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五章 天界塔へ

 五章 天界塔へ



「お願い!あの子を・・・・あの子を追って!ホディ」

 ベットの上で咳き込みながら、ホディに掴みかかった。

「エジル・・・・!わかった!わかったから暴れるな」

 ホディはエジルの体をベットの上に戻して、頷いた。

 ホディが武器・防具を身に付けて、走って家を出て行った。

 エジルは深呼吸をして、息を整えると、扉を開けてゆっくりと家を出た。

 街を歩いて、やや下り坂になる道を進み、火災に巻き込まれて焦げた部分が有る民家を尋ねた。

 扉をノックする。返事がない。

 強く叩くと、寝ぼけた顔で一人の男が出て来た。まだ少年とも言える幼さを残した可愛らしい顔立ちのやんちゃな顔をした男。

「あ・・・・え?え、エジルーナさん・・・?こ、こんな時間に一体どうし・・・・・」

「あの子を・・・・思っているのでしょう?」

 そう聞くと、タィトはきょとんとした表情をエジルに向けた。

 少しすると、顔を赤らめて、「な、何の事なのでしょう」ととぼけた。

「・・・・・あの子に迫る黒い闇・・・・・襲いかかる力・・・・あの子の力を持てども防ぎきれぬ大きな力」

 そうエジルが目を瞑って言うと、タィトは表情を一気に曇らせた。

「追いなさい。あの子は天界塔に向かった。危険であるといったにも関わらず・・・・」

 そう話すと、タィトは身支度を整えて、街を駆け出して行った。

 それを後ろから見送って、深呼吸をした。

「これで・・・・<運命>は揃った・・・・・・」

「私はあの人が望む未来を叶えているのか、それとも・・・・あの子を守りたいのか・・・・・見えるだけの私に・・・・一体、何が出来るって言うの・・・・・・」

 そう呟いて街の民家が続くやや登り坂の道を進み、高台にある家に向かった。

 扉をノックをすると、年老いた女性がエジルを家に迎え入れた。

 女性にエジルは抱きついた。

 女性が驚いて、エジルの背中を軽く撫でた。

「エジル・・・・どうしたんだい、こんな時間に・・・・・」

 家の扉が閉められた音が響くと、エジルは瞳を伏せて泣き崩れた。

 奥の部屋から、年老いた男性も現れた。

「・・・・私は今、一人の青年を殺した。私に与えられた力を利用して、最愛の者を救うために・・・・・」

 その葛藤の呟きに、村長夫妻は沈黙した。

「私は・・・・私は、それでも一族の希望の光なのでしょうか。私に見える未来は、何時も絶望に満ちている。私は闇の中に走っていく妹を救いたい為に、他の命を犠牲にしようとしている・・・・・」

 村長夫婦はそう呟くエジルを黙って抱き締めて首を振った。

「違うよ、違うよ。エジル・・・・」

「私には・・・・・この瞳に映る・・・・・あの、お父さんとお母さんが塔に向かったあの日も・・・・・私は・・・・私は見えていたのに・・・・・」

「エジル・・・・エジル!違うんだよ」

 そう言ってエジルを強く抱きしめた。

 ゲホゲホとエジルは咳き込んだ。

「エジル・・・・?」

 心配そうに、村長の妻はエジルを見た。

「大丈夫です・・・・私は・・・」

 か弱く呟くエジルに村長夫婦は、ぼろぼろと涙を流して泣いた。

「・・・・病が・・・・悪化してきたのね・・・・・」

 夫人の呟きにエジルは首を振った。

「そんな事は・・・・どうでも良いのです!」

「私は・・・一族を導く預言者として・・・・あの子を導いて・・・・戦わせなければならない・・・・でも」

「私が・・・・死んでしまえば・・・・あの子はもうこんな運命を負う事もない・・・・私が命を断てば・・・・」

 そう言うエジルに、村長夫人が首を振って否定した。

「何を馬鹿な事を!・・・・・貴方が居るから、あの子は生きているのよ・・・・貴方が居なければ・・・あの子は絶望する。それくらいの事・・・・わかるでしょう!・・・・勿論、私達だってそんな事を聞くだけでどれだけ悲しいか」

 そう言うとエジルを抱きしめた。

「私の為に・・・・あの子が犠牲になる・・・・・そして・・・・その先に見えるものも結局は・・・私は・・・もう、耐えられない・・・・・・・」

「エジル・・・・・」



  *





 走った。

 ただ夢中で走っていた。

 どれだけ走ったかわからない。

 どれだけ走っても、涙が止まらない。

 こんな現実、こんな世界、みんな嘘だ!

 がさがさと草を分けるような音がした。

 足を止めて振り返ると、巨大な化物の体が見えた。

 気が付くと取り囲まれていた様だった。

 左右を振り返ると、三~四匹が囲み、闇夜に隠されているが恐らくまだ潜んでいそうだった。

「お前らなんて用はないんだよ!」

 湧き出る怒りと共に力を放った。

 周囲に劫火が広がる。

 怒りを示すかのように広がる炎が、化物を焼き尽くして行く。

 堅い金属でも潰せないと言われている化物の体は見る間に溶けるように跡形もなく消えていく。

 加減なんてわからない。

 広がって行く劫火は辺りの木々さえも燃やして行く。

 私は再び走りだした。

 運命を壊す為に。

 天界塔へ向かって。

「一気に飛べれば良いのに・・・・・」

 転移は飛べる距離が限られていると言うのは本当のようだった。

 街の中から、以前歩いて行った十字路まで飛ぼうとしたが出来なかった。

 短距離なら、力を消耗するだけ無駄になる。あまり使えないと言う人が多かったのはそう言う事なのだろう。さらに、見知っている場所にしか行けないと言うのも正しいようだった。

 もう少し消耗せずに使えれば良いのだが、慣れていないせいか、私は酷く消耗してしまうようだった。

「こんな時は、本当に何の意味もない・・・・・・」

 道を走っていた時だった。

 子供の泣き声がした。

 泣き声が止んだと思ったら、後ろに急に引っ張られた。

「なに・・・・・・・・・」

 振り返ると、小さな子供が私のマントを引っ張っていた。

 藍色の髪を二つに結い、大きな赤茶色の目をした丸い顔立ちの少女。

「お姉ちゃん!やっと・・・・・・やっと見つけた!」

 涙を拭いながらにっこりと笑いかけて来た少女・・・・何処かで見た事が・・・と思考を巡らせる。

 そう、ホディがソグドの街ササラを崩壊させた時に巻き込まれそうになっていた少女の顔だった。

 何故こんな所に・・・・私を見つけた?

