表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

四章 受け入れた魂

 四章 受け入れた魂


 此処は・・・・?

 ぼんやりした空間。

 けれど、声が聞こえる。

 そして数人の顔がぼんやりと見える。

 赤ちゃんの泣き声がする。

『よ、良かった・・・無事に・・・・生まれたの』

 誰か女性が泣いている。

 もう一人居る・・・・その女性の側で見ている。

『おめでとう、クィニャ』

『姉さん・・・・』

 二人の女性が泣きながら喜んでいた。

 ベットに座っている方の女性が・・・・咳き込んでいる。

『クィニャ、ダメよ。私がちゃんとこの子を見ていてあげるから、貴方は横になっていて』

 クィニャと呼ばれた女性はベットに横になった。

 もう一人の女性が、何やら洗っている。乳幼児が使う物だろうか。

 あの女性・・・・見た事有るような・・・。

『母さん、新しい赤ちゃん、見せて!』

 男の子が寄ってきた。十歳くらいだろうか。

 二人の女性から赤ちゃんを預かり、嬉しそうに抱っこしていた。

 あの少年も、誰かに似ている。

『うわー、結構重たい!・・・・』

『絶対、落としちゃダメよ、慌てん坊な貴方だから心配だわ』

『大丈夫だよ・・・・あれ、母さん、なんか腕に変な痣が有るよ』

 少年が赤子の腕を見て首を傾げている。

 ・・・・小さい、6つの黒い痣。

 二人の女性が、辛そうに目を伏せた。

 ベットに横になっていた女性が呟いた。

『・・・・・・・私が、悪いのね・・・私が<神厄病>になんて・・・掛からなければ・・・』

『大丈夫よ!貴方はまだ初期だもの。隔離するほどでもないし、きっと良くなるわ・・・・まだその伝説で言われている<神厄病>の患者はリラ族には誰も出ていないわ。空気の良い所で療養すれば回復するわよ』

 もう一人の女性が宥めていた。

『いいえ・・・・・・・私が・・・・私とあの人が犯した罪は・・・消えない。神がお許しになっていないの』

『クィニャ』

 ぼろぼろと女性は泣き始めた。

『私はもう時期死ぬ・・・・・それは何も怖くないの。でも、あの人はこの子を生かす為に・・・もっと罪を重ねて行く・・・・・この子の罪は・・・・・さらに重くなる・・・・それが怖くて仕方ないの・・・・』

 罪・・・・?<神厄病>・・・?

 そして・・・・小さい腕に刻まれた小さな痣・・・・・・。

 これは・・・・・・一体・・・・。

 ぐらっと眩暈がした。

 目を一旦閉じて開くと、草原が広がっていた。

 街の近くの草原だろうか。

『お前の命を・・・・・守る為に・・・・私は罪を犯した・・・・』

 誰だろう。三十くらいの男と、四~五歳の男の子が見える。

『キーカスよ、すまない。私がお前にその呪いを掛けたのは・・・・・・クィニャ・・・お前の母との子供を、失いたくなかった為だ。クィニャはお前が腹に居る時に<神厄病>に掛かっていた。もう出産すれば死ぬかもしれない。けれど彼女は産む事を選んだ。でも<神厄病>は母親がかかっていれば、半分の確率で生まれた子供も<神厄病>に掛かっていて産まれて間もなく死すると言われていた』

『私は悪魔でも神でもいい、私の命と引き換えで構わない。私の残る寿命を息子に与えてほしいと<天界塔>の前で祈った。<神厄病>にかかっていたとしても、お前の残る寿命を与えようと言って一人の天使が現れた』

『その天使は、生まれる息子に印を授けることで救えると言う。私はその天使が言う印を必死に一族にも毎日祈らせた。その印を毎日私自身も描いて祈り続けた』

『生まれた子・・・お前は生まれ持って体にその印を持っていた』

『しかし、その印は、発動すればリラを滅ぼす・・・・・人間を全て滅ぼすという呪いが掛けられていた・・・・・・・気が付いた時には遅かった。その呪いはお前にしっかり刻まれていた・・・・お前はその印の効力が発動したら、お前の魔力と相対する力・・・リラ族の気を取り込み続けなければならない。・・・・・・止めた時にお前の命は失われる。より強い気を取り込むことでお前は強くもなり、長くその命を続ける事が出来る・・・・その事実を過去に伝説として語られる書籍を見つけた時に知った・・・・・・・過去にも同じ模様が刻まれた事が有ったらしい・・・・その書籍は古くて詳しい事も信憑性もわからなかった。でももしお前が・・・・狂気に体が支配され、魂を吸いつくす事が必要になったら・・・・そうなのだろう』

『それを止める為に一つ手が有る・・・・それは<天界塔>に登って命の制御を行い、その体から別な体に転生する事だ。生まれ変わるのだよ・・・・その体は・・・・私のせいで呪われてしまった』

『私は弟と妹にその事態を相談した・・・・・それを聞いた弟は誰より敬愛していたのに裏切られた、私に失望したと言って一族の長は自分こそがなると私の命を狙い始めた・・・・お前の命も狙わないか心配だ・・・・』

『私は、<預言者>に塔を登る事が可能な者を占わせた。お前自身も可能だと聞いた・・・・だが、それには条件があり、リラ族でも<預言者>に<天界塔>に登る者を占わせると思われるが、そこで、<天界塔>に登ると預言された者の命をお前が取り込むことで試練に打ち勝ち・・・・お前は命の再生をする事が出来るようだ・・・・』

『お前をそんな運命にしてしまった、私は・・・・どれだけ恨まれても仕方ないと思う・・・・』

 そう言うと男の子の前で男は地面に手を付けて謝罪した。

『人の命を食い続ける・・・・・そんなの・・・・悪魔にしかならない・・・・少し前に、リラ族の長が私の元に現れて、リラの街では<神厄病>の患者はまだ出ていないが、クィニャが<神厄病>で死んだ以上、今後、その患者はソグドでもリラでも出るだろう、協力して生きて行かないかと言われた・・・・しかし、私はそんな話など・・・・申し訳なくて受けることなど出来なかった・・・・』

『私はお前の前になど、姿を現す事など出来ないと思った・・・・・こんな事をしてしまった上、リラで育てると決めたクィニャの気持ちも考えると・・・・でも私はもうどの道長くはない・・・・どうしても、お前に会って・・・・・私の罪を・・・伝えて謝罪する必要が・・・・あると思った・・・・私は出来ればお前に・・・・命の再生をして・・・・こんな愚かな父の呪縛から逃れた人生を・・・・送ってほしいと思う・・・・』

 男は泣いていた。

『思い当たることは・・・・今まで有ったんだろうと思う・・・・・その手の痣が強くなっていくと、命を取り込まなければいけなくなる・・・・・』

 少年は、その男を、ぼんやりとした瞳で見つめていた。

 まだ理解出来ないのか、理解しているのか、その表情から読み取れない複雑な瞳で父親を見下ろしていた。

 現実感もない、理解も出来ない、けれど目の前で泣き崩れる男に同情するような気持ちなのかも知れない。

 少年はまだ四~五歳に見える。

 最近この話を改めて思い越す事が何か有ったのかも知れない。

 それとも、ソグド族と繋がっている事をホディは確信したと言っていたから、キーは成長してから改めてこの話を他の誰かから聞かされたのかも知れない・・・・。

 キーはリラの街を抜けて、ソグドの街に行った事もあったのではないかと思われる。次期族長の候補に上がるというからには、私の前から居なくなる前からソグドと繋がっていたと思う。

 もう一つ気になるのが、<命の再生>。

 神は<神厄病>やキーが吸い込んだ命たちを蘇らせる手段を用意しているとでも言うのだろうか?

