♣馬と人形~Alia in Wonderland~
今回と前回の話は分かりづらいかもしれませんが作者の筆力ではいつもの事なので気にせずお楽しみください
大陸の森林地帯、その森の中を流れる川の畔でキリスとアリアは大きな岩に座り、真ん丸の月を見上げていた
「どうかしたの?」
「いや、ふと故郷のことを思い出してな」
「確かもう何十年も帰ってないのよね、望郷の念ってやつかしら?」
「まあ似たようなところだ、しかし父は分からぬが母は元気でやっているであろうよ、長命種であるが故。
それに母は精霊系の魔法使いだ、便りを飛ばすのは容易い、便りが無いのは元気の証という奴だ」
問題ない、と言ってキリスは微笑む
暗い闇を照らす月がキリスを照らし、悲しい雰囲気を演出するがキリス自身にはそんな雰囲気は見られない、彼は事実問題のであろう
「へぇ…いつか貴方の故郷に行ってみたいわね」
「うむ、その時は私が案内しよう、それほど大きくはないがいいところだ、とくに景色が良くてなぁ…」
「あらら、自分の世界にはいちゃったわね、そんなに懐かしいの?」
「ああ、旅もいいものだが、一か所に留まるというのもまた良し、比較などできんよ…嗚呼、しかし懐かしい…」
一人望郷の念に浸りながらキリスは腰に下げた竹の水入れから水を一口、喉を潤し、アリアを背に乗せ歩き出す
「ところで貴殿の故郷はどのような場所であったのだ?」
「そうね、うまく語れるかは分からないけれど、詩人に語らせればそうとう面白い話になるんじゃないかってくらい不思議な場所だったわよ」
そういってアリアは語りだす、キリスはアリアを乗せた背が少し重くなったように思えた
「きっとアレは一夜の夢みたいなものだと思うけど、確かにあの場所に私の友人たちは“生きて”いたのよ、嗚呼…思い出せば思い出すほど懐かしいのに文才の無い自分が恨めしいわね、とっても短くなりそう」
混沌世界の半人人形-命海・かわった島アルカディオス-
私がいつからそこにいたのか、いったいどうやって生まれたのか、そもそもそこはどこなのかわからないけれど、“人形”の私は気が付けばそこで人間として暮らし、普通に暮らしていたわね
なかなか住みやすくはあったんだけど小さな小さな島だったわ『アルカディオス』なんて大仰な名前で、辺りは命海なんてこれまた大仰な名前が付けられたただの海が広がっていて、島の中心にはやっぱり他の大地と変わらず大地を支える“ガス灯”の『木』があったわ
何を言ってるかよくわからない?まあ取り合えず最後まで聞いてよ、私にだってあそこが何だったのかはよく分かってないんだから
楽しかったわ、友人と話したり、畑を耕したり、普通の田舎の生活を送っていたわよ
嗚呼、だんだん鮮明に思い出してきたわ、そうよ、私の体が動かなくなったきっかけの日、その前日は友達のユスティマ達とお茶をしたのよ
思えばあれがあの島で過ごした日々の中で一番楽しくて、居心地が悪かったわ、ひょっとしたらユスティマは終わりに気づいていたのかもしれないわね
~アルカディオス・終焉の一日前~
いつも通りの太陽が昇る朝、明るい外に真っ暗な部屋で私はうるさい匂いで目を覚まして、いまだに鳴り続ける“ふかふかのパン”の目覚まし時計を止めた
“大型犬”の布団からはい出して、“鼠”や“石”なんかの新鮮野菜のサラダと“石畳”のトーストを食べて、私は“人”の家の扉を開けて“石炭”の広がる畑を見に外へ出た
昼過ぎにはいつも通りの仕事を終えて、“兎”や“鹿”の道を歩いて家に帰って、なんだか眠かった私は布団に入り…
3時から友人たちと一緒にお茶会をするって約束をすっかり忘れていた私は身だしなみを整える暇もなく20分ほど遅れて“本棚”のユスティマの家に着いた、別に女だけのお茶会だし、気の知れた仲だったから身だしなみはあんまり気にしなかった
それよりも時間に厳しいユスティマのことが気になっていた、絶対に怒るだろう
「ごめん、遅れちゃった」
「遅かったわね、いったい何してたのよ」
「先にお菓子いただいてるよぉ~」
「チゼ、行儀悪いよ…」
友人たちはもう“象”の大きなテーブルについてお茶会を始めていた
初めに私に声をかけ、珍しく怒らずに“酒”の紅茶を入れてくれたのがユスティマで、“葉っぱ”や“石鹸”のクッキーをボリボリと食べているのが“教会”のチゼ、それを窘めているのが“イルカ”のマールだ
