14話
13話と14話の投稿を設定ミスしていました。
「撃てぇーっ!!!」
号令が甲板を駆け抜けた。
直後、いくつもの攻撃が一斉に放たれる。
魔素を注ぎ込まれた魔剣が光を放ち、いっぱいに引き絞られた大弓からは矢が唸りを上げて飛び出した。
炎。
岩。
風を纏った矢。
それらが砂海の上を走り、正面から迫る大型船へと殺到する。
だが――届かない。
敵船の甲板で、いくつもの光が瞬いた。
飛来した魔法がこちらの攻撃を正確に捉え、次々と空中で炸裂させていく。
爆音が連続して響いた。
炎が散り、砕かれた岩が砂海へ落ちる。
矢は半ばからへし折られ、力なく宙を舞った。
一つとして、船体には届かない。
「……クソッ!」
誰かが吐き捨てる。
これで何度目だ。
先ほどから攻撃を繰り返しているが、結果はすべて同じだった。
リエリエッタは杖を握ったまま、正面の大型船を睨みつける。
甲板には、いくつもの人影。
こちらを待ち構えるように並び、攻撃が飛ぶたびに迎撃する。
厄介なのは正面だけではない。
左右後方から距離を詰めてくる二隻の中型船も同じだった。
こちらが放つ。
敵が落とす。
その隙に、別の者が撃ち返す。
誰か一人でも対応が遅れれば崩れそうなものを、三隻とも淀みなく繰り返している。
そこには明確な役割分担があった。
誰が守り、誰が撃つのか。
いつ撃ち、いつ止めるのか。
互いの動きを確認しているようには見えない。それでも、最初からそう決められていたかのように動きが噛み合っている。
統率されている。
それも、異常なほどに。
「……ありゃ、その辺の野良海賊とは訳が違うな」
傍らでアルバが低く呟いた。
「団長、どうする?」
「…………」
リエリエッタは答えず、顎に手を添える。
視線だけは敵から外さない。
敵の攻撃が飛来する。
「来るぞ!」
誰かの声。
直後、船の右舷近くで魔法が弾けた。
爆風が甲板を舐め、帆が激しくはためく。
だが、直撃ではない。
リエリエッタの眉がわずかに動いた。
……まただ。
先ほどから敵は何度も攻撃を仕掛けてきている。
だが、そのほとんどが僅かに急所を外れていた。
当てられないのか。
いや。
それはない。
最初の一撃。
見張り台にいたナナシへ向けて放たれた雷撃は、明確に狙い澄まされていた。
こちらが高速で放つ矢や魔法さえ、正確に撃ち落としている。
そんな連中が、船一隻を狙えないはずがない。
ならば――。
外している。
わざと。
「……何が狙いだ」
小さく呟く。
撃沈が目的ではない?
船を沈めた後、貨物を回収する手間を嫌っているのか。
あるいは、船そのものを奪うつもりか。
乗員まで生かして捕らえ、奴隷として売り飛ばす。
海賊なら、それも十分にあり得る。
考えられる理由はいくらでもある。
だが、今もっとも頭を悩ませるべきは、敵の目的ではなかった。
リエリエッタは甲板を見渡す。
魔剣を握る者。
大弓を構える者。
誰もが必死に自分の役目を果たしている。
それでも。
「人が足りねぇな……」
三隻。
敵は三方向から迫っている。
すべてを牽制し続けるなら、一隻あたりに割ける戦力はどうしても少なくなる。
今の人数では、敵の防御を貫けない。
だからといって一方向へ戦力を集中させれば、空いた側から狙われる。
むしろ、それを待っている可能性すらあった。
どうする。
時間がない。
決めろ。
考えるんだ。
こうしている間にも、敵船との距離は縮まっている。
正面の大型船。
背後から追い縋る二隻の中型船。
少しずつ。
だが、確実に。
…………近づいている?
