私の騎士様
2巻発売記念のSSです。
「近頃この部分の経費に偏りがあるのってどうしてかしら? 関税が上がった……? ああ、そっか。そしたらこの部分だけ別で買いましょう。この部分は他で買った方が安くなると思うから。あとはこのままでも大丈夫。あと……そうね。そろそろ冬に向けて薪の値上がりがあるでしょう? でも今年はそこまで寒波にならないから、こんなに予算を充てなくても大丈夫よ。ユベールの土地は三年に一度冬に温かい風が吹くの。だからそこまで寒い時期は続かないから……」
「マリー様、マリー様……!」
ひたすら書類と睨めっこしながら会計の係と話していた私に、使用人の一人が気まずそうに声を掛けてきた。
始めの頃は夫人、奥様と呼ばれていたけれど気恥ずかしさと使用人と年も近いことから下の名前で呼んでもらえる間柄になっている。
勿論、客人が来た時には奥様と呼ばれているけれど。
「どうしたの?」
「旦那様がお戻りです!」
「えっ」
私は慌てて椅子から立ち上がる。その拍子に束になった書類が数枚床に落ちた。
「すぐにお仕度をいたしましょう!」
「そ、そうね」
今の私の恰好ときたら、インクで汚れても良いように薄暗い色のワンピースと、きつめにまとめた髪。
化粧は侍女を断って自分で済ませたもの。
装飾といえば、夫であるアルベルトから贈られたブレスレット一つ。
せめて妻が夫を迎えるためにドレスだけでも着替えるべきだと思ったけれど。
「その必要はない」
扉を開けて入室してきたアルベルトの姿に使用人と一緒に硬直した。
「アルベルト」
私の夫は、書類仕事に追われて着飾りもしない妻に向けていつもと変わらず笑顔を向けた。
「ただいま、マリー」
アルベルトと結婚して一年ほど経って、ようやく互いの生活にも慣れてきた。
夫であるアルベルトはディレシアス国の騎士団長として王都で仕事を続けている。けれど預かった領地であるマクレーン領の管理も行わなければならなかった。
最初は領地運営を元々国の命令で管理していた役人がいたので、彼を手伝う形で私が一緒に管理をしていたのだけれども、気付けば私が管理を行う立場になっていた。
というのも、役人として働いていた方が国で暮らす両親の面倒を見るために王都に戻らなくてはならなくなったからだ。
役人として勤めていたら数年領地で役人勤めをした後、王都に異動して戻る予定だったらしい。それが、王権交代に伴い領地が国営からマクレーンの管理に代わって一変してしまった。
そのため、彼には王都に戻ってもらった。
すると必要になるのが領地で管理する人材になる。
それで私、マリー・マクレーンが領地管理をすることになった。
元々エディグマでも領地管理は父の手伝いで行っていたことと、前世で暮らしていたユベール領であるこの地の情報を把握していたことも良かったのか、スムーズに行うことが出来た。
二十年前は王国内でも高い権力を持っていたユベール家の治めていた土地ということもあって、資源や流通に困ることもない。管理さえ間違えなければ裕福な土地でもあった。
そうなると問題になるのが、住む場所だった。
アルベルトは騎士団の仕事があるので領地から通うのには無理がある。
アルベルトと私は結婚してすぐに王都に屋敷を購入したので、王都には王都で住む場所は用意してある。
それこそ領地の管理を行う前は私も王都の屋敷で過ごしていたのだけれども。
マクレーン領の管理に加わっていくにつれ、王都の屋敷に帰る日数は激減し……
気が付けば私はマクレーン領に住み、アルベルトが王都で住むという別居状態。
この状況にアルベルトは猛反対した。
せめてどちらかで互いが暮らすべきで、領地の管理は別の者を雇うべきかという話も出たけれどそれは良い選択ではなかった。
不正があった時に見過ごせない事態になってしまうことが多いため、領地管理は信頼できる人か、身内で行うことが多い。
けれど身内といっても……
アルベルトの家族は騎士の一家。過去爵位の話を断って騎士の道を進んだほどの騎士一家であるマクレーン家に任せることは難しい。
アルベルト自身を見ていて思うけれど、どうやら家族みんな体を動かすことが好きらしい……
私の親族というと、エディグマ領の管理をする父と兄しかいない。
更に血縁者を調べればいるかもしれないけれど、そこまで交流もない親族に任せられるはずもない。
「はぁ……やっと貴女の顔を見れた」
アルベルトが心底ホッとした表情のまま私を抱き締める。
私は彼の背中に手を回し抱き返す。
「おかえりなさい……五日ぶりでしょう? そんなに寂しかった?」
「当たり前だ。一日だって離れているのは嫌だからな」
微笑みながら頭の頂に唇を充てられる。彼からは僅かに汗の匂いがした。どうやらずっと馬を走らせてきたらしい。
