! あと、ハンカチ、がんばってます。……ええと、ええとそれからそれから──なによミシェル──あっ! そ、そうでした。私、第二王子の護衛をすることになりました。お伝えしておきますね。それでは、また会える日を楽しみにしております』


「…………」

「…………」


 けっきょく、何がなんだか。

 ぜえぜえと、魔法で生み出された鳥が息を乱している。二回目を言うのを嫌そうにしていた。魔法が、效果を、嫌そうに。


「ま、まぁとにかくだ。手紙に書いてくれたことは、ほ、本心であると言ってくれてっ……」

「そこだけ切り取って泣くなよ! いろいろとさっぱりわかんねえぞ!?」


 前半部分は、理解できる。手紙に書いてくれたことは嘘じゃない。喜んでほしい、幸せになりたい。それは伝わってきた。

 だが後半部分はさっぱりである。


「俺はなにがなんでもアリーを幸せにするぞ!」

「わかったから! やめてくれ!」


 肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられたアレフが悲鳴を上げる。

 少しばかりの結界を使って、リチャードを弾き飛ばした。

 そんな二人に、侍女がハーブティーを無言で差し出す。心地よいその香りが場に広がった。できる侍女だった。


「とにかく、健やかそうでなによりだ」


 香りを吸い込み、少し気分を落ち着かせたリチャードが言った。


「でも、なんか気になること言ってたよな? 護衛がどうのって」

「そうだな」

「おーい、もっかい言え」


 非情にも、繰り返せと命令する。

 涙を浮かべた鳥があと二回、同じ言葉を繰り返して、やり切ったような顔をして消えていった。


「弟に、なにをやったのだ?」

「さぁ? 怒られた、と言ってたな。ちょっかいでも出したか?」


 わりとあっていた。


「贈り物に気をつける?」

「なんかヘンなものでも貰ったか?」

「いや、どれも素敵なものなのだが……」

「気にかけてほしいみたいだぞ?」

「む、むぅ……?」


 リチャードが腕を組んで考え込む。これまでもきっちり、彼女をイメージできるようなものを貰っていたというのに。なんだか重圧がのしかかった気がした。


「宿泊の件はなにを言いたいんだ?」

「あー、それはなんとなくわかる」

「なんだと!? 教えろ!」


 またもやリチャードが詰め寄ったが、アレフは鬱陶しそうな顔をして、あさっての方向を向く。


「ぜったい言ってやらねえ」

「なぜだ!」

「ムカつくから」

「貴様!」


 ぎゃーぎゃー言い合い出した二人に、侍女が何やらぼそっと呟いた。

 二人は途端にぴたりと動きを止め、姿勢を正した。


「彼女を持ち出すのはやめてくれないか……」

「本当のことですから」

「む、むぅ……」


 リチャードはひたいに汗を浮かべて押し黙った。


「しかし、第二王子の護衛か。なんでまた?」

「はっ! そ、そうだ! アリーをそんな危険な目に合わせるわけにはいかん!」

「お前が言うなよ」


 アレフが胡乱な目をした。ついこないだ、その心配する相手に切りかかったり、魔法で狙ったりしたやつはどこのどいつだ。


「それに第二王子だと!? 男性ではないか! 二人きりか! そうなのか! アレフ!」

「俺はなにも知らねーよ! やめろ!」


 またがくんがくんと首を揺らされ、二度目の悲鳴を上げる。


「こうしちゃおれん!」

「あ? なにをする気だ、おい──」

「アリー!」


 リチャードが返事を出すため、急いで伝達を唱える。

 吹き込んだ言葉に、アレフはため息を吐いた。




「やぁっ、もう」

「なるほど、さわり心地は大変にいいですね」


 すらっとしたアリスの装い。その感触をミシェルが楽しみ、くすぐったくて逃げるアリスがいちゃこらしていると──


「あ、来た!」

「……感じ取るのが早すぎじゃないですか?」


 ミシェルが窓を開ける。別にそんなことをせずともいいのだが、雰囲気は大事だった。

 彼によく似た顔つきの鳥が窓枠に留まり、くちばしを開く。


 『連絡感謝する。十分後に向かう』


 もの凄い完結な内容だった。

 あれだけ吹き込んだというのに、この返しよう。普通の感覚なら、呆れてフラレて別れるレベルである。


「リック様ぁ……え! 来るって! リック様来るって! どどど、どうしましょう!? べ、ベッド──」


 だと言うのに、リチャードの声を聞いたアリスは嬉しそうにし、『来る』という言葉に頬を染めて、『来る』という言葉に泣きそうになり、『ベッドベッド』と意味不明なことを言いだした。自室にある自分のベッドにぱたぱたと向かい、腕を伸ばしたりして何やらサイズを測りだす。


