六章 導かれし運命
六章 導かれし運命
暫く細長い廊下を走ると、左右に分かれた道に突き当たった。
そこで駆けていた足を止める。
後ろから付いてきた四人もそれを見て足を止めた。
「右か・・・・左か・・・・どうするお嬢ちゃん、二手に分かれても構わないし、どっちかに向かっても良い。どっちかが遠回りや行き止まりでも・・・・最悪、罠に掛かったとしてもお嬢ちゃんが決めた道なら僕は文句言わないよ。お嬢ちゃんの為なら僕は盾になってあげるからね!」
にっこりと微笑んでシグマスが告げる。
そう言われてシグマスを振り返る。
二手に分かれる方が先に行く道を早く掴む事が出来るわよね・・・。
「・・・・・じゃ、シグマスさん、ネヒアちゃんと左に向かって貰って良いかしら。私は右に行くわ。ホディとタィトはどっちを選ぶかは任せるわ」
「おっと・・・・お嬢ちゃん、僕と同じ道を選んでくれないのかい。残念。しょうがないから、お嬢ちゃんの為に、じゃ左側の道を攻略してきますかね~。頼りにしているって解釈しておくよ」
ネヒアが大きく頷いた。
その時、後ろ側から何やら物音がした。
恐る恐る振り返ると、私達の背丈の三倍くらいの高さがある天井に届きそうな程、大きな化物勢が数体此方に向かってゆっくり歩いてきた。
「あらら、お邪魔虫きたね~」
シグマスが緊張感のない呆れ顔で呟く。
私は手に火の玉を作って化物に向かって投げた。
しかし、化物に当たる直前で火の玉は砕け散った。
「えっ?」
キーの魔力が・・・・効かない?
「へー・・・・・魔法耐性かね~」
シグマスが土の力で波動を作るが、やはり直前で土の力が瓦解された。
「これならどうかな・・・・・床を壊してっと」
シグマスが塔の床に向かって力をぶつけた。
バシンと音がして土の力が弾かれた。
「おやおや・・・・塔自体は壊れない仕掛け・・・・か。そう言えばお嬢ちゃんが扉壊せなかったもんね」
塔自体の不思議な力で塔自体の地面を壊すことは出来ないようだった。
化物達が迫ってくる。
ホディが化物に対して、鎌を投げた。
化物に当たると、一体が倒れて崩れた。
「なるほど、魔法は効かないけど、武器での攻撃に弱いってことかい」
シグマスが短剣を出して投げた。
私は腰の剣を引き抜いた。
その時、ぐらりと建物が揺れた。
「何・・・・地震?」
声がした。
『人間ども・・・・ついに天界塔に・・・私達の所に来たんですね・・・・』
何処から響いて来るのだろう。
何処からか、わからない語りかけられる声。
『神が示すのは、人間への失望。人間を壊滅させて、新しい世を作り出す事が神の望み。もはや貴方達は不要なのです・・・・既に人間を始末する用意は整った・・・・・・・・全ては新しい命への礎となるのです』
ゆっくりと語る美しい声。
『そして・・・・その命まで、黒く染めるとは・・・・何と人間は愚かで醜いのか・・・・』
そして誰かの力を感じる。
誰かがこの上で、力を使っている?
「何・・・・一体何処から・・・・黒く・・・染める・・・・?」
「ルー!よそ見するな!」
ホディの声で正面を向くと、化物が私に向かって大きな腕を振り上げていた。
なんとか攻撃をかわす。
「僕らの前に・・・・塔に入った人間に話しているのか・・・・それとも僕らに向けてこの声は言っているのか・・・・わからないねぇ・・・・気を感じる。誰かが戦っているな」
シグマスが口笛を吹きながら化物の攻撃をかわした。
私達の前に・・・・この塔に入った?
現在、この塔に誰かが居て、この謎の声が語りかけている・・・・?
「そ、そんな訳ないじゃない。私とキー以外にこの塔に入れるものがいるの・・・・?」
剣を抜いて化物一体を切り付けながら、シグマスに問う。
「預言は関係ない。塔に入れるかは、塔に入るだけの力を示せれば扉は開く」
シグマスが寄ってきた化物に蹴りを入れてその眼球に短剣を投げた。
化物が目を手で覆ってうめき声を上げた。
ホディが鎌と斧を投げる。
化物が倒れて行く。
「おっさんのソレ、僕が短剣投げるよりこいつらには効いてそうだから、此処はお任せして、僕は先に左の道に走って行かせて貰いますかね・・・・先の侵入者の正体も気になるし」
シグマスがそう言って、左の道に走って消えていく。
ネヒアも頷いて、左の道へと追って走って行った。
元来た道の方を見ると、化物達の後ろからさらに化物が無数と言えるほど一気に現れた。
「お前達も行けよ、ルー、タィト。俺が此処を引き受けた」
「えっ・・・・」
私は剣を構えてホディを振り返った。
「時間が惜しいだろ、先に行くんだ。此処の奴らには、俺の攻撃が一番効くようだし、此処は任せておけ。こんなのな、直ぐに倒して追い掛けるから、心配するなって」
そう言ってホディが、化物達に鎌と斧を構えて投げた。
化物達が倒れて行く。
しかし、その後ろからまるで湧き出すように化物が続いて現れる。
来た道の広間になっている場所の上を見ると天井がぽっかりと吹き抜けのような穴になっていて、三階まで見上げる事が出来た。
そこの先から・・・・化物が・・・・降って来ていた。
まるで雨のように次々と。
上に一体何が有るのか・・・・。
置いて行って良いのか、迷った。
その時だった。
何か、感じた。・・・・気の発動。
この気配・・・・・!
「お、お姉ちゃん・・・・・」
そんな筈はない。
でも、この上でお姉ちゃんが、何か術を使ってる?
気配がする。感じる。
そんな筈はない。でもこの気は、お姉ちゃん・・・・!
上・・・・・どれくらい上だろう?
お姉ちゃんが・・・・・何で?
そんな筈はない・・・・・でも、この気配はお姉ちゃん!
私は吹き抜けで抜けている部分の天井を見上げた。
二階は薄暗い回廊が続いている。三階は大広間のように見える。それ以上、上の方は吹き抜けなどなく何も見えない。
化物が降ってくるのが見える三階までは見える。お姉ちゃんの気配はそれより上のようだった。
「任せた!」
そう叫ぶと、私は、右の道の先の回廊の方に走った。
タィトも追ってきた。
走りながら、後ろのタィトに叫んだ。
「タィト・・・・・ホディと一緒に塔に来たの・・・・?一体・・・・何故」
タィトは走りながら唾液を飲んで応えた。
「エジルーナさんが・・・・・ルーを追えと・・・・ホディアンさんもそう言われた・・・・らしい」
「え・・・・」
「だから・・・・全速力で・・・・走ってきたんだ・・・・途中で休んでなかったから、かなりきつかった」
足を止めて振り返った。
お姉ちゃんが・・・・。
お姉ちゃんは私に塔に行く事を止めた。
私を追うようにホディとタィトに告げた。
でも、お姉ちゃん自身が、この塔に私達より前に侵入している・・・・。
此処に来るのにホディやタィトは休みなしで全速力で走ってきている。
私と、シグマスさん達は転移を使って着ている。
私達より後に街から出て、塔に入ったとすれば、此処の塔まで、転移なしでは辿りつけない。
お姉ちゃんは転移を使う事は出来た。でも、塔に来た事など一度もなかった筈。
一度も来た事がない場所には転移は出来ない。
先に走ってたどり着くことなど不可能だ。
そしてシグマスが持ってきた水晶。・・・・・あれも取ってきたと言う事に・・・・なる。
私が塔に入ろうと扉の前に居た時にシグマスは水晶玉を持ってきた。
あの仕掛けを突破したと言うなら、お姉ちゃん以外の人間が動いて取ってきたと思う方が自然だ。
幾らなんでも、時間的にも能力的にも・・・・。
「それなら・・・・やっぱり・・・・」
呟いて再び走りだした。
誰かに此処の中に連れて来られた・・・・という事。
早く上に・・・・早くお姉ちゃんの所に・・・・!
