二章 立ちふさがる者
二章 立ちふさがる者
<天界塔>に登るべく集められたメンバーは、族長宅に集まった後、進むルートを再確認して出発する事になった。
街を出て高台から街を見下ろす。
「そう言えば、私、街を出るなんて機会、そうそうなかったな」
ゾォラさんがそう呟いた。
「そうだね、最近は天候も悪いし、街の人だってもう半数くらいが原因不明の病気に掛かっているし・・・・」
「母さんは・・・・病気ひどくなってないと良いけど・・・・・」
ケヴァンさんの母は、流行り出した病魔に蝕まれていた。
発症原因はわからないが、掛かると高熱に苛まれて、下がる事がないという病で、どんな薬や治癒の術も全く効かないと言う。<神が下した病>と言われ、その流行り病は<神厄病>とも言われる。
掛かったものは隔離されて、街の外れの現在空き家の住宅に移されるが、酷い有様で、患者が溢れかえっていた。
何をくだらない言い伝えなんてと思うが、今年に入って何人も命を落としていた。
お姉ちゃんがかからなければいいけど・・・・・マニャ姉ちゃんも・・・・。
私が<神の審判>とやらを越えれば終わると言う病・・・・・。
でもそんな伝説は本当なんだろうか。
「天界塔までは・・・・・この道を真っすぐよね」
大昔から有ると言う道は天界塔まで続いていた。
古くから神を信仰する者はこの道を通って供物を捧げていたらしい。
「そうね、日がくれたら野営しながら数日って所よ・・・・問題はその中よね・・・・一体何が出てくるだろうね」
「その前に、ソグド族がいる街の前も通る事になるよね・・・・・この期に及んで彼らは襲ってこないよね」
「冗談じゃないよな。化物だけでも胃が痛いってのに・・・・伝説じゃ、協力し合って倒してたりしたんだろ。なんでソグド族は俺らの邪魔するのかね。向こうだって<神厄病>患者も山ほど出てるだろうに。化物の被害だって有るとは思うんだがな」
言い合う中で、キーは一人無言を通していた。
気になってキーを見ると、真っすぐ天界塔への道を見詰めていた。
わからない。何を隠しているの・・・・。
腕の模様は何・・・・・?ホディはキーがソグド族だと言っていたけど・・・・。
確かにキーの母はホディの母と姉妹で、姉妹は私の両親とも仲が良かったとホディの母親からホディが聞いたと言う。
もし仮にソグドの血を受け継いでいるとしたら、キーのお父さんがソグド族の血を引いていると言う事になる。
ソグド族には昔から強い魔術を持った者が多く生まれ、リラ族には武術を得意とする者が多く育ったと言われている。
勿論その限りではなく、太古の血筋は繋がっていると言われているので、ソグドに武術の者や、リラ族にも魔術を扱う者はいるらしいが。
お姉ちゃん達みたいに術を使う者もリラ族にもいる。
しかしホディが言うように、とても強い魔術を扱う者を今まで街で見ていない。
キーの力は・・・・確かに強い。
キーは何時も、人と関わらないようにしていた。
小さい頃から、ホディやお姉ちゃん達、私がキーを庇ってきた。
青い瞳を辛そうに伏せて、人と関わる事を避けて・・・・。
何も語ろうとしない。
そんな四つ年上のキーが・・・・心配だった。
私はお姉ちゃんに見守られ、族長夫妻に育てられ、前の族長の遺した子供たちとして街中から慈しまれていた。けれど、キーは・・・・キーは本当に寂しそうに見えた。
いつもたった一人だと言う顔をして・・・・・・。
そう在るべきだと言って。
キーの母は、キーを産んですぐに亡くなったらしい。
本当は聞こうと思っていた。
腕の模様についてと、『未来は二つある』とか言った事を、問い詰めてやろうと思って、昨日は夕飯に呼んだのに、誤魔化されてしまった。
だ、だってキーがあんな事、するんだもん。脳みそぶっ飛んで、私も『泊まっていかない?』なんて訳わからない事言ってしまったじゃないかっ!