 それとも登りきった者だけに自分の命を生まれ変わらせる力を与えるのだろうか?

 またぐらっと眩暈がした。

 首を振って辺りを見回すと、情景が変わっていた。

 お花畑、とても・・・・綺麗だ。

 あれ・・・・この花畑・・・・この近くの・・・・。

 小さな少女が喜んで走ってくる。

 転んだ。泣いている。

 少年が頭を撫でて慰めていた。

『ルー、痛くないもん~・・・』

 少女はにっこりと微笑んだ。

 あれは・・・・私・・・・?

 少女が痛くないと言いながら泣き始めた。

『うう、でも、やっぱり痛いよぉ』

 少年が微笑みながら頭を撫でていた。

『でも、ルーは、泣かないもん~』

 そう言いながら、目を擦って泣きやんだ。

 そして少女が起き上がると、眼下に見える街並みを見下ろしてぽつりと呟いた。

『お父さん、お母さんに、会いたい・・・・・・ルー、全く覚えてない・・・・・もし、お父さんとお母さんが帰ってきたら、泣いてるルーじゃ心配させるから、泣かないもん』

『ルーね、お父さんとお母さんがお留守だけど、お姉ちゃんもキーも居るの~。ひとりじゃないから寂しくない。キーだってひとりぼっちじゃないの~ホディお兄ちゃんが居るんでしょう?』

『・・・・お兄ちゃん、か・・・・本当のお兄ちゃんじゃないんだ・・・・それにね、表面上凄く良くしてくれてるけど、恐れられてるような・・・・避けられてるような・・・・疑われてるような、よくわからない視線を向けられるのがたまに居心地悪くて・・・・』

 寂しげな顔で少年が首を振った。

 少女がきょとんとした顔でまん丸とした目をぱちぱちさせた。

『ルー、よくわかんないけど、ルーは、何も怖くないから平気だよ。キーも全然怖くない。ルーのお父さんとお母さん、誰より強ぉおい人だったんだって。だからね、ルーはきっと誰より強くなれるの。だから、誰も怖くないの!だから大丈夫なの。これでキーもひとりじゃないの~』

 少女が、にっこり笑って楽しそうに背伸びをして少年に抱きついた。

 少年の頬に口付けし、離れて少女は小さな花を摘んだ。

『だからね、ルーはずっと側にいてあげる~キーを守ってあげるぉ』

 そう言うと少年に向かって手を差し出した。

 一瞬、少年は躊躇った。切なそうな、悔しそうな表情で自分自身の手を握った。

 少女がきょとんと少年の顔を覗き込むと、微笑んで少年はその手を取った。

 嬉しそうに少女が笑って走りだすと、すぐに転んだ。

 泣いている少女を少年は再び慰めた。

 少女は少年に慰められるとにっこりと笑った。

 これは・・・・キーの記憶・・・・?

 キーは・・・・こんな事・・・・覚えていたんだね。

 私が手を差し伸べた時、思いだしたのだろうか。

 それで・・・・あの時・・・・私をあんな目で・・・苦しそうに見たんだね。

 その前にキーが父親に告げられた<運命>とは、私を殺す事だったんだね。

 塔に登って上に居る<神の審判>をする天使とキーの運命を歪めた天使は、同じ者なのだろうか・・・・・?

 天使は<神>に従っているの?神は一体人間をどうしたいの?遊んでいるの?それとも絶望させて抹殺したいの?

 酷い・・・・。

 この神か天使が仕組んだ運命によってどれだけキーが苦しんできたのだろう。

 そこで、一瞬の夢が覚めた。

 キーが見せた一瞬の幻だったのか、目を開けると、涙が頬を伝っていた。

 私の剣が、キーを貫いていた。

 私はキーを見上げた。

 キーは、ゆっくりと私の目の前で、後ろに倒れていった。

 私は倒れていくキーを見つめていた。

 キーの宿していた魔力が轟音と共に消え去った。

 肩で息を吐きながら、その脇に寄った。

 体のあちこちが痛い。

 何が苦しいのかもうわからない。

 力が抜けて崩れるようにその場に膝をついて座った。

 溢れだす涙。

 手足には鉛を付けられた様な気分だった。

 キーは私に手を伸ばしてきた。

「・・・・?」

挿絵(By みてみん)

 その手を取ると、大きな力が私に流れ込んできた。

「・・・・キー?」

 不思議な感覚だった。

 キーの力が・・・・私の体に流れ込んで来る?