お姉ちゃんが・・・・・誰かに狙われたのか・・・・。
一体何のために・・・・。
お姉ちゃんが戦っているのは、その相手なのか?それとも・・・・今の不思議な声なのか。
でも街に居たのなら、街の皆は・・・・?そうだ、街は無事なのだろうか・・・・マニャ姉ちゃんは・・・。
「街が狙われたりした素振りは・・・・なかった?」
走りながら問う。
ぐるぐると中に入り込んでいく道を走り抜けると上に登る階段が見えた。
階段を駆け上がる。
「そんな様子なんて感じなかったけど、エジルーナさんに言われて直ぐに街を発ったから、それ以降は・・・・ルーが心配で・・・・それでずっと走って・・・・」
「私が・・・・心配・・・?タィトが?」
足を止めて振り返る。
私に幼い頃から意地悪ばかりで、突っ掛ってきたり、何の恨みが有ったのかと思っていたけれど、心配されるなんて思っていなかった。
「と、止まるなよ、急ぐんだろ」
そう言ってタィトが先を急かす。
「うん」
二階は大きな広間のように見えた。
シグマスはどの辺なのだろうか。
他に階段は見えない。
一階より狭く見える。
壁に隔たれて見えない場所が有るようだ。
一階から見えた化物が降ってきた辺りは壁で囲われている。どうやら二階には化物は降りられないようになっているらしい。下から見えた二階は二階の一部だったのだろう。
「三階には・・・・化物が降ってきた空間が広がってるのよね・・・・」
三階への階段が見える。
ごくりと唾を飲んで階段を駆け上がった。
三階に登る階段の途中で足を止めた。
「な・・・・にあれ・・・・」
化物達が大きな魔法陣のようなものから現れる。
魔法陣から化物が次々と作られて、下の階へと落とされていく。
大きなガラスのような壁が此方側を覆っていた。
仕切られていて、此方には化物は来ないようだった。
魔法陣の側に寄ろうと駆け寄る。
ゴン、と大きな音がした。
頭を思いっきり壁に打ち付けた。
「ルー・・・このガラスみたいなもの・・・・見えなかったのかよ・・・・」
タィトが呆れ顔で言う。
「いや・・・・み、見えたけど・・・・勢いつければ向こう側に行けるんじゃないかって思った・・・・」
辺りを見回す。
ガラスの此方側は閉鎖されたような広い空間で、白い彫刻が並んでいた。
後ろに白い翼を持った白い彫刻。頭から下半身まで人体のようにしっかり作られた像。
天使の像のようなものが、数体飾られている。
その像が数秒おきに不気味に光り輝いている。一体、何を示すのか。
上への階段らしき物も見当たらなく、上に向かえるような仕掛けも特にないようだった。
ガラスのような壁の向こう側に見える階段から、シグマスとネヒアちゃんが登ってくるのが見えた。
「し、シグマスさん・・・・ネヒアちゃん・・・・」
化物達が二人に気が付いて襲い掛かる。
二人はかわして化物達に短剣を投げていた。
幾らでも作られていく。このままでは下のホディと同じ、キリがないだろう。
倒す速度よりも早く化物達が魔法陣から姿を現す。
下に降って行く化物、シグマス達に襲い掛かる化物・・・・このままでは本当にキリがない。
きょろきょろと辺りを見回す。
何やら怪しげな魔法陣が並んでいる中に、点滅している魔法陣が見えた。
私は手を振って、その魔法陣を指差した。
「シグマスさん・・・・・!」
ガラスのような壁越しに声は届くのか・・・。
でも化物達の咆哮も聞こえてくる事からそれほど壁は厚くないのかも知れない。
シグマスさんが私に気が付いて、その魔法陣に寄って行った。
魔法陣に対して地の力を放つと、その魔法陣から光が止まった。
ゴゴゴゴゴ・・・・・と言う大きな音が響いた。
地震のように、塔がぐらぐらと揺れた。
「お兄ちゃん!危ない!」
魔法陣の力を消した者に向けての罠なのか、短剣が数本纏めて襲いかかった。
一瞬の出来事だった。
幼い少女の体が、慕う兄の背中の前に立ち、その体で短剣を全て受け止めた。
幼い少女の体から血が大量に溢れて行く。
私は、その光景に呆然として、声が出なかった。
「ネ・・・・・ネヒア!」
その悲鳴のような絶叫はシグマスさんからだった。
今まで一度も見た事がなかった真剣な眼差し。
既にその唇からも血を流した幼い少女の体からは生命力が感じられない。
その幼い体を、シグマスさんは大切そうに抱えた。
その瞳から・・・・・涙を流していた。
シグマスさんのそんな顔は・・・・始めて見たと思う。
どれくらいの時間が流れたのだろうか。
私もその光景に足が硬直して動けなかった。
ゴゴゴゴゴと建物が再び大きく揺れる。
「何が・・・・」
きょろきょろと辺りを見回すと、塔の壁が動き出している。
仕切られていたガラスのような透明の壁が消えた。
端に上に向かう階段が蜃気楼のようにぼんやりと現れた。
化物達が此方に向かって来た。
シグマスはネヒアちゃんを抱きかかえたまま高く飛び、化物達の攻撃を避けると怒りに燃えた瞳で化物を見据え、地の力と共に短剣数本纏めて放った。
地の力が宿った短剣は化物達に突き刺さって倒して行く。
シグマスの怒りと共に、化物達が倒された。
魔法陣から、化物達の生成が止まった。
シグマスさんが此方に寄ってきた。
「ほら、先いきなお嬢ちゃん」
私の肩をシグマスが叩いた。
「早く行きな。此処はこのカッコイイ俺様が引き受けてやるからよ!」
「キーカス、聞こえてるのか、そうでないかわからないけど、僕はお前の事、嫌いな訳じゃなかったんだぜ。いろんなもん背負い込んだお前を同情する気持ちも有ったけどさ・・・・僕はお前と従弟で楽しめた。ちゃんとそのお嬢ちゃんをてっぺんに連れて行けよ、キーカス」
その言葉に、現れた階段の方を見た。
その時、その横にある、天使を模るような像が金色に光り輝いた。
像に目を向けると、何か現れた。
白い服を纏い、背に白い羽、金色の長い髪を持った男。
何か、この世のものとは思えない神々しい気配を纏った男。
まるでその像から出て来たような、その像が色彩を持って人物に具現化したような。
「・・・・・・・誰・・・・・」
私は腰から剣を引き抜いた。
「此処にも・・・・・この塔に、侵入者が居たのですね」
聞き惚れるような美声が空間を震わせる。
「神は、もう人間などに何も期待をしていない」
男がそう言うとゆっくり目を瞑った。
はっと気がつくと、すぐ横に化物の手が伸びて来た事に気がついた。
男に気を取られていて、襲いかかってきた化物への対応が遅れた。
化物が、私の肩を掴んで締めあげた。
「ぐっ!」
「ルー!」
タィトが叫んだ。
「・・・・・・その程度の力か、審判を下すまでもない・・・・神が望む人間の力を持つ者と思われたが見込み違いだったか・・・・・やはり、貴方達に構うより、あっちの方を始末してこなければなりませんね」
そう言うと、その姿はまるで霧のように消えた。
あっち・・・・?あっちって?