 少女は私に抱きつくと、「お姉ちゃん、探してたんだ」と笑った。

 釣られて、微笑むと、そんな場合ではない事を思い出す。

「マントを放して・・・・お家に帰りなさい。私は走って行かなければならない所が有るの。大丈夫、私がもう、あんな事させたりしないから・・・・」

「お家・・・・お家壊れて・・・ない。パパとママ・・・死んじゃった」

 そう呟いた。

 言葉に詰まると、少女は歩き出した。

「でも、この先に行くなら、案内出来るの。お兄ちゃんに聞いたけど、<塔>行くんでしょ?こっちの方だよ」

「お兄・・・・・ちゃん?」

 何か、嫌な予感がした。

 この子のお兄ちゃん・・・・・お兄ちゃん・・・・誰だろう。

「お姉ちゃん、この先行くなら、私、案内する。私の名前、ネヒア」

 そう言うと、少女は転移を使った。

 少し先の道まで飛んだ。

「何度か飛ばないと、先の街まで着かないの。結構、距離あるの・・・・・」

 この子・・・・魔力が有るの?

 待って・・・・・前にホディがこの道辺りを歩くソグド族は族長一家だけだと言ってなかった?

 でもこの子のパパとママはホディが潰した街の一件で死んだのではないの・・・・?この子は一体・・・?

 それとも、別な事でこの子のパパとママは死んだのかしら?

 確かに、時間が掛かる移動が速くなるのは有難いけど着いて行って大丈夫なのかしら。

 子供に罠に嵌められていると言う事も有り得るのでは。

 何度も子供が<転移>を繰り返す。

 しかし、私のように消耗しているようには見えない。

 この子供は・・・・<使い慣れている>って事よね、<転移>を・・・。

 一体この子の正体は・・・・。

「ねぇ、ちょっと待ってくれない?私は行く所があるし・・・それに、ネヒアちゃんのご両親やお兄ちゃんって誰なのかも知らないし・・・あの、ご両親は・・・街が潰れた事で・・・・」

 言いかけている途中にも転移を少女は繰り返していた。

 ネヒアという少女が振り返った。

「お兄ちゃんに会いたいの?」

「・・・・いや、会いたいって訳でも・・・・でも、どんな人なのかとは思うけれど・・・・」

 小さな小屋が一つある場所の前に辿り着いた。遠くに街が見える。

 そして、街の奥には大きな山が連なる。そのさらに山の奥に巨大な塔が聳え立っている。

 塔の上は巨大な雲に遮られていて、その頂上を見る事が出来ない。

 連れて来られた場所は遮るものがない大地が広がっていて、周囲をとてもよく見渡せた。

「お姉ちゃんは、あの塔まで行きたいんでしょ」

 遠くに見える巨大な塔を少女が指を指した。

「そう思って、近くまで、連れて来たの。お礼も兼ねて」

「お礼って・・・・」

「ネヒアの事・・・・あのおっかないおじちゃんから守ってくれたでしょ・・・・あのおじちゃんいきなり鎌とか斧とか出してきて凄くネヒア、怖かった・・・・・」

 ネヒアちゃんが小さな小屋に向かって歩いて行った。

「お兄ちゃん~」

 そう言って小屋の扉を叩くと男が出て来た。

 金色の染色した長髪、にやついた細い瞳に眼鏡を掛けた男。

「・・・・・ちゃら男・・・・・」

 何でこんな所に・・・・。

 それに今、ネヒアちゃんが何と言った?お兄ちゃん・・・?

 でも、全然、似てない。似てないけど兄妹だったの?

 シグマスがゆっくり私の側へ歩いてきた。

「名前はシグマスって名乗った筈だけどな・・・・・お嬢ちゃん?僕はシグマスって名前だよ~覚えてね」

 そう言うとにこにこと笑って、手を差し伸べて来た。

 私は反対を向いた。

 イライラした。

「釣れないねぇ~お嬢ちゃんは予想外だったよ。まさか、あいつを吸収するなんて思ってなかった。けど、あいつの気を確かにお嬢ちゃんが放っている。世の中はこれだから楽しいよね。ネヒアが、助けられた人を探すって、筋肉マンと一緒だったと言ってたし、特徴を聞くとお嬢ちゃんの事だと思ったよ」

