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五星暦1276年7の月。
私が「仮面の魔女」としてシルヴェスター伯爵家にやって来てからおよそ2ヶ月がたった。だが、いまだに少しばかり窮屈な生活を送っている。
2ヶ月前、駆けつけた騎士たちはリオン様の側にいた私に問答無用で武器を向けてきた。行方不明の人物の側に仮面をつけた怪しい人間がいればそうなるのは当然と言えば当然である。だがそのときの私は騎士が来たことでリオン様を守らなければ、と張っていた緊張の糸がプツリと途切れてしまいそのままその場に倒れてしまった。
目を覚ますと華美ではないが質のいいベッドに寝かされていて、横には本を手に椅子に座るリオン様がいた。
その彼によると倒れた私が自分の命の恩人であり、これより魔法の師となる「仮面の魔女」殿だと説得して強引に邸に連れ帰ってきたのだという。いつの間にか「仮面の魔女」という異名がついたのはこのせいである。正直こっぱずかしい。
その後リオン様が私を側に置くといって聞かないので、騎士たちも邸のものたちもしぶしぶ引いたらしい。そんな簡単に引いていいのかとも思ったが、どうやらそれ以外にも何かやったようだが、詳しくは聞けなかった。
とにもかくにもこの邸の主はリオン様の養父のシルヴェスター辺境伯なので、彼の最終的な判断が待たれることになった。
そして言い渡されたのが「とりあえず保留」というもの。その後私にはサンチェという20代の侍女がつけられたが、状況からして監視なのは間違いない。そもそも身のこなしからして普通の侍女ではない。
「シエル様、どこにいかれるのですか」
「お、お手洗いに・・・」
「あらあら、実は私も丁度お手洗いに行こうと思っていたのです。奇遇ですね。一緒に参りましょう」
ウソつけ!と思ったが口にはださない。言ったところで無駄なのはこの2ヶ月でよく理解した。どこにいこうが何をしようがついてくるものだから、この状況になれつつある自分が怖い。
唯一リオン様との魔法の勉強では席をはずしているが恐らくどこかで監視はしているだろう。
だが頭の痛い問題はもうひとつある。どちらかと言えばそちらの方が厄介だ。
「どこに行くつもりだ、魔法使い」
ほら来た。毎度毎度わざわざ足を運んでは嫌みを言いに来るなんてご苦労なことだ。
目の前で眉間にシワを寄せてこちらを敵意満載な目で見てくる男の名はレスター・エルノフ。伯爵家に代々仕えるエルノフ家の長男でリオン様の侍従を務めている。彼にとても忠誠を誓っており、忠犬ともあだ名される彼は、突然現れリオン様が親しく接する怪しい人間に邸の誰よりも強い警戒心を露にしていた。
「あらあらダメですよレスター様。女性にそんな言い方をしては」
「ふん、顔も見せない者に気を遣うつもりはない。お前が何故リオン様からの信頼を得ているのかは知らんが、すぐにでもここから追い出してやる」
言いたいことだけ言うと、レスターはどこかへと去っていった。
「はぁ」
本当に厄介だ。
◇◇◇
どうにかして彼からの信頼を勝ち得なければいけないが、レスター・エルノフについて実は私も詳しいことは知らない。
何故ならば未来に於いて彼は既に亡くなっていたからである。
五星暦1276年7の月、領内に突然出現した魔獣の群れによる襲撃。それに対処するために出動した騎士団と共にいた彼は、そこで命を落とすことになる。
なのでレスターについてはリオン様や、従兄弟であったロランドから聞いた人づての話ばかりだった。リオン様はあまり多くを語らなかったが、ロランドから二人には強い信頼関係があったとよく聞いていた。
もし彼が生きていたら、リオン様の命を救える可能性が少しでも上がるかもしれない。少しでも信頼できる人間は多いにこしたことはないのだ。
彼の信頼を得たい理由はもうひとつある。
レスターは表向きリオン様の侍従として働いていたが、裏ではシルヴェスター伯爵家に忠実に仕える優秀な諜報員たちを育てていた。シエルの侍女であるサンチェもその1人である。
諜報員として優秀なだけでなく戦闘能力もなかなかのものであった彼らを束ね訓練するレスターもまたただの侍従とは比べられないほどの戦闘能力があった。主に暗器で戦うらしい。
彼は現在私に対して敵対心、警戒心丸出しだが、とりあえず今後起きる事件で命を救わなければならない。信頼を得るのはその後でもいい。・・・その前に追い出されなければいいけど。一抹の不安を抱えながらリオン様の待つ部屋へと急いだ。