そこまで考えて、リエリエッタの思考が止まった。
何故だ。
なぜ、近づく必要がある。
あれほどの魔法士を抱えている。
高速で飛来する攻撃を、離れた船上から正確に撃ち落とせるほどの連中だ。
魔法射撃の精度が低いなら分かる。
ある程度距離を詰めることが有効だ。
だが、奴らにその必要があるか?
こちらを撃沈したいだけなら、一定の距離を保ったまま削り続ければいい。
貨物が欲しいとしても、戦闘能力を奪ってから近づけば済む。
それなのに。
奴らは攻撃を外しながら、わざわざこちらへ接近している。
「…………」
一つの可能性が浮かんだ。
――乗り込むつもりか。
こちらの船に。
だが、何のために?
船が欲しいのか。
貨物か。
人か。
それとも――。
「……チッ」
分からない。
分からないが。
リエリエッタは迫り来る三隻を見据える。
時間だけは待ってくれない。
確証を得てからでは遅い。
ならば。
賭ける価値はある。
「各小隊長、集合!」
腹を決めた。
声を張り上げると、それぞれの持ち場を預かる者たちがリエリエッタのもとへ集まってくる。
全員が揃うまで、そう時間は掛からなかった。
表情は様々だ。
焦りを隠せない者。
険しい顔で敵船を睨む者。
何を言われるのかと、リエリエッタだけを見つめる者。
けれど、その誰もが戦況の悪さを理解していた。
リエリエッタは彼らを見回し、口を開く。
「奴らの狙いは、おそらくこの船に乗り込むことだ」
「乗り込む?」
「何のために?」
案の定、疑問の声が上がった。
リエリエッタ自身、その問いに答えられるだけの材料は持っていない。
「理由は分からん。ほぼ直感だ」
「直感って……」
「だが、奴らの動きが妙だ。あれだけの腕がありながら、さっきから決定打を狙ってこない。そのくせ、三隻とも距離だけは詰め続けている」
何人かが敵船へ視線を向けた。
改めて指摘されれば、思い当たるものがあったのだろう。
反論は続かなかった。
確信はない。
確証もない。
だが――。
「……奴らを船まで誘い込む」
一瞬。
誰も言葉を発しなかった。
「団長、それは……」
「危険すぎます!」
「膠着状態を維持して、援軍を待つべきです!」
堰を切ったように反対の声が上がる。
無理もない。
自分たちから敵を船へ招き入れるのだ。
一歩間違えれば、逃げ場のない甲板で数に呑まれる。
アルバでさえ、困惑を隠しきれていなかった。
リエリエッタは全員の顔を見る。
「私を信じてくれ」
それだけだった。
長々と説得する時間はない。
それに、最終的な決断を下すのは自分だ。
私が率いて、私が戦い、私が殺す。
敗北の責も、勝利の誉も。
そのすべては、船長である私のものだ。
「やるぞ」
小さく、短く告げる。
まだ納得しきれていない者もいる。
それでも、リエリエッタの言葉を聞いた者たちの目から迷いが消えていった。
ここまで来れば、やるしかない。
「仔細を詰める。最終的には奴らを誘い込む。だが、こっちの意図を悟らせるな。いきなり攻撃を止めれば、罠だと教えてるようなもんだ」
「弾幕を徐々に薄くしていく感じですか?」
「あぁ。それでいこう」
周囲から相槌が返る。
「こっちが消耗して、魔素切れを起こし始めたように見せる。奴らが乗り込む気なら、好機だと思わせろ」
リエリエッタは一度言葉を切った。
「それと、乗り込んでくる瞬間にできるだけ数を減らしたい。だが、無茶はするな。敵を一人殺すために、こっちが一人死ぬんじゃ意味がない」
残っている人数は多くない。
これ以上、一人たりとも無駄にはできない。
「乗り込まれた後は、絶対に一人で戦うな。複数人で固まって対応しろ」
返事はなかった。
代わりに、誰もが強く頷いた。
