↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂の中のアストラ  作者: 絹笠 悠
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/20

16話


 戦闘が始まってから、リエリエッタはリーダー格と思しき男と対峙していた。


 男の立ち姿に隙はない。


 迂闊に動けば、そこを突かれる。


 長年積み重ねてきた経験が、警鐘を鳴らしていた。


 本来の力を発揮できるのなら、さして問題になる相手ではない。


 だが、今ここで切れる手札だけを考えれば、多少は面倒な相手になりそうだった。


 もっとも、下手に動けないのは向こうも同じらしい。


 男もまた一定の距離を保ったまま、動く気配を見せない。


 警戒されている。


 それはリエリエッタにとって、むしろ都合がよかった。


「お前ら、所属と目的はなんだ? ただの海賊ってわけじゃないだろ?」


「……我々は見ての通りの海賊だ。それ以上でも、それ以下でもない」


「ただの海賊にしちゃあ練度が高すぎるな。軍隊を相手してんのかと思ったよ」


「褒め言葉として受け取っておこう。それに、我々の目的はお前の首と、この船の貨物だ」


「この船の貨物、ねぇ。魔剣なんざ腹の足しにもなんねぇぞ? それに――」


 リエリエッタはちらりと視線を横へ向ける。


 アルバに吹き飛ばされ、すでに物言わぬ肉塊となった者たち。


 その傍らには、持ち主を失った武器が転がっている。


「お前らも立派なモン持ってんじゃあないか。これ以上あったって宝の持ち腐れだぞ?」


「見ての通り、我々には多くの仲間がいる」


 男はわざとらしく両腕を広げた。


「いくらあっても、困らんさ!」


 言葉の終わりと同時に、男の手が腰へ走った。


 魔剣を引き抜き、そのまま甲板を蹴る。


「やっと来たか」


 リエリエッタの口元が吊り上がる。


 右手の杖を握り直し、軽やかに床を蹴った。


 男の横薙ぎ。


 迫る剣閃を、リエリエッタはひらりと飛び越える。


 宙で身体を捻る。


 反転ざま、いくつかの魔法を立て続けに放った。


 男は足を止めない。


 飛来する魔法をかわし、弾き、最小限の動きで捌いていく。


 そして、リエリエッタの着地。


 その瞬間を狙い澄ましたように、魔剣を突き出した。


「っと」


 リエリエッタは着地と同時に深く腰を落とす。


 切っ先が頭上を通過した。


 直後。


 魔剣の先端に、炎が灯る。


 ただの火球ではない。


 前方へ撃ち出すのではなく、その場で炸裂させるつもりだ。


「――甘ぇよ」


 リエリエッタの片脚が跳ね上がった。


 まるで蠍の尾のように鋭く、靴底が魔剣を蹴り上げる。


 切っ先が逸れた。


 直後――爆発。


 轟音と熱が、リエリエッタの頭上を抜けていった。


「ッ……!」


 予想外の方向で炸裂した衝撃に、男の身体が僅かに強張る。


 だが、立て直しも早い。


 すぐさま後方へ跳び、リエリエッタから距離を取った。


「おいおい、いいのか?」


 リエリエッタが笑う。


「せっかく近くまで来てくれたのに、ファンサービスし損ねたじゃないか。魔法士相手に距離を取るのは御法度だぞ?」


「ふん、減らず口を」


 男が再び甲板を蹴る。


 一直線にリエリエッタとの間合いを潰しにくる。


「させるかよ」


 リエリエッタは腰裏へ左手を伸ばした。


 そこに差してあった短剣を引き抜く。


 同時に、右手の杖を男へ向けた。


「――ウルド・ファイ!」


 火球が放たれる。


 狙いは男の身体の中心――ではない。


 ほんの僅か、右。


 男はそれを見逃さなかった。


 このまま進めば直撃する。


 だが、大きく避ける必要はない。


 身体を僅かに滑らせるだけで、攻撃をかわしながら接近を続けられる。


 そう判断した。


 男の視線が火球へ動く。


 ほんの一瞬。


 瞬きをするよりも短い時間。


 リエリエッタから意識が外れた。


 それだけあれば――十分だった。


 左手。


 いつの間にか男へ向けられていた短剣。


 その刀身に、紫電が奔る。


「――ッ!」


 雷光が弾けた。


 火球よりも遥かに速く。


 まして、この距離。


 男が異変を認識したときには、すでに回避できる段階を過ぎていた。


 咄嗟に魔剣を盾代わりに構える。


 直後。