「だから僕は、預言通りなら、もうすぐ塔に向かって走ってくる筈だから、リラ族の街のある場所の十字路で待ってればいずれ来るさって教えてやったんだ」

 その言葉に、シグマスを振り向いた。

「・・・・・シグマスさん・・・そうね、貴方は何を知っているの?キーの事も・・・その<吸収>って事も・・・・わかっているなら教えて」

「おや、急に食い付いたね。別に僕は話しても良いよ。お嬢ちゃん、中に入らない?」

 小屋の中を指差した。

「あ、ネヒアー、お兄ちゃんの恋路を邪魔しない為に、夜だけどちょっと遊びに行ってて貰って良いかな。先の街の所にでも」

 下心見え見えのチャラ男の言葉に、吐き気した。

「えー、ネヒアもお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒がいい」

「お兄ちゃんの恋路をまた邪魔するのかー!こいつめ」

 そう言って脇を擽っていた。

「えー、だってネヒアが連れて来たんだよ~!それに!お兄ちゃんの恋相手は私でしょぉっ!私以外見ちゃダメ」

 楽しそうに戯れていた。

 チャラ男のくせに、妹の面倒はちゃんと見ているのね。以外。

 ただ恋相手と言うのも妹相手には不適切だと思うけども。まさかこの男はこんな小さい妹にまで変な事してるんじゃないでしょうね。

「別に中に入る必要はないわ。私は早く行く所が有るの。何か私に教える気が有るなら此処で早く言って」

 そうぴしゃりと言い切ると、シグマスは楽しそうに笑った。

「警戒されてるなんて嬉しいねぇ、意識されてるんだ僕~ああ、本当に熱いときめきを感じて来たよ」

「熱いときめきを火炙りに変えられたくないなら、早く言って」

「おお、怖い怖い・・・・・火炙り、ね」

 そう言うとまたシグマスは笑った。

「本当にキーカスの能力を吸い取ったって事か。教えてあげるよ、吸収ってのは相手の命と力をある術力によって自分の物にしてしまう事。そのある術力は、6つの黒い丸・・・・キーカスの腕にも見た事ないかい?あの力を持ってる者のみが出来るんだよ・・・・その力は禁断の能力。で、不思議なんだけど、ルリアちゃんにはそんな痣、無いように見えたんだけど、取り込んだって事は・・・・あの力、手を出したの?」

 6つの黒い丸の力・・・・?私はそんなもの・・・ない。力に手を出すってどういう事だろう。

 私は首を振った。

「んー、じゃぁ、何なんだろうね~キーカスが何かやったのかねぇ」

 シグマスは「吸収する能力を贈与する方法なんてない筈なんだけどねぇ」と呟きながら、口に手を当てて考え込む。

「もう一つ、聞きたいの、シグマスさん・・・・何故、貴方はキーを知っているの?・・・族長の甥と名乗ったよね。族長って何処で何をしてるの?族長の息子って・・・・」

 それを問うと、シグマスはにっこりと笑った。

 悪寒がした。

「そうだなぁ~答えてあげるよ。お礼に僕へ熱いキスを前払いでするっていうのはどう?」

 固まった。

 相変わらず、気持ちが悪い。

「それなら、先に行きます。どうもありがとうございました」

 お礼を言って、先へと走った。

 


  *



「相変わらず釣れないお嬢ちゃんだこと。どうするネヒア、隠れて様子見ながら、一緒に行ってあげることにする?」

 シグマスがそう言うと、少女は大きく頷いた。

「そうだね・・・・この世界は神が下した結末を迎えるのか、悪魔の示す堕ちた人間どもが暮らすのか、どちらの未来もあの娘が阻止できるのか・・・・僕も興味があるよ」

 そうシグマスが言うと、ネヒアは振り返った。

「お兄ちゃん、ネヒアは、お兄ちゃんのお嫁さんにしてくれるんだよね」

「ん?何を今更、前から言ってるじゃないか!ちゃんと育ったらお嫁さんにしてやるからなぁって」

「うん・・・・ネヒアより、お姉ちゃんの方がお嫁さんにしたくなったのかなぁって心配になって」

「うおー!ヤキモチかぁ!やっぱりネヒアは可愛いなぁ!」

 シグマスはネヒアをぎゅうと抱きしめた。



  *



 走った。

 辺りが薄明るくなってきた。

「もうすぐ・・・・日が登ってくるのね」

 綺麗な朝焼けが見えてくる。

 小屋から少し走ると街が見えて来た。

「確か・・・・天界塔の山の麓にあるソグドの街・・・かな」

 そしてあの山の奥に<天界塔>がある。

 お姉ちゃんの運命を変える為に。

 そして、キーの<転生>とやらが叶う場所。

 ソグドの街がだんだんはっきりと見えて来た。

「結構、大きな街みたいね・・・・」

 様子を見ながらゆっくり街の横の道を横切った。

 その時だった。

「きゃあああっ」

 足に何かが引っかかったと思ったら、大きな網が降って来て、体を捕らえられた。

 何?罠?