それは、この船に生き残った者なら嫌というほど身体に染みついている戦い方だった。
相手が人だろうが魔物だろうが、その部分だけは変わらない。
「よし。持ち場に戻れ!」
号令と同時に、全員が散った。
戦闘が再開する。
「撃て!」
再び魔法と矢が空を走る。
敵の迎撃がそれを撃ち落とす。
炸裂。
爆音。
反撃。
今度は敵の魔法がこちらへ飛来する。
「伏せろ!」
轟音と共に甲板が揺れた。
船体の側面に魔法が直撃し、木片が弾け飛ぶ。
「っ……!」
船員たちが身を伏せる。
それでも、すぐに起き上がる。
撃つ。
撃ち返される。
また撃つ。
互いの攻撃が砂海の上を入り乱れる。
その中で、こちらの攻撃だけが少しずつ減っていった。
十あったものを八へ。
八を六へ。
一度に撃つ人数を減らし、間隔を空ける。
「まだだ……もう少し落とせ」
リエリエッタの指示が持ち場へ伝わっていく。
あくまで自然に。
消耗したように。
魔素が尽き始めたように。
反撃する力を失いつつあるように。
敵の目に、そう映るように。
そして。
敵は食いついた。
「来るぞ!」
二隻の中型船が一気に距離を詰めてくる。
近い。
船上にいる人間の姿がはっきりと見えるほどに。
その距離がさらに縮まり――。
「掴まれ!!」
誰かが叫んだ。
直後。
ドォンッ!!!
凄まじい衝撃が船体を襲った。
「ぐっ……!」
甲板が大きく傾く。
船員たちが手すりやマストへしがみつく。
中型船の一隻が、ヤクモ商会の船の横腹へ船体をぶつけていた。
木材同士が軋み、腹の底まで響くような音を立てる。
そして間髪入れず――。
反対側から、もう一度。
ドンッ!!!
左右から挟み込まれた。
獲物へ食らいつく二頭の獣。
その向こうで進路を塞ぐ大型船は、群れを率いる親玉とでもいうべきか。
「っ……!」
リエリエッタが踏ん張る。
その瞬間だった。
ヒュン、と風を切る音。
何かが頭上を越えた。
ガンッ!
硬い音を立て、鉤爪が船べりへ食らいつく。
一つ。
二つ。
三つ。
続けざまに投げ込まれた鉤爪が、次々と甲板の縁を捉えていく。
そこから伸びるのは、太く編み込まれたロープ。
その先――中型船の甲板では、すでに何人もの人影がこちらを見上げていた。
「ロープだ! ロープを切れ!」
誰かの叫びを合図に、船員たちが一斉に船べりへ駆け寄る。
剣が振り下ろされた。
だが。
「硬ぇ!」
一撃では切れない。
何本もの繊維を束ね、頑丈に編み込まれたロープだ。
剣を何度も叩きつけ、少しずつ裂いていく。
「一本いけるぞ!」
「こっちもだ!」
一本。
また一本。
切れる。
いける。
そう思った、そのとき。
「下だ!」
中型船から光が走った。
下方から撃ち上げられた魔法が、ロープを切ろうとしていた船員へ襲いかかる。
「ぐぁっ!」
一人が弾き飛ばされた。
「離れろ!」
さらに正面の大型船から援護射撃が飛来する。
甲板で爆発が起きた。
悲鳴。
怒号。
砕ける木材。
鼻を刺す焦げた臭い。
「くそっ!」
「まだ切れてねぇぞ!」
「無理するな!」
また一人。
今度は肩を押さえて倒れ込む。
リエリエッタの表情が歪んだ。
駄目だ。
これ以上は。
「総員、下がれ!」
声を張り上げる。
「ロープは捨てろ! 負傷者を中へ!」
船員たちが一斉に船べりから離れる。
「立てるか!?」
「肩貸せ!」
負傷者を引きずり、あるいは担ぎ上げ、船内へと運び込んでいく。
何本かは切った。
だが、まだロープは残っている。
作戦通り。
そう。
これも、作戦のうちだ。
だが、負傷者を出すつもりなどなかった。
「…………」
リエリエッタの頬を、一筋の汗が伝った。
心臓が早鐘を打ち鳴らす。
大丈夫だ。
これしきのこと。