嫌な予感が襲ってくる。
お姉ちゃん・・・・お姉ちゃんじゃないよね?
化物が私の体を締めあげる。
タィトとシグマスが私を掴む化物に短剣を投げた。
化物が大きな咆哮をあげた。
私は化物の手から滑り落ちて床に落下した。
「ううっ」
私は締められて傷ついた体を床に打ち付けた。
はぁはぁと呼吸を繰り返す。
化物は力を失って倒れた。
「大丈夫か、ルー」
タィトが手を差しのべてきた。
「平気だよ。タィトに手を差し伸べられるほど弱っちゃいない」
そう言って、自力で立ち上がった。
「可愛くない・・・・」
タィトが差し伸べた手を引いて、ぼそっと呟いた。
「私は先を急ぐ!」
そう言って駆けだした。
残った化物達が私を追って来ようとするのをシグマスが短剣を投げて止めた。
化物達がシグマスに襲い掛かっていく。
お姉ちゃん・・・・・お姉ちゃん、今行くからね!
階段を夢中で駆け登った。
同じような作りの道が続いた。
幾つもの階段を駆け上がった。
どれだけ登っただろう。
迷路のような場所を抜けて、再び階段を駆け上がり、右に曲がって左に曲がって階段を駆け上がり・・・・。
振り返ると、タィトが追って着ていない事に気がついた。
少し、階段を下りて見てみると、後ろを走ってきたタィトが、大きく息を切らしてゆっくりと登って来ていた。
「ルー・・・・気にしなくていい。先を急いでいい・・・・少し遅れて登る・・・・」
タィトが息を切らしながらそう言うのが聞こえた。
私は頷いて再び階段を駆け上がった。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・・・!
さらに階段を登り続けると、何やら壁の装飾や扉の色が変わった場所に着いた。
厳粛で煌びやかな装飾が施された扉の前に、誰か立っているのが見える。
化物・・・・ではない。人間だ。
側に寄った。
「貴方は・・・・・?誰・・・・此処に・・・・一体何故・・・・」
問い掛けるとその者は手を上に向かって伸ばした。
「貴方が来ることは初めから想定していました・・・・ですが、この先で我が主が大事な儀式の最中。邪魔は許しません」
その人間の男の手から力が放たれると、何か上から大きな物が落下して来た。
「きゃぁっ」
吃驚して、後ろに軽く飛んで逃げると鉄格子がその場所に降るように落ちて来た。
扉の向こうにお姉ちゃんの気を感じた。
「お姉ちゃん・・・・・・・・!」
お姉ちゃんがこの扉の向こうに居る!
「貴方は誰っ!お姉ちゃんをどうする気?儀式って何?そこを退けて!」
「私は、ソグド族の代々族長をお守りして来た家系に生まれたレレスと申します・・・・既に我が主は、絶対的な力を手に入れた。他の預言の者など不要だ」
何・・・・絶対的な・・・・力?
絶対的な力って・・・・?
いやそんな事はどうでもいい。
「お前の主はどうでも良い。お姉ちゃんを返して!お姉ちゃんが其処に居る!お姉ちゃんを出して」
「・・・・・・・・儀式は既に始まっている。全て終わるまではこの場所で儀式を行わなければならない。彼女は、儀式の祈りをしている。返す訳にはいかない」
儀式・・・・?さっきから言っている儀式とは・・・?
それにお姉ちゃんが何かしていると言う事・・・・?
お姉ちゃんが力を使っているのを感じる。
お姉ちゃんは『神厄病』で弱っていた。
力を行使し続ける事に体は持たないかも知れない。
中でそれを強要されているのだろうか?
凄く嫌な予感がした。
「もういい!退けないなら、退かす!」
そう言って力を放った。
左手を左から右へ動かす。降ってきた鉄格子を地の力を操り破壊する。
右手に剣を構える。
振り回すと、火と風の力が剣の波動の力を取り囲んでより強力な物となり、レレスに襲い掛かった。
レレスは防ごうと両手を構えてその力を無効化しようとするが、強い力はやや軽減した程度でレレスに衝突した。
レレスが手を振る。
彼の周りに火の力が広がり、辺りに劫火が広がる。
私は左手で無効化して、レレスに向かって短剣を投げた。
レレスが素早く避けると、さらに劫火の力を使った。
私は風の力を手に宿し、劫火を押し戻す。
レレスに向かって、劫火が降り注ぐ。
レレスは劫火に向かって両手を翳して無効化した。
剣を握り締めて振る。
火と風の力を持った剣の波動が、レレスに襲い掛かる。
レレスが素早く避けた。
そこに短剣を投げる。
かわしきれなかったレレスの足に短剣が刺さった。
再び剣を振る。火と風の力が波動を包んで強力にする。
レレスに剣の波動が命中する。
「ふ、貴方は確かにすごい力をお持ちだ。私には勝てそうもない・・・・けれど、それを凌ぐ力を出す方法があるのですよ」
そう言うと、レレスは、自分自身に向かって、風の力を行使して爆発した。
「自爆!」
後ずさろうとしたときには遅かった。
襲いかかる風の力。
-ルー!防御しろ!俺が力を貸す!
風圧が体中を切り裂いていく。
力の根源が何処かわからない!