思い出して一人で赤面していると「何赤面してるの?あんたも気持ち悪いわね」と、ゾォラさんが此方を睨みつけて言った。
そんな事言わなくて良いじゃないか・・・・本当口が悪いよね、この美人は。
ゾォラさんはとても豊満な肉体で、胸がぺちゃな私には羨ましいと言うか自分が恥ずかしくなるくらいの立派な体だった。おまけにその肉体をかなり自慢げにだいたいいつも誇張するような武装をする為、目のやり場に同じ女性でも困るほどだ。男性から見たらどうなのだろう。
またちらりとキーを見てみたが、全くゾォラさんを視界にさえ入れてなかった。
まぁ、とても美人でスタイルも良いけど、ゾォラさんは・・・・・性格悪いよなぁ。
今だって『あんたも』と言ったけど、恐らくそれを指すのは私とキー・・・・・。
ゾォラさんはキーより一つ年上で姉御肌のしっかり者だけど、全く周囲と溶け込もうとしないキーを目の敵にするように・・・・・いびってきていた。
ケヴァンさんの彼女だと言う噂もあるけれど、詳しくは知らない。
シリアさんとも友達な筈で、ホディが纏めてなければ、きっと私達を構わずに3人だけで向かっただろう。彼らは私達をかなり見下していると言う感じをひしひしと感じる。
彼らは、街を出て化物やソグド族と対峙した事があり、倒しこそしなかったが、引けを取らずに戦った事有るそうだ。その過去から彼らはかなり自信有り気に天界塔に登りきれると思っているようだった。
「ゾォラ、その態度は、いくら年下相手でも失礼だぞ。少なくともルーの力はお前の剣の力より上だぜ?前族長の力を受けたリラ族を率いる次期族長だぜ?」
ホディが、凍りついた空気になった二人の間に割って入った。
私が<預言された者>と言う事は、敢えて口に出さないと言う事なのかな。
まぁ言えば彼女らは自分らが劣って悔しいとか思いつつも早く行けと蹴り出して自分たちだけ帰りかねない。
「次期・・・・族長?へぇ・・・・・今の族長の養子だしね。やっぱり血の繋がりとか生まれ持った境遇の優遇度は凄いわよね」
そう言うと、ふん、とゾォラさんが反対を向いた。
「ゾォラ!そう言うのを止めろって言うんだよ」
「でも、ゾォラ、本当にそんなくだらない事言っててもしょうがないわ。早く<天界塔>に向かいましょう。此処で化物や、ソグドの者に見つかっても面倒だもの。私達の使命はこの神が下したと言うこの世界の現状を止める事よ」
シリアさんがゾォラさんを宥めた。
「<預言者>が<神の審判>に打ち勝つ者を指し示すと言われているが、結局、エジルーナさんの<預言>はどうなったんだホディ?街の人間は誰も聞いてないんだが」
そのケヴァンさんの言葉に思わず固まった。
お姉ちゃんはあの時・・・・・、『<預言>は十四年前のままだったのか?』という族長の言葉に、頷いた。
族長の話を纏めると、私が<天界塔>に登って<神の審判>を越える者、と言うことになる。十四年前と同じで変わらなかった。
お姉ちゃんは、私を<天界塔>に向かわせたくなかったのだと思う。
私を心配していたから。
今日もお姉ちゃんは心配そうに私を見送った。
泣かなくても良いのに・・・・・泣きながら私を・・・・見ていた。
泣かれたら・・・・・私は戻ってくるのに永遠の別れみたいじゃないか!ってお姉ちゃんに言うと、微笑んでいたっけ。
ホディと私を、お姉ちゃんは悲しげに・・・・見送っていた。
思いだすと涙が滲んできた。
私もお姉ちゃんと離れたくない。でも全ての人間が滅ぼされるなんて・・・・お姉ちゃんもいずれ死んでしまうなんて嫌だ。