 紫電が魔剣へ食らいついた。


「っがぁあッ!」


 雷撃が刃を伝い、そのまま男の身体を駆け抜ける。


 筋肉は硬直し、全身に激痛が走る。


 それでも、男は倒れなかった。


 歯を食いしばり、強引に身体を動かす。


 振り払うように魔剣を横へ薙いだ。


 リエリエッタは左手の短剣を添える。


 受け止めない。


 刃を滑らせ、横へ流す。


 ギィンッ!


 火花が散った。


 同時に、右手の杖が男の眼前へ突き出される。


「――!」


 男が上体を仰け反らせた。


 杖先が鼻先を掠める。


 そのまま甲板を蹴り、後方へ一回転。


 着地と同時に距離を取る。


 だが、休む暇など与えない。


 再び男が甲板を蹴った。


 三度目の接近。


 迫る魔剣を前に、リエリエッタは短剣を構える。


 紫電が刀身を這った。


「…………!」


 男の動きが変わる。


 振り抜こうとしていた剣の軌道を、途中で変えた。


 リエリエッタの短剣へ触れさせない。


 魔剣を甲板へ向けて振り下ろす。


 その切っ先で――爆発。


 ドンッ!


 男の身体がふわりと浮く。


 爆風を利用し、自ら後方へ飛んだのだ。


 距離が開く。


「ほぉ」


 リエリエッタが目を細めた。


 一度食らっただけで、もう理解したらしい。


 この短剣と、自分の魔剣を接触させてはならない。


「魔法士相手に接近戦。至極真っ当。セオリー通り。教本通りだな」


 リエリエッタが短剣を弄ぶように返す。


 紫電が、ちりっと刀身を走った。


「海賊にしちゃあ、しっかり勉強してるようで」


 口元が、ニヤリと歪む。


「――それが私じゃなければ、の話だがな!」


 今度はリエリエッタが駆け出した。


 男の目が見開かれる。


 ――さっき、こいつは明らかに嫌がった。


 この短剣と魔剣が接触することを。


 ならば、今度はこちらの番だ。


 短剣が閃く。


 男が身体を逸らす。


 さらに一歩。


 横薙ぎ。


 男が下がる。


 突き。


 かわす。


 リエリエッタは追う。


 短剣の間合いは短い。


 まともに斬り合えば、長い魔剣を持つ男の方が圧倒的に有利なはずだった。


 だが、その魔剣を短剣へ触れさせられない。


 男は受けることができない。


 かわすしかない。


「どうした!」


 短剣が外套を掠める。


 布が裂けた。


 返す刃が、男の腕を浅く切り裂く。


「さっきまでの威勢は!」


「チッ……!」


 男が反撃に転じる。


 だが、リエリエッタは即座に短剣を合わせにいく。


 紫電が走る。


 男は魔剣を引いた。


 その一瞬を突いて、さらにリエリエッタが踏み込む。


 攻める。


 男はかわす。


 反撃しようとする。


 短剣で抑える。


 また攻める。


 次第に、男の目元から余裕が消えていった。


 回避だけで精一杯――そう見える。


 だが。


「…………」


 リエリエッタの胸中に、ふと違和感が生まれた。


 ――当たらない?


 いや。


 当たってはいる。


 男の外套は何か所も裂け、その下には浅い傷が刻まれている。


 出血もしている。


 それでも、だ。


 先ほど雷撃を食らわせて以降、致命打どころか、手応えのある一撃すら入っていない。


 リエリエッタは短剣を振るいながら、男の動きを見つめる。


 ――なるほど。


 強い。


 それは認めざるを得ない。


 少なくとも、そこらの有象無象と同列に扱える相手ではない。


 ただ――相性が悪かった。


 男にとって、リエリエッタという魔法士はあまりにも相性が悪い。


 距離を取れば、魔法が飛んでくる。


 近づけば、本来なら魔剣士の間合い。


 だというのに、彼女の短剣は非常に厄介極まりない。


 剣で受ければ雷撃。


 受けなければ、かわすしかない。


 ――ま、悪くない。


 このままこいつ一人を私が押さえ込めるなら、それでいい。


 船のあちこちでは、未だ戦闘が続いている。


 アルバもいる。


 他の連中も、決められた配置を崩してはいない。


 なら、自分は目の前の男をここへ縫い付けておけばいい。


 そう考えた。


 そのときだった。


「…………?」


 男の視線が、一瞬だけ横へ流れた。


 リエリエッタではない。


 戦場の別の場所へ。


 攻撃をかわす。


 また、視線が動く。


 今度は反対側。


 ――なんだ?