「動くな!」

 数人の兵が取り囲んだ。

「こんな時間に街周囲をうろつく不審者か!」

「こんな所に何の用だ」

 街の自衛兵の様だ。

「いや、私は・・・・」

 唾を飲んで、深呼吸して続けた。

「私はこの先の塔に向かいたい。私は通り道にこの街を横切っただけだ。危害を加える気などない!」

「塔に向かうだと」

「若い女性一人で?」

「装備もまるで軽装よね。軽い鎧だし・・・・」

「まさか」

 自治兵達が言いあって相談をしている。

 何やら兵士たちが固まって言い合っている。良く聞こえない。

 直ぐにそれは終わったようで、若い男が軽く頭を下げて謝罪して来た。

「我々はこの街の自衛兵です。失礼致しました。罠を解きますので、お待ちください」

 そう言いながら、数人で網の罠を外した。

 網の罠のようで、これくらいなら剣で切り裂いたり、魔法で壊したりは簡単そうではあったが、素直に解いてもらうのを待った。

「これで外れました。貴方は、<預言された者>とお見受けします。どうか我々の街に御来訪戴けないでしょうか」

 その言葉に、体が硬直した。

 <預言された者>と口にした。

 ソグド族で<預言>は一体何処まで広まっているのだろうか。

 リラでは、私が<預言された者>である事は誰も知らない。

 十四年前には、族長夫妻と、塔に向かった両親が事実を伏せたと言う事らしいし、再びお姉ちゃんが預言した言葉はお姉ちゃんと族長夫妻が黙秘を続けている。

「何・・・・を考えてるんだ?なぜ私の事を・・・」

 いきなり謙って一体何を言い出すのか。

 ソグド族を治める力を持ったキー、ソグド族の預言者であるアンジェの事が広まっていたとしたなら、私を誘いだして罠に掛けようとしている事も有り得る。

「時間がない。そんなつもりはない」

 何を企んでいるかもわからないし。

「若い女性が一人で走ってくるなど・・・それもこの街のものではない。ならば、<預言された者>であると推測致しました・・・・・我々は・・・・」

 若い男が何か食い下がろうとするのを一番年配そうながっちりとした体格の男性が止めた。

「お急ぎなら止めますまい。どうか、この世界を・・・・・・よろしくお願いします」

 その男は私の前で頭を下げた。

「私共も、もうわかっています、私達がやっている事が尋常ではないこと」

「その事について・・・・この様な所で長々話す事ではないかも知れませんが、私達も日々不安な毎日を送っています。この一族の長より命じられる礼拝が何か恐ろしい物を呼び覚ますような気がしてならないのです・・・・でも我々はしない訳にはいかない。族長一族の命令は絶対です。逆らう事は許されません・・・けれどこの祈りを始めてから、周囲に我々を監視するように何処からともなく沸き出した化物・・・その被害、そして<神厄病>・・・・・十数年前でしょうか、この礼拝をしていた者がいきなり黒い煙に包まれて、霧と消えたのは・・・・」

「その頃は、前族長が失踪し、その弟である現族長が今の座についた頃の事です」

 その言葉に顔を上げた。

「黒い煙に包まれて・・・・・消えた?」

 それに・・・前族長と、現族長が兄弟?

「はい、この礼拝の最中に何やら黒い煙が中央の宝石よりわき出し、私はとっさに走って逃げました。しかし中央に居た二十人程が逃げ遅れ、その者達は、黒い煙に包まれたと思うと、煙と共に消え去りました」

「消え・・・・去った?」

「はい、その者達は消息が途絶えましたが、族長が、その者達の遺体を連れて戻りました・・・・我々には何があったのかさっぱり族長からは語ってもらえませんでした・・・」

 それは・・・・まさか、リラ族を襲ったと言う・・・・?

 でもその煙を操っている者が他に居ると言う事になる・・・・・その人は何故そんな事をしたのだろう。

 ・・・・・塔に登ろうとしている私の両親が・・・・邪魔だった?

 じゃ私の両親は・・・・何処で誰に命を奪われたのだろう・・・・。

 そして、キーの事以外にもソグド族にお祈りをさせる族長は一体何を狙っているのだろうか。

 族長が変わった?・・・・その者は一体誰・・・・?

「そして現族長は今、東の外れの集落でひっそり暮らされていると言う・・・・樹木が覆い茂る礼拝堂で・・・巨大な6つの黒い印が、両手、両足、頭、腹に刻まれ樹木に磔になっているという」

「既に体が動かない状態だと聞く」

 木に張り付けられたミイラのような人間を思い出した。

 不気味だった。

 礼拝堂・・・・?ただの大木に縛られていたと思うけど。近づく事を禁じられているからあの状態を目にしては居ないのだろうけども、礼拝堂と言えるような建物も付近になかった。

 あれが・・・・族長?

「その儀式を執り行っているのは、族長の御子息。それを監視しているのは族長一家に代々仕える者達・・・・何を起こそうとしているのか、我々にはわからないのですけど・・・・」

 キーは何を知っていたのだろう。

 そして族長の息子、とは・・・・。

 お姉ちゃんを最初に襲った男、あれは何者だったのだろうか。

 キーとその男は知り合いだった。

 キーが邪魔だとあの男は言った。

 キーを・・・・蘇らせる方法・・・・あるんだろうか。

 私にとっては、ソグド族であるかとか、族長であるとかとか黒い印があるかなど関係がない。私にとってキーはキーであって、他に何にも変えられない。

「貴方は何かご存じないでしょうか、族長一家が何をお考えであったのか・・・・・キーカス様は、リラ族でお育ちだったのでしょう?何か聞いていませんか?この世界は一体どうなっていくのでしょう。そしてどうされようとなされていたのでしょうか」

 私の肩を掴んで問いただしてきた。

 私は静かに首を振った。

「・・・・・私もむしろ今は知りたい事が多すぎるの。彼が言っていたのは、神はこの世界を滅ぼそうとしている・・・・とは言っていたわ・・・・私が出来る事は先に有る真実を知って、キーの魂と共に、<神厄病>を含む滅ぼしの結末を止める為に、塔に向かう事」