レレスを中心に放たれた圧倒的な力は周囲の壁を全て崩し去っていく。
両手で体を庇い、防御の体勢を取って反射的に目を閉じた。
圧倒的な力が襲ってくる。
キーの結界の力が周囲を囲んだ。
その時、何かが前方に庇い立つように立ちふさがった。
レレスから放たれた力は爆発した。
物凄い爆風が去った後、自分の体を見回すと、大きな傷はなく、かすり傷で済んだ。
キーの結界の力が取り囲んでいた。
周りを見回すと、周囲の壁は崩れそうな程、軋みが入り、破片が飛び散っていた。
塔に掛かる力がこの空間を支えている。
塔を破壊させないように塔を包んでいる力が壁や床を守っていた。
この力がなければ、この階は全て壊れていたかも知れない。
煌びやかで厳粛な装飾が施されていた空間は全てが破壊されていた。
キーの力が私を守った。
しかし、それだけではなく、前方に何か更なる力で私に来る衝撃が弱まる何かがあった跡が床に残る。扇状に力の跡が広がっており、私の前方だけが衝撃を弱める何かが効いたという跡が床に残っていた。
前方を見ると、そこには倒れて息絶えたレレスと、そして、タィトの姿があった。
「タィト!何故・・・・まさかっ」
爆風の多数を食らい、体は多くの傷を負っていた。
「ダメだな。俺は役立たずだ。そうだよな。お前を守るのは俺じゃ役不足だよな。・・・・・役立てなくて・・・・・ごめん・・・な・・・・でも最後に・・・・少しだけ格好付けられた・・・かな」
そう言うと、その体は力尽きた。
「タィト!」
呼んでも返事がなかった。
「ど、どうして私とレレスの間に立ったりしたの・・・・?タィトは・・・・私を嫌いだったんじゃなかったのっ」
私を小さい頃からよく苛めていた。
私はそんなタィトが小さい頃、大嫌いだった。
同じ年の、悪戯っ子で、腹立つ存在だった。
それが、守るって・・・・何?役立つって・・・・・。
タィトの体を揺すぶって、反応がないので頬を殴りつけた。
殴りつけても、反応がない。
その体には生命力を感じる事はなかった。
「何よ・・・・・・・意味わからない・・・・・なんで私を・・・・庇ってこんな・・・・・・」
「なんで・・・・なんで!?死ぬのは美徳じゃないよ!一緒に生きなきゃ、男だって格好良くないよ、馬鹿ぁ!・・・・死んじゃ・・・・死んじゃダメなんだよ!」
そう叫んで泣いても、その命にはもう届かなかった。
怒りなのか悲しみなのかわからなかった。
胸を何度も殴り付けた。
何の反応もないその体を。
「死んじゃ・・・・・死んじゃ・・・・もう誰も・・・・・」
起き上がり、扉の方を見た。
レレスと名乗った男の傷だらけの体が視界に入る。
「レレスだって・・・どうして自爆まで・・・・そこまでして何故、私を止めなければならなかったって言うの・・・・?」
大きな扉の前に立った。
キー・・・・。
貴方の心が、聞こえてくる。
心の中がずきんと痛んだ。
それが私自身が辛くて痛んだのか、それともキーの心なのか、判断がつかなくなった。
「・・・・でも・・・・行かなきゃ・・・」
お姉ちゃんがこの向こうに居る。
涙を手で拭って、前方の大きな扉を開けた。
*
ギィイという音をたてて扉はゆっくり開いた。
大広間のような空間が広がっていた。周りに彫像が立ち並んでいた。
厳粛な雰囲気の間に、煌びやかな装飾が施されている。
その空間の中央に求め続けたお姉ちゃんの姿、そしてそのさらに奥に黒い光に包まれたものが視界に入った。
「お姉ちゃん!」
駆け寄った。
お姉ちゃんが振り返った。
「レレスさんは・・・・貴方を止められなかったのね・・・・儀式が終わるまで、誰も入れてはならない、と伝えたのに・・・・・」
そう言う細くて美しい顔立ち。長い真っ直ぐな碧い髪、慈愛と憂いがある表情もいつものお姉ちゃん。
でも、何か違う。
お姉ちゃんは今まで私を・・・・ずっと、慈しんでくれていた・・・・。
お姉ちゃんが振り向いて私を見た目に・・・・その慈愛を感じられなかった。
優しさや温もりがない・・・感情が冷凍したような・・・・此処に有る全てに何の感情もないような瞳。
そう、お姉ちゃんは、今まで私を・・・・こんな目で私を見た事・・・・なかった。
「でも、もう儀式の呪文は掛け終わった・・・・あとは奥の部屋でバラムの体に力が降臨するのを待つのみ・・・・私はそれまで、貴方を・・・・足止め出来ればいい」
「お、お姉ちゃん・・・・?・・・・儀式って・・・何?体は大丈夫なの・・・・?バラムって・・・お姉ちゃんは・・・」
混乱してしまって言いたい事が纏まらない。
何故、お姉ちゃんは此処に居るのか。
誰に此処に連れて来られたのか。
お姉ちゃんが行っていた儀式とは何か。
レレスが私を自分の体を爆発させてまで止めたかったのは何故なのか。それ程、邪魔されたくなかった儀式とは?
お姉ちゃんはバラムと今まで接触して来たのか。
力の降臨とは何の事なのか。
足止めって・・・私の足止めって一体どういう事・・・・・お姉ちゃんは一体何を考えているの。
「貴方は塔に登る必要などなかった・・・・でも、貴方は自らの運命を選び取ってしまった・・・・そして結果、貴方は複数の人間を絶命させ、私達の儀式を幇助した・・・・・」
「・・・・・貴方が動かなければ、私はここまでする事は躊躇したわ・・・・・」
「ルーと共に生きて死んでゆくなら、私はそれで良かった・・・・でも、貴方は戦う事を選択した」
後ろの黒い光は一層強い輝きを放っていた。
その様子を見ていると、お姉ちゃんが奥の光を庇うように私の視界を遮って立った。
「お姉ちゃん?・・・・」
扉がない奥の部屋で黒い光は強くなっていく。これから一体何が起こると言うのか。
「・・・・・奥の部屋のバラムの体にはこれから、神に対抗する力が宿る。その邪魔はさせない・・・神はこの世界の命を絶命させる未来を定めた・・・・この世界の命を救うためにはもうこれしかない」
「お姉ちゃん?」
お姉ちゃんの周りに氷の力が集まる。
その掌に現れた大きな氷が私に向かって飛んできた。
「お姉ちゃん?!」
氷の飛礫は避けた。術の傷もなかった。
けれど、異常な寒気を感じる。辺りがどんどん冷えて行く。
辺りの寒気が強まり、一瞬のうちに塔の中だと言うのに景色は氷と雪の景色となった。
「お姉ちゃん・・・・一体、何を?」
「全ての生命はこの『眠りの間』で眠る。神が定めた人間の消滅が逃れ得ぬものならば、私が出来る事は、対抗できる力を降臨させる事・・・・・・そして、他の命を眠りに導く事・・・・・バラムの中にもうすぐ最強の力が降臨する」
他の命を眠り・・・・?お姉ちゃんは一体、本当に何を言ってるの?
『眠りの間』・・・・?この部屋自体に何か意味が・・・・?
対抗できる力・・・・?それは黒い光に包まれたバラム・・・・?
「お、お姉ちゃん・・・・・そいつの・・・・為に・・・・?」
「違うわ・・・・・この人の為ではない」
強い冷気。寒い!
がくがくと体が震える。
こんな力を使えば、病を患うお姉ちゃんの身が持たない!
