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第2話 王家の来訪

 スチュアート侯爵家の正門に魔導車が三台、近衛と思しき騎士らと共に停まった。


 一人一台とは、また贅沢な使い方をする。

 開かれたままになっている表玄関の前で来訪を待っていたアリスが、のんびりと感想を抱く。


 彼女の左右には執事や侍女──料理人以外の、屋敷に仕えている使用人全員が勢ぞろいしていた。


 遠目に見える魔導車からは、男性が一人降りるのが見えた。

 そのあと、その男性は別の魔導車に近寄り、続いて降りてくる女性らをエスコートしている。


「はわわわわ……」


 聞こえてきたはわわ声にアリスが目を向けると、コリーナがぶるぶると震えていた。


「コリーナ、大丈夫?」

「だだだだ大丈夫です! このコリーナ、やる時はやりましゅ!」


 大丈夫そうではなかった。

 仕方ないだろう。コリーナは若輩であり、見習いを抜けたばかりである。大の大人でも緊張をするであろう、王家の訪問というイベントに、まだ十代前半の少女には荷が重い。

 そもそも、王家を貴族屋敷で出迎えるということ自体が異例ではある。通常はこちらから出向かうのが普通だ。それも連れて行くのであれば、熟練した者を選ぶのが当たり前である。だいいち、高位の貴族ですら間近にお目にかけることは稀だった。

 だが存在を隠すわけにもいかなかった。そんなことをしてはコリーナの尊厳に傷が付き、悲しんでしまう。普段どおりにやればいいと伝え、参列に加わってもらっていた。


「みなさん気さくな方ですから、気負わずとも大丈夫ですよ」


 震えるコリーナをミシェルが励ました。深呼吸を数度繰り返たコリーナは、ひとまず落ち着いたようだ。ぐっと力を入れて前方を見つめ直し……ぐっと力を入れるのはいいのだが、なんだか呼吸もぐっと止めているように見える。


 本当に大丈夫かと心配になるが、迎える相手に失礼になるため、あまりそちらに意識を向けることもできない。


「失礼のないようにね」


 それだけ言って、アリスも前方を見つめた。

 今日の来訪者である三人が、ゆっくりと歩いて近づいてくる。


 まずは先頭を歩いている女性。

 柔和な笑みを浮かべ、華美とまでいかないくらいに上品な装いであるが、その布は最上質であることがひと目でわかるような純白のドレスを、あざやかに着こなしている。

 髪の編み込みも美しく、スタイルもいい。すらっとしていて手足は長いのに、女性らしい部分は立派な形をしていた。アリスの母親、リエンナと同じ年齢のはずではあるが、とても三児の母には見えない美貌だ。


 その後ろ、向かって右側の男性。こちらは先日にも会ったばかりだった。

 知性溢れる表情は中性的な魅力があり、王族が着るマントを颯爽とひるがえしている。綺麗に切り揃えられた少し長めの髪がさらりと風になびいており、彼に微笑まれた女性は誰もが胸をときめかすだろう。


 最後に左側の女性──と言うよりは、少女と言うべき年齢の女の子。

 愛らしい顔立ちをしており、緊張か楽しみか、頬は紅潮していて大きな瞳が爛々と輝いている。少しだけくるくるっと巻いた髪が可愛らしい、まるでお人形のような少女だった。

 着ているドレスは今日この日のために卸したものだろうか、少々おませな露出をしている。だが悲しくもぺちゃんこなのだが、先頭の女性を見る限り、これからの成長次第だろう。