「寝衣はどうなさいますか」

「え? あ、そ、そうね。可愛くて、その、少しだけ──ってなんてこと言い出すのよ貴女は!」


 肩を震わせてうつむくミシェルに、ずぞぞっと近づいてぽかぽかと叩き始めた。

 と、唐突にミシェルが動きを止める。そして何やら考え込むようにして、顎に手をやった。


「……ん? リチャード様が、来る? 今? ここに?」

「ミシェル?」


 ミシェルが怪訝そうなアリスの姿を見る。足先から頭上まで。

 視線を受けた彼女は、身体を隠すようにして後ずさった。


「……ふーむ」

「な、なによ」

「いえ。それより、いいんですか? 時間が来ちゃいますよ?」

「ああっ! ミシェルのバカっ!」


 時間が迫りそうだったので、あせあせと屋敷から出る。王妃らを待たせていることなど、頭からすっ飛んでいた。

 きっかり十分後、ゲートが中庭に現れる。そこからリチャードがぬぅっと姿を現した。


「りり、リック様……!」


 王家を出迎えた時より明らかに緊張した声で呼びかけ、がくがくした動きでカーテシーを──しようかと思ったが、つまんでもつまんでも裾が持ち上がらない。

 なんで、と思ったアリスがぐいっと力を入れようとするのを、ミシェルが慌てて止めた。すでに膝あたりまで見えていたからだ。


「アリー──っ!?」


 あわあわする愛しの婚約者を視界に入れたリチャードは、怖くも優しげな表情を浮かべて──フリーズした。

 微動だにせず、そのままの表情で固まっている。それなのに脂汗が出てくるわ出てくるわで、もの凄いことになっていた。


「リック様? リック様ー?」


 笑みを作ったまま固まっている彼に、裾から指を離したアリスがとことこと近づく。反応がないことに小首をかしげ、つんつんと恥ずかしそうな仕草で腕をつついた。


 それがとどめとなった。


「…………」

「えっ!?」


 ばったりと、リチャードが姿勢を保ったままその場に崩れ落ちた。


「リック様、リック様」

「…………」


 ゆさゆさと身体を揺さぶってみるが、やはり表情も姿勢も変えずに、澄み渡る青空を見続けている。はっきり言って、かなり怖い。


「リック様!? リック様ぁ! やだああぁっ……死なないでえぇ……!」


 アリスが涙をぶわっと流して、最上級の回復魔法を唱え始めた。彼のでかい身体が眩いまでに発光するが、息を吹き返すような様子を見せない。


 そんな、效果が、ない──


「…………」

「なんで!? やだっ! やだやだっ! ミシェル! 助けてえっ!」


 その様子を呆れたようにミシェルが眺めていると、続けてゲートからアレフが姿を見せた。


「ったく、本当にジャスト十分なんだからよ」

「あら……アレフ、様」

「ん、久しぶり……あ? なにしてんだあれ──うおっ!?」


 横っ倒しになっている己の主と、側にひしっと縋り付くアリスを見て、驚きの声を上げる。


「アレフ様!? リック様が! 大変なの! 死んじゃうのぉ……!」

「え? えー、あー……」


 アレフは苦労して、なんとか仕事モードに切り替える。


「アリス様、そのお姿は?」

「そんなことどうでもいいでしょう!?」

「よくねーですよ!」


 ──彼女の装いは、地味だった。くるぶし丈まである裾は長く、腕はきっちり手首まで。そのトゥニカの上から、ウィンプルを頭にではなく、ケープのように肩から着用している。白と黒の色合いが清廉さを際立てていた。


 つまり──修道女の格好をするアリスが、そこにいた。

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