84『土壇場のプランB』(土壇場のプランB)
「『悪魔祓師物語・弐』。副題『デビライズ・ダンジョンズ前夜譚』」
「なんだって?」
編集長が目をぱちくりさせた。
「編集長、仰いましたよね?」
ハンナはニヤリと笑う。
「『ファンタジーなら検討の余地あり』と。こちら、企画書です」
ハンナはホッチキス留めしたA4用紙の束を男たちに配る。
「『デビダン』の前夜譚だって? いったいどういう……」
ぶつぶつ言いながら、編集長が読み進めていく。
ログライン、八百文字あらすじ、見どころ、世界観、キャラ、プロット。
一万文字ほどもある内容だが、歴戦の編集長はものの数分でそれらすべてを読み下し、消化したようだ。
「読んだよ。カッコよさあり楽しさありエモさあり、ラストにどんでん返しありと実に猫又ブン先生らしい、完成度の高い企画だ。だがこれのどこに、大賞作『デビライズ・ダンジョンズ』要素が?」
「いいえ、目を通しただけで、ちゃんと読んでません。『デビダン』の設定をよくよく思い出してみてください」
「ん? ……まさか」
編集長が『デビダン』の企画書を取り出した。
「デビル、エクソシスト、ソロモン七十二柱、グランドシジル。主人公とヒロインの名前もモロ被り! お前、これっ」
「『デビダン』のアスマとリリスは、『悪魔祓師物語』の主人公・ヒロインの生まれ変わりなんです。正確には、リリスは記憶を失った本人なんスけど」
「大賞作がパクリだと⁉ 猫又ブン先生はこのことをご存知なのか⁉」
「もちろん、知ってるっス。言ったじゃないですか、ブン先生はしっぽ先生の師匠だと。ブン先生は承知のうえで、しっぽ先生に世界観を貸し与えたんです。しっぽ先生は、明治時代が舞台だった『悪魔祓師物語』のベースとなる世界観をそのままに、世界を百数十年経過させ、二〇四〇年代の近未来ダンジョンモノとして昇華させた」
「……トラブルはごめんだぞ」
「著作権上は何も問題ありません。出版するのは両方とも我が社ですし、世界観をパクられた本人であるブン先生に、しっぽ先生を訴える気はない。この手の案件で最も問題になりがちなイラスト周りの権利についても、両作とも重ラヰト先生が担当するのでオールグリーンっス。もともとの『デビダン』には、主人公たちが『悪魔祓師物語』の主人公たちの生まれ変わり、という設定はありませんでした。今回、ブン先生が『悪魔祓師物語』の完結巻を書くにあたり、追加した設定です。ブン先生の作品を食い破って誕生したしっぽ先生の作品を、今度はブン先生の作品が丸呑みにしたんです。こんなにも悪魔的で素敵なコラボが、他にあると思いますか?」
「そうまでして、どうしてお前は猫又ブン先生を大賞作と絡めようとする?」
「『デビダン』と『悪魔祓師物語』にブーストをかけるためです」
「彼女は今回の受賞者じゃないんだぞ」
「ですが、彼女が今回の大賞受賞者の師匠であり、大賞作が彼女の作品を元に生まれたのは事実です」
「お前はなぜ、そこまで彼女に肩入れする?」
「私が一度、彼女を殺してしまったからです」
「感情で仕事してんじゃねぇぞ」
「もちろん、実利もあります。むしろ実利しかありません。
『猫又ブンが大賞受賞者・猫又しっぽの師匠』
『猫又しっぽが師匠との同時発刊を望んだ』
『弟子の望みのために、ブンは数週間のうちに九万文字物語を二冊書く、というとてつもない無理をした』
『そうして出来上がった一冊は、大賞受賞作の前夜譚であり、大賞作を大いに補完する物語である。二冊とも読めば、物語が何倍、何十倍にも楽しめる』
以上を、授賞式のツーショットとともに大々的に発表するんです。多感なお年頃の想定読者――十代男性――は、まずブン先生の驚異的な美少女っぷりに目を奪われ、次にしっぽ先生のJKらしからぬ超絶おっぱいに目を奪われ、続いて二人の関係性にエモさを感じ、大賞作を買ってみようかなと思ってくれることでしょう。なんなら十代女性の共感だって得られるかもしれません。それらのブーストの果てに、『悪魔祓師物語・弐』がどこまで売れるのか。いかんせん二巻なので、非常に苦しい戦いになるのは百も承知しています。それでも、やりたいんです。やらせてください!」
「条件がある」
「それって⁉」
「一週間だ。校正に回す前に、俺が全文チェックする。八月二十五日の正午までに校正前完成原稿を俺に提出しろ」
「なっ」
「授賞式の式次第や、受賞作品の売り方に多大な影響が出るんだ。それだけの価値がある出来なのか、判断する必要がある。もちろん、不出来ならお前の案は却下だ」
「先生は筆が遅いんですっ。それでなくとも、七日間で本一冊分なんて人間業じゃありません」
「俺がラスボスなんだろ?」
『STC』の原稿を叩きながら、編集長がニヤリと笑った。
「だったら、俺を打ち負かしてみろよ、猫又ブン」