 三人に共通するのは、いずれも見目麗しく、王族の証である見事な金髪と薄いグリーンの瞳。

 その三人が、とうとうアリスの目の前で足を止めた。


「ようこそ、我がスチュアート侯爵家へ。本日、父であるジーク・スチュアートの代理を務めさせていただきます、アリス・スチュアートです」


 アリスが一歩前に出て、完璧なカーテシーを魅せる。ついこの間、庭園でやだやだ泣いていた姿からは想像もできないほど、綺麗で、美しい迎えの姿だった。


「テレージア・フォン・ニール・フェレニア王妃殿下、並びに──」


 そんなアリスの完璧な挨拶だったが、最後まで言うことができなかった。


「アリスお義姉さま!」


 半ばというところで、少女がドレスを持ち上げアリスに駆け足で近づき、そのまま飛び込んだからだ。


「ク、クローディア王女殿下……」


 行動を予想していたような冷静さで受け止めておきながらも、アリスが言葉を詰まらせる。


「イヤです! いつもみたいに!」


 王女が抱きついたまま彼女を見上げ、ぷくーっと頬を膨らませた。


「……クローゼ王女殿下」

「むー!」


 アリスが王女──クローディアを愛称で呼ぶが、なおも不満げに、どんどんと頬の膨らみを大きくさせていく。


「ふぅ……わかったから、クローゼ。これでいいわね?」

「はい! アリスお義姉さま!」


 とうとうアリスが敬語を辞めるが、王女はしゅっと頬をもとに戻し、満面の笑みを浮かべた。そのままアリスの胸に顔を押し付け、思い切り息を吸い込む。


「ちょっと」

「すうぅぅー、んーー……、はあぁ……相変わらずけしからんおっぱいですわ……」

「もう」


 まるで姉妹のようなやり取りをする二人を、コリーナがぽかーんと見つめていた。他の使用人も、王女とは初対面になる者は同じ反応を見せている。ミシェルは特に表情を変えず、すました顔をしていた。


「失礼ですよ、クローゼ」

「お母様!」


 先頭を歩いていた女性が、王女の行動を嗜める。しかし止めようとはしていない。

 慌てたアリスが、クローゼに抱きつかれたまま挨拶を続けようとする。


「テレージア王妃殿下、本日もご機嫌麗しゅう──」

「あ、私のこともテレサでかまいませんので」

「ええ!?」


 にこにこした王妃の発言に、またしても挨拶は中断された。

 国のトップである王の正妃を、愛称で呼ぶ。本来ありえないことだ。その場で首を跳ね飛ばされてもおかしくない。

 だがこの場合──その王妃自らがそう呼べという、王命とも言える命令をされた場合はどうすればいいのか。


 アリスは少し迷った様子を見せたが、


「テレサ、王妃殿下……」

「…………」

「……テレサ様」

「はい」


 けっきょく、王家への敬称すら付けずに呼ぶこととなった。血の繋がりを思わせるような、王女と似たような表情で王妃が微笑む。

 それを見た最後の男性も、口を開いた。


「なら私のこともウィルと──」

「申し訳ございませんわ、ウィルフィード王子殿下。それだけはできません」


 リチャード以外の男性を愛称で呼ぶ気はさらさらなかったアリスが、不敬など気にすることなく、冷厳にきっぱりと断言した。


「え、ああ……そう……?」

「それにウェイレット様にも失礼でしょう」

「リーナ──アイリーンのことは別に……」

「絶対にダメです」

「……ではせめてウィルフィードと」

「はい、ウィルフィード様」


 アイリーン・ウェイレット。ウィルの婚約者の名前だった。

 もし、自分以外の女性がリチャードを愛称で呼んでいたら。そんなことがあったら、どこか山奥に閉じこもって、外界とは隔絶した世界で生きていくしかない。

 そんなバカみたいな考えを持っていたアリスだったが、いちおうは他の令嬢を慮った発言だった。


「ふふふん。ウィル兄さま、残念でしたわね」


 アリスにぎゅむぎゅむ抱きつきながら、クローゼが勝ち誇った顔でウィルを見た。


「クローゼ……別に気にはしていないけれど、なぜか悔しい」


 ウィルが憮然とした顔で言った。

 四人の様子を、コリーナがきらきらした目で見つめていた。


(す、すごいですね! お嬢様は!)