 キーの力、魔力が・・・・・圧倒的な力が、私の中に沁みわたっていく。

 魔力が体に溶け込んで来る。

 全ては私のものだったかのように、私の力になっていく。

 強い・・・・・強い力。

 強い魔力が・・・・・そして想いが流れ込んでくる。

 キーの想いが・・・・聞こえてくる。

 -誰より、愛しているよ、ルー。

 -君をどんな時でも守ってあげる力になるから。

 -君の剣と、この魔力が揃えば君は預言通り、<神の審判>を受ける力を得られる。

 神の審判・・・・・。

「そう・・・・・言う・・・・事・・・・だったの・・・」

 ぼんやりと一人で呟いた。

 キーの声と共に、負傷していた体の傷が癒えた。

 キーの力を感じる。キーは・・・・キーは私の中に居る。

 でもキー・・・・私は、何の力も・・・・要らない。預言も何も・・・・要らない。

 ただ、ずっと一緒に居たかった。

 自分自身を抱きしめた。

「ルー!」

 声が聞こえた。

 声の方を向くとホディが、私に気が付いて街から山の高台の方に登ってきた。

 駆け寄ってくるホディが私の肩を掴んだ。

「ルー!そしてキー?二人で一体何が有ったんだ?」

 私は答えず、ぼんやりとしたまま、ぼそっと呟いた。

「・・・・<神の審判>を受けられる最強のものになるって・・・・こう言う意味だったの・・・・」

 私はその場にへたり込み、力なくうなだれた。

 瞳を瞑り、キーの体の上に頭を乗せた。

 キーが滅ぼしかけた街から煙が上がっているのが見える。火は術の力が消えて鎮火しているようだった。

 まるで遠い世界のように感じられた。

 涙が止まらなかった。

「おい!キー!しっかりしろ・・・・」

 ホディがキーを揺すぶり、体の生命反応を確認する。

 キーの体が既に呼吸が止まっている事を確認すると、首を振って、街の方を見下ろした。

「街の方は鎮火してきたようだな・・・・と言う事は・・・・火はキーが操っていた物で・・・・ルーはそれを・・・止めたんだな・・・・」

 放心状態の私の頭をホディは撫でて、私を引き寄せて抱きしめた。

「ルー、大丈夫だ!・・・・お前は、何もしちゃいない。ただこの街を・・・・エジルを守っただけだから」

 そう言うとキーの方を向いた。

「こいつの体を綺麗にして・・・・魂をちゃんと送ってやろうぜ」

 私はその言葉に顔を上げた。

 そして、首を振った。

「違う・・・・違うよ。ホディ・・・・」

 涙が止まらなくて声が掠れる。

 思うように声が出ない。

「違うよ・・・・魂は・・・・キーは・・・キーは居るの・・・・・」

 彼の想いが、・・・・私をどれだけ想い、そして苦しんできたかが、・・・・その想いが流れ込んでくる!

 その宿命全てを彼は受け止めて・・・・私に託してきた。

 もしキーが本気で私を狙っていたら、私はキーに勝てなかった。

 キーは最初から・・・・・このつもりだったのだ・・・・。

 いつも・・・・キーが悲しげにしていたのは・・・・こう言う事だったのだ・・・・・。

 迷っていたのは・・・・私を生かして置くかどうか、だったんでしょう?

 でも・・・キーは・・・。

「キーは・・・・死んでない・・・・私の中に・・・・居るもん」

 そう言うと、ホディは何度も頷いて、私の頭を撫でてくれた。

 その手が優しくて、私は余計に涙が溢れて号泣し続けた。

 火が鎮火されていく街にホディが私の手を引いて、戻った。



   *



 街は焼け落ちて崩れた部分があるが、元の状態を取り戻しつつあった。

 早い段階で改修作業も行われ、わずか数日で人の街の往来もいつも通りになっていた。

 私はお姉ちゃんのお家で呆けたまま一体、何日経ったのかわからずにいた。

 お姉ちゃんもホディも気を使って、私を慰めてくれた。

「ルー!・・・・アップルパイ焼けたわよ!持ってきたから」

 お姉ちゃんが私の寝ているベットまでお盆を持って来てくれた。

 私の大好きなアップルパイ・・・・。

 お姉ちゃんが千切って口に運んでくれた。

 首を振って食べ物を拒絶すると、ホディに無理やり口の中に押し込まれた事が有り、とても苦しかったので、仕方なく、それからお姉ちゃんが用意してくれる物を少しは食べる事にした。

 お姉ちゃんのお料理は・・・・美味しい。

 アップルパイ・・・・・・凄く美味しい。

 お姉ちゃんが作ってくれたコーンスープも凄く美味しい。

 あの日、私が作った野菜スープは凄く辛かった・・・・。

 でも、キーは・・・・ちゃんと飲んでくれた・・・・な。

 思いだすとぽろぽろ涙が出てきた。

「ルー・・・・」

 お姉ちゃんが指で私の頬を伝う涙を拭った。

「ルー、あのね、・・・・今日、キーの体を、土に返す・・・・そうよ・・・・。火災で死んだ人たちも・・・・」

 お姉ちゃんのその言葉に顔を上げた。

「え・・・・・?」

 じっとお姉ちゃんの顔を見つめると、お姉ちゃんは頷いた。

「街の外れにある墓地に区画を取って、今回亡くなった人を埋めるらしいわ・・・・見送れる?ルー」

 その言葉に、首を振った。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、違うの・・・・キーは、キーは死んでない・・・・私の中に生きてる」

 お姉ちゃんの肩を掴んで泣いて訴えた。

 お姉ちゃんは心配そうに私を見ると一度小さく頷いた。


  *


 葬儀は街の人が全て参列して、行われた。

 放心する私を、ホディとお姉ちゃんが支えてくれた。

「おい、具合悪いのかよ?」

 タィトが私の左横から、私に向かって声を掛けてきた。

 私は彼を振り向き、反対を向いた。

「おい!無視するんじゃないよ!」

 タィトが文句を付けてくる。

「今は・・・・あんたを構ってる・・・気分じゃないの・・・・・」

 世界が虚ろに見える。

 灰色に見える世界に下らない男が遠くで何かを言っている・・・・。

「けっ、つまんねぇの」

「そうね、タィトは・・・・つまらないくだらない男ね・・・・」

 呟くようにそう言うと、タィトは苛立って怒鳴り出した。

「お前!・・・何時そんな糞腹立つ言い方するようになったんだよ!」

 ホディが前に立って止めた。

「ルーは今、正常な精神状態じゃない・・・・察してやってくれ」

 そう言うとタィトは上げた手を止めた。

「それに、もう小さい頃とは違うんだから、簡単に男が女に拳を見せるんじゃない。本気で格闘すればルーは負けないだろうが、そんな状態じゃない事くらいわかるだろう!」

 ホディがタィトに怒鳴り付けた。

「ち、違うよ!・・・・本気で殴ろうと思って拳を握ったわけじゃなくて、いつもの調子に戻ればいいと思って・・・・もう良いよ!」

 そう言うと、タィトは視線を逸らした。

 花が飾られ、犠牲になった人たちの棺が割り当てられた墓の前に埋められていく。

 キーの棺が閉じられる前に、私は花を棺に入れた。

 キーの棺が埋められようとした時、ふと、風が吹いた。

「風・・・・?」

「きゃぁああああああ」

 強風が吹いた。

 強風に混じる雨と氷・・・・。

「い、いきなり嵐?」

 雷が、近くに落ちた。

「こんなにいきなり天候が悪くなる・・・・なんて」

 ざわざわと周囲が騒ぎ始めた。

 人々は混乱し、参列していた人は怯えていた。

 葬儀をしていた者達も混乱して空や辺りをきょろきょろとしていた。

 暗雲が広がり、雨風が吹きつけてくる。

 私は空を見上げた。

 自然の嵐ではなく、魔力の放出を感じた。

 その時、正面の木の陰から女性が現れた。

 長くてウェーブが掛かった水色の髪が風に靡いていた。

 白い肌に細くて切なげな緑色の瞳の少女がゆっくりと此方に寄ってきた。

 キーの棺に触れると、そこで消えた。

 キーの棺と共に。

「何だ?何が起こったんだ?」

「何、今の幽霊?」

「ひ、棺が一つ消えたわ!」

 ホディが鎌を構えた。

「何なんだ、一体・・・・どうしようって言うんだ」

「また・・・・ソグドの者が・・・・?」

「キーの死体を・・・・どうしようって言うのかしら・・・・」

 マニャお姉ちゃんとお姉ちゃんも辺りをきょろきょろとしながら周囲の様子を確認していた。

 声が・・・・聞こえた。

 -ルー。

「え?」

 -危ない!