「もう・・・・やめて・・・・お姉ちゃん・・・・・・」
体が冷えて行く。それ以上にお姉ちゃんの生気が弱まって行く恐怖で心が震えた。
「神はこの世界の人間を消滅させると決めた。私は『神託』・・・・神の言葉を天使から伝えられる力によってそれを知った。この世界が神の手によって滅ぼされるなら、決められた『転生』がより良いものであることを願った」
「『転生』?・・・・・お姉ちゃん・・・・一体何を言ってるの・・・・・」
周囲の冷気で体が凍えそうだった。
「次の転生で誰よりも強く、そして神に滅ぼされぬ強い命になる事を願い、私の力を此処で使えば、貴方はきっと、何にも負けぬ強い命になる事が出来る」
何にも負けぬ強い命・・・・?
「貴方の命が、永久に生きられるように・・・・」
「大丈夫、貴方が死んだら、私の命を掛けて術を掛けてあげる。必ずや次の『転生』で、死ぬことのない誰よりも強い輝きを放つ命になる・・・この魂が尽きて、『転生』が出来ぬ程、弱ったとしても」
「神の定めた未来は人間の消滅。絶望的な未来から解き放たれた次の未来で貴方は生きるの。私は貴方を『次の転生』にその命を導いてあげる。神が決めた人間の死の世界から解き放たれた未来の空間で貴方が『転生』される為に。その時、何より貴方が強い命である為に」
「これは<神の審判>などではない・・・・・神はもう、人間の絶命を考えている」
「お姉ちゃん・・・・・」
「人間は、消滅する。神は悪魔と共に神への信仰心を忘れ、強い力を求め、黒い力・・・・『悪魔』に魅入られた人間もろとも消滅させる未来を選んだ。その悪魔の力を利用して、バラムは神の定めた運命を壊す。その為に悪魔を降臨させる・・・・・・・最強の、悪魔を」
最強の・・・・悪魔?
もし、その力が神にも負けぬ力ならば、どうしてお姉ちゃんは全ての生命を眠らせると言うのだろう。
ああ、もう訳がわからない。
それとも、その力でも神には勝てないと言う事なのだろうか。
「私は、『預言者』としてその儀式を此処で執り行った。全ての命を救うために」
悪魔の力で・・・・神から人間を救う?
「お姉ちゃん・・・・お姉ちゃん!何言ってるかわからないよ!神でも悪魔でも良い!私がやっつけるから、お姉ちゃんはもう力を使うのはやめて・・・・・!」
お姉ちゃんの体から生命力が失われて行くのがわかる。
『神厄病』が悪化しても、強い術を使い続けているせいだ。
お姉ちゃんが、お姉ちゃんが死んでしまう!
「人間は神には勝てない。ならば、私にできる事は一つ。唯一対抗できるべき力を降臨させ・・・・最愛の者が、次の世界で何にも脅かされぬ命になる事を願う事のみ」
お姉ちゃんの力が襲い掛かってくる。
氷の力が、私を捕らえて縛りあげた。
氷なのにまるで柔軟な蔦のように手足に巻き付いた。
「大丈夫、ルー。お姉ちゃんが貴方の預言の宿命から解放し、お父さんとお母さんと共に・・・・安らかに眠らせてあげる・・・・・・・・」
氷の力がなお一層強くなる。
キーの火の力が発動しようとするのを、必死で堪えた。
ダメ・・・・・お姉ちゃんを攻撃なんて・・・・!
「此処は・・・・『生命の間』。あらゆる生命が眠り、そして生きる力を操る事が出来る。此処に眠るお父さんとお母さんの魂と共に、貴方の命が安らかに眠れるように・・・・・・・」
「此処で十四年前、悪魔降臨を親子で行おうとした者達が居た・・・・・そしてそれを防ごうと天使達が彼らに襲い掛かった・・・・そんな彼らを庇い、天使に撃ち殺されたお父さんとお母さんの命・・・・」
「悪魔降臨・・・・・?」
「天使達はその命に免じて『預言された者』が育つまでは<神の審判>を待つ事を決めた・・・・・神と天使達はその間、悪魔降臨をした親子を探そうと、<神獣>を放ち、人がどう生きるかを見つめ続けた」
「無事に此処から逃げ延びた親子は、より強い力を求めるしかなかった・・・・・・そして今、その力の降臨は叶った・・・・・あの人にとって・・・・・悲願だった事でしょう・・・・・」
「今まで・・・・悪魔降臨に足りなかったのは、この塔で絶える命の輝き・・・・」
塔で絶える命の輝き・・・・・?
命が絶えることで悪魔降臨が叶う・・・・?
幼い少女の息絶える姿、レレスの自爆、そしてタィトの最期が脳裏を掠めた・・・・・。
お姉ちゃんは・・・・・お姉ちゃんはまさか命が絶えて行く事を知っていた・・・・?
「でも、そんな混沌の世界を貴方が見る必要はない。悪魔と神の力が表裏一体で同格ならば、その戦いで荒れ果てる世界の中で人間は滅びる・・・・・・その果てを貴方が見ながら息絶える必要はない。神と悪魔が互いに争いその力を弱めて、新たなる世界が創世され、再び大地が実りを迎える時、新しく人間が生まれる場所に貴方は再び生まれるの」
神と悪魔が戦って世界が滅びて、人間は滅びる・・・?
つまり、お姉ちゃんが見据える未来には人間の絶滅しかない・・・・?