私もいずれ死ぬのかもしれない。でもそれより、目の前でお姉ちゃんが死んで行くのを見るのがもっと怖い。そんな事を決める神なんてぶちのめしてやりたい。
「エジルは<神託>を貰う前にソグド族に襲われたって言ってたぜ。今は重傷だからな、改めて儀式をやるとかどころじゃないしな」
あの時、キーの話を聞いていたホディはわかったはずだった。お姉ちゃんが<預言>出来たかどうか。
でも、キーは何故、その事を知っていたのだろうか。別に預言者が居て、他から伝え聞いているのかと言う事になるのだけど。
「ふーん」
ホディの言葉に胡散臭そうに、ゾォラさんが相槌を打つ。
「エジルーナさんもなんかリラ族を代表する<預言者>と言われているけど、胡散臭いんだよね。何考えてるのかわからないし。預言者様って言われて、それだけで頼んでも居ない事金品徴収されて占われるんじゃ、詐欺師みたいもんよね。挙句に何もわかんなかったんでしょ」
その言葉にさすがにイラっと来た。
言い返そうとした時、ホディの言葉が遮った。
「ゾォラ、それはエジルを侮辱して、俺とルーを怒らせる言葉でしかないって事、わかってて言ってるのか?」
ホディがそう言うと、さすがにゾォラさんも黙った。
「よしなよ、ゾォラ。取りあえず、先に行こ」
ケヴァンさんとシリアさんがゾォラさんを挟んで手を引いて先に走って行った。
「やれやれ、何だか黙ってれば良いのに、煩いお嬢さん達だな」
ホディが溜息をついてその後に歩いて行った。
私もその後に付いて行った。
振り返ると私の後ろでキーは、一人別世界に居るような、俺には関係がないと言う顔で塔を眺めていた。
遠くに聳え立つ天界塔。
天界にさえ届くと言われる程高い建物なのでそう呼ばれると言う。
まだ塔の真下までは長い距離が有ると言うのに、その塔が有るのははっきりと目で確認する事が出来る。
どれだけ大きなモノなのか・・・・その中には何が有ると言うのだろう。
先を歩いて行くと何やら建物が見えてきた。
古びた廃墟の様で、今にも崩れそうな建物だが、元は綺麗に装飾されていた様な跡が残る。
地震でも起きた時にひびが入って崩れたのだろうか。細かな部分が崩れて柱は数か所折れているのが見える。門には天使と孔雀と剣が描かれて、大きな翼を背負った像が立っていた。
先にいるホディを追い掛けて、左前方に見えた建物を指差した。
「ん?これ何かってかい?これはミカエルを模った像だな・・・・つまり、奥にあるおんぼろなこの建物は太古の人間が天使を崇めて作った聖堂だ。もうぼろっちいなぁ。今は誰も祈りを捧げて居ないどころか、管理もしてないんだな・・・・・まぁ今はそれどころじゃないけども、この神が下したって言う異変前からもこの聖堂は、管理なんかされてなかったんだろうな。俺も来た事なかったしな・・・・・」
中は暗くなっていて遠い先までは見通せなかった。
「ミカエルって・・・何?ホディ」
「ああ、この世界の神に仕える大天使の一人って言われている・・・・会った訳じゃないけどもな。この惨状は確かに罰あたりだよな」
そう言うとホディは門の中に入り、雑草生え放題、荒れ放題の中にある建物の中を覗いた。
「え?ホディ?」
釣られて覗き込むと意外と中はしっかりと出来ているのがわかった。
しかし、中も虫やらひびやらで荒れ放題だった。ちゃんと整備していれば今も立派に立っていただろう。
「まぁ・・・・・・・でも意外としっかり出来てるけどこの有様じゃ、もし神様が本当に居るなら怒るってのもわかる気がするかね・・・・・」
そう言うと、建物を出た。