「きゃぁあ」

 私の隣で灯されていた電球が破壊された。

 マニャお姉ちゃんが悲鳴を上げて頭を守っていた。

 電球の破片が私に向かって飛んできた。

 剣を振り、破片を砕いた。

 続いて起こった強い風に飛ばされていた。

「きゃ・・・・ぁっ」

 これも・・・・魔力だ。

 左手に力を込めて無効化しようとしたが、間に合わなかった。

 あっと言う間に飛ばされて、木にぶつかって止まった。

 強風と言うものではない。

 辺りを見ると葬儀をしていた場所が遠くに見えた。

 木の幹に引っかかり、座る格好で地面に叩き落された。

 起き上がると、風が止んだ事に驚いた。

 お姉ちゃん達は無事だろうか。

 辺りを見回すが、周りに誰も飛ばされてきてはいない。

 少なくとも此処に飛ばされてきたのは私だけと言う事か。

 真っ直ぐ前を見ると長くてウェーブが掛かった水色の髪の女が立っていた。その横に棺が置かれていた。

 その後ろからもう一人女性が現れた。

 もう一人の女性は水色の髪を短く切り、顔は童顔で大きな釣り目の緑色の瞳。

 顔立ちは違うが、身に付けている服は二人とも同じローブのようだった。

挿絵(By みてみん)

「魔法・・・・使い・・・・?」

 私がゆっくり二人の女性の側に寄った。

 女がキーの体を、棺桶から出すと、その唇に口付けた。

 涙を流しながら、ゆっくりと此方に視線を向けて来た。

「あんたなんて・・・・あんたなんて死んでしまえば良いの!私のキーカス様が・・・・負けるなんてそんな事有り得ない!あの人は誰より強くて、塔に登れる唯一の人間だった!私達の希望であり、そして私の誰より大事な人だったのに・・・・」

「アンジェ姉さん・・・・私だって悔しいよ・・・・」

 ショートカットの女性の方がウェーブの髪の女性の肩を優しく叩いた。

「クレシェ・・・・」

 アンジェとクレシェと言う名前と言う事だろうか・・・・。

 この二人が・・・・私を此処に連れて来た・・・・と言う事かな・・・。

「あんたなんて・・・・死んでしまえば良いの!」

 そう言うと強風で再び私を後ろに吹き飛ばした。

 術を使ってくるタイミングがわかりにくくて無効化し難い。

 左手で風を消し、地面に着地した。

 クレシェという短い髪の女性の方が雷を操った。

 周囲に強い落雷が起こる。

 眩しい光の雷柱が6本起こり、私を囲んで落ちた。

 左手で無効化し、剣を振るった。

 しかし、無効化しきれず、左手が麻痺した。

 手を何度も揺するが感覚が鈍い。

 痺れた感覚が伝わってくる。

「許さない!許さないよ!」

 クレシェが地の力を操る。

 私の周囲の地面が起伏して、泥が化物のような形に変化し、襲い掛かってくる。

 化物を切り倒し、感覚が鈍い左手で魔力を無効化していると、アンジェと呼ばれていた女性が氷の槍を自らの周囲に呼びだした。

 氷の槍を召喚した女は、泣きながら叫んでいた。

「お兄さんがあの女を利用して何を狙おうと、私には関係なかった。ただ、私はキーカス様が人間の中で最強であり、私達を塔へ導く者・・・・いいえ、この世界の不穏を取り払い、世界を治める唯一の王になると信じていたの・・・・私はその隣に居られなくても良かった・・・・ただ、あの人の側に控えられたらそれでよかったの!・・・・この世界の全てを正常化させ、この世界を統べ、歪んだ世界から人間を助け出すのはキーカス様以外居るわけなかった!・・・古代の神の力をより強く受け継いだ誰より強いこの人こそが・・・!」

 お兄さん・・・・?

 あの女って誰・・・・?この子は一体何を・・・・?

 この子・・・・キーを・・・・?

 誰を指しているのかよくわからない。

 ただはっきりしているのは、この姉妹はキーを慕っていて、私を恨んでいる、と言う事だ。

「だけど、その望みさえ、あんたは奪ったの!」

「わかってる?あんたは彼がどれだけ苦しんで・・・・あんたなんかを思い続けてきたか・・・・何にもわかんないあんたが・・・・」

 氷の槍は纏めて私に向かって飛んできた。

 素早く高く飛んでかわすと追い掛けて来た。

 地面に降りて剣を振るう。

 しかし、氷の槍は、剣が出した波動を弾いて真っすぐ飛んできた。

 私は素早く逃げた。

 しかし槍は再び襲ってくる。

 氷の槍は女がさらに召喚し続け、数がどんどん増えて襲ってくる。

 逃げても、逃げても追い掛けて来た。

 剣で弾き返しても、再び追いかけてくる。

 氷の槍は周囲に水の力を宿し、複数の槍が一つの大きな塊になって飛んでくる。

 どうすれば、いい?

 かわしていると、周囲の風が変化して強風が襲ってくる。

 クレシェの操る雷の力が天から落ちてくる。

 左手で無効化していると、氷の槍が目の前に迫っていた。

 刺さる!

 私は反射的に両手を前に出し、体を庇った。

 その両手から、劫火が沸き起こり、氷の槍を燃やし尽くした。

「・・・・・・・え・・・・・・」

 その両手を見つめた。

「その魔力・・・・・・・・・」

 アンジェが、呟いた。

「キーカス様・・・・私達にとっては・・・・貴方しかいなかったのに・・・どうして貴方は・・・・この子供に全てを託して・・・・私達を・・・・いいえ、私を置いて・・・・!」

 アンジェを振り返ると、驚いている様子はなかった。

 瞳に宿る憎悪の輝き。

 憎しみ、怒り、嫉妬・・・・そして殺意。

 涙を流してアンジェは天を見上げた。

 クレシェが雷の力を宿して右手を振り上げた。

 両手を広げて、雷の力を無効化した。

 直後に火の力が襲ってくる。

 周囲が劫火で包まれた。

「あんたなんて・・・・あんたなんてキーカス様の能力を使いこなせる訳がない・・・・操りきれないその魔力に飲まれて精神壊して死ぬのが落ちよ!・・・・リラ族で預言された塔を登るという人物があんたなんて・・・・嘘も酷いもんだわ・・・・ただの子供じゃない・・・・信じられない・・・・どうしてキーカス様はこんなのに・・・」

 こんなのに殺されたのかと言いたいのか、こんな私を思い続けていたのかと言いたいのか、その両方なのかわからなかった。

 この姉妹は・・・・。

 キーを特別な者と思っていた・・・と言う事よね。

 左手を大きく振って劫火をかき消した。

「どうしてあんたは・・・・キーカス様の能力を取り込むなんて出来たの・・・・あんたも禁断の力に手を出したの?」

 禁断の力・・・・?