「お姉ちゃん・・・・・お姉ちゃん!違う!」
「あの日から・・・・貴方と共に暮らすのは大変だった。色々な人に助けられて何とか・・・・」
「焦げたアップルパイが出来ても・・・・貴方は笑ってくれた・・・・。私に向かって微笑んで、お姉ちゃんが大好きと擦り寄ってきた。とても愛しい存在だった。一族の命運を託された幼い命。私の役割はその幼い命を慈しみ育て上げる事だった。両親が帰らなかったあの日から、それは私の役目だった」
「とても大切だった。私にとって無二の安らぎであり、とても愛おしいものだった。あの日から、十四年経っても、目の前にいる妹は私にとっては何一つ変わりがない幼くて可愛い妹。誰より最愛の妹。私の最愛の妹を・・・・神や天使や悪魔に殺させたり、しない」
「お姉ちゃん!・・・・止めて、こんな事」
寒気に震えながら、叫ぶ。
「お姉ちゃん・・・・お姉ちゃんの『預言』や『神託』で神や天使が何を言ってるか私にはわからない・・・・でも」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!・・・・私、私を信じて!私は必ず神でも天使でも悪魔でも負けない・・・・だから、お姉ちゃんがこんな事する必要なんてないのっ!」
必死な叫びだった。
絶望的な未来を映し、感情の凍りついたそのお姉ちゃんの瞳。お姉ちゃんの心に、私の叫びは届くのだろうか。
「何より大切な命・・・・それは私だって同じ!お姉ちゃんが、お姉ちゃんが居なかったら、私は・・・・」
「天使も悪魔も神も関係ない!私には・・・・・私にはお姉ちゃんが全てなの!だからもう止めて、力を使うのを・・・・」
言いかけていた時、奥のバラムの体が部屋を染め上げる程、強い黒い光を放った。
光が消えると、すらりとした男は姿を現した。
「レレスとエジルーナには足止め御苦労、と言わなければならないな。邪魔されればこう巧く降臨させることなど出来なかった・・・・二人は命を賭けて私の力の降臨を支援してくれた」
そう言う男の姿は、前と同じ秀麗で、静かな雰囲気を纏っていた。
「私は最強の悪魔の力を手に入れた。もう、『預言された者』の力など必要はない・・・・この力で神を倒し、再び平和を取り戻すより他ない」
お姉ちゃんが振り返り、私から視線をバラムに移した。
「エジルーナ・・・・・私と父がずっと試してきたこの力の降臨を完了させてくれた事、感謝する」
バラムが寄ってきて、お姉ちゃんを抱きしめた。
お姉ちゃんがバラムの背中に手を回して抱きしめ返し、瞳を閉じた。
「お姉ちゃん・・・・」
お姉ちゃんは黙ってその身を預けていた。
お姉ちゃんは・・・・バラムの事を・・・・・・・。
「天使達を殺し、神を倒し、全てを終わらせてくる。馬鹿げた<審判>などと告げ、人間を試す為に人間を犠牲にする事が、正しい事ではないと彼らには訴え掛けないとわからない」
そう言うと、二人は離れた。
「バラム・・・・・でも・・・・・・・」
お姉ちゃんが何かを言いかけた。
バラムが振り返った。
「ふ、お前はやはりまだ躊躇しているのか?それとも・・・・下らぬ天使達が神には勝つ事が出来ないと告げているのを気にしているのか?・・・・・前も言った筈だ。何もせず朽ちていくくらいなら、何か出来るならした方がいい。そして神や天使が告げる事が正しいのかなどわからない。私は今更、躊躇などしない。彼らに我々人間がただ死んで行くだけの無能だと思わせない為にも・・・・案ずるな。この私が簡単に死ぬものか」
「・・・・・バラム・・・・」
「黒い力、悪魔の力を求めた父・・・・最初は兄ロキィスの力を越える為、そして一族を統治する為だった。しかし、長い歴史、神の<神の審判>という名目で人を試す傲慢な考えが繰り返されてきた事を知り、父はその対抗手段を求めた。それが、この力だ。宿せば、自らの意識はいずれ消えて行く・・・・・しかし、神の手で全てが滅ぼされて行くのを指を咥えて見ている事など、出来る筈もない」
「でも・・・・・・」
「もう何も言うな。神の力に勝てないとか、もう止めましょうと言う言葉は聞き飽きた。お前が見た未来にならない事を証明してやるさ」
バラムがさらに上に繋がる階段へゆっくりと向かった。
バラムの靴音とは別に、別な足音が混じった。
何か別な気配を感じた。
気配を感じる方に目を向けると、白い彫像から大きな気を感じ取った。
「ようやく此処に辿りつけました・・・・我々が人間の結界に阻まれるとは・・・・」
彫像から、四人の姿が具現化される。
白い彫像がそのまま色彩をつけて現れたような姿。
「ただの人間ではない・・・・黒い力を身に付けた者だ・・・・・仕方あるまい」
美しい白い翼を掲げた一人が、指を鳴らした。
大きな氷の飛礫が現れたかと思うと、お姉ちゃんを一突きした。
何時か感じ取った情景と同じ・・・・お姉ちゃんが氷に突き刺さる・・・。
その悲劇的な情景が、スローモーションのように流れて行く。
「サマエル・・・・何をそこまで・・・・絶命させる必要までなかっただろう」
私は何が起こったか理解出来なかった。
目の前で、氷が突き刺さって倒れた女性の体。
その場で呆然とその光景を見つめていた。
辺りの情景が以前の塔の状態に戻って行く。
私を捕らえていた氷の力が消えた。
全ての力が消えても私は動く事が出来なかった。
ただ血を流して倒れているお姉ちゃんの体を眺めている事しか出来なかった。
「もう、その女も・・・・そして、そっちの女も全てが用済みさ・・・・・」
サマエルと呼ばれた者が楽しそうにクックッと笑う。
「お前のその顔は・・・・・幼い頃、父に黒い力の扱い方とルシファー降臨を教えて行った魔術師・・・・?その時は天使の翼は持っていなかったと思ったが・・・・天使だったのか」
バラムがサマエルを睨みつける。
「私に力を授ける為に、父上は悪魔召喚の儀式を行って失敗し、悪魔に飲まれていった。それを私は無駄には出来ない。私はお前に負けるわけにはいかない!・・・・私も以前の私ではない!あっさり倒されてなるものか!」
バラムの手から黒い光の力が放たれてサマエルに向かって飛ぶ。
サマエルは素早く避けた。サマエルが居た場所の床が破壊された。
続けてバラムが黒い力をサマエルに対して、放つ。
扇状に力が広がり、周囲に黒い力が埋め尽くす。
サマエルが、上に飛んでかわした。
「貴方の力は、そんなものではない筈ですよ・・・・・ルシファー様」
バラムがさらにその手に、黒い光を宿してサマエルに対して放った。
サマエルがその光を避けて、バラムの側に寄る。
「貴方が、ミカエルに敗れて以来・・・・私はずっと、貴方の復活を信じて来た」
そのバラムの傍らにその者が膝まづいた。
「この日をどれだけ待ち望んだ事か・・・・その為に、今までソグド族にルシファー様を信仰させ、その力を蓄えさせるためにどれだけの労力と・・・・月日が掛かった事か・・・・今、その全ての労力が報われる」
そう言うと、サマエルは手に黒い力を集めてバラムに対して放った。
バラムは反射的に避けようしたが、その黒い光は命中した。
強い力にバラムの体が飲まれていく。
「くっ・・・・何だ、この力は・・・・」
「その力は、ルシファー様の操る黒い力・・・・・人間には完全に操るなど不可能。そして、ルシファー様が宿った体は元の人間の意識など、保てる訳がない」
