<コミック2巻発売記念>雪は幸いと共に降り注ぐ~アルベルト編~
12月15日に出るコミカライズ2巻記念に冬のアルベルトとマリーです。
ディレシアス国に初雪が舞い降りたのは、空がどんよりとした夕方の時だった。
執務を終え、帰路に向かうため厩で愛馬を撫でていた時、指先に当たる白い雪に気が付いた。
「もう雪か」
ディレシアスの気候はそこまで寒くもなく暑くもない平地にあるため、標高の高い国に比べれば積雪も多くはない。
この雪も積もるようなことはないだろう。
アルベルトは愛馬の顔を優しく撫でてから軽々と彼の上に跨った。アルベルトに忠実な馬で、主人が何を望むのか伝えるよりも早く理解してくれるため、アルベルトが乗ろうと力を入れる頃には胴体を下げてくれる。
改めて帰路へ向かう道を見据える。
駆ける前に首元を暖めていた首巻きをしっかりと巻き付ける。
これはマリーが仕立ててくれた首巻きだった。
風邪を引かないようにと贈ってくれた物がもう役に立つなんて。
アルベルトは苦笑する。
「行こうか」
愛馬は呼応するように駆けだした。
一人と一頭の吐く息は白く、透き通る茜色の空へとかき消えていった。
「おかえりなさい!」
王都より少しだけ離れた我が家に帰ったアルベルトはマリーの顔を見て安堵しながら「ただいま」と答えた。
マリーは知らないだろうが、アルベルトは帰りマリーの顔を見る度にこうして安堵を重ねていた。
それが、前世突如として別れてしまったからなのか。それとも以前は毎日のように侍女として傍にいたからなのかは分からない。
ただ、自身の帰る先にマリーが待っていることが嬉しいと同時に居なかったらという不安がよぎるのだ。
(幸福すぎるというのも……考えものだな)
そう。
アルベルトは満たされているのだ。
未だかつてない幸福の日々に、本当にこのまま幸せでいられるのか常に何処か不安を抱いてしまっているのだ。
贈られた首巻きを解きながら「雪が降ってきた」と伝える。
するとマリーは嬉しそうに窓辺を覗きだした。
「ほんの少しだが」
ぬか喜びさせてしまっただろうか。
そんな申し訳ない気持ちを抱いたが、変わらずマリーは嬉しそうだった。
「近頃曇り空ばかりだったからきっと降るだろうって思ってたの。もうそんな時期になったのね」
「そうだな。冬支度を始めないといけないか」
冬の時期になれば王都外の土地に行くのも困難となり、流通が停滞するため物価が上がる。品不足も多発するため冬の訪れ前に民は冬の支度をしなければならない。
過去、アルベルトは王都で過ごしていたため改めて考えればむしろ支度するには遅いのではないか、と思い悩んだが。
「もう済ませたわよ」
あっさりとマリーが告げた。
聞けば備蓄用の薪、燻製と塩漬けした肉類、乾燥させた果物、塩水に漬けた野菜とまで様々だった。
エディグマ領でも毎年支度を欠かさず行っていたというが、それにしても相変わらずの用意周到さである。
「…………マリーはすごいな」
「こんなに大きな屋敷の冬支度は初めてだから余分に準備しちゃったかもしれないけど。マクレーン領も大体準備は終わったらしい話は手紙で貰っているわ。どちらで過ごしても問題ないわね」
「そうか。マリーはどちらがいい?」
マクレーン領にも屋敷はある。
不本意ながらも子爵位と同時に元ユベール領の一部を与えられたため、アルベルトも領主である。が、実際のところ管理をしているのはほとんどマリーだった。アルベルトはそんな彼女に甘え、相変わらず騎士団長として専念している。
それでも時折領主の務めもあるためマクレーン領に行く機会はある。領地の管理はマリーであったとしても、法律や刑罰に関する采配はアルベルトに任されているためだ。
冬になれば騎士団全員に長期の休みが与えられる。それは、騎士団長であるアルベルトでも変わりはない。アルベルトがこうして長期休暇を取るようになったのは結婚してから初めてではあるが。
「うーん……マクレーンの方が屋敷が大きいし、だったらここかなぁ」
「大きさで決めるのか」
笑ってしまった。あまりにも考え方がマリーらしかったからだ。
「お屋敷を管理するのって大変なんだから。向こうの侍女が大変かなって。その点、こちらはほとんど私がやっているし」
「そういえばそうだな」
この屋敷には専属の侍女がいない。通いで来て貰っているが暮らしてはいなかった。
護衛の騎士はアルベルトが手配している。自身の不在時にマリーに危険が及ばないよう過保護なほどに配置した。
「では、冬の休みはここで過ごそう。考えてみれば、その方が誰にも邪魔はされないな」
「え?」
窓から外を眺めていたマリーを抱き締める。
暖かい。
自分の居場所はここなのだと、その温もりがアルベルトに伝えてくれる。
「ゆっくり過ごそう」
「…………はい」
髪に隠れていた耳に小さく唇を充てると、愛らしい耳が真っ赤に染まる。
妻となっても相変わらず初々しさを残すマリーに対し、愛おしさを増しながらアルベルトはマリーに口づけた。
ちなみに。
窓から護衛の兵が警護のためにこちらに視線を向けていたことは承知していた。
いくら寒く虫も冬眠するこの時期でも。
悪さをする害虫がいないとも限らないのだから。
「アルベルト?」
相変わらず勘の鋭いマリーに笑顔を向け、「食事にしようか」と声を掛ける。
マリーは微笑んで応える。
空から舞い落ちる微かな雪のように。
アルベルトにとっての幸いもまた、マリーという天から降り注ぐ。
15日にコミカライズ2巻が発売します。
電子書籍版では書き下ろしで沢山書かせて頂きました!
紙版では書店さんによって特典がついているそうです。
詳しくはサイトまで。
https://magcomi.com/article/entry/benefits/akuyakureijou02
新作で中華風後宮のやり直し話を始めました。
そちらも読んで頂けると嬉しいです!
https://ncode.syosetu.com/n4804hi/
間に合えばレイナルドifでも更新予定です。