↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂の中のアストラ  作者: 絹笠 悠
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/21

9話


 船長室には、五人が集まっていた。


 先ほどまで武器庫にいた僕とザックス。


 あの大きな音を聞いて真っ先に駆けつけたアルバと、その少し後から息を切らしながらやってきたマリアンヌ。


 そして、諸々の事情を聞きつけ、見張り台から戻ってきたリエリエッタ。


 僕とザックスは同じソファに並んで座り、対面にはアルバとマリアンヌ。少し遅れてやってきたリエリエッタは、奥のテーブルへ腰を預けている。


 僕たちがここへ呼ばれた理由は、十中八九あの魔剣の件についてだろう。


 やはり勝手に触った挙げ句、大事な商品を床へ落としてしまったのがまずかったのだろうか。


 誰も口を開こうとしない。


 その沈黙が、余計に不安を煽ってくる。


 ああ、処刑台へ登る罪人って、こんな気持ちなのかな。


 それならば――。


「ご、ごめんなさい! 勝手に魔剣を触って、その上、床に落としてしまって……!」


 先手を打って、勢いよく頭を下げた。


 下手に言い訳を並べるくらいなら、大人しく自分の非を認めた方がいい。


 その方が相手の心証も――何より、自分の心も少しは楽になる。


「ほんっとうにすんませんでした!」


 隣でザックスも、僕に負けない勢いで頭を下げる。


 実際のところ、僕が剣を持ち上げなければ、床へ落とすなんてことにはならなかった。


 だからザックスが負うべき責任は、僕ほど大きくないはずだ。


 それでも彼は、こういうときに自分だけ逃げようとはしないらしい。


「……」


「…………」


「………………」


 僕たちの謝罪を前にしても、三人は何も言わなかった。


 返事がない。


 それが何より怖い。


 沈黙が一秒延びるたびに、胃の辺りがきゅっと縮んでいく。


 耐えられない。


 自分の辛抱のなさに呆れながら、恐る恐る目だけを上げる。


 アルバは腕を組み、口を真一文字に結んでいた。


 マリアンヌは俯き加減に目を伏せている。


 そして、リエリエッタは――。


「……?」


 肩が震えていた。


 片手で口元を覆い、顔を僅かに背けている。


 まるで。


 笑(・)い(・)を(・)堪(・)え(・)て(・)い(・)る(・)ように見える。


 そんな彼女と、視線が合った。


「……っ、ぷ……はははは!」


 とうとう堪え切れなくなったらしい。


 リエリエッタが盛大に噴き出した。


 それを合図にしたように、マリアンヌも「ふふっ」と肩を揺らし始める。


 アルバまで、固く結んでいた口元の両端をにやりと持ち上げた。


「リエリエッタ様、何か言ってあげてくださいよ」


「ははは、すまないすまない。あまりにも二人が神妙なツラしてるもんだから、ついな」


 リエリエッタは目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、一度だけ咳払いをした。


「さて」


 笑いを収め、改めて僕たちを見る。


「今回の件については、私もナナシに武器庫のことを何も教えてなかったからな。二人とも反省してるようだし、今回はお咎めなしでいいよ」


「ありがとうございます!」


 胸の奥に詰まっていたものが、一気に抜けていく。


 隣からも、大きな安堵の息が聞こえた。


「……ちなみに、報酬の減額とかもないっスよね?」


「ん? ああ。今回は見逃してやるよ。ただし、次はないからな?」


「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


 ザックスは何度も頭を下げる。


 さっきまであれほど青い顔をしていたのに、随分と現金なものだ。


「んじゃ、アンタはもう出てっていいよ」


「はい!」


「ナナシは残りな」


「…………はい?」


 軽くなったはずの身体が、一瞬で重くなった。


 ザックスも同じだったらしい。


 立ち上がりかけた身体を止め、心配そうに僕を見る。


「あ、あの……コイツは、別に悪くは……」


「いいから」


 リエリエッタが、ぴしゃりと遮った。


「アンタとの話はもう終わったんだ。出ていきな」


「……はい」


 それ以上、言い返せる雰囲気ではなかった。


 ザックスは渋々と扉へ向かう。


 部屋を出る直前、一度だけこちらを振り返った。


 その顔には、心の底から申し訳なさそうな色が浮かんでいた。


 扉が閉まる。


「さて、と」


 リエリエッタが仕切り直すように呟いた。


 途端、また身体が強張る。


「なに、別に取って食おうってワケじゃない」


 そう言って、ひらひらと手を振る。


「実際のところ、そんなに怒ってるわけでもないしな」


「……本当ですか?」


「本当だよ。ただまぁ、それも私が事前に何も言ってなかったってのと、今回が初めてだからってのは頭に入れとけ」


 そこで、リエリエッタの表情から笑みが消えた。


 声音こそ変わらない。


 けれど、真っ直ぐ向けられた眼差しだけが、先ほどまでとは明らかに違っていた。


「今回、初めてやらかした場所がウチでよかった」


「……え?」


「お前は魔素無しだ。だから、魔素を使って発動させる類の魔剣なら、不用意に触っただけで暴発する危険は低い。今回触ったあの剣も、幸い周りに直接害を撒き散らすような代物じゃなかった」


