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処刑の時間が迫る。俺とサラは近くの民家の屋根の上にいた。
元々海に近い港街であるアルカンテは、屋根の上に登れる梯子があちこちにある。
勇者の救助ということで、一般人の家の上に潜伏して、俺たちは時間を待っていた。
曇っている空の下、弱い南風が吹いている中、広場の北にある一軒家の屋根に一人だ。
手には大きな袋がある。そこには、サラがあの調薬所で作った『ペトノン-型』だ。
霧状にしたものを、この中に入れてある。
実験の成否は、分からない。そもそも獣化した人間にしか使えないのだから。
俺が見ているその広場では、多くの人間が群れをなしていた。
その群れの中央には、処刑台。上の刃がキラリと輝いている。まだ勇者ルデースの姿はない。
だが、そこに兵士たちが現れる。
すぐそばに、ステージ4の患者たちが檻に閉じ込められていた。
「諸君、我らレジスタンスは貴族と戦う正義の味方だ」ソーリックが演説をする。
一般市民が歓声を上げるが、狼頭たちがうろついている。
これもソーリックの思い通りに動いているのだろうか。その一方で、俺の下で動きが進んでいく。
レティアが救助に向かう。レティアの反対側にマリアも動く。
そして、ソーリックの後ろの方に、隠れている何人かが見えた。その中にルデースが入る。
(まずはルデースの姿を確認できないと動けないからな)
俺は様子を見るしかない。レティアとマリアは、武器を隠して紛れるしかない。
出てきたところで動くしかない。
「さて、我らは貴族と手を組む勇者の捕縛に成功した。
諸悪の根源たる勇者ルデース、彼女をこれより処刑する。これより前へ」
ソーリックの動きとともに二人の狼頭が動く。
その二人の狼頭のそばに居るのが、ルデースだ。
鎧ではなく、囚人服を着させられていた。表情は驚くほど落ち着いていた。
「ではこれより、勇者の処刑を始める」
壇上に連れてこられたルデースは、処刑台に連れて行かれる。
そのまま、処刑台のそばにセットされる。
(いよいよか、頼んだぜ)俺はちらりと大きな袋を見た。
迷いなく俺は屋根の上をドスドス走り出して、思い切り飛び降りた。大きな白い袋を持って。
「な、なんだ?」
俺の足元には、群衆だ。俺の影を見るなり雲の子を散らすかのごとく、群衆が散らばる。
次の瞬間、広場のほぼ真上で俺は大きな袋を切り裂いた。
袋は切れ目からプシューと音がしてそこから霧が吹き出た。
ドスン、霧の中に俺が地面に着地していた。
「ヤツの魔法か?」叫んだのはソーリックだ。
霧が周囲を包み込む。青っぽい煙のような霧だ。
「いいや、違うな」俺はそのまま突っ込んっでいく。
「そいつを近づけさせるな!」
だが、ソーリックの言葉に反応する動きはない。
そして、俺は霧の中で手足を縛られたルデースのそばに駆け寄った。
「返してもらいに来たぜ」
「こいつは……」霧の中から見える虎頭は、俺を睨んでいた。
「どうやら効いたようだ」壇上に上がった俺は、倒れた狼頭をじっと見ていた。
この霧は、少し俺も気持ち悪くなる霧だ。あまり吸い込まないようにするか。
「まさか……おのれ……」
「観念しなさい」そんなソーリックの背後には、レティアが剣を抜いてソーリックに向けていた。