 そう言うと、そこに居た者達が全員跪いて頭を下げた。

「<天界塔>はこの道の先です・・・・くれぐれも気をつけてください」

 小さく頷いて、再び走りだした。

 山の上に<天界塔>が見える。

 日が昇ってくる。輝く大きな太陽が木々の合間から眩しい光を届けてくる。

 街から少し離れると、化物達が襲ってきた。

 剣を抜いた。

 無駄にこれ以上、魔力を消耗したくない。

 剣を振り、襲ってくる化物を、続けて倒した。

「邪魔だ!」

 1、2、3・・・・。

 化物達を二十以上連続で切り刻んだ。

 深く息を吸って、気を落ちつける。

 周りに化物の気配が消えた。

 剣を鞘に戻して再び走り出す。

 この化物は・・・・神が召喚していると言う事になる・・・・。

 神は人に死んでほしいのだろうか。

 神の意志は一体何なのだろう。

 そして<天使>の謎の行動。

 <神厄病>に侵された母体から産まれる絶望的な命を助けたい親の気持ちを利用して、生まれて来たキーに更なる絶望的な運命を課した。

 絶望させて殺す・・・・神はそんなシナリオを描いているのだろうか。

 走り続けた先に、塔の入口が見えて来た。

 山道を登って、下った先だった。

 ふと、気がついた。

 体の疲労感がない事に。

 疲れたと言う感覚がまるでない。眠たいと言う感覚さえもない。

 無我夢中だったのは違いがないけど、どうしてだろう。

 こんな長時間走ったのは初めての事だ。そしてこれだけ戦闘をして、息さえ切れてない。

 塔の入口の前に立つ。

 大きな門がまるで睨み返すかのように、塔を取り囲んでいた。

 門を開くと、大きな扉が見えた。

 大きな翼が描かれている。

 錠、引き戸、取っ手などが見当たらない分厚い扉。

「これが・・・・開かないと言う扉・・・・」

 まるで壁の様だった。

 美しい装飾が煌びやかに彩っている。宝石が輝いてまるで扉自体が宝の様だ。

 動きそうな加工はされているのに、扉を動かす為の取っ手などもないし、鍵穴なども見当たらない。

 扉と思われる物に触れてみた。

「つっ」

 ぴりっと痛みが走った。

「痛っ」

「・・・・結界・・・か・・・・そして・・・・扉を動かす様な仕掛けも・・・・ないと」

 きょろきょろと辺りを見回す。

「何を探しているの?」

 後ろから声がした。

 聞き覚えのある女の声。

 ゆっくりと振り返る。

 童顔な丸い輪郭。短い水色の髪に、大きな釣り目の緑色の瞳。

「クレシェ・・・・・・」

 クレシェはその瞳に、怒りと憎しみをぎらぎらさせていた。

 私への強い殺意が込められていた。

「私は、ようやく探し物を見つけたのよ・・・・・そう、姉さまの仇のお前を・・・」

 そう言うと、右手をまるで私を誘うように前に差し出してきた。

 その掌から、黒い力が溢れだす。

 轟音が響く。

「禁忌だろうが、何も関係ない。お前を殺せば私は死んでも構わないのだから・・・・」

 地面が地震のようにぐらぐらと揺れている。

 そしてクレシェの体は、黒い力に包まれた。

「この力を使えば、石化の術の力を使い続ける事が出来る・・・・・」

「あ・・・・・貴方まさ・・・・」

 不気味なその様子に後ずさった。

 黒い、力・・・・これが『禁忌』と言われている力なのだろうか。

 クレシェの全身が黒い力に覆われていく。

 体のあちこちに黒い丸い印が浮かび上がる。

 強い憎しみに満ちた瞳から、更なる黒い力が溢れだす。

 クレシェが唇から口笛を吹くかのように何か空気を吐いた。

 その瞬間、声にならない声、感覚に表しがたい何かを受けた。

「くっ!」

 思わず耳に手を当てて音を防ごうとする。

 しかし、そんなものでは、音が防げない。頭の中に直接音が入ってくる。

 体が、硬直していく?

 自分の体が足元から白濁して固まっていく。

 -ルー!

 その力が破壊された。

 白いオーラが、私を包み込んだ。

 前の時と、同じ

 -大丈夫!ルー!彼女の石化術を防ぐ!

 -彼女の石化の術をまともに喰らったら、一撃で石化してしまうだろう。

 -彼女の石化の術を無効にする結界を三分だけ張る。

 -それ以上は今の状態では君を守りきれない。

 -・・・・もう、彼女が元の姿に戻ることはない。ただルーへの憎しみだけを持った存在になるだけ。人間としての姿が有るうちに、彼女の命を断つしかない。

「三分・・・」

 周囲に白い結界が張られたのを感じ取ると、剣を握り直した。

「!・・・・その石化を止める結界・・・・キーカス様・・・・何故貴方は・・・・今なお、その魂の力をその娘の為に使うと言うんですか?」

「認めない・・・・認めない。・・・・あの人をお前が取りこんだなんて!」

「私にとって、誰より愛する人だったのに!・・・・お前が・・・・姉さんと・・・キーカス様を奪ったんだ」

「お前に一体、何の価値が有ると言うの?キーカス様を一体どうやって取り込んだ・・・・いいえ、どうやって誑かしたの?」

 問いには答えず、剣を振るった。

 石化を防げる時が限られる以上、止まっている時間はない。

 剣の波動が、目の前のクレシェの体を切る。

「答えぬか、まあ良い!石化が効かずともお前に勝機などないのだから!」

 クレシェが雷を操り、此方へ投げつける。

 素早くかわすが、さらに、此方へ向けて投げられた火の球が襲いかかってきた。

 火の球を手の甲で振り払う。

 クレシェは、横に手を振った。

 まるで、水飛沫が撒き散らかされるように、火の球が手を振る度に飛ばされる。

 次々襲ってくる火の球を左手の甲でかき消す。

 魔力を行使する力を継がなかった私が、両親から受け継いだ強力な魔法の術の無効化の力。

 時間が限られる戦い。キーの力が私を包んでいるのを感じる。

 この戦いは三分しかない。

 余計な事を考えている時間も、余力もない。

 魂だけとなっても私を守り続けてくれるキーが、その魂の力を振り絞って結界を張ってくれているのだ。

 素早く剣を持ちなおすと、クレシェの懐に飛び込んだ。

 その力全てを、その剣に込め剣を振りかざした。

 剣を突き立てようとした時、クレシェが、魔力の波動を作り出し、私に向けて投げつける。

 その波動を、腹に正面から受けて、クレシェから引き離される。

 地面に足を付けてクレシェから遠ざからないように食いしばるが、その地面を波動が削り取る程強い力で、私を強い力で後ろへ押し戻していく。

 その力の波動だけで、辺りに音が響く。

「くっ!」

 大きな波動の力をまともに食らい、腹に大きな傷を受けた。

 魔法に対して、強い耐性があっても、大きな力は致命傷になる。

 しかし、これくらいで、へたばるわけにはいかない!

 私は、キーを・・・・キーの魂を<神の領域>へ連れていく。

 きっとそこにはあらゆる生命を操る力で、キーを・・・・キーを蘇らせる事が出来る力がある!