 キーが持っていた6つの痣に関係が有るのだろうか?

 私は反射的に首を振った。

 何の事かわからない。

「あんたから感じるキーカス様の気・・・・間違えようがない。取り込んだと言う事だわ・・・・でも取り込むなんて・・・・」

「アンジェ姉さん・・・・そんな事はどうでも良いよ・・・・キーカス様の体と、そして、キーカス様の気を取り戻して、おまけにこの子供を木端にすれば良いだけなんだから」

 その言葉にアンジェは頷いた。

 子供、子供と言われ慣れたけれど、アンジェの方はお姉ちゃんくらいの年齢としても、クレシェの方は私くらいの年齢じゃないのかしら・・・・。

 そんな事も・・・・どうでも良いけど。

「そうね・・・きっと・・・・間に合うかはわからない・・・・でもやって見る価値はあるかもしれない・・・・私達が命を掛けて天界塔に登る・・・・キーカス様を取り戻すために・・・・!」

「ソグド族の<預言者>として、私が預言してあげる!あんたの死とキーカス様の復活を!」

 <預言者>?

 アンジェという者が、キーを<塔>に登ると預言したソグド族の預言者と言う事?

 預言者の役割、お姉ちゃんは何時も、一族を正しい道に導く為に神から授かる<神託>を人に伝えるのが役割だと言っていた。

 その<預言>をキーは知っていた。

 では、この姉妹はソグド族を正しい方に導く為にキーと今まで接触して来たという事だろうか・・・・。

 だとするならば、たまにキーと話しているのを目撃されていた女性って・・・・。

 考え込んでいると、アンジェの鋭い一撃が飛んできた。

 氷の槍が飛んできた。

 気が付いて、避けたが腕を掠めた。

 二人がかりの容赦ない攻撃だが、隙は有りそうだ。

 アンジェと言う女が操るのが氷と風。クレシェが操るのが地、火、雷と言う事だろうか。

 アンジェが操る氷の槍を避けて、クレシェの術を無効化しながら、狙いを定めるしかない、か。

 逃げるような事を許してくれそうもない。

 この姉妹が私だけ此処に連れ出したのは、キーの力を取り戻す為・・・と言う事かしら。

 <天界塔>を登れば・・・・キーを生き返らせる方法が有ると・・・?

「ソグド族は一体何を考えているの?街の奥の・・・・集落の木の幹に縛られている人間は一体何?貴方達の狙いは・・・・」

 問いを投げるが、返事はなく、クレシェが雷を操る。

 アンジェが再び氷の槍を召喚させた。

「ソグド族の意志?そんなものどうでもいいわ。私達の望みはただ一つだけ。一族も塔も・・・・何も関係がない。あんたが禁断の力に溺れていようがいまいがどうでもいい」

 そう言うとアンジェは氷の槍を操り、私に向けて飛ばしてきた。

「貴方を殺し、キーカス様を取り戻し、彼の魂と共にある事、だけ」

 氷の槍を避けて、剣を振るう。

 波動がアンジェの腕を掠めて傷つけた。

 腹に狙いをつけた筈だったが、腕に当たった。

 体がだるい。

 数日、呆けて過ごしていた為だと思う。

 食料は何とか押し込んでいたが、本調子は出ない。

 でも、私はキーの為にも簡単に死ぬわけにはいかない。

「天界塔に登ってキーの復活を・・・と言ったけれど、天界塔に登ればキーが蘇る方法が有るの?それなら、私も望んでいる。何が待っているのか私はわからないけど、こんな所で争うより、一緒に登れば良いじゃない」