 リエリエッタが、そこで一度言葉を切る。


「でもな。だからって、この先も同じことをしていいわけじゃない」


「…………」


「別の船に乗ったらどうする? 貴族の屋敷へ招かれたら? 領主の城に入ることがあったら?」


 一つずつ。


 逃げ道を塞ぐように問い掛けられる。


「そこに珍しいものがあったとして、今回みたいに勝手に手を伸ばすのか?」


 答えられなかった。


「好奇心旺盛なのは結構だ。知らないものを知りたがるのも、悪いことじゃない」


 そこで、僅かに声が低くなる。


「けどな、好奇心はいつだって猛毒にもなり得る。一度の『ちょっと触ってみたい』で、取り返しがつかなくなることだってある。下手すりゃ、その代償に命を支払うことになるぞ」


「……はい」


 さっきまでとは違う重さが、胸の奥に沈んでいく。


「私はな」


 リエリエッタが続ける。


「どっちが先に触ったとか、どっちがより悪いとか、そんなことは心底どうでもいい」


 視線が、まっすぐ僕へ向けられる。


「ただ、ナナシなら分かるはずだと思ってる」


「……僕なら?」


「ああ」


 リエリエッタはゆっくり頷いた。


「お前は、ちゃんと考えて動ける子だ。少なくとも、この短い間に私が見てきた限りじゃな」


 胸の奥が、僅かにざわつく。


「だから、そういう流れになったとき、一度立ち止まって考えることだってできたはずだ」


 何も返せなかった。


 その通りだ。


 そもそも、ザックスが最初にあの魔剣へ手を伸ばした時点で、止めるべきだったのかもしれない。


 それなのに僕は止めなかった。


 それどころか、ザックスが持ち上げられないと分かった後、自分まで柄へ手を伸ばした。


 あのとき、僕は何を考えていた?


 なぜ、あんなにも不用意に触った?


 自分には魔素がないから。


 魔剣が暴発する危険がないから。


 だから、心のどこかで大丈夫だと思っていた?


 ――違う。


 いや。


 違うのか?


 分からない。


 考えれば考えるほど、あのときの自分が何を考えていたのか分からなくなっていく。


 そもそも――。


 なぜ僕は、あの剣へ近づいた?