 そして、お姉ちゃんの<神厄病>の運命を断ちきる為に!この塔を登り切り、神が示す運命を変えなければならない。

 私はこんな所で倒れるわけにはいかないのだ。

 左手で、波動を振り払うと、右手で剣に力を込める。

 クレシェに向かって再び斬りかかる。

 彼女には石化の力が宿り続けている。

 切りかかろうとした時、クレシェは私に向かって手を翳した。

 大きな力の波動が襲ってくる。

 上に飛ぶと、私に向かって来た力が、背後に有った大木に命中した。

 彼女の石化の力が周囲の木々に命中すると、枯れて白濁し朽ちて行く。

 なおも彼女は周囲に向かって雷の力を投げつける。雷の力が周囲を取り囲む。

 辺りが閃光に包まれ、全ての物が雷に寄って焦げ付いていく。

 強力な雷の力が辺りを轟音と共に全てのものを光りと塵芥にしていく。

 私の周囲の雷の力を左手でかき消す。

 黒い力によって、以前より全ての力を引き上げられたのか、力を消しきれずに、全身に雷による麻痺感が広がる。

 左手で自分の頬を叩いて、感覚を取り戻す。

 口で、ゆっくり秒数を数える。

 あと十秒!これを過ぎたら、私も石化させられてしまう。

 雷と火の力をクレシェに向かって投げつける。

 クレシェが避けようと隙を見せた一瞬、クレシェの側に寄った。

 クレシェに向かって、剣を振り下ろした。

「・・・・・キーカス様・・・・・何故?・・・・・・・・ぐぅうううっ」

 アンジェの断末魔の叫びが聞こえたのは、石化を防ぐ結界が消える間際だった。

 石化を防ぐ結界が消えた。

 クレシェの力が消えて、朽ちた木々が何事もなかったかのように元に戻った。

 クレシェが力尽きて倒れた。

 クレシェが扱っていた黒い力が消え去ると、腹に受けた傷が癒えた。

 キーが、石化を防ぐ結界に力を注ぐのを止めて、私を治癒してくれたのだ。

「キー・・・・」

 私は誰にも負けない。

 だってそうでしょう。私と貴方はいつでも一つなのだから。

 たとえ貴方にもう二度と、抱きしめて貰えなくても。

 静かに目を瞑り、握っていた剣を鞘に納めた。

 そして扉を振り返った。

「扉を・・・・どうやって・・・・開けるんだろう」

 十四年前、この塔に族長であった両親は入る事が出来たんだろうか。

 中で・・・・誰に殺されたと言うのだろう。それとも誰かに囚われているとか言う事はあるのだろうか。

 そしてその者に私は勝つ事が出来るのだろうか。

 中で待つ者は神なのか、天使なのか、悪魔なのか、化物なのか、それとも人間なのか。

 扉が開かないなら、扉や、周囲を壊して入ると言う事は可能なのだろうか。

 試しに、雷を投げてみる。

 塔の壁に当たると、ぱちんという音と共に力が弾き返される。力が塵のように無効化された。

 まるで何事もなかったかのように辺りは静まり返った。

 短剣を構えて扉に向かって投げつけた。

 扉に装飾されている宝石が一瞬、輝いた。

 短剣が扉に刺さる直前に短剣は動きをピタリと止めてその場に落下した。

 扉の近くに寄って、鞘から剣を引き抜き扉に向かって突きたてようとしてみたが、やはり同じだった。

 強い力で阻まれて、剣を扉に向かって突き差す事が出来なかった。

 腕が捻じ曲げられそうな程の力に右手を柄から離した。

 からんと音をたてて剣は床に落下した。

 剣を拾い上げて鞘に戻す。

 壊して入る事は不可能なようだった。

 辺りを見回す。どうすればいいのか。

「何を立ち止まってるんだい?」

 声に振り返る。

 もう二度と見る事がないと思った金色の染色した長髪、にやついた細い瞳の眼鏡男。

 その隣には、藍色の髪を二つに結い、大きな赤茶色の目をした丸い顔立ちの少女が立っていた。

「ただ追い掛けるだけじゃ、面白くないし、ちょっとだけさ、寄り道してきたんだよ・・・・化物とか変なもん一杯でさ、結構、僕も疲れちゃったなーお礼の抱擁でもしてくれないかな?」

 そう言うと、シグマスは私に向かって何かを投げて来た。

 手を伸ばして受け取ると、それは七色の輝きを放っている丸い水晶玉。

「天界塔の守り神は、三大天使の力と言われている。三大天使の力は、三つの聖堂に封印されていると言われていて、ちょっと、二人でそれらを持ってきたってわけさ。ミカエルを祀る聖堂にあった石像がその水晶玉を、他の聖堂にはその水晶玉の輝きを放つ力が祀られていて、水晶玉を翳したらその水晶玉の中に取り込まれたよ。後は扉を開くのに相応しい者に道は開かれると言われている」

 水晶玉は輝いていた。

「・・・・・私に・・・どうすれと?」

 首を傾げて問い返した。

 ゆっくりと、ネヒアちゃんが寄ってきた。

 私の前を過ぎて扉の前に立つと、扉の装飾で少し凹んだ場所を指差した。

「此処、入れる。そして、お姉ちゃんが力込めればきっと、開くの」

 扉に寄り、水晶を凹んだ場所に当てはめる。

 元々其処に有ったかのようにしっかりと嵌り、装飾もとても自然に馴染んだ。

 すうと息を吸って、扉から数歩離れ、意識を整えた。

「私の中に宿る魔力・・・・そして私の剣の力よ・・・・」

「天に向かい聳え立つ扉の鍵を開封せよ!」

 叫んで剣を振るった。

 その剣の波動を、キーの雷と火の力が包み込むように囲った。

 魔力を宿した剣の波動が扉の中央の天使が描かれる羽の部分に当たる。

 金属同士が衝突したようなカキンという音が響き渡る。

「ダメ・・・・かな・・・・」

 しかし、少しの間見ていると、天使の部分から眩しいほど光が溢れ、一瞬目を閉じて開けると扉がなくなっていた。

「・・・・・・・扉が・・・なくなった・・・・」

「さてと、可愛いお姉ちゃんが居そうもないけど、行きますか・・・・・後ろに到着したノロマなお人達も」

 その言葉に、シグマスの後ろに視線を向けた。

 その後ろから、ぜいぜいと息をついて現れたのは・・・・ホディと、そしてタィト。

「え・・・・何・・・二人とも・・・・追ってきた・・・・の?」

 走り疲れて崩れるように二人とも倒れた。

「あーあ、情けない人たちだねぇ」

 シグマスが楽しそうに笑っていた。

「この人達、転移出来ないの・・・・?なんかずっとランニングしてたねぇ。お姉ちゃんやネヒア達が通った後の道走ってたみたいだから、戦ってたりはしてなかったみたいだけど・・・・」