「湯浴みにします?」
「……そんなに臭いか?」
どうやら彼も気になっていたらしい。
「また休まず走ってきたのでしょう? まずは体を休ませてあげなくちゃ」
「共に入ってくれるか?」
使用人に湯浴みの指示を出す私に対しアルベルトがそんなことを言ってくる。
いっきに顔を赤らめた私は揶揄われたのだと分かりアルベルトを叩いた。
勿論痛くもかゆくもないだろうけれど、アルベルトはくっくっと笑う。
それから湯浴みの準備が出来るまでの間、二人は互いの近況を報告しあっていた。
その間も会えなかった時間を埋め合わせるように抱き締めあったり、手を繋ぎあったり。
忙しい時間の中で、やっぱり会えないことは寂しい。
寂しかった気持ちを慰めるように、一緒にいられる時は寄り添って過ごすようになっていた。
「どうにか領地管理できる者を王都で探しているのだが……難しいな」
湯浴みを終えたアルベルトが髪をタオルで拭っていたので、私は彼からタオルを取ると椅子に座らせ代わりに髪を拭いた。
焦げ茶色の髪は少し固い髪質だ。
「いっそ俺が騎士団長を辞任するということも考えたのだが……」
「止められました?」
「ああ……」
一年も経ってディレシアス国内も随分と落ち着いてきたけれど、それでもまだ油断ならない状態には変わらない。
その中で騎士団長を統べるアルベルトが退くにはまだ早いらしい。
それに。
「それにアルベルト、こっちに来て何をするの? 領地管理の仕事は苦手でしょう?」
「…………」
上からアルベルトの顔を覗き込んでいるけれど、随分と眉間に皺が寄っている。
「マクレーン専属の騎士団でも作るか……」
「反逆罪と思われかねないわ」
「そこまで大きな組織にするつもりはない。自警団のようなものだ」
「う~ん……」
騎士と名の付く組織に所属させたら、どこまでも上を目指してしまいそうな気がする。
アルベルトには王都の騎士団が一番相応しいのではないだろうか。
けれど彼が望む考えを否定したくない。
「アルベルト。先日リーバーから手紙が来たの」
リーバーはローズ領の執事。彼の親族は元々ユベール領主の執事として仕えていた家でもある。
ローズマリーの父にも、リーバーの兄が執事として勤めていた。
「リーバーに彼の縁戚で信頼できる人がいないか相談したら、候補の方を一人紹介してくださるそうよ。暫く一緒に仕事をしてみて、問題がなければその人に領主代理として就いてもらおうと思ってるわ」
「それは……」
アルベルトが振り向き私を見る。
「それが上手くいけば、私は王都の屋敷に行って一緒に暮らしたい。時々一緒にここに戻って視察をする時間を作りましょう。それでどうかな?」
私だってアルベルトと一緒に暮らしたい。
結婚して夫婦になれたのにこうして離れ離れでいることが寂しいのはアルベルトだけではない。
私だって寂しい。
振り向いていたアルベルトが後ろに姿勢を変えると、体を起こし私に口づけた。
五日ぶりのキスだ。
「ありがたい提案だ。本当に……ありがとう」
蕩けるように甘い笑顔に包まれながら、私達はもう一度口づけた。
菓子よりも甘いアルベルトの笑顔を知っているのは私だけだと思うだけで、私の心は喜びに満ち溢れる。
「……はぁ、結局マリーに頼ってしまうな」
長い口づけ時間が終わると、アルベルトは何処か悔しそうに呟いた。
アルベルト自身も王都で今の状況をどうにかしようと行動してくれていたけれど、結局私の提案で事態を収めたことが納得できないらしい。
どこか悔しそうだった。
年の離れた夫の子供らしい感情に、私は微笑まずにはいられない。
「アルベルトが護ってくれるから、私は自由に動けているのよ。旦那様」
王都で私がどのように揶揄されているのか知らないわけではない。
英雄のように新聞で取り上げられた後、騎士団長と結婚した私に対して面白可笑しく伝える記事もあったという。
アルベルトと結婚したというのに、レイナルドとの噂が流れることもあった。
そのほとんどは妬みから生まれるものなのだと私は知っている。
田舎娘の成り上がりに面白くない人がいるのも確かなのだ。
けれど、アルベルトはそんな噂を一蹴するほどに王都で活躍を続けている。
どの場においても私を尊重し、私を守ることを宣言してくれていることを。
彼は私に伝えることはないけれど、レイナルドから届く手紙に記されていることを。
アルベルトは知らない。
「ずっと傍にいてね。私の騎士様」
小さな頃から読んでいた絵本に出てきた騎士様のように。
私の騎士はいつだって、アルベルトなのだから。
10月8日に小説2巻が発売します!
書き下ろしや加筆修正しているので、読みやすくなっております♪
書店等によって書き下ろし特典がありますので、詳しくは活動報告をご覧ください。
楽しみです……!




