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魔女とは何か、それを語るにはまずリオン様の出自から話さなければならない。
領土こそ大陸の5分の1を治めるものの、特に際立ったところのないとある王国があった。その王国の王もまた平凡を絵にかいたような男だった。ただ1つ極度の女好きという欠点を除いて。その王は平凡だったが国は大きいのでそれなりに力もあった。その力にものを言わせて、国内だけにとどまらずあらゆる場所から美女を集め後宮に囲っていた。それだけでよせばいいのにあろうことか王は、人妻や婚約者のいる令嬢まで、自分が見初めると強引に召し上げていた。その中の1人、ガレス子爵の末娘カエラもまた恋人がいるにも関わらず後宮に召し上げられ、一時の寵愛を得て子供を身籠った。その子供こそがリオン・シルヴェスター、またの名をアルデン王国の末王子リオン・アルド・カイゼルである。
それだけならまだよかった。大勢いる王子の1人として生きただろう。だが、彼が生まれたその瞬間からその首筋に、魔人族の王の証である「王の刻印」が現れたことから事態は急転する。
カエラの出産に立ち会ったのは彼女の乳母と信頼のおける侍女のみ。「それ」に最初に気がついたのは赤ん坊を取り上げた乳母だった。赤ん坊の体に浮かぶその黄金の印にその場にいたものたちは困惑し、そして恐怖した。
「王の刻印」それはかつて栄えた魔人族たちを率いる王たるものだけが持つことのできるもの。そしてその印を持つものは魔人族だけでなく魔獣をも従わせる力を持っている。
カエラは魔人族の末裔の血をひいていた。だが何故その印が我が子に現れたのか。疑問はつきなかったが、それでも今やるべきことは既に決まっていた。
この事を知れば王はこの子を利用するだろう。多くの悲劇がこの子によって引き起こされるかもしれない。それだけは阻止しなければ。そう考えたカエラ妃は乳母と侍女の手を借り赤ん坊が死産であったと偽装した。そして生まれたばかりの赤ん坊は侍女がひそかに後宮より連れ出し、カエラ妃の幼なじみでもあったシルヴェスター辺境伯に預けられることとなったのである。
魔女とはこの魔人族の王に命を捧げて仕える女性の魔法使いのことである。王によって魔女と認められたものは普通の魔法使いとは一線を画す王の守護者となるのだ。
本当は姿を見せず、離れてリオン様を守るつもりだった。私がイレギュラーな存在である限りそれが1番であると思っていた。
だけど今回のことではっきりした。私が動いたことで不足の事態が起こった。だがこれから起こることを防ごうとするなら、こういうことはまた起こりうる。わたしは精神もそれに付随する魔法もまだまだ未熟、離れて守護することには限界が出てくるはず。ならば彼の魔女となり側近くで彼を守る方がいい、そう思い至ったのだ。
リオン様は既に自分の出自を知っているはず。
あとは彼が望んでくれるかどうかである。
「魔女・・・?それって確か、魔人族の古い風習だったっけ。命を捧げて仕えるって言う」
「はい、そうです」
「そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱり君は魔人族だったのか。それもかなり血の濃い先祖帰りをしてる。でも確か魔女っていろんな説があったよね。例えば「王の妻説」とか。シエルは僕の奥さんになりたいの?」
そんな説があったのか!?師匠は何も言ってなかったのに!
「ち、違います!そっちの意味じゃないですから!」
慌てて否定するとリオン様がくすりと笑った。それを見てからかわれたのだとわかった。質が悪い・・・。
「いいよ」
「はい?」
リオン様は私の手を取った。
「シエル、君を僕の魔女として認める。これからよろしく」
一瞬の沈黙の後、返事を絞り出した。
「はい、必ずあなたをお守りします」
繋いだ手の甲に王の刻印と同じアルモリアの花の銀色の印が浮かび上がった。
◇◇◇
犯人を乗せた馬車ごとダレスに転移させようとしたのだが、先程のリオン様との契約で魔素をかなり消費してしまった。魔素をそれほど必要としない魔方陣を用いた方法で転移するために、魔方陣を描いていると、ふと思い出した様にリオン様が声をかけてきた。
「そういえば、シエル。君のその目の紋様だけどそれって確か『神の咎人』の印だよね」
知らない単語に首を捻った。
「『神の咎人』とは何ですか?」
「・・・もしかして、知らないの?その目の紋様の意味を?」
「はい。これは気づいたら現れていて・・・」
「まあ、知らなくても無理はない、か。最後の『神の咎人』が現れたのはもう700年も前で一般的には知られてないから。知識があるとすれば歴史の古い貴族か、五星教の人間ぐらいだから」
五星教とはこの世界において膨大な信徒を抱える宗教である。この世界を創った五星、つまり五体の神を崇めており、大陸の中央に位置する神聖王国を拠点としている。
「それで、『神の咎人』とはいったい・・・」
「五星教の教えから解釈すると簡単に言えば「神の怒りを買った罪人、そして災厄をもたらす悪魔」ってところかな。だから、貴族はともかく五星教の人間はその紋様を見ると過剰に反応して迫害なんかも平気でやりだすだろうね」
「そんな危なっかしいの側に置いちゃっていいんですか!?」
「危なっかしいのって、シエルのことだけど・・・。まあ、僕は別に信心深くはないし、それに自分が欲しいと思ったものを他人が否定するからって諦めなきゃいけない道理はないでしょ」
面食らって、固まってしまった。リオン様のあまりに明け透けな言い方に驚いたのだ。
「だけど五星教に見つかると厄介だから、何かしら隠す方法は考えた方がいいだろうね。一応聞くけどそういう魔法ってある?」
「あることにはあります。けれど一時的なものでそう長続きはしません」
「そうか・・・。何か目を隠せるものがあればいいけど。顔全体隠せるものある?」
「そうですね、あまり表で顔を晒したくはないですし探してみます」
服についた砂埃を払うとローブのポケットに手を突っ込む。このポケットにはあらかじめ収納魔法が施されており、手をいれて念じるだけで亜空間に収納されたものを取り出すことができる。
顔を隠せる適当な物がないか探ってみる。ひとつだけ良さそうなものを見つけて取り出した。額から鼻までを覆う黒い仮面で側面は顎のラインまである。飾り気のないシンプルなものだが軽くつけ心地がいい。これは師匠お手製のものでいくつもの魔方陣が組み込まれており、視力強化、聴力強化を行える優れもの。そして着けると他者の認識を阻害することができるのだ。つまりこれをつけていれば、目にどんな紋様があろうと相手はそれを認識できず、頭のなかで勝手にイメージが補完されるのでバレることはない。師匠のもとを出るときに餞別として贈られたものだが、餞別に仮面を選ぶところ師匠はかなりの変人である。
ついでに手の甲の印を隠すために革の手袋もはめた。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
魔法陣に手をかけてリオン様を見ると、彼はレムスール方面に顔を向けてじっとそちらを見ている。
目を凝らすと、視覚強化が発動した。遠くの方に土煙が見える。馬にまたがった騎士たちがこちらへ向かってきていた。
「どうやら、迎えが来たみたいだ」




