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シルヴェスター辺境伯の邸の最上階、執務室でこの邸の主アイン・シルヴェスターが書類に目を通していると扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします」
レスターが静かに入室すると、アインが顔をあげる。
「どうした、レスター。何かあったのか」
「・・・あの魔法使いのことでお聞きしたいことがあります」
レスターの言葉にアインは手にしていた書類を置くと話を聞く姿勢になった。目で促されてレスターが口を開く。
「なぜ、今もまだあの者をリオン様の側に置かれるのですか。仮面をつけて決して素顔を晒さぬような怪しいものなどさっさと追い出すべきだと私は思います」
「うむ、確かにそうだな。お前の育てた者たちが調べた限りでは、全く素性がわからない、ということだったか。名前も本名かどうかわからん」
「その通りです。私の育てた彼らは諜報員としてとても優秀です。この2ヶ月この国中から情報を集めましたが、あの者の足跡は全くと言っていいほど辿れません。それこそ他国からの間者の可能性もあるのでは?」
「そうだな、私もそれは考えた。調べれば調べるほど不可思議な点が多い。だが、サンチェが2ヶ月も張り付いて何一つ怪しい行動はしていない。それどころかリオンに嬉々として魔法を教えているそうじゃないか。だが、それだけでお前が納得するとは思っていない。これを見ろ」
そう言うとアインは引き出しから紙の束を取り出すとレスターに見えるように置いた。
そこには2ヶ月前に歓楽街で起こった爆発事件の調書がまとめられていた。爆発に巻き込まれた家に住んでいた者の調書である。
「これは・・・」
「ここに書かれているのは「いつの間にか家から別の場所に移動していた」と言っていた者たちの証言をまとめたものだ。一瞬で別の場所に移動する、そんな芸当ができるのは魔法使いぐらいだ。もしかしたら、と思ってな彼らにシエルの特徴、服装諸々を伝えてみると面白いことがわかった。彼らが別の場所に移動する前にその特徴に一致する女性が目の前に現れたらしい」
「だから、信用できる、と?」
「そうだな、少なくとも邪な考え持ったものがわざわざこんな真似をすると思うか?」
「それは、ですが・・・」
なおもいい募るレスターにアインはじっと彼を見据えた。
「おまえは1つ見逃している。お前も知っているようにリオンは魔人族の王の証を持っている。これを持つものを魔人族は傷つけることはできない。そして、シエルの髪の色は魔人族でも珍しいほどの黒い色で耳も魔人族の特徴がある。目はわからないがこの2つだけでも彼女が魔人族であることは間違いない。わかるな?」
「・・・現在の魔人族の末裔たちはその血が薄まっています。それに比例して魔人族の性質が薄まっている可能性も・・・」
「レスター。言いたいことはわかるが、それはない。確かに巷にいる魔人族の末裔たちはそうかもしれない。だがシエルは見てわかるように、先祖帰りだ。つまり王を求める血も濃い。実はな、シエルの処遇について判断を求められたときには彼女が先祖帰りだと言うことはリオンに報告を受けていた。だからこそ限りなく肯定の保留にしたのだ」
「リオン様が、魔法で騙されている可能性は・・・」
「リオンに害を及ぼす目的での魔法は効かない。それは不可能だ。例え騙されていたとして、あの子が、そのように愚かに見えるか」
「いえ、リオン様は聡いかたです」
「そうだな、だからこそ邸の者たちも黙って見守っている。・・・レスター、主の判断に疑問を持つことは悪いことではない。むしろそういうものがいてくれることはリオンにとって幸せなことだ。お前も頭のなかではわかっていたが、それを心に納得させる理由が欲しかったのだろう」
「・・・はい、お時間をとらせてしまい申し訳ありません。ただ私はあの者を信用したわけではありません。リオン様を信用しているだけです」
レスターがきっぱりと言いはるとアインは苦笑した。
「ああ、とりあえずお前はそれでいい」
レスターは一礼すると執務室を出ていった。
「やれやれ、あの調子では例の件を伝えたらまた一波乱ありそうだな」
ため息をつくと再び書類を手に取り仕事に戻った。
◇◇◇
よく晴れた日の昼下がり、邸の離れにある東屋でシエルとリオンは向き合っていた。今は魔法の修行中である。
「それではこれから五大元素魔法の1つ雷系の『雷』の習得を目指しましょう」
「もう魔素をコントロールする練習はいいの?」
「はい、大分体に馴染んでいるので魔法を使うための下地作りは充分です。魔素コントロールは魔法を使うことでも鍛えられるので、たくさん魔法を使って体内の魔素をより体に浸透させていきましょう。リオン様は魔人族なのでより効果が強く出るのでと思います」
「なるほど、魔法を使いつつ魔法を使うための体も鍛えられる、一石二鳥だね。でも、どうして雷系から?火も水も風も土だってあるのに」
「いやー、それがですね・・・」
じっとこちらの答えを待つ眼差しから逃れるように目をそらす。
「そのですね、2ヶ月前にあった、そのあれで・・・。私『雷撃』 を使ったじゃないですか」
「ああ、あの黒こげになった・・・」
「その時にリオン様に直接被害はなかったんですけど・・・どうも魔素には影響を及ぼしてたみたいで・・・」
それだけ言うとリオン様は納得したように手をポンと打った。
「もしかしてそれで雷系を使いやすくなったとか?」
「・・・使いやすくなったと言いますか・・・雷系に偏り過ぎて現状雷系しか習得できないと言いますか・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「つまり、僕は他の系統の魔法を習得するには魔法を受けなきゃいけないってこと?」
「リオン様の場合、どの系統にも親和性が高いので時間をかければ大丈夫だとは思うんですけど、手っ取り早くするにはその方法になりますね」
若干微妙な空気になったものの気を取り直して修行を始めた。
体のある一点、主に手指に魔素を集めそれを放出し行使したい魔法にエネルギーを変換する。そのための道を作る鍵が魔法を使う際に口にする呪文である。それによって変換されたエネルギーが魔法として超常的な現象を引き起こす。
この過程で最も難しいのが魔素をエネルギーに変換する道をきれいに形作ること。これが乱れてしまう、例えばでこぼこな道になってしまうとエネルギーにうまく変換されず霧散してしまうのだ。
「はあ、やっぱり安定させるのはなかなか難しいな」
少しばかり荒く息をつきながらリオン様が言う。
「すみません、私も私の師も感覚派なのでうまく説明できなくて・・・」
「いや、十分分かりやすかったよ。ただ理解するのと使えるようになるのとではやっぱり違うからね・・・」
ふう、と息を整えるリオン様の魔素は半分以上減っている。うまく道が作れずに魔素の消費が激しいのだろう。今日はここまでにして休んだ方がいいかもしれない。
杖などの触媒があればよりやり易くなるのだが、現在それは私のものと一緒に制作中のためまだ使えない。リオン様の魔素に慣らしていかなければならないので常に携帯する必要があり、時間がかかるのだ。
締めようかと口を開きかけたとき、離れていたはずのサンチェが顔を覗かせた。
「失礼いたします。シエル様、ご当主様がお呼びです。話があるので執務室まで来て欲しい、と」