「この先の道は十字路になっていて・・・・まぁ十字って言える程綺麗に整ってはいないが道が分かれていてな。左に行くとソグド族が暮らす街、右に行くとリラ族が暮らす街が有る。その頃には日が暮れるから、今日はそのリラ族の街の宿を取るつもりだ」
今日の夜は野宿ではなくて、街で眠れるのかと思うと少しほっとした。
「ふーん・・・・そうなんだ。で、ホディ、何でそんな事知ってるの?」
地理について、それだけ街を出て、遠方まで出向いた事などなかったのではないだろうか。特に異常な状態になってからは、街から出歩くことは極力避けてきた筈だ。
「そりゃ、決まってるだろう。俺様だからな」
得意げに胸を張ってホディが言う。
横目に見ると、ホディは咳払いをして続けた。
「十四年前、天界塔に調査隊が行って帰ってきたときに描いたと言う地図を失敬して来たんだよ。お前は当時三歳だったかも知れないが、俺はもう十七になってたからな。はっきり覚えてるんだぜ」
その言葉にぴくっと反応した。
私の記憶にない、私の両親の事を・・・・ホディは覚えているのだろうか。
ホディは歩きながら族長さんの家から拝借して来たという地図を広げた。
ホディの言っていた通り、ちょっとぐにゃぐにゃになっていてわかりやすいとは言えないが3方向へ向かえる道が見えた。
そこを右側に向かって歩き出した。
前に歩いている筈の3人の姿はもう見えなくなっていた。道はわかっているのだろうか。
「・・・・・お父さんとお母さんの事も・・・・覚えてる・・・・?」
少しためらいながら弱弱しい声で尋ねた。
ホディは私を振り返り、少し間を置いて話し始めた。
「そうだな・・・・・立派な人たちだったよ。異常な事もなかった頃だったから、リラ族を束ねて、あちこちの集落や街を尋ねていた。ソグド族とも親交を密接にしようと、努力された方々だった。結果として、ソグドの方が親交を断絶してきて今はさらに関係は悪化してしまった訳だが。全ての人に歩み寄ろうと努力されて・・・・・・笑顔で俺にも色々励ましてくれたり・・・・・・まさに一族を束ねる方だと思った。今の族長はそんな器じゃないと思う。あ、いやこう言ったら失礼だけど。今の族長も努力されて立派だけど、なんて言うか、前の族長夫妻は神々しいっていうか、そんな素晴らしさが有った人たちだったんだ・・・・・十五年前の事・・・・俺は誇りに思ってる」
そう言われて、私は、思い出す事も出来ない両親が、素晴らしい人と言われて良かったと思う反面、全く記憶さえない事に少し落ち込む。
俯いて「ふーん」とだけ返すと、ホディが此方を向いた。
「ホディ・・・・いや、そう聞いても、私は全く思い出せない・・・・・その事が寂しいのか切ないのかよくわからない。でも、もう会う事さえ出来ない事・・・・・行方不明と言っても、もう絶対生きてない訳で・・・・その事を思うと、なんか少し、どうしようもない気持ち・・・・・こんな気持ちになるのに・・・・やっぱりどっかで両親について聞きたくなったりもして・・・・」
そう言うと、ホディが頷いて頭を撫でた。
「大丈夫。お前にはエジルと俺がいる。俺らはお前の兄妹でもあり、親でもあるような気持ちだし、勿論族長だって親のように心配してたぜ、お前の事」
「うん」
ホディの言葉に、笑って頷いた。
「でも、お姉ちゃんと婚約はしたけど、まだ結婚してないし、お兄ちゃんなんかじゃないんだよ?」
そう言って舌を出した。
「それとホディ、さっき言った十五年前の事って・・・・・」
その時だった。
「きゃぁあああ」
叫び声がした。
この声は・・・・シリアさんか?
