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砂の中のアストラ  作者: 絹笠 悠
第1章

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10話


「さて、正直な話なんだが、私もこの魔剣について知っていることは、そう多くないんだ」


 リエリエッタは顎を撫でながら、そう切り出した。


「前船長のヤクモは、私があいつと出会った頃には、もうこの魔剣を持っていた。聞いた話じゃ、どこかで手に入れた鉱石を、長い時間をかけて鍛えて造った剣らしい」


「鉱石って、一体どんなものなんですか? そんな物があるなら、色々と使い道がありそうに思えますけど……」


 マリアンヌが興味深そうに尋ねる。


「それは本人も詳しく知らなかった。私もヤクモも、この魔剣以外でその鉱石を見たことはない」


「そうですか……」


 マリアンヌは残念そうに呟いた。


「話を戻そう。この魔剣には、魔法を弾き返す力がある。これはヤクモが実際に何度も使っていたから、確かな話だ」


「弾き返す、ですか?」


「ああ。防ぐんじゃない。受け止めるでも、掻き消すでもない。飛んできた魔法そのものを弾き返す。あぁいや……弾き方によっては、受け流すようなこともしてたかな」


 リエリエッタはそう言って、僕の手元にある魔剣へ視線を落とした。


「それと、もう一つ――こっちは憶測でしかないんだが、どうも魔素にも何かしらの影響を受けるらしい」


「魔素に?」


「ナナシもヤクモも魔素無し。そして現状、私が知る限り、この二人にしか扱えない。となれば、あの異常な重さにも魔素が関係していると考えるのが自然だろう」


「魔法を弾き返すって言うが、どの程度のものなんだ?」


 アルバが口を挟む。


「私が見た限りじゃ、剣で受けられる形のものなら例外はなかったな。どれだけ強力な魔法だろうと、刃で受ければそのまま弾き返していた。刃や弾に集中させた魔力も同じだ」


「……そりゃ、とんでもねぇな」


 アルバが低く唸る。


「防ぐだけならまだ分かるが、相手に返すとなると話が違う。魔法士からすりゃ、自分の魔法がそのまま返ってくるんだろ?」


「そういうことだ」


 リエリエッタは事もなげに答える。


 僕には魔法について、まだ知らないことの方が多い。


 けれど、そんな僕でも、その異常さくらいは分かった。


 ただ防ぐのではない。


 自分へ向けて放たれたものを、相手へ返す。


 もし僕が魔法を使う側なら――そんな剣を持った相手とは、できることなら戦いたくない。


「魔素の量は関係ないのでしょうか?」


 マリアンヌが魔剣を見つめながら首を傾げる。


「魔素が無いとまではいかなくても、かなり少ない人なら扱える可能性はありませんか?」


「それならマリア、試してみるか?」


「ふふん、やってみせましょうとも!」


 待ってましたと言わんばかりに、マリアンヌは鼻を鳴らして袖をまくった。


 そのまま魔剣の柄へ両手をかけ、ぐっと腰を落として全身に力を込める。


 持ち上げる、というよりは、どうにかして動かそうとしているように見えた。


 万が一、その勢いで魔剣が持ち上がろうものなら、今度は重さに負けたマリアンヌの方が下敷きになりそうだ。


「ふぬぬぬぬ……!」


 なんとも気の抜ける声を漏らしながら、さらに身体を後ろへ傾ける。


 しかし、幸いと言うべきか。


 魔剣は床に縫いつけられたように、ぴくりとも動かなかった。


 やがてマリアンヌの手が柄からすっぽ抜け、その勢いのまま身体が後ろへ流れる。


「わっ――」


 何歩かたたらを踏んだものの、ぎりぎりのところで踏み止まり、どうにか転倒だけは免れた。


「ふぅ……もう少し筋肉をつけた方が良いかもしれませんね」


「それより、魔素を削ぎ落とした方が手っ取り早そうだぞ?」


「でしたらリエリエッタ様、その手段を見つけるところからお願いしてもよろしいですか?」


「ハハハ。私が死ぬまでに見つかると良いな」


 二人は顔を見合わせて笑う。


「……ナナシさん、一度持ち上げてみてもらっても良いですか? 私にはやっぱり、まだ実感が湧きません」


「え、あ、はい。いいですよ」


 言われるまま、魔剣の柄を握る。


 確かに重い。


 けれど、それだけだ。


 先ほどこの部屋まで運んできたときと何ら変わらない重量が腕にかかる。少し力を込めれば、問題なく床から持ち上がった。


「……やはり信じ難いですね。私が触ったときはびくともしないのに」


 マリアンヌの顔に、ほんの少しだけ悔しさが滲む。


 その視線を追っているうち、ふと刀身を覆う布が目に入った。


 幾重にも巻きつけられ、刃をすっかり覆い隠している。


「ボス、この布って何なんですか?」


「ん? これか。まぁ、鞘代わりといったところだな」


「取ってみても良いですか?」


「あぁ、問題ないよ」


 リエリエッタの許可を得て、刀身を覆う布をゆっくりと解いていく。


 やがて、その下から現れたのは――艶を抑えた黒だった。


 光を受けても強く照り返すことはなく、見る角度によって、その奥にわずかな紫が滲んで見える。


 そして、その表面にはうっすらと模様のようなものが浮かんでいた。


 細い線が刻まれている……?


 何と形容すればいいのだろう。


 じっと眺めていると、不意に一つの言葉が頭に浮かんだ。


 ――幾何学模様?


