18話
リエリエッタは手元の短剣を振るい、絶え間なく攻撃を繰り返していた。
だが、リーダー格と思しき男には、すでにリエリエッタとまともに打ち合う意思がない。
攻撃を避けることだけに専念し、僅かでも隙を見つければ、船体や周囲で戦う船員たちへ手を出そうとする。
故に、リエリエッタは距離を詰め続けるほかなかった。
下手に距離を取って魔法へ切り替えれば、その一瞬が隙になる。
無論、接近戦の最中でも魔法を使うことはできる。
だが、それはリエリエッタの本分ではない。
魔法と短剣を同時に扱いながら戦えば、どうしても本来の実力からは頭一つ分ほど落ちる。
なんとも面倒な男だ。
思わず顔をしかめる。
それでも、焦る必要はない。
着実に相手へ傷は負わせている。
息も、最初に比べれば明らかに荒くなっていた。
どれだけ身軽だろうと、体力が無限に続くわけではない。
消耗戦になれば、人数の少ないヤクモ商会側が不利だろう。
だが――。
私は負けない。
私が負けない限り、必ず活路は開ける。
そう自分へ言い聞かせながら、リエリエッタは猛攻を続ける。
短剣が翻る。
男が身を捻って躱す。
返す刃で肩を狙う。
また一歩、退く。
そのときだった。
リエリエッタの視界の端に、何かが映った。
ほんの一瞬。
戦いの最中であれば、見落としても不思議ではないほど僅かな時間だった。
それでも、リエリエッタは見逃さなかった。
遠方。
一隻の船が、砂煙を上げながらこちらへ向かってくる。
その船には、大きな旗が掲げられていた。
緑の下地。
そこに描かれているのは、犬の横顔を模した紋章。
見間違えるはずがない。
リエリエッタの判断は早かった。
先ほどまでひたすら距離を詰め続けていた動きから一変し、甲板を強く蹴って後方へ跳ぶ。
男との間に大きく距離を作った。
そして杖を真上へ掲げ、口を開く。
「火の精霊よ、光の精霊よ。汝の身を持ってして、知らせの標べを描き放て! ――シグナルボム!」
杖の先端から、一筋の炎弾が放たれた。
煙の尾を引きながら、一直線に空へ昇っていく。
男もその光を目で追った。
遥か上空へ到達した炎弾が弾ける。
眩い光が、昼の空へ大きく咲いた。
消えることなく、その場に留まって輝き続ける。
「残念だったな」
リエリエッタの口角が持ち上がった。
「私らの勝ちだよ」
あの旗は、アヌトゥスの衛兵船のものだ。
街からはまだ少し距離がある。
この辺りを巡回していたのだろうか、それとも遠くからこちらの様子を察知したか。
いずれにせよ、衛兵船はこちらへ真っ直ぐ進んできている。
そして今、空にはこちらの位置を知らせる光が上がった。
いわゆる救難信号というやつだ。
男も、その意味を理解したらしい。
「……チッ」
小さな舌打ちが聞こえた。
首元へ手を添える。
「撤退だ」
短い一言だった。
だが、その声に迷いはない。
アルバと交戦していた女が、剣を交えながら不満げに声を上げた。
「え〜〜、これからなのに〜〜」
「目的を見誤るな。時間切れだ」
「ちぇ〜」
口では不満を漏らしながらも、女の判断は早かった。
アルバの剣を弾くと、その反動を利用するようにふわりと後方へ飛び退く。
他の賊たちも次々と戦闘を切り上げ、リーダー格の男の周囲へ集まり始めた。
それを見て、アルバたちも無理には追わない。
リエリエッタの元へ、船員たちが集まってくる。
傷を負った者はいる。
服を裂かれ、血を流している者もいる。
それでも、見渡した限りでは人数が欠けている様子はなかった。
リエリエッタは、胸の奥でほんの僅かに息を吐いた。
「随分とあっさり諦めるもんなんだな!」
逃げ支度を始める男へ向け、わざと声を張る。
少しくらい挑発に乗ってくれれば儲けもの。
そんな期待もあった。
だが、男は意に介さなかった。
「仕事っていうのは、リスクとリターンを釣り合わせなきゃならない」
肩を竦める。
「割に合わなくなった時点で切り上げる。そういうもんだろ?」
淡々とした答えだった。
命を懸けて襲撃していた人間とは思えないほど、あっさりしている。