私とホディは顔を合わせて頷いて先へ走った。
シリアさんが化物に捕らえられて握りつぶそうとしていた。
ケヴァンさんとゾォラさんが応戦していた。
ゾォラさんが剣を構えて、化物を切りつけているが、化物はなお一層暴れている。
ケヴァンさんが、槍に炎の龍を宿らせ、化物を突いていた。
「この前会ったやつより、でかい巨体だな。しかし、もし、これが神の仕業だとするなら、神はひでぇもんだよな・・・・」
ホディが斧を構えて呟く。
私も腰から剣を引き抜いた。
「やだぁ!もう私、帰る!・・・・・・・無理、無理よ」
我を失って、シリアさんが化物に握られて泣きながら絶叫している。
ごりごりという音がした。
骨が砕けているのかも知れない。
化物がもう一つの腕を伸ばして、ケヴァンさんとゾォラさんに掴みかかった。
彼らは素早く避けた。
ホディは斧を振り回して投げつけた。
化物はいくらか効いているようだが、このままでは、シリアさんが潰されてしまうのが先になってしまいそうだ。
「やだ・・・・もう・・・・・・・!助けっ・・・・」
絶叫していたシリアさんは意識を失った。
「ゾォラさん、ケヴァンさん、そこ避けて!」
私はそう叫んで、剣に力を込めて振り下ろした。
距離は有ったが、何とか剣の波動は化物に届いたようだった。
化物は大きな声を上げたが、まだ倒れはしなかった。
剣に力を込めて、大きく飛んで剣を化物の腹に突き立てた。
化物の大きな断末魔の叫びが聞こえた。
化物は崩れるように苦しんで膝をつき、その手からシリアさんを離した。
私が着地すると同時に化物も酷い騒音と砂煙を出して倒れた。
シリアさんは地面に投げ落とされて出血していた。
その側に駆け寄った。
「うっ・・・・これは・・・酷いな」
腕のあちこちが損傷していて出血していた。
ケヴァンさんが荷物を取り出して、口を開いて緑の液体を飲ませた。
恐らく、回復を早めると言う薬草を煎じた飲み物だろうと思われる。
私にも緑色の液体をお姉ちゃんが持たせてくれた。
「ホディアンさん、もうリラ族の街はこのすぐ先ですよね・・・・一旦そっちまで運んでから、彼女を休ませましょう」
そうケヴァンさんが言うと、ホディは頷いた。
後ろを振り返ると、キーは黙って今の事態を見ていたようだった。
何の関心もないかのように少し離れた場所で腕を組んでいた。
キーの力が有れば・・・・これくらいの骨折なら多分・・・・・でも・・・・。
良い感情などない相手に、一番術力を消耗すると言う癒しを使って・・・・・くれるだろうか?
魔術の力を最も使うと言う高等魔術で、気を整えて落ちついた時でないと使えないとも聞く。
「キー・・・・?」
呟いている間に、ケヴァンさんがシリアさんを抱きかかえてゾォラさんと共に先にある街へと歩いて行った。
キーの元に駆け寄った。
「あ、キー・・・・シリアさんの腕・・・は・・・・」
声を掛けると、感情がない様な酷く冷たい目を向けた。
どきりとした。
そう、まるで、蛇に睨まれた蛙のように。
本当は、治して、とか治すのよ、とか言うつもりだった。でも。
声が出なくなった。
「キー・・・・?」
震えた。
そりゃ、散々な事を言ってきていた相手を助けたいなんて思わないかも知れない。
でも・・・・そんな憎悪のような目を向けなくても。
「おい、二人とも、早くこい、街はこっちだ!急ごうぜ」
ホディが手を振って招いた。
私は、ホディ達を追い掛けて走った。
*
街が見えてきた。
「おー、結構大きな街なんだな」
ホディが街を眼下に見下ろして頷く。
「取りあえず、宿を取って、シリアを休ませないと」
街の宿泊場所に行き、目を覚まさないシリアさんをホディとケヴァンさんで丁寧に寝かせた。
止血の包帯や骨折の手当をしたが、薬を飲ませたおかげか出血も止まっているようだった。
ケヴァンさんと、ゾォラさんがシリアさんの横で心配そうに見つめていた。
「そう言えば・・・・さっきから、キーの姿が・・・・ないな」
ホディの言葉に、私は宿を飛び出して辺りを探して回った。
しかし、街の何処に行っても、キーの姿はなかった。
酒場、武器屋、広場・・・・。
「私が置いてきて・・・・迷子になっちゃったのかな・・・」
街の入り口に走り、辺りを見回したが人影はなかった。
見失うほど早く歩いて来た訳ではない筈だった。
