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♣馬と人形~時をかける人馬~

今回と次回の話は分かりづらいかもしれませんが作者の筆力ではいつもの事なので気にせずお楽しみください

 -軽海-


 とは言ってもチェロックの近くにある軽海ではなく、霞叢地が存在するこの世界でも1、2を争う大きさの大陸の一部に面する軽海である

 多種多様な海が広がるこの世界ではあるが、海はその場所唯一というわけではなく、別の場所に全く同じ性質を持つ海も存在するのである

 ちなみにこの大陸はこの世界では珍しく浮遊していない陸地であり、大陸を支える樹々はこの星の岩盤までしっかりと根を伸ばしている

 何が言いたいかと言えば、この陸地には浜辺が存在するのである

 そしてこの海の浜辺で釣り糸を垂らす4つ足の男が一人

 男の鋭い双眸は真っすぐに海へと延びる釣り糸を見つめており、その釣竿を持つ両腕は鋼のごとき筋肉に覆われている、男は砂色のローブを身に纏い、ローブの裾は足もとまで伸びていた

 そして、そのローブの裾からは4つの馬の蹄が伸びていた

 ふと、釣竿の先がしなる、男は思い切り釣竿を引き上げる


「何と…これは…死体か?」


 運送業を趣味(・・)とする馬人族(ケンタウロス)の旅人、キリス・スヴァティオ

 彼が昼食の確保のための釣りで一番初めに釣り上げたのは、魚ではなくボロボロの服を着た少女の人形だった







 馬の宅急便(喋る猫はいない)―トジス大陸・横断道中―







「あら、美味しいわねコレ、なんて言うの」


 人形少女はたき火の前に座り、満面の笑みで焼き魚を頬張る


「うむ、太刀魚(ブレードフィッシュ)というらしい、口にあったようで何よりだ。お得意様が教えてくれた魚なのだが私ではいまいち焼き加減が分からなくてな、お得意様の焼いたものはもっと旨かった気がする」


「運送業をしてるって言ってたわね、それのお客さん?…たぶん時期が悪いんじゃないかしら」


「…そう言われると前に食べたのは夏だったな、まあ仕方あるまい、この辺りで毒のない魚はコレしか知らんのだ、貴殿にはコレ以外安心して出せんよ」


「あら?そういう貴方はずいぶん豪華なモノを食べているようだけど」


 キリスは少女には太刀魚のみを渡し、自身は他に釣り上げた様々な魚にかじりついていた

 しかし、がつがつと魚を平らげていくその姿は旨そうに豪快に喰らうというよりも、どんなものでも喰らわなければ生きて行けない過酷なスラムで暮らす人々の姿を連想させた


「あむっぐむっ…んん、言ったであろう、この辺りで毒の無い魚はそれしか知らぬ、と、それに私は頑丈であるし、第一自身の事である、如何した?責任が持てぬ故今ある魚はやれんが、足りぬならまだ釣ってくるが、ぐむっ」


 喋りつつもキリスは食べるのをやめない、だが一心不乱に口を動かしながらもその目はしっかりと少女を見つめていた


「いやいいわ、もうお腹いっぱい、それにきっと毒があっても大丈夫よ、何せ…」


 少女は伏し目がちに自身の腕を擦る、その腕は人の肌の様に滑らかで白く綺麗ではあったが、人としての温もりを帯びない木でできていた


「その明らかに非生物の身の事であるか?」


「結構遠慮なく言ってくれるわね、人が気にしてることを……でも、そうね、私は人ぎ…何するのよ」


 落ち込んだ表情で自分のことを語りだそうとする少女の口をキリスは指で止める、少女はむっとした顔で太刀魚に刺さっていた串をキリスに向けて抗議しようとし…だらりと腕から力が抜けた


「なによ…これ…!?」


「乙女の唇に気軽に触れたことには謝罪しよう、しかし言葉というものには魂が、力が宿るものだ、不用意な発言はしない方がいい、もぐっ…む、まだ火が通っていなかったか…

 統率者の演説は民を導き、魔法使いの詠唱は魔法となり、心無い一言は時にどんな武器よりも深く人を傷つける

 特に貴殿は自身の事については発言に気を付けることだ、今の貴殿はおそらく人形(・・)であり、人間(・・)である曖昧な存在、あむっ…塩が利きすぎたか…

 今まで貴殿のような存在に出会ったことが無い故、どうなるかは分からぬが、まあ自身を人形などと呼べばろくなことは起こらんだろう、ほれ事実貴殿の腕は人形となってしまった