「団長、どうする?」
隣へ来たアルバが、低い声で尋ねた。
リエリエッタは一瞬だけ迷った。
このまま、みすみす賊を逃がすのか。
今なら衛兵船も向かってきている。
合流すれば、人数差は完全にひっくり返るだろう。
ここで追撃すれば、一人くらい捕らえられるかもしれない。
だが。
船は傷ついている。
負傷者もいる。
何より、相手が本当にこのまま撤退するというのなら、こちらから危険を増やす必要はない。
あれこれ考えはしたものの。
おそらく、答えは最初から決まっていた。
「…………深追いする必要はない」
リエリエッタはアルバの前へ片手を出した。
「あとは衛兵たちに任せよう」
「了解」
アルバも、それ以上は何も言わなかった。
そのとき。
賊たちの中から、小柄な人影が一歩前へ出た。
その手には、一振りの魔剣が握られている。
「火の精霊、水の精霊よ。汝の身を持ってして、惑いの域をもたらさん。――ディープミスト!」
詠唱が終わった瞬間。
白い霧が、一気に甲板へ溢れ出した。
「っ!」
リエリエッタが目を細める。
霧は瞬く間に広がっていく。
賊たちを呑み込み。
船員たちを呑み込み。
甲板さえも覆い隠していく。
それとほとんど同時に、小柄な賊が握っていた魔剣が淡い光を帯びた。
「油断するな! 警戒しろ!」
リエリエッタが鋭く声を飛ばす。
視界が失われた。
真っ白だ。
ほんの数歩先すら見通せない。
リエリエッタは短剣を構えたまま、耳を澄ませる。
味方の船員たちは、不用意に動こうとしない。
時折聞こえるのは、誰かが息を呑む音。
剣の柄を握り直す、小さな金属音。
それくらいだった。
時間だけが、じりじりと過ぎていく。
――霧か。
この手の魔法そのものは、特段珍しいものではない。
リエリエッタも知っている。
扱うことだってできる。
そして、この程度の霧ならば、風魔法を使えば一気に吹き散らせる。
問題は――。
リエリエッタ自身には、風の適性がない。
だが、この船には風魔法を扱える者がいる。
「マーム!」
「はい!」
霧の向こうから、すぐに返事が返ってくる。
「霧を払え!」
「分かりました! ――エルド・フィン!」
直後。
風が弾けた。
猛烈な風が甲板を駆け抜ける。
白い霧が大きく波打ち、引き裂かれ、一気に空へと押し流されていく。
少しずつ。
甲板の輪郭が戻ってくる。
船員たちの姿が見える。
折れた木材。
血に濡れた床。
壊れた船べり。
そして――。
「…………」
誰も、すぐには声を出さなかった。
リエリエッタも言葉を失った。
そこには。
何も残っていなかった。
賊が、一人もいない。
立っていた者も。
倒れていた者も。
負傷していた者も。
それどころか、甲板での戦闘中に落としたはずの武器まで消えている。
「……は?」
誰かが間の抜けた声を漏らした。
「お、おい……」
一人の船員が、慌てて船べりへ駆け寄る。
「ふ、船が……!」
その声に釣られるように、リエリエッタたちも砂海へ目を向けた。
そして。
再び、言葉を失った。
何もない。
つい先ほどまで、この船を左右から挟み込んでいた二隻の船。
進路を塞いでいた大型船。
三隻とも。
跡形もなく姿を消していた。
「……消えた?」
誰かが呟いた。
リエリエッタは目を細める。
そんな馬鹿な。
霧に包まれていた時間は、それほど長くない。
あれだけの大きさの船が三隻も、ほんの僅かな時間で視界の外まで逃げられるはずがない。
ならば。
「……隠匿系か」
小さく呟く。
先ほど、小柄な賊が握っていた魔剣。
霧が広がるのと同時に、あれも確かに光っていた。
姿を消したのか。
景色へ溶け込んだのか。
それとも、また別の何かなのか。
今のリエリエッタには分からない。
ただ一つ確かなのは。
あいつらは、逃げた。
それも、ほとんど何も残さずに。
甲板を見回す。
そこにあるのは、飛び散った血痕。
折れた木材。
魔法に抉られた船体。
そして、戦いを終えた船員たちだけだった。
賊の死体すらない。
落とした武器すらない。