でも、怖くて後ろを振り返られなかった。
まだ、さっきの場所に居るんだろうか。
「おーい、ルー」
ホディが宿屋の方角から叫んでいた。
「こんな時間に街から出るなよ。もう日も暮れる。若い女の子がこんな時間にうろつくな。宿の中に戻れよ」
そう叫びながら此方に向かって走ってきた。
「お前の場合、化物は大丈夫かもしれないけど、むしろ人間のが怖いかも知れないだろ。数人の男とかに襲われる可能性だってある。両腕抑えられたら剣も使えないし、こんな時間に宿から出るな」
そう言って、私の腕を掴んだ。
「ホディ、でもキーが居ないよ・・・・さっき、化物が出た時・・・・キーの態度・・・なんか変だった。まだあそこに居るのかな・・・・私、迎えに行きたい・・・・・心配だよ」
そう言うとホディはやや困った顔をした。
「しかし・・・・あそこまで戻るとなると、結構遠い。行って戻ってきたら完全に夜中になってしまう」
「ホディ!」
「わかった、わかった。黙って一人で行かれたらもっと困るから、今から一緒に行こう」
諦めたような表情でホディは何度も頷いた。
ホディのその言葉に、大きく笑って頷いた。
さっきの場所まで走って行くと、もう日が落ちて辺りは暗闇だった。
しかし、キーの姿は何処にも見当たらなかった。
「キー!」
ホディと二人で叫びながら探しまわったが、何処にも、居なかった。
しょんぼりとすると、ホディは私の肩を叩いて、笑った。
「ルー、心配するな。あいつも大人の男なんだし、迷子になって泣き叫んでる事はないだろうし、道は此処から一本道だった。少し遅れたとしても、もう街に着いてるのかも知れない。途中で入れ違った可能性もある。もう戻ろう」
ホディの言葉に頷いて、宿に走って戻った。
しかし、キーの姿はなく、ゾォラさんとケヴァンさんが心配そうにシリアさんを看ていた。
「私がっ・・・・私があんな自信過剰で前に進んで歩いていたから・・・・・シリアは私を庇ってこんな目に・・・」
シリアさんの前で、ゾォラさんは泣いていた。
「私が・・・・私が化物に捕まりかけた時・・・・私を庇って前に立って・・・・シリアがっ・・・・・」
そう言うとシリアさんの前で号泣し始めた。
そうか、別に悪い人なわけではなかったんだ。
もっと嫌な人だと思っていたけど、友達を気遣うとかはあるんだよね。
「ゾォラ・・・・大丈夫。傷は治って来てるから、目を覚ますよ」
そう言って、ケヴァンさんはシリアさんを抱きしめた。
それを見ていると、少しだけ照れてしまい、視線を逸らした。
「キーカスは見つからなかったのかい?」
ケヴァンさんがホディに問い掛けると、ホディは首を振った。
「それが・・・・此処まで来る道を探したんだが、・・・・居なかった」
「逃げだしたんじゃないの?弱虫が・・・・本当、気持ち悪いわよね。小さい頃から下ばっかり向いて、何考えてるかわからない男」
ゾォラさん・・・・さっきまでの涙は何処に?
何でそんなにキーに対して、嫌な言葉ばかり並べるの?だからキーだって嫌になったんじゃないの?
確かにキーは周りと人付き合いをしようとして居なかった。
出来るだけ、人に干渉しないようにしていたと思う。
そのせいでキーは、誤解を生みやすく、何か問題が有るとこうやって口々に悪口を言われていた。
4つ年上だったけれど、周りから誤解されてきたキーを、私は小さい頃から庇ってきた。
青い瞳に悲しげな表情をした彼を放って置けなくて・・・・。
弟として可愛がっていたホディや、お姉ちゃん、マニャ姉ちゃんも同じように。
でもキーは何時も寂しそうだった。
私はいつも彼を誘って遊びに行った。
街の外れの川や、街から出た丘の先の花園。
いつも寂しげで、諦めたような表情をしていて・・・・・。
私はいつも、心配だった。
そんなキーを見詰めていると、離れられない気がして。
それを伝えると、キーは私に微笑んでくれた。
離れたくなくなって、この想いが好きって事なのかなって、初めて思った。
だけどキーは・・・・誰より強い力を秘めていた。本気で見たのは・・・バラムという人を攻撃した一昨日が初めてだったけど。
どうして、私と一緒に居てくれないの?私を殺させないって言ってくれたのに!
何処に行ったの?
やや苛立って、ふいと窓の外を見た。
もう、リラ族を出てくつもりなのだろうか?