3人とも私が物心ついた時からの友達で、古くなった私の家の扉を変えさせてくれない事を除けばみんないい友人だった
「つい寝ちゃってた」
「はあ…アンタって子は…」
「わかるわかる、この頃暖かくて絶好のお昼寝日和だよねぇ~」
「まあ、異論はないかな、ボクも今日の朝寝坊してしまった」
私も席に着き、ユスティマの淹れてくれた紅茶を味わう、うん、いつも通り美味しい
「珍しいね、怒らないの?」
「なんかゆすちー、今日は機嫌いいんだよぉ~」
「誰がゆすちーよ」
「あう」
ユスティマがチゼを叩くがいつもと違ってキレがない
これは本当に何かあったのかもしれない
「どうかした?」
「いや、ユスティマがいつもと違って優しいから気持ち悪い」
「アンタも大概失礼ね」
そういって私の頭も叩いてくるがやはりキレがない、何だろうこの気持ち悪さは
「どうもユスティマは昨日からこんな感じなんだ、予想だときっと『待ち人来る』ってとこかな」
「ぬわにぃ~、あの独神の異名を持つゆすちーがだとぉ~」
「チゼ、言動には気を着けなさい、あと夜道にも」
ユスティマは私たち4人の中で最高齢だ、いつからここに住んでいるのかは分からないが長年洗練された料理や魔法を見ているとそれはもう気の遠くなるような年齢なのではないかと思う
おっと、ユスティマの目が鋭い針のようになっている、でもこうやって何を考えているか見抜く辺りやっぱり年m…
「いたっ」
「この島じゃ年齢なんてほぼあってないようなもんでしょ」
「まあねぇ~」
「そうだね、ボクは応援するよユスティマ」
「そんなんじゃないんだけど…まあ今日は思いっきり楽しみましょ!このまま夜になったら飲み会にシフトするわよ!」
この日のユスティマはいやにテンションが高くて、違和感バリバリで気持ち悪くもあったけど、それでも彼女は心から嬉しそうにしていたから
私たちはユスティマが上機嫌な理由なんて考えずに夜を明かすまでおしゃべりしたり、飲んだり食べたりはしゃぎあった
蛇足だけど酔っているユスティマを見ているとどう見てもオッサンにしか見えなくて、マールの予想ははずれてるんじゃないかと思った
まあ『待ち人来る』の待ち人にはいろんな意味があるらしいし、恋人とかの類ではないのかもしれない
私は思いっきり楽しんで、心地よい酔いに体を抱かれながら帰路に就いた、夜道のユスティマの襲撃はなかった
―翌日・早朝―
朝、昨日と同じように目が覚める、心なしか体が重い、外もやけに静かで不安をあおる朝だった、それに寒い
辺りを見回すと昨日家に帰ったときはあった家の“孔雀”の壁が無くなって孔雀の死骸が転がっていた
なるほど、これでは寒いはずだ、壁が無いなら風は容赦なく吹き込んでくる
「ってそうじゃない!なによコレ!?」
独り言は少ない方なのだが思わず声が出た
私はとりあえず、ユスティマの家へ向かうことにした、ユスティマの家に行く道の途中にはチゼの家もあるのだが、正直彼女は頼りにならない
私はユスティマの家へと走る、途中見かけた昨日までは無かったはずの教会を見て、なんだかとても不安になった
「ユスティマ!いる?」
私はユスティマの家の“貝殻”の戸を叩く、返事はない、いつも早起きで働き者の彼女ならこの時間にはもう起きているはずだ
「…勝手に入るよ」
私は意を決して、扉を開け、家の中へ入った、戸の取っ手を握る手は震えていた
ユスティマの家の中は物で散乱していた、綺麗好きでマメな彼女は絶対に家をこんなにしたままにはしないはず
それに、昨日まではなかった物や動物の死骸が多いのが気にかかった
「あら…アリア?」
「ユスティマ?」
ユスティマの家の庭で倒れている何かを見つけた
人の形をしているのだけれど、その肌は明らかに人ではない
木目が目立つ足に、腕は赤や緑の本のハードカバーのような皮で覆われ、服は真っ白な紙のよう
その人の形のちょうど顔の部分、古めかしくも綺麗な色をした釘のささった木の板を見た時、私はそのどこか見覚えのある形に恐怖した
その木の板はユスティマの顔をしていた
私はユスティマの頭を抱き上げる、かろうじて動いているのは顔くらいのもので、首から下はほとんどが木や皮や紙…そう、まるでバラバラになった“本棚”のようになっていた
その頭でさえ、気のような質感で人の温かみはなかった