少なくとも、この甲板には相手が何者だったのかを探る手掛かりになりそうなものが、何一つ見当たらなかった。
まるで。
最初から、ここには誰もいなかったかのように。
「……随分と綺麗に消えやがったな」
リエリエッタが、小さく吐き捨てた。
遠くでは、先ほど打ち上げた救難信号が今も輝いている。
その光を目印に、アヌトゥスの衛兵船がこちらへ近づいてきていた。
ひとまず。
相手が大人しく撤退してくれたことには安堵するべきなのだろう。
船は守った。
少なくとも、見える範囲で仲間も欠けてはいない。
これ以上、犠牲を出すこともなかった。
それで十分だ。
十分なはずなのに。
胸の奥には、どうしても苦いものが残る。
もう少し早く霧を払えていれば。
あの魔剣の存在に気づいていれば。
せめて、どうやって逃げたのかくらいは掴めていたかもしれない。
逃げた賊。
残されなかった証拠。
そして、自分の首を狙った理由。
何一つ分からないままだ。
リエリエッタは小さく息を吐き、遠ざかっていくはずの見えない敵から視線を外した。
今は追うべきではない。
まずは、船と仲間だ。
そう自分へ言い聞かせながら、近づいてくる衛兵船へと目を向けた。
「我々はアヌトゥスの衛兵だ! 無事か!?」
船の向こうから声が飛んできた。
見れば、船首の縁に片足を掛け、こちらへ大きく手を振っている衛兵の姿がある。
緑地に犬の横顔を描いた旗。
先ほどリエリエッタが目にした、アヌトゥスの衛兵船だった。
やがて衛兵船が横付けされると、隊長らしき人物が数名の部下を引き連れて乗り込んできた。
「失礼だが、所属を確認させていただきたい」
「私らはヤクモ商会。会長のリエリエッタだ。身分証はこれでいいかな?」
リエリエッタはそう言って胸元から一本の紐を手繰り寄せ、首から下げていた小さな板を取り出した。
白金色に輝くその板には、いくつかの文字が刻まれている。
「それは……拝見します」
隊長は一瞬だけ目を見開くと、差し出された板に刻まれた文字を確認した。
「……確認しました。お怪我をされた方はいらっしゃいますか?」
「ああ、何人か負傷している。幸い、こちらに死人は出なかったがな。悪いが、薬をいくつか分けてもらえるか?」
「もちろんです」
隊長は隣にいた衛兵へ振り返り、救護用の薬を持ってくるよう指示を出した。
衛兵が足早に船へ戻っていくのを見届けてから、リエリエッタは改めて口を開いた。
「それよりも、奴らがどこへ逃げたか分かるか? 霧の中からじゃ、方向も何も分からなくてな」
「それが……」
隊長は困惑した様子で眉を寄せた。
「我々も霧の外から様子を見ていたのですが、晴れたときには既に姿が確認できなくなっていました。少なくとも、霧の外へ出て逃走したようには見えませんでしたが……一体、何が起きていたのですか?」
どうやら、衛兵たちにも賊の行方は分からないらしい。
その様子を見る限り、嘘をついているようには思えなかった。
「となると、姿を消したってことになるな。霧の魔法が使われたのと同時に、賊の一人が魔剣を発動させていた。おそらく隠匿系の魔剣だろう」
「隠匿……ですか。その魔剣は、複数あったのでしょうか?」
「いや。私が見た限りじゃ、それらしい動きをしていたのは一人だけだったな」
「となると、その一本で複数人どころか、三隻もの船を隠し切ったということですか……」
隊長は信じ難いといった様子で首を捻る。
「転移系の魔法という可能性は?」
「それこそ眉唾物だな」
リエリエッタは肩を竦めた。
「転移の魔法剣なんて、御伽話でしか聞いたことがない。仮にそんなものがあったとして、あれだけの人数と三隻の船をまとめて飛ばせるとは考えにくい。周囲一帯を転移させるようなものなら、同じ場所にいた私らまで巻き込まれていてもおかしくないしな」
そこまで言ってから、一度口を閉じる。
「まぁ、高性能な隠匿魔法だと言われた方が、まだ納得できるってだけの話だが」
もっとも、どちらにせよ信じ難いことに変わりはなかった。