 貴殿は何だ?よく考えると良い…む、無くなったか…致し方あるまい、また釣るか」


 深刻な現実を少女に突きつけながらも魚を完食し、キリスはまた釣竿を手に取ろうとし

 震えている少女を見て釣竿から手を放した


「そんな…ぃゃ…いや…いやぁああはぷっ!」


 キリスはパニックになる少女の頬を躊躇いなく手で挟み込み、真っすぐに瞳を見つめる、少女の黒い瞳の奥には満天の星のような輝きがあった、その瞳は美しく、しかしその美しさは正しくガラス細工によるものであり、生命の持つ瞳では断じて無かった

 だがキリスは断言する


「慌てるでない、そも、焼き魚を笑顔で頬張る事など人形ができるはずがないであろう」


「でも…」


「まあ私は貴殿が人であろうと物言わぬ人形であろうと知らぬことだが、せっかく貴殿には命があるようなのだから人として生きてみてはどうだ、愛でられ遊ばれるだけの人形などつまらぬだろう」


 それだけ言って、キリスは釣竿を片手にまた海辺へと歩いて行った

 後には体の動かなくなった少女が残された

 しばらく暗い表情でなにやらぶつぶつとつぶやいていた少女だが、時間がたって少しは落ち着いたのか、気づく


「自分じゃ動けないし、帰ってこない…見捨てられた?」


 少女は顔を青くする、その表情は決して良いものではなかったが、人形と呼ぶには程遠い、とても人間らしい表情だった


 ◇


「帰ってきた…よかった…本当に良かった…」


「そんな泣きはらした顔をしてどうしたのだ?」


「あんなこと言って立ち去るものだから置いて行かれたかと思ったわよ!」


「おっとそれは失敬、だがいい表情になったな」


 キリスはハハハと笑う、少女はキッと怒った表情を見せるが、キリスはそれを見て、いい表情だ、とまた笑った


「して、では問おうか、貴殿はなんだ?」


「わたしは人よ、体はほとんど動かなくなっちゃったけど、それでもわたしは人として生きていたい」


 少女は真っすぐにキリスの目を見つめ、堂々とそう宣言した


「うむ、そうか、頑張ると良い」


 キリスはそれだけ言って魚をさばき始めた、どうやら今度は刺身でいただくつもりらしい


「ちょっと待ちなさい!」


「あむっ、うむ、これもなかなか…どうした?」


「もう少し…こう…無いのあなた?わたし一人じゃほとんど動けないのよ?関節も四肢の付け根くらいしか動かないし…」


 少女は信じられないものを見るような眼でキリスを見つめる、一方のキリスは我関せずと刺身を頬張っていた


「ああいや、すまん、私は空腹に弱くてな、貴殿一人では思いがどうあれ、とてもではないが生きてゆくことができないのは理解しているが、今はそれよりも腹が減って仕方がない、まあ私がこれを食べてる間はどうすれば生きてゆけるか手段を考えてみたらどうだ?」


「案外薄情なのね…」


「いや、そうでもないと思うが、趣味も貧しき者からは大抵ただ同然の値で受けているぞ」


 それだけ言って、キリスは魚を食べる作業に戻った、面倒くさくなってきたのか、もはやさばかずに飲んでいる

 目の前の奇異な光景を見ながら、少女は一人どうするべきか考えていた

 キリスが最後の魚を飲み終えた頃、少女は聞いた


「そういえば貴方、運送業をしているのよね?」


「うむ、気づいたか?」


「ええ」


 キリスと少女は互いに微笑んだ


「それじゃあ依頼するわ、依頼は『私』の運搬、期限は私が自分でまともに動けるようになるまで…ってところかしら、頼める?」


「承った、それでは早速行こうか、よっと」


「きゃっ、せめて一声かけてからにしなさいよ、お客様に失礼よ」


「おっと申し訳ない、もとよりただの趣味である故」


 キリスは少女を持ち上げ、自身の背に乗せた、鞍が無いうえに少女は四肢が不自由なため落ちそうになるが、キリスはどこからともなく出した帯で少女を緩く自身の背に結び付けた