 叫びながら、剣を振り回す。

 狙いを定めて波動を向けた。今度こそアンジェの腹に命中した。

 アンジェが衝撃を食らい、血を吐きながら、睨みつけて来た。

 クレシェが落雷を起こす。周囲が白い光に包まれる。

 私は左手を振り回し、何とか自分の周りだけは無効化した。

「あんたを切り殺さない限り、キーカス様の命は戻って来ない!取り込んだ命を返しなさい!話はそれからよ」

 アンジェが氷の槍と風を操る。

 動けない程の突風が吹き荒れる中、槍が向かって来た。

 手の平を槍に向けて念じる。火が現れて槍を焼き尽くした。

「返しなさいと言われても、私が何かした訳ではない・・・・。返す方法なんて・・・・」

 呟いているとクレシェが周囲に火を放った。

 左手で無効化した。

 直後にくらくらと眩暈がしてきた。

 暫く落ち込んでいた事に加えて、力を使い過ぎている。

 私自身が魔力を使った事もないのに、魔法を使っているせいも有るかもしれない。使い方が今一つわからないので、無駄に消耗しているのかも知れない。

 どう使えば良いかよくわからない・・・・。

 キー・・・・力を貸して。

 左手の平を突風と雷が囲っているアンジェとクレシェの方へ向ける。

 突風が、変化する。

 私に向かって吹きつけて来た風が、アンジェとクレシェを取り囲む。

「きゃぁあっ」

 アンジェとクレシェが突風に耐えきれず、後ろに飛ばされ、倒れて膝をつく。

 素早くクレシェの側に寄ってその喉元に剣を突き立てた。

「私は貴方達を殺す必要はない・・・・ただ聞きたい事が有るのと、貴方達がキーの事で私を狙うなら私は共に塔へ・・・・・」

 背後から気配がした。

 振り返ると、アンジェが自らの手に氷の槍を持ち、私に向かって来た。

 素早く上に飛び、真下へ剣を振り下ろした。波動でアンジェの体を傷つけた。

 アンジェが此方を向いた。

 私は地面に向かって剣を構えて降下した。

 私の剣はアンジェの背中を突き差し、腹を貫通した。

 剣を引き抜いた。途端に血が溢れだした。

 アンジェは血を吐いて、倒れた。

「姉さん!アンジェ姉さん!」

 クレシェがその側に寄ってきた。

 懸命にアンジェの体を揺する。

「起きて!姉さん!」

 夥しい出血をした、既にこと切れたその体を見てクレシェはぺたりと地面に力なく座り込んだ。

 クレシェが肩を落とし、俯いた。

 沈黙が流れた。

 姉への想い・・・・そして目の前で大切なものが倒れる瞬間を見る事がただの他人事とは思えなかった。

 退いてくれればいいと思っていた。剣を突き立てるつもりなどなかった。

 背後からの攻撃に驚いて反射的に体が動いた為、手加減が出来なかった。

 其処に声が聞こえて来た。

「おーい、ルー!居るのか」

 遠くで私の名を叫んでいる一族の者の声が聞こえて来た。

 竜巻のような風に飛ばされた私を探してくれていたのだろう。

 声はだんだん近づいて来る。

「この声・・・・トランさん・・・?」

「トランさん、ですかー」

 近づいて来る声の方角へ叫んだ。

 声に気がついた男が走ってきた。

「おー、ルー。居るのか。無事だったのか、凄い風に飛ばされて・・・・皆心配してたぜ」

 私の側に、寄ってきた。

「あ、はい・・・・戻ります」

「・・・・・逃がす訳ないでしょ・・・・・・」

 その声に、クレシェを振り返る。

 強い魔力を宿して、クレシェは立ち上がっていた。

 私に向かい酷い形相で睨みつけて来た。

 鬼のような形相と言うのはこう言う事かも知れない。

「あんたは・・・・・あんたを殺す為だったら・・・・・」

「感謝しなさい。何度も使えないこの技、使ってあげる!」

 そう言うと素早くクレシェが右手を左から右に振った。

 視界が・・・・見えなくなる!

 何?光?

 辺りが真っ白に。

 -ルー!

 キー・・・・?

 何かが周囲を包んだ。

 一瞬、周りの音が消えたように思った。

 周囲に私を取り囲むキーの気を感じた。

 目を開けると、クレシェが信じられないと言う顔で私を見ていた。

「まさか私の石化を逃れるなんて・・・・」

 隣を見ると、トランさんはまるで石のように、固まっていた。

「トラン・・・・さん・・・?」

 返事はなかった。彼の体は時間が止まったかのように表情さえも固まっていた。

 体に触れると、本当に石のように堅く、皮膚が柔らかさを失って石のような感触がした。

「・・・・結界・・・・ですって?」

 クレシェが呆然とした表情で呟いた。

「その力は魔法を使う者の最高峰の力・・・扱えるのは我々ソグド族でも殆ど居ない・・・・貴方がキーカス様の力を受けたとしても使いこなせるわけがない・・・・」

「まさか・・・・キーカス様・・・・貴方が・・・・貴方の意志が・・・・」

「キーカス様・・・・貴方の意志は・・・その子を守ろうと言うんですか・・・その子の存在が・・・・貴方の復活をも阻む事になると言うのに・・・・幾ら貴方でも・・・・そのままその子の中で力を行使し続ける事など・・・・・」

「・・・・・・・転生を・・・・阻む・・・・?」

 転生とは一体何を指すのか・・・・。そして私の存在がキーの転生を阻むって一体・・・・。

 私の中で力を行使し続ける・・・・?

 其処に、再び声が聞こえて来た。

「おーい!ルー!そして、トランー?」

 人が集まってきた。

 一、二、三、四、五・・・・ホディ・・・・?ホディが見える。

「邪魔が入ったわね・・・・・・いいわ、あんたの力・・・見縊っていたわ。今度こそあんたを許さない・・・・・どんな禁忌でも構わない」

 舌打ちしてそう言うと、クレシェは素早く姿を消した。

 禁忌・・・?

 クレシェは一体何を・・・・。

 6つの黒い丸い痣、それを崇めるソグド族・・・・。吸収するには禁忌の力が必要・・・。

 そしてキーの転生を阻む私・・・・?

「おいー、ルー!無事かぁ」

「ルー!無事だったのか」

 ホディも私を探しに来てくれた様だった。

「おい、トラン!トラン!どうしたんだ」

 集まってきた五人がトランさんの肩を揺すぶる。

「何だこれ!まるで石の様だ」

「おい、揺すったら倒れっちまうぞ」

 ホディを除いて集まってきた四人でその体を支えていた。

「ルー・・・一体何が?」

「・・・・・私もよくわからない・・・・さっき居た女性が・・・右手を左から右に振った時に・・・何かが起こったみたい・・・・」

 完全に石化したトランさんの体を四人で持ち上げていた。

「重たいな」

 そう言うと、一斉にトランさんの体を抱えて街の方に戻って行った。

 私は、キーと、アンジェの体を指差した。

「あ・・・・、二人の・・・体を・・・」

 ホディがぼそぼそ言う私に気がつくと、二人の体に寄っていった。

「・・・・・・さっき・・・キーの棺を抱いて消えたお嬢さん・・・か」

 水色のウェーブした長い髪の先が地面に広がる血液で赤く染まっていく。

 剣を鞘に納め、女性の腹の上に両手を翳す。

 傷が癒えて、出血が止まった。

 直後に体がふらついた。

「ルー・・・・?」

 体中がずっしりと重く感じて、草むらに体を横たえた。

「おい、ルー!」

 ホディが心配して体を揺すぶった。

「大丈夫・・・・つ、かれた・・・みたい・・・・でも・・・血を止めて・・・あげたかった・・・」

「お前・・・こんな事・・・出来るように・・・・なったのか?」

「・・・・・わからない・・・・この子達は・・・私がキーを取り込んだって言った・・・・でも私はどう言う事なのか良くわからない・・・でももしかすると・・・・」

 よろよろと起き上がった。

「おい、大丈夫か?」

 ホディがふらつく体を支えてくれた。

「うん、・・・・試しにやって・・・みる」

「試しに・・・何するんだ?」

「二人の体を・・・・連れて・・・・帰る・・・」

 両手で顔を抑えて、目を瞑り、ノラの街の情景を思い浮かべる。

 葬儀の様子とかその周囲を・・・。

 両手に気を集めて、周囲に向けて一気に放出させた。

 次の瞬間、葬儀をやっていた街の中に戻っていた。

 周囲に人影はなかった。突風でめちゃめちゃに荒れ、儀式に使われていた祭壇も壊されていた。

 悲しく埋められる筈の遺体が放置され、埋められる筈の穴が開いたままになっていた。

 突風で飛ばされた者達を探したり、恐怖で逃げたりで人は此処から居なくなってしまったのだろう。

 私のように吹き飛ばされた者や、犠牲になった者も居たかも知れない。

 嵐の後の荒れ果てた墓の前は不気味だった。

「おい・・・・こんな事まで出来るのか・・・・一体、本当に何が・・・・」

 ホディがそう言った声を聞いたと同時に全身から力が抜けた。

 苦しい・・・。

 操りきれないその魔力に飲まれて精神壊して死ぬのが落ちよ!と叫んだアンジェの言葉を思い出した。

 キー・・・・。

 貴方は私に・・・・何を望んでいたの・・・・?