リエリエッタは長年、多種多様な魔剣を取り扱ってきた。
姿を消す魔法剣もある。
音を消すものだって存在する。
しかし、それらを同時に行い、なおかつ複数の対象へ作用させるような代物は、少なくとも彼女の知る限り存在しない。
今回も、本当に一本の魔剣だけで全てを成し遂げたのかは分からなかった。
複数の魔法を組み合わせたのか。
あるいは、まだ知られていない能力を持った魔剣だったのか。
ないとは言い切れない。
けれど、あるとも断言できない。
ただ、もし本当にそのような魔剣が実在するのなら。
それは、とてつもない脅威だ。
姿も見えず、音も聞こえない。
そんなものが、自分の命を狙って近づいてきたとしても、気づけないかもしれないのだから。
「アヌトゥスでは、そういった魔剣の噂はないのか?」
「いえ、そういった話は耳にしませんね」
「そうか……」
隊長はしばらく考え込むように顎を撫で、それから何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、少し話は逸れますが……近頃、市場で魔剣をあまり見かけなくなったような気はします。あくまで私個人の感覚ですが」
「ん? そもそも、市場に流通している数が少ないからな。そんなもんじゃないのか?」
「ふむ……そう言われてみれば、そうかもしれません」
リエリエッタは軽く頷いた。
ヤクモ商会も市場へ武器を流してはいるが、在庫の大半は街の領主や騎士団、衛兵団などへ卸している。
残ったものを街の武器屋や露店、冒険者組合へ回すこともあるが、その数は知れたものだ。
元々、魔剣はそう簡単に出回る品ではない。
多少見かける機会が減ったところで、不思議なことではなかった。
「それにしても、助かったよ」
リエリエッタは話題を戻した。
「奴らもあんたらの船を見た途端、慌てて逃げていったんだ。来てくれなかったら、どうなっていたことやら」
「あー……そう、ですね」
返ってきたのは、妙に歯切れの悪い返事だった。
隊長は気まずそうに頭を掻いている。
「どうした?」
「いえ、その件なのですが……実は、匿名の通報があったんですよ」
「匿名?」
「はい。商船が一隻、賊に襲われている、と」
隊長は少し声を落とした。
「通報してきた人物は、フードを目深に被っていて顔も分からず、どうにも怪しい者でして。我々も最初は半信半疑だったんです」
「ほう」
「ですが、万が一ということもありますから、念のため確認に向かった次第です。結果的には、こうして本当に襲撃が起きていたわけですが……正直なところ、あの通報がなければ気づくのはもっと遅れていたでしょうね」
「なるほどなぁ」
リエリエッタは腕を組み、小さく頷いた。
顔も分からない人物からの通報。
それがなければ衛兵船は来なかったという。
なんとも奇妙な話ではある。
だが、少なくともそのおかげで、自分たちはこうして助かっている。
「なら、その匿名の某には感謝しないとな」
リエリエッタはハハハッと小さく笑ってみせた。
そのときだった。
船内へと続く扉が、ぎい、と軋む音を立てて開いた。
その隙間から、一人の少年が恐る恐る顔を覗かせる。
「ナナシ!」
「ボス! 今って、どんな状況になってますか?」
見慣れた顔に、リエリエッタの表情が緩む。
「賊は撤退していったよ。そっちは大丈夫だったか?」
「あ、こっちは――」
「一人侵入者がいましたけど、ナナシさんが見事撃退してくれました!」
ナナシが口を開きかけたところで、その背後からマリアンヌがひょこっと顔を出した。
まるで自分のことのように胸を張り、自信たっぷりに言い切る。
「大袈裟過ぎるよ……」
当のナナシは、なんとも困ったような顔をしていた。
改めてその姿を見る。
服はあちこち破れ、覗く肌には痛ましい傷がいくつも残っている。
どうやら、相当な目に遭ったらしい。
だが。
初めて砂潜鮫と戦ったときの彼とは、どこか雰囲気が違って見えた。
あのときは、ただ恐怖に呑まれ、なす術もなかった。
今も決して余裕があるようには見えない。