「・・・あのおじちゃん、前におっかない顔して、鎌とか投げてた人・・・・ネヒア、怖い」

 ネヒアちゃんが兄の腕にしがみ付く。

 シグマスが妹の頭を撫でて宥めた。

「ま、このままじゃ使えそうもないからさ、キーカス。お嬢ちゃんだけじゃなくて、此処の役立つかわからない奴らも取りあえず疲労抜いてやったら?お嬢ちゃんの盾くらいにはなるんじゃない?・・・・回復はくっ付いてるお嬢ちゃんくらいしか出来ないかな?・・・・・そもそも聞こえてるのか聞こえてないのかわからないけどさ」

「え・・・・」

 シグマスの方を振り向いた。

「そいつの事だから、お嬢ちゃんの代わりに、疲労とか回復してやってるんだろうさ。・・・・じゃないとこんな長時間こんな所まで走ってきて、力を使う体力なんてもう残っちゃいないよ。その分、どんどん自分の魂の方が疲弊してくって事・・・・わかってて」

「魂の疲弊・・・・・?」

「そこにない体の力を使うって事は、出来ない。力の行使は体を持つものに全ての力の行使分の疲労が行く。力を使って体が疲れるってことは当然だよね。キーカスの魂がお嬢ちゃんに憑いてるなら、お嬢ちゃんが全疲労を負わなければならない。力を使ってこの辺に居る化物を駆逐しながらこれだけの時間ランニング出来る体力あると思うかい?その疲労感も回復してやってるのさ。その回復の力を使う負担ごと、請け負って。その水晶を持ってくるのに思いの外、時間食っちまって、殆ど見れなかったけど、クレシェとの戦いで結界を使ってたろ。それ見た時、思った。あんな力、お嬢ちゃんが使ったら多分、死んじまうぜ。高度な力を慣れてない状態で行使するのは命取り。だからその負担も丸ごと請け負ってんだろ。そんな事したらそのうち魂まで砕け散る・・・・格好つけやがって」

 頭から、水を被ったような気がした。

 確かに、疲労感が、ない。

 ・・・・・・・魂まで砕け散る・・・・?ソレッテナニドウイウコト。

 何をどう整理していいかわからなくなった。

 頭の中に、魂まで砕け散ると言う言葉がループされる。

「ま、迷う事はないさ。キーカスの望みはお嬢ちゃんと同じ事だと思うしな。自分の体の浸食が始まった以上、残された時間でお嬢ちゃんを殺して塔を登るか、お嬢ちゃんに全てを託すか。それがあいつに許された選択だった・・・・・誰より強い神の力を受け継ぎながら、運命に転がされてる奴だったねぇ。もっと気楽に生きろって言ったのにな・・・・ま、下らないおしゃべりで迷わしちまったか。先行こうよ・・・・そこのおじさんとおにーちゃんは、僕達がしゃべってる間に少しは休めたかい?」

 見ると二人はまだ伸びきっていた。

「しょーがないおじさん達だこと。しょうがないからこの僕が、少しだけなら回復してあげようか」

「で、出来るのっ。だったら最初から・・・・」

 ちっちっとにやにやしながら言い、手を左右に振ってシグマスが得意げに説明する。

「回復ってのは結構、高等な力なんだぜ。むやみに使ったらこっちがバテるんだ。僕だってこんな二人に使うんならお嬢ちゃんに使ってさ、お礼のチューされた方がいいのよー」

 相変わらずの言葉にもはや返す言葉が出て来なかった。

「しょうがないから、少し助けてあげますかね。その代わり、フルパワーまではお世話しないけど」

 そう言って、シグマスが二人に向かって歩いて行く。

 シグマスがタィトに向かって手を翳すと、その手から一瞬光が生まれ、タィトは起き上がった。

「あ・・・何者かわかりませんけど・・・・ありがとうございます・・・・・」

 そう頭を下げてお礼を言うタィトにひらひらと手を振ってシグマスが伸びているホディの前に立った。

 ホディの体力を回復しようと、シグマスはホディに手を伸ばした。

 するとホディはシグマスを睨みつけた。

挿絵(By みてみん)

「お前・・・・・あの時・・・地面割って・・・ルーを連れて行った・・・・お前は一体何を考えてるんだ・・・・ソグド族だろ?俺らの味方をする気なのか・・・・?」

 ぜいぜいと息をしながらホディは前に伸ばされたシグマスの腕を掴んだ。

「おじさん、そんなに疲れた顔してるのに・・・・これだけ僕の腕を痛いくらいに掴んでくれちゃって・・・まだまだ元気って事かな・・・・」

 シグマスがホディの掴んだ腕を払った。

「おー、いたたた・・・・おじさん、こんなぎっちり掴んでくれちゃって・・・・赤くなってるじゃないか。見た目は伊達じゃないみたいだね」

 ホディが本気で掴んだシグマスの腕は、跡が残っていた。

「お前ら・・・・・ソグド族は一体何を考えている・・・・街の奥の・・・・森の様な場所に張り付けられていた奴は一体なんだ・・・・お前達は・・・・一体・・・・」

 ぜいぜいと息をつきながら、ホディはシグマスを睨みつける。

「・・・・・・おじさん、僕はね、ソグド族なんて何も関係ないんだ。僕が今見たいのはこの世界の結末だけ。あとまぁ、そりゃ可愛い女の子とデート出来るならそれも欲しいんだけどさ」