 貴方は塔で転生する事を望んでいたの?私が素直に貴方に倒されていたら・・・・それは叶った事だったの?

 私を守る為に・・・・結界を張ってくれたのは・・・私の中に宿っているキーの意志なの・・・?

 <天界塔>に登れば・・・貴方は・・・もう一度、私に笑いかけて頭を撫でてくれるの?

 私の存在がキーの転生を阻むってどういう事・・・・。

「おい、ルー?」

 その声と共に私は気を失った。

 始めて扱う魔力の力を使いすぎたせいで、それから半日、目が覚めずに寝込んでしまった。

 苦しいと思いながら目を覚ました時には夜中だった。

 体を半身起すとホディとお姉ちゃんがベットを挟んで左右についていてくれた事に気が付く。

 辺りを見回す。

 壁の模様や置いてある家具から、ホディとお姉ちゃんが暮らすお家だとすぐにわかった。

 ホディがまた運んでくれたのだろう。

 お姉ちゃんを振り向くと、ぽろぽろと涙を流しながら私を見ていた。

 寝ずにずっと付いていてくれたのだと思う。

「お姉ちゃ・・・・」

「ルー!・・・・なんて無茶ばっかりするのっ!」

 お姉ちゃんは泣きながら私を怒った。

「もっと、注意して戦わなければ駄目。もっと自分を大切にして」

「貴方に魔力はなかったから・・・・そんな心配今までしてなかったけど、魔力を無茶に使うと死ぬ事もあるの!・・・・あんな落ち込んだ状態で、慣れてない魔法を使い続けたら凄く危ないのよ!本当に心配したわ!」

 普段見た事がない泣き顔・・・・ぽろぽろと頬を伝う雫で自分がどれだけ危機的状態だったかを悟り、素直に謝罪した。

「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん・・・・・」

 そう言うと、お姉ちゃんは私を抱きしめた。

「でも・・・・良かった・・・・目を覚ましてくれて・・・・」

挿絵(By みてみん)

「お姉ちゃん・・・・」

 そして反対に寄り沿っていてくれたホディに視線を移した。

 ホディは私を見ると安心するように溜息をついて頷いた。

「まだ少し寝てろ」

 そう言って、私の体を横たえて毛布を掛けてくれた。

 ホディを見てソグドの街の事を思い出した。

 ソグドの街でのホディの暴れ方は異常だった事をずっと疑問に思っていた。

「ホディ・・・なんで・・・なんでソグドの街を滅ぼそうとしたの・・・・?ホディらしくないよ・・・・正義感にいつも溢れていたのに・・・・」

 そう聞くとホディは、視線を逸らした。

 天井を見つめ、目を閉じた。

「ホディ・・・・?」

「あそこに居た連中が悪いなんて思ってないさ。だけど理性や状況と感情は別でな。あの時は本当に許せないと思った。姿を消して黒い6つの痣を持って現れてリラ族の街を潰して行ったキー・・・そして、ソグド族はその礼拝を続けていた・・・・・・」

「十五年前の事・・・・十四年前の大きな異変がある一年、いや半年前の事だ・・・・ソグド族がこの街に奇襲をかけてきた事件が起きた」

「奇襲・・・・?」

 私がホディに問い返した。

 お姉ちゃんがホディに視線を移した。

「私も・・・・少しだけ聞いたわ・・・詳しくは知らないけれど・・・・ドルドさんが・・・・ホディのお父さんが・・・死んだ事件ね・・・・お母さんを庇って」

 お姉ちゃんは静かにそう言った。

「その事件は前族長が、一族を心配させまいと、この街の外でソグド族がこの街に辿り着く前にカタをつけたらしく、街でも真実を伝えられているのは現族長と俺と俺の母・・・くらいだな。あとはエジルが少しだけ族長に聞いたくらいか」

 お姉ちゃんが頷いた。

「・・・・・俺の父は前の族長の護衛係だった・・・・。いつも強くて、気高い前族長に仕えている事は誇りでもあった・・・・でもな、塔に登ることになって協力を断ってきたソグド族は・・・・この街まで襲ってきた」

「・・・・数十人の軍勢を作って現れて、街を守る為に、前族長と俺の父親が街の外でソグド族を迎え撃った」

「とても正気と思えない形相だったそうだ・・・・・意志が抜き取られた様な白濁した瞳をして」

「多人数とは言え、直ぐにソグド族を打ち破った。しかし、安堵した一瞬の隙をつき、族長夫人が刺されかけた。族長夫人を庇って俺の父は死んだ・・・・その事は誇りに思うよ・・・・お前達の事を恨むなんてことはない。だけど、ソグド族のその時のやり方は尋常じゃなかった。何か呪いに関係があるとしか思えなかった」

「一人その集団から生きて捕らえた奴が、数時間で正気に戻るとそれまでの記憶が全くないと言うんだ・・・・そのときの軍隊の奴らはキーの腕に有った黒い6つの黒い痣がくっきり頬に入っていて、目が虚ろで、何を聞いても何もしゃべらなかった。それが数時間後に消えて正気に戻ったらしいのだが」

「正気に戻った時、白濁した瞳も元に戻り、黒い6つの黒い痣も頬から消えたんだそうだ」

「父は重傷を負いながら一度は街に帰って来たが、何故か薬も回復術も効かずに、1日後、命を落とした。その帰って来た時に俺が父に聞いた話がこの奇襲の事件だ」

「現在ソグドの街に居る連中がその罪が有る奴とは言わない。その事は俺も十分わかってるつもりだった・・・・だけど、どうしても、彼らを見て、まだ変なもんを信仰してる彼らが許せなかった・・・・黒い6つの痣・・・・俺はずっと、それを生まれて持っていたキーが・・・・不気味で仕方なかった。しかしそのソグドの集団の事件から、俺はキーをしっかり見ることなんて出来なかったよ」

「俺は、キーを弟として仲良くしてくれと母に言われてきた・・・・しかし、俺はどうしてもその腕の痣が・・・怖くて堪らなかったんだよ・・・・キーの父親が誰かも母は語らなかったけど・・・・その事件と無関係だなんて俺は思えなかった。キーに対する疑惑、そして恐怖が何時も俺の心に燻り続けた・・・・何処にどう表して良いのかわからないまま、何時も心から消えなかった」

 其処まで語ると、ホディは窓に向かって歩き出して、外を眺めた。

「それでホディは・・・・キーに・・・・距離を置くように・・・・」

 キーがホディに対して感じていた距離感の要因は・・・・痣による事件によってホディが持ったトラウマが原因だったのね。

 キーは・・・・キーは何も悪くなかったのに、キーは痣を持って生まれた為にいつも一人ぼっちだった。

 何も考えない、怖い者などなかった無邪気な私が、キーにどういうように映ったのだろう。

 私が手を差し伸べた一瞬の・・・・キーの辛そうな顔が頭に焼きついて離れない。

「あの6つの丸い痣みたいのが・・・・何かの呪いに違いない・・・・俺はそう思った・・・・怖かったよ、正直。だが、キーが悪いわけではないと母から聞かされ、俺も葛藤しながら暮らしてきた・・・」