ホディがキーはソグドの血を引いていると言うし、タィトが痣を見て魔力を宿すとか、元凶だなんて言うし。
何処に行ったのだろう。
キーが居ないなんて不安だよ。
彼を心配して来たけど、彼が居なくなるなんて、考えてなかった。
何処に行ったかわからないけど、早く戻ってきて欲しい・・・・・・・私の側に。
私を死なせたりしないって・・・・・共に闘うって・・・・私を守るって言ってくれた・・・・。
気になるのは、あの腕の痣。
黒い丸い模様・・・・。
キー・・・・。
窓をじっと見ていると、遠くで何か・・・・見えた。
遠くで音がする。
爆発音が。
遠くの建物が・・・・・爆発している?
火の玉が見える。
街を破壊している?
火の玉はどんどん街に広がり、此方にも迫ってくる。
街中に炎が上がっている。
次々に建物に燃え移り、炎がどんどん広がって行く!
「なんか、音が聞こえないか?」
ケヴァンさんが爆発音に気が付く。
「伏せて!」
私は窓から離れて伏せた。
みんな頭を隠して伏せた。
ガチャンという大きな音がした。
目を開けてみると、窓が割れてガラスの破片が散らばっていた。
怪我はなかった。
しかし、建物がぐらりと揺れた。
崩れるかもしれない。
炎がすぐ側まで迫って来ている。
「避難しよう!」
ケヴァンさんがシリアさんを抱えて、全員で宿を飛び出した。
飛び出すと同時に宿は爆発した。
「何?一体?」
周りを見ると、殆どの建物は黒こげとなり、焼き尽くされていた。
「火事だ、うわあああああ」
人々が逃げまどう姿が先にあった。
「危ない!」
前方に向かって叫ぶ。
人々が、炎に包まれて焼け焦げていく。
「とにかくわからないが、街から出よう」
街の入り口まで避難すると、逃げた数名が震えながら呆然と燃えている街を見詰めていた。
街は壊滅して、焼き尽くされていた。
炎はまるで人を察知するかのように、逃げる人を追い掛けて飲み込んだようにも見えた。
炎が意志を持ったかのように建物や人々を食べる龍にも見えた。
水を掛けて消化しようとしていた人々も呆気なく無残に焼き尽くしていった。
「エジルかマニャの水の術みたいなのが有ればな・・・・・」
ホディがぼんやり呟いた。
そう・・・・・これは・・・・術だ。
大きな魔力を感じる。恐らくどれだけ大量な水を撒いても消化など出来ないだろう。
この術力に勝つ力がなければ、消す事が出来ない。
私の術を無効化する力で、燃える炎を消して行けるだろうか?いや、これだけの広さと術力だと消して行く前に私が力を使い切ってしまう。
この術を使っている者を何とかしなければどうしようもない。
朝日が登ってきた。
街が焼き焦げて、建物は黒い焼け焦げた残骸だけになって行く。
火は辺りを焼き尽くすと煙に変わって鎮火していった。
朝日が眩しい。
ぼんやりと朝日を眺めていた。
残った数名のうち一人が「あんた達、見慣れない顔だけど、放火したのか!」と叫んできた。
ホディに掴みかかり、男が何かに取りつかれたような形相でホディを揺すぶっていた。
「おい、お前ら、お前ら放火したんだろう?俺の家族を!家を返せ」
そう言って泣き叫ぶ男に、掛ける言葉が見つからず、言葉を出せなかった。
呆然と立ち尽くしていた時、後ろから靴音がした。
後ろを振り返ると、キーが立っていた。
「キー!一体何処に行ってた・・・・・・・」
駆け寄ろうとした時、その姿の異変に気が付いた。
服が焼け焦げ、何の意志もない様な暗い瞳。
腕の擦り傷は完治させたようだが、そこに刻まれる黒い丸い複数の痣が色濃く浮かび上がっていた。
それを今までずっと隠していたのに、焦げて裂けた服からはっきり見えているのを隠すことなく立っていた。
「キー・・・・・?」
不安げにもう一度呟くと、キーは、笑った。
「へぇ、生き残った奴らがこんな所に居たんだな」
その言葉に、街の人の一人が食いかかった。
「な、なんだって・・・・・まさかあんたが放火したんじゃないだろうな!」
街の男がキーに向かってナイフを出して襲いかかった。
「ちょ!やめっ」
なんでこんなにこの街の人、早とちりなのよ!