「でも心配には及ばない。ルシファー様と同じ心が有るからこそ、その体にルシファー様は復活する事が出来た。お前の神を倒したい心は、同じだと言う事だ・・・・・お前が持つ、神への憎しみ・・・あらゆるものを犠牲にしてきたお前が持つ憎しみ・・・ルシファー様と同じものであるからこそ、この黒い光でお前の全ての意志を飲み込む事が出来る」
「うわぁああっ」
彼の絶叫の後に、その光は消えた。
その彼が居た場所の後には姿が変わった男の姿が有った。
黒い翼を持ち、黒い力を放つ者の姿になった。
黒いマントに体を包み、赤い瞳に赤い髪の色になり、その顔も変化していた。
黒に包まれた、美しい顔立ち。けれども、異彩を放ち、あらゆるものの王たる威厳さえ持っていた。
「ルシファー様・・・・・・・・」
そう言うと、サマエルも姿を変えた。黒い力に染まった者に。
「サマエル・・・・今まで本当によく動いてくれた・・・・・」
「・・・・勿体ないお言葉・・・・」
「ルシファー様がお戻りになれば・・・もう私もこんな姿で居る必要はない・・・・」
サマエルと言われた男の姿も光に包まれて変わって行く。
その姿が赤い蛇と変わり、ルシファーの体に慕うように巻き付いた。彼の服の一部であったかのように。
ルシファーが手を鳴らした。
その周りに蜃気楼のようにぼんやりと人の形をしたものが浮かび上がり、徐々にはっきりと姿を見せだす。
周りにルシファーを慕うように、姿を現す。
「ベルゼブブ、パイモン、アスタロト、アスモデウス、マモン、マゴト、アザゼル・・・・」
ルシファーが名を呼ぶと、現れた者たちが一斉に跪いた。
「ルシファー様・・・・」
ルシファーが召喚したうちの一人が此方を振り向いて右手を上に掲げた。
その手から大量の化物が溢れだした。
その化物達は、今まで戦って来た化物達とはまた姿が違った。
黒い小さな翼と、鋭い瞳、尖った耳と爪を持った化物達。
「この世界は、神だけの物ではない・・・・全てを壊し、今こそルシファー様の為の世界を作り上げましょう」
「そんな事はさせません・・・・・・・・・やはり、貴方は全ての根源だった」
白い翼を持った三人のうち一人が美しい声で告げた。
「私達はルシファーを復活させる力が一体、何処で動いているのかずっと探し続けていた。人間達の中に潜み、ひっそりと裏で操っていた者を・・・・・」
「しかし、その者を断定する事は出来なかった。人間達を監視し、滅ぼし、間引きする事でその力を弱めようとしたが、その力に弱まりを感じる事はなかった・・・・ルシファーの力を崇める者達を絶滅させるのも失敗した」
「最終的な決断として、私達は、人間もろとも、この地上より消し去るしかないと判断した・・・・」
「しかし、人間は・・・・・・・ルシファーの力をやはり求めるのですね・・・・」
「もっと早く此処に辿りつければ良かった。しかし、ルシファーの強力な我々の侵入を阻む力に・・・・こうも手こずるとは・・・・・」
「サマエルが・・・・・ルシファーに忠誠を誓っていたとは・・・・我々も迂闊な事を・・・・」
私は放心状態で、そのやり取りを見つめていた。
「我々はルシファーの存在を認める訳にはいきません」
白い翼を持つ者達が、その美しい手を掲げ、現れた化物に対して光の力を投げた。
化物達が光に包まれて消えていく。
化物が退治されていく断末魔と、争う音が聞こえてくる。
「おい!ルー」
後ろから声が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、ホディとシグマスが駆け寄ってきた。
ホディは私を通り越して、お姉ちゃんの体を抱きとめた。
「エジル・・・・!」
ホディが揺すぶると、お姉ちゃんが、ぴくりと動いた。
その様子に私もハッと息を飲んで立ち上がった。
「お姉ちゃん?」
生きてる・・・・?
その側に駆け寄った。
ホディが傷口を止血しようとした所に、シグマスがゆっくり寄ってきた。
「おや・・・・そんな美女が重傷じゃないの・・・・」
シグマスが手を翳すと傷口がゆっくりと癒えた。
「お姉ちゃん!」
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!
その瞳がゆっくりと開いた。
私はお姉ちゃんに抱き付いた。
「ルー・・・・・それに・・・ホディ・・・・」
「良かった!良かった!・・・・お姉ちゃん!」
お姉ちゃんをぎゅうと抱きしめた。
本当に良かった!
「しかし、ルー。一体何が起こったんだ?・・・・この現状は一体・・・・」
化物達が白い翼を持つ者達に襲い掛かっている。
私はホディに何を話して良いのか困惑した。
お姉ちゃんは確かに、バラムと抱き合っていた。
そして、お姉ちゃんとバラムで行ったと言う悪魔召喚。
「あ・・・・」
私が困惑していると、お姉ちゃんが立ち上がって頷いた。
私が何を言い出したとしても、全ての事柄を受け止めるかのように。
化物の一体が襲い掛かってきた。
剣で、向かって来た化物の爪を止めた。
「お姉ちゃん、離れて!」
化物の一体に切りかかる。
シグマスも化物に地の力を投げていた。
ホディは鎌を投げて応戦していた。
白い翼を持つ者達も光の力を投げて化物達を倒していた。
お姉ちゃんも力を使おうとするのを、お姉ちゃんの手を掴み、首を振って止めた。
「ダメ・・・・・お姉ちゃんは下がってて」
お姉ちゃんの生命力がもう、かなり弱ってるのがわかる。
お姉ちゃんは私と共に心中するつもりだったのだろう。
お姉ちゃんに見えている人間の絶滅と世界の崩壊。人間が立ち向かう手段なく死んで行く未来。
新しい世界が創世されてから、私を転生させ、神や悪魔の理論だけで踊らされぬ命を私に授けようとした。
でも、私はその前にお姉ちゃんと生きる今を諦めない。
私が絶滅なんて・・・・・させない。
お姉ちゃんは必ず元気な状態に戻してみせる。
『神厄病』を必ず治してみせる!
「茶番だな・・・・・」
ルシファーがその手に強い力を込めて振り下ろす。
白い翼を持つ者達に向けて、強力な力が放たれる。
その力の波動が塔全体に広がる。
左手でガードした。
キーの結界の力が私を取り囲んだ。
私はお姉ちゃんに向かって走り、抱きしめた。
白い翼を持つ者達がルシファーの放った力に、後ろへと飛ばされる。
「ミカエルに敗れた以前の私ではもうない!今の私はお前たちなど何の恐怖にもならない!」
そう言って白い翼を持つ者達を吹き飛ばす。
さらに上へ続く階段へ、ルシファーは向かって行った。
「くっ・・・・・」
白い翼を持つ者達が追おうとするのを、召喚した化物達が阻んだ。
私は、ルシファーの後を追った。
「待て」
その足に短剣を突き刺した。
階段に先回りして、行き先に立ち塞がった。
「お姉ちゃんを、どうする気だったんだ。それだけ聞かせろ」
ルシファーがゆっくり私を見上げた。
「小娘、お前に用はない。殺されたくなければそこから退ける事だ」
私はルシファーを睨みつけた。
「・・・・・・・私もお前に用はない。お前に聞いてるんだ、バラム」
「・・・・・この体の意識などもうない。そこを離れろ」
私の足元に闇色の光線が飛んできた。
素早く避けると、ルシファーの傍らに居た蛇が私に向かって来た。
蛇を避けて、再び高く飛ぶと、ルシファーは階段を駆け上がって行った。
蛇は人型に戻った。
「ふ、お前は本当に働いてくれた。そのお礼を兼ねて、私がお相手しよう」