 細い線は小さな四角形を描き、それが幾重にも連なっている。さらに目を凝らせば、線を境にして色合いまでわずかに違って見えた。


 奇妙だ。


 それなのに、どこか神秘的でもある。


 誰かが意図して刻んだものなのか。それとも、この鉱石が元からこういう姿をしていたのか。


 僕には判断がつかない。


 ただ、普通の鉄や鋼とはまるで違うものだということだけは、眺めているだけでも分かった。


「この魔剣……買い取るなら、いくらくらいなんでしょうか」


 刀身を眺めながら、何気なく尋ねてみる。


 ぴくり、とリエリエッタの耳が動いた。


 それまでとは少し違う、真剣な表情になる。


 リエリエッタの仕事を手伝う傍ら、僕はこの世界のお金についても教えてもらっていた。


 銅貨五十枚で銀貨一枚。銀貨五十枚で金貨一枚。そして金貨百枚で、白金貨一枚。


 帳簿などから知った大まかな相場では、パン一つが銅貨五枚から八枚ほど。普通の剣や槍なら、銀貨二十枚から三十枚ほど。


 魔剣ともなれば値段はまさにピンからキリまであるが、それでも最低で金貨三枚ほどはするらしい。


 そして白金貨ともなれば、市場で直接使われることなどほとんどなく、実質的には換金用の資産に近いという。


「さっきも言ったと思うが、商品ではある。だが、非売品だ」


「でも、非売品なのって……この魔剣を使える人がいなかったから、ですよね?」


 リエリエッタは答えなかった。


 口元へ手を当て、しばらく考え込む。


「…………なら、白金貨二枚だ」


「ちょ、リエリエッタ様?」


「団長、それは……」


 ぼそりと吐き出された金額に、マリアンヌとアルバが揃って声を上げた。


「白金貨……二枚ですか」


 強力な魔剣なら、金貨数十枚の値がつくこともあると聞いている。


 だとしても、白金貨二枚。


 いくらなんでも法外な値段ではないだろうか。


「そんなに驚くことか?」


 リエリエッタは心外だと言わんばかりに眉を上げた。


「魔石剣はもちろん、魔法剣にだって似たような力を持つものは存在する。多少性能に差は出るが、探せば近しいものが見つかることだってある」


 そこで一度言葉を切り、僕の持つ黒い剣を指差す。


「だが、こいつは違う」


 その声が、ほんの少しだけ低くなった。


「まず、使われている鉱石そのものが希少だ。ヤクモがどこかで手に入れた一つ以外、私は同じものを見たことがない。そして何より――剣で受けた魔法を完全に弾き返すなんて性質を持ったものを、私は他に知らない」


 リエリエッタの指先が、黒い刀身をなぞるように動く。


「防ぐだけなら方法はある。防御魔法もその一つだ。だが、受けた魔法そのものを、ほとんど損なわず弾き返すなんて真似は別だ。少なくとも、そんな魔法は未だ見つかっていない」


 僕は改めて手の中の剣を見下ろした。


 黒い刀身は、何も答えない。


 ただ静かに、僅かな光を返している。


「未知の鉱石で造られ、既存の魔法では再現できない性質を持つ。その上、扱える者まで限られている。世界に一振りしか確認されていない代物だぞ? まるで、英雄譚に出てくる聖剣そのものだ」


 リエリエッタは淡々と続ける。


「白金貨二枚。私はそれだけの価値があると思っているよ」


 言われてみれば、途方もない品なのだろう。


 けれど――。


「……確かに、その魔剣が極めて希少なものなのは分かります」


 マリアンヌが静かに口を開いた。


「魔石剣は製造方法が確立されています。同じ魔法を持つものを安定して造れる分、魔法剣に比べれば価格も抑えられます」


 そこで一度、リエリエッタの顔を見る。


「対して魔法剣は、望んだ能力を狙って宿せるものではありません。同じような力を持つものが見つかることはあっても、一振りごとの違いは大きい。当然、その唯一性が価格に乗ることも理解しています」


「ああ」


「その魔剣に使われている鉱石が他に見つかっていないことも、魔法を完全に弾き返す性質が既存の魔法では再現できないことも。それらを含めて、非常に価値のある魔剣だということに異論はありません」


 なら、何が問題なのだろう。


 そう思ったところで、マリアンヌの声がわずかに強くなった。


「――その全てを加味した上で、本当に白金貨二枚もの価値があるとお考えですか?」


 二人の視線が交差した。


 先ほどまでとは違う。


 マリアンヌは、この魔剣の価値を否定しているわけではない。


 むしろ、十分に理解した上で問いかけている。


 それでもなお、その値段は高すぎるのではないか、と。


「ある」


 リエリエッタは即答した。


「私はそう判断した。それだけだ」


「ですが――」


「この話を、これ以上続けるつもりはない」


 ぴしゃりと、マリアンヌの言葉を遮る。


 それまでの軽さは、リエリエッタの声からすっかり消えていた。


「魔剣の値は言った通りだ。白金貨二枚。それを用意できるなら売ってやる」


 そう言って、譲る気はないとばかりに鼻を鳴らす。


「話は終わりだ」


 それだけ告げると、リエリエッタは席を立った。


 そのまま奥の部屋へと姿を消す。


 扉が閉まる。


 あとに残された僕たちの間へ、再び静寂が訪れた。

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