「俺はソグド族なんて滅ぼしたい気持ちでいっぱいさ。でも、今、生きている彼らが悪いわけではない。襲ってきた人間は彼らではない・・・・・わかっていても・・・・やりきれない」

「その十五年前の事件後にソグド族に問い合わせても、彼らは知らないと言うんだ。でも身なりはソグド族の恰好で・・・・化物ではなく人間の姿をしていた・・・・6つの黒い丸が頬に入ってた」

「・・・・・いつ彼らがルーやエジルを襲い掛かってくるのかわからない・・・・その良くわからない危険な呪いみたいなものを今でも続けている・・・・・その姿を見ていたら俺は耐えられなくなった・・・・・あの不気味な木に張り付けられた人間を見ていても悪寒したよ・・・・今でもソグド族は頭がおかしいって思ったな」

 そう言うと、ホディは窓からベットの横にゆっくりと戻ってきた。

 キーが見せてくれた夢の内容を思い出した。

 私は少し躊躇ったが、息を吸って、口を開いた。

「ホディ・・・・その6つの痣・・・・わからないことも多いけど、その黒い痣を最初に崇める事は・・・・キーのお父さんが・・・・始めた・・・んじゃないかな・・・・私も詳しい事は・・・よくわからないけど・・・でもキーの事だけだったら、いまだにその習性が続いている事がわからないの・・・・彼らは一体何を考えて・・・・いやもしかしたら彼らは何も知らなくて背後に居る天使って言うのがもしかして・・・」

「背後に居る天使・・・?」

 ホディは何を言い出したのかという目を私に向けた。

「でもキーのお父さんは・・・キーが五歳くらいの頃・・・・キーの前に現れているのだと思うの。その一年後くらいにそんな事件が起こっているのなら関連が有ると思う・・・・・」

「ルー・・・キーが何か話したのか?奴が持っていた6つの黒い丸い痣について、何か語ったのか・・・?」

 私は首を振った。

「違うの・・・・キーは私の中に居るの・・・・そのキーの魂が私の中に入ってくる前に、キーの心の中の夢が見えた・・・・・その中で私は・・・・無邪気で小さな子供だった・・・」

「そんな事を思い出すと・・・・胸が苦しくなる。でも、私の中で彼は言うの。諦めるなと、神が下した結論を止められるのはお前だけだと・・・・・」

「キーは私の中に居る。私を連れ去った姉妹はキーを<取り込んだ>って言ったの。でも私はその意味がわからないの・・・・でも私はキーの力が使えるの・・・・」

 その時、いきなりお姉ちゃんが椅子から立った。

 私から離れ、急いで部屋の端に向かった。

 そこで咳き込んでいた。

「お、お姉ちゃん・・・・?」

「エジル?」

「貴方は・・・これ以上もう、戦う必要なんてない。もういい、戦えば戦うほど不幸に飲み込まれる。お願い、お姉ちゃんのお願いを聞いて・・・・もう、・・・もう何もしなくて良いの・・・・」

 部屋の隅でお姉ちゃんがゲホゲホと咳き込んでいた。

 ホディが側に寄って、背中を擦った。

 戦えば戦う程・・・・不幸に飲み込まれる?

 お姉ちゃんは・・・一体何が見えているの?

「お姉ちゃん・・・・?」

 私を振り返って、泣きながらお姉ちゃんはそう言った。

「もう・・・・いいのよ・・・・ルーは・・・・私の為に・・・と思っているのかもしれないけど・・・私は・・・・」

 そう言うと、けほけほと咳き込んだ。

「お姉ちゃん・・・・!」

 ホディがお姉ちゃんの体を支えた。

「神厄病・・・・なの・・・・どうせ・・・・私の命は・・・もう、長いものではない・・・・神が定めた寿命はもう後がないって事よ・・・でも良いの・・・私はあの人を愛した罪がある・・お願いルー・・・あなたは・・・・」

 何・・・・・・今、お姉ちゃんは・・・なんて?

 神厄病・・・・・・?いや、きっと聞き間違えだ。

 お姉ちゃんは棚に手を掛けて体を支えていた。

「お姉ちゃん!」

 ベットから出て駆け寄った。

「ルー・・・・だから・・・もう・・・・貴方は・・・寝てていい・・・」

「私はもう元気だよっ!お姉ちゃんが寝るんだよっ!」

 ホディと共にお姉ちゃんをベットに寝かせた。

 何が目の前で起こったのかわからない。

 咳き込んで苦しそうに呼吸しているのは誰?

 ・・・・・お姉ちゃんが・・・・お姉ちゃんが・・・・・一体何が悪いって言うの?

 体が震えた。

 手を握り締めても、ぶるぶると震えがするのを止められなかった。

「ホディ・・・・まさか・・・知ってたの?お姉ちゃんが・・・・<神厄病>だった事・・・」

 ホディは頷いた。

「ルーにだけは・・・・知らせるなって・・・・言っていた・・・・」

 私は手を握り締めた。

 手が震えた。

 こんな現実なんて・・・・ない。

「嘘だ・・・・・嘘だ嘘だ嘘だ!」

 椅子から立ち上がった。

「嘘だよ・・・・これが本当だって言うなら、私はこんな世界を・・・・こんな事する神を許さない!」

 私が物心ついた時にはもう両親は居なくて・・・・。

 お姉ちゃんが私の全てで・・・・。

 そんなお姉ちゃんを・・・・・神は殺すって言うの?

 キーにあんな思いをさせて・・・・神は一体何だって言うの?

 嘘だ嘘だ嘘だ・・・・!

 お姉ちゃんが一体何をした?

 お姉ちゃんが死んで行く事が、神の定めた運命だと言うならその運命そのものを壊してみせる!

 戦えば戦う程不幸になる?

 お姉ちゃんが目の前で死んで行くのを見ているのがよっぽど耐えられない!

「お姉ちゃん・・・・待ってて!私は・・・・そんな運命を・・・神を壊してくる!」

 駆けだした。

「ルー・・・・!」

「待て、ルー・・・」

 家の扉を開けて、街を駆け抜けた。

 もう夜中だろうが、なんだろうがもう、どうでも良い。

 走っても、走っても、溢れ出る涙を止められなかった。

 こんな現実が、現実な訳がない。

 襲ってくる絶望感。

 涙を拭っても、世界が暗くて。

 闇夜だから前が見えないのか。

 元凶が神でも悪魔でも天使でも・・・・何でも。

 お姉ちゃんを奪うなんて許さない!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