「働いた・・・・だって?」
「そう、キーカス・・・・覚えているとも。その娘の中の魂よ。気分はどうだ?お前達が古代の神の力をより強く受ける事は、私の力を以てすれば予見することは容易かった。だから、お前達にはそれぞれ、お前たち同士が争うべき未来を用意した。お前の父親を利用してな」
「そして、お前らの魂は同じ場所にあり、触れ合う事も手を差し伸べる事も出来ない一つの体になる事を選んだ。どちらの体を選ぼうと此処に辿り着く魂達には変わりがなかった。死んだ筈の命を憑依させ、魂が一つの体に入るように、援助したのは私。有難いだろう?」
「人は人同士で争う醜い生き物。その姿が何処まで醜悪に生きようとするのか。人が生きなければならないと思った時、その相手を守ろうと執着して命を落とした時、どれだけの事が出来るのか?」
「執着し合う者同士が同じ肉体の中で、抱きしめる事も触れる事も出来ない。お互いを感じるからこそ、死ぬ事も出来ない。お互いの愛する者の命を感じながら、その命はどうなっていくのか。自分の体に戻る事はもう叶わない。その状態でどうするのかを私は楽しんで見つめていたよ。人間が、手が届かない葡萄を・・・エデンの林檎を欲しがるようだろう?」
「肉体から魂を乖離させ、魂を歪ませる。お前らの嘆きは、我々の十分な力となってくれたよ」
「お前達は神が造った最大の力の象徴。神が望む未来を成し得る力を持った者達。古代の神の力をより強く受け継いだお前達が絶望し、神を憎むことで、地上の生きるものの苦しみが聞こえる神は、さらにこの地上の崩壊を望み、私の力の源を・・・・ルシファー様をより強める。お前達は、戦い合う事が決められていた。そんなお前達の絶望はこの世界を飲み込んでいくだろう」
楽しそうに、全身が黒い気と黒い羽で覆われた男は高らかに笑った。
体内で、怒りに震えるキーの心を、感じたと思った。
静かで、苦しげな。
「キー・・・・・」
キーの苦しみは、全てこいつが仕組んだ事だったと言うのか。
-ルー・・・・俺は・・・・。
謝罪の言葉を伝えてくるキーに、首を振った。
「キー・・・・・貴方は私と同じ。全て、巻き込まれただけ・・・・・全てはこいつの企みだったんだから」
そう言うと、楽しげにサマエルが笑った。
「でも勘違いしちゃいけないよ?人間は、私の心の声を聞いて従った。それは人々の心に欲望があるからだ。神が人間を抹消する決断をさせたのも人間であれば、私の力を戻させたのも人間だと言う事だ。後はお前たちを駒にして、どう動かすかだけだったのだよ」
「お前達をこの結果に導いたのは、神の傲慢さだ。適当に選び取った『間引き』の中に、お前たちの母や姉が含まれた。私はそれを利用しただけの事だ・・・・・・そして、助けを求めたのは、人間の脆さだろう」
キーの怒りが聞こえてくる。
-何処まで・・・・馬鹿にするんだ!
「でも、心配するな。お前たちの望み通り、我がルシファー様が神を飲み込み、この世界はルシファー様が治める。神が放った『神獣』は姿を消し、この世界は救われるだろう」
そう言うと、周りにサマエルが蛇を放ってきた。
高く飛んでかわす。
右手を前に出し、その手に黒い力を集める。
黒い光がレーザ光のように私に向けて放たれる。
素早く走ってかわした。
「ルシファー様は復活された。ルシファー様がこの世に楽園を築かれる。お前達は邪魔をせずに此処でそれを黙って見ている事だ」
サマエルが手に黒い光を集め、上に掲げる。
サマエルを中心にドーム状に光が広がり、爆発した。
左手で自分の周囲の爆発の力を無効化する。
しかし、床は酷い跡が残った。
お姉ちゃんを振り返った。
化物達と戦うホディとシグマスが守ってくれているようだった。
お姉ちゃんの方に、爆発の影響はないようだった。
ほっと息をついた瞬間に、足元に黒い光の攻撃が来た。
素早く何とか飛んでかわした。
剣を構えて、サマエルに向かって飛びかかる。
サマエルが素早くかわした。
「お前は・・・・・お前だけは絶対に許さない!」
キーの怒りが私の心に響いてくる。
「ふ・・・・私を倒したとしても、お前達もまた、ルシファー様の餌になるだけの事だ。私の役目はルシファー様が神を倒すまで、お前達が邪魔をしないように足止め出来れば良い事だ」
そう言って指を鳴らした。
辺りに化物がまた召喚された。
「そんな雑魚など、意味はない!」
雑魚を斬りつける。
化物の一体が高く飛んで上から長い爪を振り下ろしてきた。
剣でそれを受け止めて、火の力で焼きつくした。
両手を前に向けて伸ばす。
その両手から劫火の力を発動させる。
火は辺りに広がり、全ての化物を焼き尽くしていく。
「ほう・・・・・さすが、神の力を持った者達だ」
ルシファーが召喚した七体の者と、サマエル以外の化物は劫火に焼き尽くされて姿を消していく。
「そうでなくては面白くない!」
サマエルが襲い掛かってくる。
避けて、右手で剣を振って斬りつける。
サマエルが避けたが、剣から発動した波動は命中した。
しかし、サマエルはにっと笑った。
サマエルの右手から黒い力が溢れだす。
黒い力は煙のように周囲に広がった。
怪しげな煙が取り囲むサマエルから、私は素早く離れた。
「お前ら人間は、都合よく悪の力を使おうとし、辛い時だけ都合よく神頼みをする。自分の心が、どれだけ荒んでいるのか、その真実を見るが良い」
怪しげな煙が此方に向かって飛んできた。
上に飛んで避ける。
煙は拡散して広がった。
その煙に捕らえられた。
黒い煙が、私を包むように、取り囲んだ。
「ルー!」
私を見ていたお姉ちゃんの声が聞こえた。
左手で払いながら、地面に着地する。
煙がさらに拡散し、何もない空間に戻った。
無効化が出来たかとほっとした。
途端に足の力が抜けた。
「ルー!」
ホディとお姉ちゃんが寄って来た。
一瞬の事で、すぐに立ち上がった。
「二人とも戻れ!」
シグマスの声が響く。
私の側に寄って来ようとしたお姉ちゃんとホディが足を止めた。
私は得体が知れない感覚に支配されていた。
「さあ、楽しいパーティを始めるが良いさ」
そう言うと、サマエルは階段をゆっくり上がって行った。
「今の黒い力・・・あの時の瘴気と同じニオイがしたぜ・・・・・・十五年前の族長が前族長を襲う為に黒い力を求めた時のな・・・・族長が帰って来た時の異常な族長の気配ははっきり覚えてる・・・・」
「あの時って・・・・・・じゃぁ、ルーがそんなもんにやられたって言うのか?」
「強い意志があればいい・・・・黒い力を同化しない反対の意志が有れば・・・・ね・・・・もしくは強力な力で黒い力を制するか・・・・」
頭が何を言われたのか理解出来ない。
靄が掛かったように何も浮かばず、浮かぼうとしては消えてゆく。
頭が凄く、重い。
「お、お姉ちゃん・・・・・・」
お姉ちゃん・・・・助けて・・・。
もう、訳がわからない・・・・・・。
指先に、力が漲ってくる。
全ての力を使って、全てを崩壊してしまえと何かが命令する。
「わぁぁああああっ!」
絶叫した。
「ルー!」
私を中心に、全ての力が広がって行く。
「大丈夫、ルー!貴方がそんなことで正気を失ったりしない。弱い心が有っても良いの!」
私を抱きしめてくれた、柔らかくて暖かい腕の温もりを感じた。
「どんな事が有っても、お姉ちゃんは今度こそルーを信じているわ!」
「エジル!」
力が爆発した。