「そういえばまだクライアントの名前を聞いていなかったな、いやそもそも名はあるのか?」


「失礼ね、ちゃんとあるわよ、わたしはアリア、アリア・スティラーよ」


「うむ覚えたぞアリアよ、お代は…そうだな…」


「あら?一文無しの私からお金を取るのかしら?…それとも、私の体が目当てなの!?」


 セリフとは裏腹にからかうような口調でアリアはそう言った


「…ずいぶん明るくなったな、なに、私は基本一人旅であるが故、道中の話し相手にでもなってもらえれば十分よ

 まあ道中など無いに等しいのだがな、私の足は速いぞ、あっという間に街に着くだろう、まずはそこで貴殿の服でも買うとしよう、いつまでもそのボロでは堪らんだろう」


「買ってくれるの?」


「無論、女性には優しく、レディファーストだ」


「…なんか怪しいわね」


 アリアは訝し気にキリスを見つめた、キリスは気にすることなくハハハと笑う


「いやなに、下らん話だが、言った通り私の足は速すぎてな、何も追いつけない故に仲間は置いて行ってしまうのだが、アリアはその点心配いらぬからな」


「よくわからないのだけど」


「まあ気にするな、私が勝手に貴殿を気に入っただけの事、そら一瞬で次の街だ!」


 キリスはそう言って走り出す、アリアはキリスが自信たっぷりに言うものだからどれほど早いのかと警戒していたが、キリスは確かに速いがせいぜい駿馬と変わらぬ程度の速度で駆けていた


「あれだけ大口を叩いた割にずいぶんと拍子抜けね」


「む!?アリア、動けるのか?」


「何当たり前のことを聞いてるのよ?」


「そうか!ははははははは!いやあ今日ほど嬉しい日はない!ふはははははははは!」


「いきなりどうしたの?」


 キリスは大口を開けて、涙がこぼれるほどに笑った、アリアはきょとんとした目でキリスを見つめていたが、そんな事など気にせずにキリスは笑い続けた


「アリア!太陽や雲を見ると良い!なんなら草でも獣でも!動く者を見てみると良い!きっと驚くぞ!」


「どうしたのよ、いきなりそんなにハイになって…あれ?止まってる?」


 辺りの不思議な現象に気づいたアリアにキリスは嬉しそうに笑う


「言ったであろう、私の足は速すぎてな、どうやら時間をも置いて行ってしまうらしい」


 よほど嬉しいのか、キリスは一方的に饒舌に語る


「今この時、私と私の身に着けている物以外はすべて動かない、私はこの止まった世界の中を走ることができる、あくまで走ることだけであるからにして、他の物は荷物として持つかこの背に乗せなければ動かすことはできん、できることは本当に走ることだけだ

 それにこの世界は特に生き物には厳しくてな、この背に乗せようとも生き物は動かすことはできなかった」


「まだ理解は追いつかないけど、それはわたしが生きていない人形だっていうこと?」


「アリア、貴殿は人だ、確かに生きている、寧ろそうでなくては困る、私しかいないこの退屈な世界では話し相手がいないのだ

 しかし私が貴殿を釣り上げ運んだ時、確かに貴殿の体はこの世界の中で運ぶことができた、貴殿は人形でもあるのだろう、おかげで置いて行ってしまわない旅の道連れができたと内心喜んでいた

 いやすまない、貴殿の事を否定しているわけではないのだが、まさか道中までまともに話せる者にであえるとは!

 こんなに嬉しいのは両親に認められた時以来だ!」


 あーっはっはっは、とキリスは笑い続ける、あまりに大きな笑い声にアリアは細い眉をひそめるが、身動きができないのでどうしようもなく、そう、しかたなくだが、一緒に笑った


 誰も知覚することのできない世界を、二人は駆けて行った


―魔法使いの食道楽その8―

 『太刀魚』

アリス「今回紹介するのは太刀魚、決してブレードフィッシュなんていう意味不明な生物じゃないぞ」


アリス「名前の由来はそのまんま太刀に見えるからだとか、立ち泳ぎで獲物に襲い掛かるとかいろいろある、成魚は2m以上にもなる長い魚だ」


アリス「そのまま塩焼きでよし、刺身、てんぷら、一夜干し、ムニエルにかば焼き、新鮮ならなめろうなんかもできる、かなり調理の幅が広い魚だ、作者は一夜干しが一番好きだ」


アリス「さばくときは鋭い歯の生えている頭に気を付けよう、三枚に下ろしたら塩を振って水分を抜き、みりん、醤油、砂糖、酒などで造った調味液につけ、そのまま天日で4時間程度干せば一夜干しの完成だ」


アリス「食べるときはオーブントースターなどで焼いて食べよう、米も酒も進むぞ、お好みで干す前にゴマを振っても美味しいかもしれない」


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