ナイフ出すとか、放火犯と決まってもいない人にやりすぎ!
とは言え、いきなりのこんな状況では冷静では居られないのかも知れない。私達も一体どうすればいいのかわからない状態なのだから。
街の男がナイフをキーの胸に突き刺そうとした時、その人の体から炎が上がった。
まるでその人そのものが炎であったかのように一瞬で燃えて消えた。
そして炎が避難していた街の人々の体から次々と上がった。
「ま、まさか・・・・・」
震えながら、ゾォラさんが呟いた。
人は次々と炎に燃え尽くされて消えて行った。
ゾォラさんが息を飲んでキーを怯えながら化物を見るような目で見つめていた。
「昨日までの威勢はどうした?何、震えてるんだよ」
そう言ってキーはゾォラさんに向かって微笑んだ。
底知れない程、冷たい頬笑みだった。
そして、ゾォラさんの胸から炎が上がった。
「きゃぁ!熱い!・・・・あんたが・・・・あんたがやってるの?キーカス!」
熱に耐えながら、ゾォラさんは剣を構えた。
「あ、あんたなんか!死んでしまえば良いんだわ!こんな事して、許されると思うの?」
そう言って剣を持って、キーに襲いかかった。
キーが手を前に出した。
キーの前の地面が意志を持ったかのように揺れて起き上がった。
地面が割れてその泥と破片がゾォラさんに襲い掛かった。
炎はゾォラさんを焼き殺さずに、熱で苦しみだけを与えているように見えた。
その光景に、私は一歩も動けなかった。
術の強さではなく、キーの感情が・・・・・怖い。
楽しんでる・・・・の?
ゾォラさんの命を取らずにいたぶっているように見えた。
楽しげにキーは笑った。
あんなの・・・・・キーなわけ・・・・ない。
そっくりな別人だ。
私は側に居るホディに寄りかかった。
震えと寒気が止まらなかった。
その時、私の横からキーに向かって走りだした影。
槍を持って、ケヴァンさんがキーに襲いかかり、槍をキーに向かって投げた。
ゾォラさんの方に集中していた、キーの腕に刺さった。
ケヴァンさんが扱う槍には炎の龍を宿す様な術力がある。キーの左腕を槍は焼いた。
キーは此方を振り向くとその槍を何事もなかったかのように自分の左腕から引き抜いた。
腕は焼き焦げて、そこからは夥しい出血が見える。
「昨日、お前たちに戦わせて俺が傍観していたのは、お前たちの能力を計る為さ。たかだかあの程度かと思ったよ。お前らが天界塔に向かうだって?笑わせるね」
けらけらとキーは笑った。
「天界塔に登るのは俺だよ」
そう公言すると、周り中に強い炎を出現させた。
「あっ・・・・つぅ!」
炎の出現と共に火傷しそうな、一瞬で燃え上がりそうな高熱が襲ってきた。
熱い、と言うより、痛い!皮膚が・・・・焼ける!
周り中に沸くように広がる炎。
私は左手で懸命に自分に襲い掛かる炎を無効化した。
しかし、次々と周囲に沸き上がる炎が繰り返し襲ってくる。
周囲に左手を振り回し、近くの炎を消した。
それから手を大きく広げて横に炎を切るように左手を右から左へ振った。
炎は消えた。
側に居たホディも無事だった。
其処にはもうキーの姿はなかった。
炎で焼き尽くされた街の人とケヴァンさん、ゾォラさん、シリアさんの、物言わぬ焦げた身体だけがそこに残っていた。
信じられない思いで、私はその場にへたり込んだ。
ゆっくりと後ろを振り返ると、ホディもまた呆然と立ち尽くしていた。
ホディの口からようやく言葉が出てきた。
「信じらんねぇ・・・・・これを・・・・あいつが・・・・・やったのか」
ぼんやりとホディを見上げた。
ホディが私を見ると手を差し出して私を起した。
私は、ホディの胸に頭をつけて凭れかかった。