(さすがです)

(異様な光景だわ)


 仕えている侯爵家の令嬢と王家の関係性を垣間見た使用人らには、尊敬と畏怖の念が抱かれていた。

 それをひしひしと感じたアリスが、面映い気持ちで話題を変えようとする。


「ごめんなさいね、クローゼ。ルークはもう別邸に行ってしまったの」

「まったく問題ありませんわ! アリスお義姉さま!」

「んん……?」


 ルークにアプローチを仕掛けていたクローゼのことである。不在と知ったらきっと悲しむに違いない。

 そう考えて謝罪したアリスだったが、


「ルーク様とは学園でも会えますので!」

「そ、そう?」

「お義姉さまぁ……はぁ……お胸の匂いやばい……」


 予想とは全く違った態度を見せるクローゼに、首をかしげた。


「お嬢様、立ち話もなんだと……」

「あ、そ、そうね。みなさま、どうぞこちらへ」


 長くなりそうだと感じたミシェルから促され、アリスが皆を家に招く。その途端、執事も侍女もばたばたと動き出した。

 王家の気軽い雰囲気にコリーナも安心したのか、震えることなく先達から支持を仰いでいる。ちらちらと王子の様子を伺ってはいるが。

 視線に気づいたウィルが、コリーナの方を向いて微笑みを向けた。


「どうかした?」

「ひゃえっ!? なななな、なんでもありましぇえん!」

「ちょっ! コリーナ!」


 周りの静止も振り切り、真っ赤になったコリーナは両手を上げて走り去ってしまった。途中、一度転んでいた。

 アリスとミシェルがため息を吐いた。


「くっ……可愛い子だね」


 コリーナが消えていった先、屋敷の奥に目を向けたウィルがくつくつと喉を鳴らす。


「褒め言葉と受け取っておきます……ですが、あまり虐めないでやってくださいませ」

「まぁたウィル兄さまは。そうやってすぐにたぶらかすんですから」

「人聞きの悪いことを言わないでくれるかな」


 そう言って、先にウィルが招き入れられていった。


「今日はごめんなさいね、アリス。お邪魔しますね」

「いいえ、テレサ様。母がいなくて申し訳ありません」


 リエンナはジークとラブラブデートの真っ最中だ。

 母と仲が良かったテレサのことである。不在と知ったらきっと悲しむに違いない。

 そう考えて謝罪したアリスだったが、


「リ、リエンナは、その、今日はいいのよ」

「うん?」


 目を泳がせたテレサに首をひねる。

 王女にしても王妃にしても、なぜ本来会いたい人に会えないことを悲しまないのか。アリスは不思議で仕方なかった。


 ちなみに、昨日に母に連絡を入れた彼女に返ってきた言葉は、『テレサが変なことを言い出したら締め上げていいから』である。

 それを聞いたアリスは胡乱な目になった。


「忘れてちょうだいな」

「はぁ。ではどうぞ」

「ええ、ありがとう存じます」


 今日一番のお客様であるテレサを、アリス自ら招く。その間も、クローゼは彼女の腕に引っ付いたままだ。


「えっと、クローゼ」

「はい! なんですか、アリスお義姉さま!」


 呼びかけられたことが嬉しかったのか、クローゼが輝くばかりの笑顔と目で、アリスの方を向いた。

 それを見て言いにくそうに告げる。


「その、少し歩きにくいのだけれど……」

「まぁ! 申し訳ないですわ! ではこのように──」


 離れてくれたクローゼにアリスがほっとしたのもつかの間、腕を取って指を絡めるように繋ぎ直してきた。俗に言う恋人繋ぎだ。


「これでいいですわね!」

「そ、そうね」

「お手々きれい……しゅごい……はぁはぁ……」


 そう言うクローゼの手も抜群の柔らかさだったのだが、面食らったアリスはその感触を楽しむ余裕がない。

 二人の様子にテレサはにこにこしたままである。末っ子で長女のクローゼが、まるでずっと欲しかった姉に甘えるような姿を見せることが、嬉しいのかもしれない。姉に甘えるにしては、ほんの少し言動が怪しい気もするが。


 皆が屋敷に入ったことを見て、執事と侍女が二人がかりで表玄関のドアを閉める。

 ばたん、と閉じられて、和やかな雰囲気のまま、王家への接待は始まった。


 それにしても、なぜアリスがこれほど気に入られているのか。

 それは二年前に遡る。

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