「…………」


 今になって、胸の内を動揺が駆け巡る。


 頭の中に疑問ばかりが積み重なっていくのに、どれ一つとして答えが出ない。


 そのとき。


 ぽん、と頭の上に手が置かれた。


 いつの間に移動したのだろう。


 リエリエッタが、僕のすぐ隣に腰を下ろしていた。


 そのまま僕の髪を、無造作にわしゃわしゃと撫でる。


「先にも言ったが、私はお前を責めたいわけじゃない」


 先ほどまでより、少しだけ柔らかな声だった。


「ただ、知っておいてほしかったんだよ。自分で選んだことの先に、どんな結末が待ってるか分からないってことを」


「…………」


「その全部を先回りして知るなんて無理だ。でも、お前はよく考えられる。なら、考えろ」


 頭の上の手が、一度だけゆっくり動いた。


「この先、ナナシがどんな人生を歩んでいくのかは分からない。けれど、決して考えることをやめるな」


 その言葉に、ほんの僅かな間があった。


「分からないなら立ち止まっていい。知らないなら聞けばいい。自分で考えて、それでも決められなきゃ誰かを頼れ」


 リエリエッタが、僕の顔を覗き込む。


「それくらいなら、できるだろ?」


「……はい」


「うん。良い子だ」


 満足そうに頷く。


 そして、少し困ったように眉を下げた。


「だから……泣くのはよしてくれ。こういうとき、私も正直どうしたらいいのか分からないんだ」


「え?」


 言われて初めて気づいた。


 視界の端が、僅かに滲んでいる。


 目元へ触れる。


 指先が濡れた。


「……あれ」


 どうして。


 そう思った途端だった。


 一度自覚してしまったからなのか、堰を切ったように涙が溢れ始めた。


「ち、違……」


 袖で拭う。


 けれど、次から次へと溢れてきて止まらない。


 違う。


 泣きたいわけじゃないんだ。


 悲しいわけじゃない。


 辛いわけでもない。


 悔しい――とも、少し違う。


 なのに。


 悲しくないはずなのに、悲しくて。


 辛くないはずなのに、辛くて。


 悔しくないはずなのに、悔しくて。


 胸の中で何かがぐちゃぐちゃに混ざり合って、どれが何なのか自分でも分からない。


 名前をつけようとしても、言葉が追いつかなかった。


「っ……ぅ……」


 堪えようとした息が、嗚咽に変わる。


 結局、その名も分からない感情は、溢れる涙と一緒に流れていった。


 ◇ ◇ ◇


 リエリエッタが次の話を始めたのは、僕がひとしきり泣き終え、両目を真っ赤に腫らした後だった。


 その間、三人は何も言わなかった。


 ただ、僕が落ち着くのを待っていてくれた。


 先ほどまでの、胃の奥が縮むような沈黙とはまるで違う。


 今はその静けさが、ただありがたかった。


「……さて」


 リエリエッタが、ようやく口を開く。


「本来するはずだった話から、随分と逸れちまったな」


 泣き止んだ僕を見て、どこかほっとしたように表情を緩めた。


「というか……その魔剣、本当に持てるんですね」


 マリアンヌが、僕の後ろへ立て掛けてある魔剣を恐る恐る見つめる。


「武器庫の外に出ているところ、初めて見ました」


「俺もだ」


 アルバも顎を撫でながら、興味深そうに剣へ目を向ける。


「前に一度、動かせないかと思って触ったことがある。だが、びくともしなかったな。これも、ウチの商品なのか?」


 そう尋ねると、リエリエッタは少しだけ言葉に詰まった。


「あー……まぁ、そうだな」


 視線が宙を彷徨う。


「商品ではある。あるんだが……実質、非売品みたいなもんだな」


「非売品?」


「ああ」


 リエリエッタは僕の後ろにある魔剣へ、ちらりと目をやった。


「なんせ現状、この世界にナナシ以外であれを扱えるヤツは、多分いない」


「じゃあ、どうやってこの船に積み込んだんですか?」


 ふと疑問が浮かんだ。


 まさか、この船が造られたときに一緒に生まれて、それからずっと武器庫に眠っていた、とか。


 それはそれで、船の守り神みたいな感じがして悪くない。


「厳密に言うなら」


 リエリエッタが、そこで少しだけ声を落とした。


「あの魔剣は、ヤクモ商会の前会長――この船の前船長の持ち物だったんだ」


「前船長……」


 リエリエッタの目が、ほんの少しだけ遠くを見た。


「もう百年ちょっとは経つかな」


 何気ない口調だった。


 けれど、その言葉だけは妙に重く聞こえた。


「前にも言ったと思うが、私はナナシみたいな魔素無しを一人知ってる」


 遠くを見ていた目が戻り、今度は僕へ向けられる。


「それが、前船長のヤクモだ」


「僕と同じ……魔素無し」


 胸の奥が僅かにざわつく。


 これまで、僕と同じ人がいると聞かされても、どこか現実味がなかった。


 けれど今、その人が実際に使っていたという剣が、すぐ後ろにある。


「その人は……今、どこに?」


 問い掛けた直後。


 マリアンヌが、僅かに表情を曇らせた。


「……前にリエリエッタ様から、前船長様のお話を少しだけ聞いたことがあります」


 慎重に言葉を選ぶように続ける。


「その……ヤクモ様は、エルフではありませんよね?」


「ああ、そうだ」


 リエリエッタは静かに頷いた。


「君らと同じ、人族さ」


 その言葉を聞いて。


 遅ればせながら、僕も気づいた。


 リエリエッタが引き継いだ仕事。


 今もこうして続いている商会と、この船。


 どこか勝手に、その前任者も彼女と同じエルフなのだと思い込んでいた。


 けれど、そうではない。


 そしてリエリエッタは、もう百年以上前の話だと言った。


 なら。


 その人は、もう――。


「……すみません」


 自然と声が小さくなる。


「余計なこと、聞いてしまったかもしれません」


「いや」


 リエリエッタは、すぐに首を横へ振った。


「構わないよ。もうずっと昔の話だ」


 そう言って、ほんの僅かに笑う。


「それに、私らエルフと君ら人族じゃ、寿命の感覚も違うからな。君らにとっては、切っても切れないものだろ?」


 一度、目を伏せる。


「そんな話をしたところで、仕方ないさ」


 口調は軽かった。


 けれど。


 その横顔には、どうしても拭い切れない寂しさが残っているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。