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(NONILU’S EYES)
僕は一足早くある、館にたどり着いていた。
魔法使いである僕は、いつも着ているアロハシャツに黒いローブを肩にかけた。
旅をしているので、ちゃんとした正装は持ち合わせていない。
だけど、節操のない人間でもない。
大きな館の応接間に通された、僕は待たされていた。
この部屋に入って、すでに二時間経過。長く感じられた。
(なるほど、確かに時間にルーズな人のようっすね)
僕は、何度か立ち上がって応接間をグルグル歩き回っていた。
ここは、貴族街にある館で、シャンデリアに豪華な家具、窓も大きく光が差し込んでいた。
だが、一人で待つには実に退屈な場所でもある。
(さて、何時間待たされることやら)
グルグル歩いていると、突然唯一のドアが開いた。
「お待たせしましたノニール様、お館様です」出てきたのは執事の男。
綺麗な黒いスーツを着ていて、背筋もピンとしていた。
猫背な僕にとって、彼の姿勢は羨ましい。
「ノニール、あら元気いそうね」
「お初にお目にかかります、セーパット様」無論、言葉も丁寧語だ。
ドアの奥には、一人の女が出てきた。年齢的には、三十代ぐらいの髪の長い女。
カールかかった髪に、妖艶な衣装で現れた。ハーフスカートに大きな胸、妖艶な魔女といった佇まいだ。
「あら、ノニール。あたしは忙しいのだけど」
「国の方がグチャグチャで、まとまりもないから。民の勢いが強くなっている
魔術師ギルド側は、国を助ける仕事ではないのですか?」
「ギルドは貴族の傀儡集団ではないわ」怪しく微笑んでいたセーパット。
「ただ、今までのツケが来ているのは事実かしらね」
「ツケ、市民に対する締め付けとか?」
「そうねえ。この国の内務は、国王はほぼ関与しない。
それは悪い意味で、通例になっている。貴族院が、ほぼ全実権を握っているといってもいいわ」
「でも権限は建前上、国王にある」
「当たり前でしょ、アルカンテ王国なのだから」
セーパットは少しムキになって答えていた。
「この国は大きくなりすぎたのよ。
大陸の端から端までを領土にして、未開の地から……いろんな領地がある。
それを国王一人で管理することは、不可能に近いわ」
「でも、首都のこともわからないとかはないでしょう」
「そうでもないわよ、貴族院のことを信じてしまっている。
歪んだ情報を疑うことも、確認することもせず」
「先日、勇者は誕生した」
僕の言葉に、セーパットの眉がピクリと動いた。
「あなた……まさか」
「アルカンテの勇者、ルデースは誕生した。だが勇者ルデースは捕らわれてしまった。
かつて、国王は何度も勇者に助けられている。歴史もそれを証明している。
なればこそ国王は、勇者を見殺しにするのだろうか?」
「そうね、助けに行くでしょうね」
「そこで、提案です。僕の仲間が勇者を助けるので、あなたは国王と話をつけてもらえないかな?」
僕はセーパットの表情を見ながら、彼女の様子を伺う。
セーパットは深刻な顔で、考えながらやがて口を開いた。
「初めからそれが目的じゃないの?」
「まあ、そうっすね」僕は最後になって、目を細めて笑っていた。
(SARA`S EYES)
――ここは、『サスマラ』と呼ばれる地方の街だ。
学園都市サスマラは、歴史が古くから存在する学者の街。
そこにある『サスマラ大学』は、青く高い建物で周りからよく目立つ。
三年前の私は、大学の教室で授業を受けていた。
その教室は、四つの大きな教室で学ぶというもの。
グループごとに授業を受け、本を広げながら私たちはある実験をしていた。
「いいですか、獣化病は人間の成り立ちに影響するものです。
生まれながらに持っている野生、これが病気という形で体に影響するものです。
そのマウスにある野生を、弱めることがこの実験の基本で……」
前の教壇で教師の講義が続く。続きながらも、手は動かしていた。
私のグループは四人組だ。一番私が年下で、ほかの三人が二十代の男。
全員白衣にマスク姿で、この実験に参加していた。
テーブルの上には実験用マウス、ランプや試験管、他にはビーカーも置かれている。
「サラちゃん、ここの液体が赤くならないけど」背の高いニ十代の男が聞いてきた。
「こっちの薬品は、混ぜたほうがいいと思います。一度火で軽く炙るといいと思いますよ」
テーブルの上には、分厚い教科書も置かれていた。
「じゃあ、これは?」今度は男にしては髪の長い、ニ十代の男が聞いてきた。
「そこはビーカーに入れて、良くかき混ぜます。ただ……半分にしてくださいね。
あまり入れすぎると、成分が変わってしまいますから」
「わかりました、サラちゃん」髪の長い男も、私に言われて作業に取り掛かる。
私もまた、試験管で薬を混ぜながら、色の変化を見ていた。
「大人気だな、サラ」私に声をかけてくる染めた金髪の男が、声をかけてきた。
「お兄ちゃん、そっちの液体は終わったの?」
「ちょっと、どこかわからなくてな」大きな教科書を、私に見せてきた。
「どこが?ああ、そこね。ここの理論は、計算式で出るから。
この化学式が入って、そう。後はD薬を使うので……ここに代入」
「そっか、ここにDを使うのか」
「うん、そう。後はね……」
「相変わらず、サラに教わっているな。ハト」
薬品を混ぜながら、髪の長い男が茶化してきた。
「うるさい、いいだろ。妹のほうが優秀なんだから」
「まあ、サラちゃんは優秀なのは認めるけど。指示も的確で、早いし」
「そ、そんなことないです」私は喋りながら照れていた。
「引っ込み時間なのが、また奥ゆかしい。嫁に欲しいくらいだ」
「お前に俺の妹はやらん」私の兄『ハト』は、私の代わりに手を広げて阻む。
「おお、怖っ!」作業に再びもどる髪の長い男。
「サラ、気にするなよ。私はいつまでもお前の味方だ」
「はい、お兄ちゃん。それよりもこっちの薬を作ってください。
マウスの切開手術は私の方でやりますので」
「サラ、大丈夫なのか?ネズミのはらわた見るの、抵抗ありそうだけど」
心配そうな顔で、ハトは私を見ていた。
「大丈夫ですよ、何度もやっていますし」
「そうか、そういう趣味があるんだな」
「そういう趣味は、一切ないですから」私は顔を真っ赤にして否定した。
私は薬を混ぜ終えて、テーブルの真ん中のケースを引っ張った。
そこには薬の影響で、活きがいいマウスがいた。
「じゃあ、私も始めないとね」あまり迷うことなく、メスを持ってマウスを見ていた。