「ユスティマ!いったいどうしたの!?」
「どうしたのって…?アリア、もうこれで終わりなの、ようやく終われるのよ?」
嬉しくないの?、とユスティマは言う、便りになると思っていたユスティマは今のこの現状を当然のように…いやむしろ歓迎していた、その歓迎すべき現状に文句を言う私が分からないといったような表情だった
「何を言っているのよ!いったい何が起きているの!?嗚呼もうそんな顔しないでよ!教えてよ!」
迷子になった子供の様に泣き叫ぶ、もう何が何だか分からない
「ねぇ…一つ聞いていいかしら?」
「…何よ」
ユスティマは真面目な顔になっていた、その木の目は私を試すように見ていた
「貴女は“人間”?」
「…何当たり前のことを言っているのよ」
「そう…やっちゃったかしら…?」
ユスティマは一人ぶつぶつとつぶやき始める、こんな時に自分の世界に入り込まないでほしい、置いて行かれた気分になってとても怖いから
ふとユスティマの頭を抱く腕が温かくなった
ユスティマの顔は、顔だけは元の人間のような色に戻っていた
私をユスティマの青い目が見つめる
「いい?アリアよく聞きなさい」
「何?」
「もう、この島が終わることは決定した、これは絶対に覆らない、いえ覆らせたりなんかしない」
「何でそんなことを」
「いいから聞いて、時間が無い」
何でそんなことを言うのかと聞こうとした私の顔にユスティマの手が触れた、赤や緑の皮ではない、温かい“人間”の手だ
「もし、貴女がこのまま生きていたいなら、意味は分からなくてもいい、この島から抜け出してどこかの陸地にたどり着くまでは自分は“人形”だと自覚しなさい」
「どういうこと?」
「ああもう!『貴女は人形』!いいわね!」
「ハイ」
だいぶ軽くだが、ユスティマ得意の魔法の一つ、『暗示』をかけられた
ユスティマ…これ禁じられた魔法とか言ってなかったっけ?
「『貴女はこれから海に入りなさい、そしてそのままどこか別の地へ漂着するのを待つの、ただし途中で“人間”の若い男に出会ったなら、その時だけ、貴女は子供ほどの丈しかない小人族よ、その男に貴女が“人形”だとは絶対にばれてはいけない』」
「うん、わかった」
逆らいたいけど、逆らえない、いろいろ聞きたいことがあるのに…ユスティマはそれを許してくれない
「『お行きなさい』、ありがとう、今まで楽しかったわ…」
私の顔に添えていた手から温もりが消え、カランと地面に転がって、最期にユスティマはそれだけ言って、ただの壊れた本棚になった
叫びたいのに、泣きたいのに、私は何も言えず、海へと走った
海は『木』の所を過ぎたその先だ
「はっ…はっ…はっ…」
私は海へと向かって走る、途中いろんな家があった場所を見たが、ふざけた様子だった
どこもかしこもいろんなものが散らかって、まるで悪夢のよう、動く者も皆無、道はすでに“道”ではなく、いろんなゴミが一直線に落ちているだけだった
ちょうど『木』までもう少しといったとき、此処を過ぎれば海はすぐそこにある
「ああ!やっと人がいた!」
低く縋る様な男の声を聴いた
途端、私の意識が少し切り替わる、今の私は小人族だ、人形でも普通の人間でもない
「やっと普通の人に会えた、もう気が狂っちまうかと…ああ悪い、俺はレオナルド、いきなり悪いんだがこの島から抜け出すにはどうすればいいのか教えてくれないか?」
レオナルドと名乗った男はなれなれしく話しかけてきた、まあ辺りにはガラクタだらけの最低なワンダーランドみたいなこの場所で一人でいたら不安にもなる、仕方ないのだろう
「ちょうどよかった、私もこの島から出ようとしてたの、私は小人族のアリアよ、海はそこの『木』を過ぎればすぐそこよ」
初対面の人だが、この状況では一人よりも二人の方がまだマシだろう、私たちは海へと歩き出す
「なあ、『木』なんてどこにあるんだ」
「何言ってるの、今さっき過ぎたじゃない、ほらあれよ」
レオナルドが変なことを言い出すものだから私は振り向いて『木』を指差した
「何言ってるんだ?ただの“ガス灯”しかないじゃないか」
レオナルドがそう言ったのがきっかけだった
大地を支えるために深く広く根を張っていた『木』はガス灯だ、それは前からわかっていた
ここで疑問が浮かぶ、『ガス灯』は『木』のように根を張って大地を支えることなどできるだろうか?