 何を見ている。


 さらに幾度かの攻防。


 リエリエッタの短剣をかわした男が、甲板へ足を着く。


 その瞬間。


 つま先の向きが変わった。


「――!」


 男が駆け出す。


 リエリエッタから離れる方向へ。


 その先では、別の船員たちが戦っていた。


「んにゃろ!」


 リエリエッタも即座に駆ける。


 男と船員たちの間へ回り込み、行く手を遮った。


 だが、男は止まらない。


 リエリエッタが立ち塞がったのを見るや否や、急激に方向を変える。


「なっ――」


 反対。


 男が走る。


 その先にあるのは――。


 マスト。


 そこでようやく、リエリエッタは理解した。


 ――釣り出されたッ!


 男が魔剣を振りかぶる。


「待てッ!」


 間に合わない。


 魔剣の切っ先がマストへ向けられる。


 爆発。


 轟音が甲板を揺らした。


 木片が飛び散る。


 太いマストが大きく震え、悲鳴を上げるように軋んだ。


「てめぇ……!」


 リエリエッタが男を睨みつける。


 男は追撃しない。


 マストが折れたかどうかを確かめることすらせず、すでに次の場所へ視線を走らせていた。


 その瞬間。


 すべてが繋がった。


 ――こいつ。


 私を殺すのを諦めたな。


 先ほどまでとは違う。


 リエリエッタとの距離を詰めるための動きではない。


 攻撃を当てるためでもない。


 勝つためですらない。


 男の狙いは、すでに別のところへ移っている。


 船員。


 マスト。


 船体。


 この船そのもの。


 リエリエッタを殺せないのなら――。


 可能な限り被害を増やす。


 それだけ。


「……上等だよ」


 リエリエッタは短剣を握り直した。


 紫電が、刀身を這った。


 ◇ ◇ ◇


 ――マリアを守ってやってくれ。


 リエリエッタからの指示を頭の中で反芻しながら、船内を駆ける。


 複雑な気持ちは、まだ残っている。


 それでも今は、そんなことを考えている場合じゃない。


 任された以上、自分の役目を果たすべきだ。


 まずはマリアンヌを探さなくては。


 こういうとき、彼女はどこにいるのだろう。


 少し考え、とりあえずマリアンヌの自室を目指すことにした。


 船内の通路には、同じ景色を切り取って並べたように、似通った扉が続いている。


 目印がなければ、どの部屋を誰が使っているのか見分けることすら難しいだろう。


 幸い、それぞれの扉の前には小さな札が掛けられている。


 そこに書かれた名前を頼りに進み、迷うことなく目的の部屋へ辿り着いた。


「マリアンヌ!」


 扉を三度叩く。


 少し間があって、扉が僅かに開いた。


 隙間から、マリアンヌが恐る恐る顔を覗かせる。


「……ナナシさん?」


「うん。平気? 怪我とかしてない?」


「ええ、問題ありません。それより、外はどんな様子になっていますか?」


「海賊……だって。大型船が一隻と、中型船が二隻。それで僕には、マリアンヌを守れって。ボスが」


「ナナシさんが……私の護衛ですか?」


 マリアンヌは、不意を突かれたように目を丸くした。


 そんなに僕では心許ないだろうか。


 いや。


 心許ないだろうな。


「…………」


 どうやら、そんな気持ちが顔に出ていたらしい。


 マリアンヌは口元に手を添え、小さく微笑んだ。


「大丈夫ですよ、ナナシさん」


 そして。


「私は、あなたを信じます」


 マリアンヌは僕の横をすり抜けるようにして、部屋から出る。


 まるで今から散歩にでも出掛けるかのような、軽い足取りで。


 数歩進んだところで立ち止まり、腰の後ろで両手を組む。


 くるりと振り返った。


「頼みましたよ、私の騎士(ナイト)様!」


 満面の笑み。


 そこからは、不安など微塵も感じられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。