「ふざけたこと抜かすのはもう沢山だ・・・・ソグド族が崇める変なモノ・・・・そして、黒い丸の痣・・・・十五年前に現れた奴らは・・・・一体何だったんだ・・・・・・・」

 苦しそうに息をしながらホディが、シグマスに問う。

「十五年前・・・・?ああ、前族長を殺した事件か。僕も子供だったからあんまり良く覚えてないけどさ。僕がまだソグド族を出る前だね・・・・母さんが反対してたけどね・・・・・別に僕はさ、聞きたいんなら何でも話すけど、じゃーおじさん、ナンか見返り頂戴よ」

「ふざけるな、と言ったはずだ」

「ふん、ま、話してあげてもいいけどさ。現族長が、兄である前族長を殺す為の力を得るために、ササラではないソグドのもう一つの街ケトで黒い力を降臨させる為の祈りをさせ、自分の肉体に、『黒い力』を降臨させた。その黒い力は、族長の体だけでなく、側に居た数人の者にも影響を及ぼした。彼らは、その力を食らうと、族長みたいに制御するには至らなかったようで、すぐに我を失い混乱状態になった。現族長はその事態を隠す為に彼らを、黒い力を使ってリラの街近くに転送させた。しかし、リラでそれが騒ぎとなり、結局その事態はソグドの者達にも知れ渡ることになった。その時、現族長が詳しく相談したのは、母さんだったと思う。僕の母はそんな現族長・・・兄を助けたかったんだと思う・・・でも、最終的に口論となり、より強い力で一族を治める事を反対する母を僕の目の前で、殺した・・・・」

「僕は・・・・その時、暴れたよ・・・・でも、子供だった僕は伯父さんの力に打ち勝てずに・・・」

「そして、現族長は兄である前族長を殺し、その族長の座を手に入れて一族最強の力を持つ者となった・・・・・より強い力を求めて、彼は黒い力への信仰をより一層強めた。それがソグドが礼拝する黒い力、さ・・・・・それを取り込めば大きな力を得る事が出来るが、一度取り込めば、大きな犠牲を払う事になる。自分の体の寿命短縮、黒い浸食、意識喪失、何が起こるかなどわからない。黒い力に自らの命と力を注ぎこむことでその儀式は完了する。黒い力は、悪魔の力と言われている・・・・・・・・ま、さっきのクレシェも恐らく・・・・」

「美人だったのに・・・・勿体ないわ。あの族長の娘の運命なんて・・・そんなもんかも知れないけど」

「森の様な場所に張り付けられた意識がない奴は一体何なんだ?見張りが付いていたようだったが」

 ホディが深呼吸をしながらシグマスに再び問いかけた。

 吐き捨てるような、馬鹿にしたような、どうせ碌なことじゃないんだろうといった響きが宿っていた。

「張り付けられた・・・・あれを見たんだね。あれは現族長カリアス。黒い力を取り込み、その儀式の最中に失敗した三年前からあの姿だよ。その後は族長の息子がその現族長の体を儀式に使い、自分の体に黒い力を取り込もうとしてる。族長が意識を失い、あの姿になる前の最後の言葉で『一族を治める者となり、世界を滅ぼそうとする神の手から守るんだ』と息子に伝えたそうだ。族長の息子バラムはそれを一族に宣言し、自分こそが一族、世界を治める者だと公言している。一族内ではキーカス派とバラム派なんて呼び方もあったようだし、バラムにとってキーカスは邪魔だったかも知れないねぇ。自分の妹たちまでキーカスぞっこんだったようだし」

 そうシグマスが言うと、ホディは目を伏せて立ち上がった。

 大きく息を吸って、伸びをして、体を軽く動かしていた。

「お、回復しなくても、立ち上がる事出来るんだね。体力だけはあるってことかな」

 シグマスがそれを見るとホディから離れ、ネヒアちゃんの側に戻った。

 ん・・・・でも、十五年前に母が殺されている?妹のネヒアちゃんは・・・・?

 クレシェは・・・・族長の・・・娘・・・・?

 それじゃ・・・アンジェとクレシェとシグマスさんは・・・・キーとは・・・従兄妹・・・?

 黒い力は悪魔の力・・・・?でもキーは・・・・キーのお父さんは天使に言われたと・・・・。

 ネヒアちゃんが何も言わずにシグマスの方を見上げていた。

 そんな妹の頭をシグマスが撫でた。

「んー、ルリアちゃんはまだ聞きたい事溜まってるって顔だねー」

 シグマスがおちゃらけた顔で言う。

「ルリア・・・・?」

 タィトが不思議そうな顔で首を傾げていた。

 その反応をみたシグマスが大きく二回頷いて、にっこりと私に向かって微笑んだ。

 名前を偽った事も予想はついていたと言う事なのだろうか。

「じゃ・・・・キーとは・・・従兄妹って事・・・・よね。そして黒い力は・・・悪魔って事・・・なの?でもキーのお父さんは・・・」

「そ、キーカスと僕は従兄妹。ただ僕の方が二歳ばかり年上だけど。長兄である前族長の子供がキーカスで、現在の族長の子供が、アンジェ、クレシェ、バラム。その末妹が僕の母」

 バラムって誰だっけ・・・・・。

 そうだ、お姉ちゃんを連れて行った美形か・・・・。

 頭の中で、キーが邪魔だと言っていた秀麗な顔が浮かんだ。

「黒い力は・・・・悪魔って言われているけど、実際その姿を見た訳ではない。そう言い伝えられているだけ。キーカスの父である前の族長が天使に悪魔の祈りを命じられたと言う。この天界塔の側でね。その謎はきっとこの中で解けるさ。さ、そろそろ中に行くとしないかい?」

 シグマスが、扉のなくなった塔の中を指差す。

 太陽に照らされて、入口の周りだけが見える。中の様子は窺い知ることは出来ない。

 私はゆっくりと頷いて、塔の中に入った。

 その後を、四人は追って飛び込んだ。

 そして中に入ると、霧のように扉が再び現れて外の光を遮断した。

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