答えは否だ
「なっ!?うおおおおおお」
「きゃああああああ!」
大地が崩れ始める、レオナルドと私は崩れた足場につまずき転ぶ
「やばい!またか!急ぐぞアリア、このままだと海に真っ逆さまだ!」
素早く立ち上がったレオナルドがまだ倒れたままの私に手を貸してくれる
その手を取り、立ち上がるがここでハプニングが起きた
先ほど転んだ時に服をどこかに引っ掛けていたらしい、レオナルドがつかんだ右手から右肩、右胸にかけて服が大きく裂けた
「きゃああああ!なにするのよ!」
すぐさま左手で破れた布地を取り、体の右半分を隠す
レオナルドの方を見ると、彼は服を裂いてしまったことに対して申し訳ないと謝るのでも、私の肌を見たことに対して顔を赤くするなど何かしらの反応を見せるのでも、はたまた何も反応せずに逃げようと急ごうとするのでもなく
“私”に恐怖していた
「嘘だろ…本棚や自転車や井戸や教会の次は“人形”かよ…」
レオナルドが人形という言葉をつぶやいた時だった、私の体が微動だにしなくなる、動かそうと思っても動かない、体から熱が消える、視界が暗くなり、世界から音が消える
ぼやけた仄暗い視界の中、私は裂けた服の下の自分の体を見る
嗚呼、そうだった、私は小人族ではない、ましてや“人間”でも、それどころか生き物ですらない
私は…
「“彼女”を殺させてなるものか…“彼女”は“人間”だ、私が愛した“人間”だ、ようやくこの地で命を得た、私の最も愛おしい“人間だ”」
私の家の“人”の扉の“人間”がレオナルドを刺殺した
私の体に熱が戻る、レオナルドを殺した“人間”の方を見る、私の意識が遠のいていく
「おっと、私としたことが、“扉”に戻らねば、嗚呼、しかし名残惜しい、もっと君の姿を見ていたかった」
私が最期に覚えているのは、やっぱり“人間”ではなく“扉”だった“人”と真下に映る青い海だった
「どうだったかしら、少しは楽しめた?」
「何とも不可思議な話であったな…」
キリスの背に揺られながらアリアはあくびを一つ、小さな雫が彼女の目から零れた
「少し眠るわね」
「ああ、おやすみ、おそらく目を覚ますころには次の街に着いているであろうよ」
「そう…楽しみ…ね……」
眠ってしまったアリアを落とさないように走りつつ、キリスはポツリとつぶやく
「故郷が未だあるというのも当たり前ではないのだな…久々に手紙の一つでも…しまった、私からの連絡手段がない」
大地が海で分断されるこの世界、大陸内はともかく離島同士での連絡手段は魔法などしかない、その魔法もまた希少かつ難しいものであるため、実質連絡手段は存在しない
「帰るか…いややめておこう、あの母のことだ、今帰れば嫁を連れて来たとでも誤解されかねん」
アリス「まともな食い物がでねぇ!」