それでも、あのときとは何かが違う。
「ナナシさん、ここはアピールしないと!」
「でも、嘘は良くないよ」
「船を降りてもいいんですか?」
「いや……そういうわけじゃないけどさ……」
マリアンヌはナナシの後ろから身を寄せ、内緒話でもするように口元へ手を添えている。
だが、当の本人たちは気づいていないらしい。
その会話は、リエリエッタにも丸聞こえだった。
「……あー、お前ら。一応言っておくが、聞こえてるからな?」
「リ、リエリエッタ様!」
マリアンヌが、びくりと肩を跳ねさせる。
しかし、次の瞬間には両の拳をぎゅっと握り締め、力強く訴えかけてきた。
「ナナシさんは立派でしたよ! ほんっっとうに立派だったんです! それこそ、騎士のように勇ましく!」
「マリアンヌゥ、無理があるよ……」
ナナシは困り果てたように眉を下げた。
「こんな傷だらけの騎士、見たことあるの?」
「何を言うんですか!」
マリアンヌは即座に言い返した。
「戦いで負った傷は、名誉の勲章です! 褒められこそすれ、笑われる道理なんてどこにもありません! そんな人がいるなら、私が引っ叩いてあげます!」
「いや、そこまでしなくても……」
そのやり取りを眺めながら、リエリエッタは小さく笑った。
まったく。
仕方のない連中だ。
「ほら、ナナシ。ちょっとこっちへ来い」
「え?」
促されるまま近づいてきたナナシの頭へ、ぽん、と手を置く。
そして、いつものように髪をくしゃくしゃと撫で回した。
「良くやった、ナナシ」
たった一言だった。
けれど。
その言葉を聞いたナナシの顔が、くしゃりと崩れた。
嬉しさを隠しきれない、そんな笑顔だった。
リエリエッタは目を細める。
あれほど船を降りることを嫌がっていた少年が、今はこうして、少し誇らしそうに笑っている。
その姿を眺めていると、胸の奥がほんの僅かに温かくなった。
ふと、視線が下へ向く。
ナナシの胸元。
いや、正確には、彼が両腕で大事そうに抱えている一本の魔剣だった。
「ナナシ、それは?」
「え? あぁ、この魔剣ですか? これは敵が残していったんです」
「……ほう?」
リエリエッタは僅かに眉を上げた。
ナナシの抱えているそれは、魔石剣だった。
ただし、少し妙なところがある。
魔石が、刀身に埋め込まれているのだ。
ヤクモ商会で取り扱っている魔石剣は、基本的に鍔の部分へ魔石を組み込んでいる。
少なくとも、リエリエッタの知る限り、ウチの商品にこのような形のものはない。
「ちょっと貸してくれるか?」
「いいですよ。どうぞ」
ナナシから差し出された魔剣を受け取る。
リエリエッタは柄から鍔、そして刀身まで、じっくりと目を走らせた。
使われている素材。
魔石の位置。
装飾の細工。
どれも、見覚えのないものだった。
――これは、もしかすると。
奴らが残していった、貴重な手掛かりになるかもしれない。
魔剣一本でどこまで分かるかは知れない。
それでも、調べてみる価値は十分にある。
「ボス、その魔剣って何か変なんですか?」
ナナシが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「ああ、少しな」
「もしかしたら、敵の手掛かりになるかもしれませんよ!」
マリアンヌが横から顔を寄せた。
「お手柄じゃないですか、ナナシさん!」
「え、いや……僕はただ、持ってきただけで……」
「それでも、お手柄です!」
相変わらず、マリアンヌは随分と楽しそうだった。
押され気味のナナシも、困ったように笑っている。
二人の様子を眺めていると、どこか姉弟のようにも見えた。
リエリエッタは小さく微笑み、魔剣を手元へ収める。
それから、顔を上げた。
視線の先。
船首の向こうに広がる砂海。
その遥か先には、陽炎に揺らぐアヌトゥスの姿があった。
「さぁ、行こうか」
リエリエッタは、皆へ向けて声を掛ける。
「アヌトゥスへ」
一陣の風が、甲板を吹き抜けた。
その風にはまだ、木と鉄の匂いが微かに残っていた。