何度だって乗り越えてきた。
自分に言い聞かせるように、ふっと大きく息を吐く。
杖を握り直した。
残ったロープの先を睨む。
誰も喋らない。
つい先ほどまで響いていた怒号も爆発音も、嘘のように途切れていた。
わずかな静寂。
それが、かえって不気味だった。
ギシ。
ロープが軋んだ。
リエリエッタの耳がぴくりと動く。
ギシ。
ギシ。
近づいてくる。
やがて。
何の前触れもなく、船べりの向こうから頭がぬっと現れた。
「来るぞ!」
一人が甲板へ飛び込む。
それを皮切りに、次々と人影が船べりを越えた。
右から。
左から。
残されたロープを伝い、堰を切ったように雪崩れ込んでくる。
だが――。
「……なんだ、こいつら」
誰かが呟いた。
異様な姿だった。
頭部と口元を布で覆い、目元しか見えない。
その上から外套を纏っているため、どんな武器を持っているのかさえ判然としない。
海賊というより。
まるで――暗殺者だ。
しかも奇妙なことに、乗り込んできた者たちはすぐには襲いかかってこなかった。
一定の距離を保ち。
こちらと対峙したまま。
静かに、列を作っていく。
誰かを待っている。
そう思わせる動きだった。
ヤクモ商会の者たちも武器を構えたまま、迂闊には踏み込めない。
睨み合い。
張り詰めた空気だけが甲板を満たしていく。
やがて、その列が左右へ割れた。
一人の男が前へ出てくる。
「念のため聞いておくが――」
少しざらついた声だった。
「ここは、ヤクモ商会の船で間違いないか?」
「…………」
リエリエッタの目が細くなる。
見境なく襲ってきたわけではない。
最初から。
こいつらは、この船を狙っていた。
「……そうだ」
「ほう」
男の視線がゆっくりと動く。
そして、リエリエッタで止まった。
「では、そちらの君がリエリエッタかな?」
値踏みするような目だった。
白い髪と長い耳。
確かめるように問うて来たのは、聞いていた特徴と照らし合わせているのだろう。
「……そうだ。私が船長のリエリエッタだ」
「なるほど」
男が首を傾げる。
「聞いていた噂とは少し違うな。杖はどうした? 大きな杖を持っていると聞いたが……」
リエリエッタは手元へ一瞬だけ目を落とす。
握っている杖は、肘から手首ほどの長さしかない。
確かに、大きいとは言えない。
だが。
「お前ら相手なら、これで十分さ」
「ふん、威勢がいいのは結構だ」
男の目元がわずかに細くなった。
口元は布に覆われている。
それでも、その下で笑ったのだと分かった。
「だが、状況を理解しているのかな?」
男が片手を上げる。
その背後。
左右。
リエリエッタたちを取り囲むように、覆面の者たちが立っている。
「これだけの人数に乗り込まれた。君たちはもう詰んでいる。無駄な抵抗はやめた方がいい」
誰も武器を下ろさない。
男は気にした様子もなく、今度は両手を広げた。
「では、一応、勧告しておこう」
ざらついた声が甲板に響く。
「今すぐ武器を捨てて投降しろ。リエリエッタの首――それから、この船と貨物。それさえ渡せば、他の者は見逃してやろう!」
沈黙。
リエリエッタは男を見つめる。
その目に迷いはなかった。
「寝言は寝て言え」
杖を持つ手が跳ね上がる。
「――ウルド・ファイ!」
火球が生まれた。
間髪入れず、撃ち出す。
「ッ!」
男が横へ飛ぶ。
火球はその身体すれすれを通り抜け――。
「ぐぁっ!?」
背後にいた一人へ直撃した。
炎が一気に身体を包み込む。
「があああああっ!!」
絶叫。
それまで張り詰めていた静寂が、一瞬にして焼き切れた。
リエリエッタは杖を構え直す。
炎に照らされたその顔に、先ほどまでの迷いはない。
さあ。
開戦の幕は、これでいい。




