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一章 下された預言

  一章 下された預言


 朝日が部屋に差し込む。

 目を瞑っている筈なのに眩しい光が入って来て、目を開けた。

「お姉ちゃん・・・・カーテン・・・・閉めてぇ・・・・・」

 眠たい目を擦り、ベットの上でゴロゴロとした。

「お姉ちゃん・・・・・」

 言いながらゆっくりと目を開けた。

「そか・・・・今日は・・・・なんか早く呼ばれたんだ・・・っけ」

 昨日、お姉ちゃんが来た時に、明日は一族の<預言>だかの儀式の日だから来れないとか言っていたような。

「預言とか伝説とか今どき流行んないよ・・・・誰も信じやしないのに・・・・・・」

 外は既に明るかった。

 もう昼近いかもしれない。

 夜に閉め忘れたカーテンからベットに向かって突き刺すように明かりが入ってくる。

 ベットから降り、起きたばかりで寝癖が付いたぼさぼさな髪型を手櫛で解かした。

 肩まで届くくらいの髪の毛は寝癖で盛り上がっていた。

 窓を開けて、顔を洗った。

 外の空気が入ってくる。気持ちいい。

 今年に入って、こんな天気が良かったのは始めてじゃないかな。

 この所ずっと天候が悪かった。

 今年に入ってずっと雷雨、夏だというのに雹が降ったり、地震が続いたりととんでもない天気ばかりだった。 そのせいか、町でも風邪やよくわからない病気に悩まされている人も多く、何が起こっているのだろうと思っていた。

 大きな鐘の音がカンカンと響いてきた。

 警告やお祭りの時によく鳴らす。

 儀式ではこの音は鳴らさなかった気がする。

「・・・・・・・?何だろ」

挿絵(By みてみん)

 遠くでざわざわと人の騒ぎ声が聞こえてくる。

 突如遠くから悲鳴が耳に届いた。

 この声は・・・・。

「お姉ちゃん?」

 遠い、かすかな声。

 聞こえるわけがない。

 でも聞こえた。

 頭が、心が聞こえた。

 お姉ちゃんが苦しんでいる!

 急いで身支度を整え愛用の剣を腰に納めて、家を飛び出し、人が集まっている方角へ向かった。

 人は民家が立ち並ぶ、小路に沢山集まっていた。

 人々の視線の先には、複数の光が見えて、何やら爆発音が聞こえてくる。

「何?・・・・一体何?お姉ちゃんは・・・・?」

 あっちは・・儀式で使われる<聖なる池>がある方だ。

「あ!何があったのっ」

 人々の群れに押し入り、叫んだ。

 一人、おばさんが振り返ってくれた。

「ああ、ルーじゃないか!大変だよ!<聖なる池>で祈りの儀式の途中のエジルを、強そうなソグド族がいきなり襲ってきて、連れてった挙句、池をめちゃめちゃに壊してるって・・・・・エジルを護衛してた数人の男が逃げ帰って来て、そう言ってたんだ」

「・・・・・・な・・・・に・・・・それ」

「とにかくあんたは、族長さんの指示を仰ぎにいきな。今、ホディ達が池の方に行ってるみたいなんだが・・・」

 そんな族長の話なんか聞いていられるわけがない。

「街の戒律とか、老人の指示なんて事どうでもいい・・・・・・・お姉ちゃんが心配なだけなの」

 そう言うと、爆発音がする方角へ走り出した。

 止めるような人々の声が遠くでしたと思った。

 小さな森を走り抜けて、池の前に着いた。

 池は無残に荒れて、水は干上がっていた。

「お姉ちゃん・・・・お姉ちゃんは何処・・・」

 息を切らしてきょろきょろとあたりを見回す。

 ホディとマニャ姉ちゃんが戦っているのが少し先で見えた。

「ホディ!マニャ姉ちゃん!・・・・・・・・お姉ちゃんは・・・・お姉ちゃんは何処っ」

 2人が戦うソグドの青年が目に入った。

 とても綺麗な顔の男。鼻も高くて輪郭もシャープで、体つきも良くて・・・・イケメンだった。

 肉付きだけはいい筋肉男のホディとは違い、目を引く美しさだった。

 私は二人に駆け寄って、二人の前に立った。

「・・・・・子供が一匹増えた・・・・・・3人纏めて無と還してあげよう」

 そう言うと男の手には大きな光が宿った。

 その光が此方に向かって飛んできた。

 子供と馬鹿にして・・・・!身長はあまり伸びなくて、目が大きくて丸顔で童顔と言われるけど、私はこれでも十七だ!

「けっ!こんなものぉっ!」

 左手を光りに向かって構えて、力を込めた。

 力を込めた指先に触れる直前、その強い光は輝きを徐々に失い、力を失っていった。

「ほう・・・・・その子供・・・・・魔力を打ち消す力を持つのか・・・・・素晴らしい力だ」

 美しい男は楽しそうに笑った。

 子供、子供って、もう子供じゃないんだ!

「腹立つ男っ!私はもう十七だ!で・・・・そんな事どうでもいい!お姉ちゃん・・・・お姉ちゃんは何処っ」

 男に向かって剣を構えて叫んだ。

「お姉ちゃん・・・・・・?ではこの女の・・・・妹・・・・?」

 美しい男は手を翳した。

 男の手に現れた水晶の中で苦しそうに体を横たえているのは・・・・。

「お姉ちゃん!」

「エジル!」

「・・・・・そうか・・・・この女の妹と言う事は・・・・<預言>された娘・・・・か。ふん、まだ子供の様だがな」

「<預言>・・・・?何の事だ・・・・?」

 聞き返すと楽しそうに男は再び笑った。

「だが、その<預言>は此処で終わらせてやろう!」

 そう言うと、男は火を放った。そこに男は風の力を加え、強い劫火の力が広がった。

 マニャがその火を水の力で消していく。

 ホディが男に向かって鎌を投げる。

 男は鎌をかわすと、此方に向かい、火の力をぶつけてきた。

 左手で火の力を無効化し、剣を抜いて、男に向かって振り回した。

 剣を使う特殊な能力で、剣は波動を作り、離れた位置に居る男にも波動が届いた。

 波動は男の肩をざっくりと裂いた。

「ほう・・・・・・やはり<預言された者>は中々の力の様だ」

 そう言うと男は水晶を地面に投げた。

 水晶は落ちた衝撃で割れ、中から、傷ついたお姉ちゃんが出てきた。

「お姉ちゃん!」

「エジル!」

 駆け寄る。

 そして男を再び見ると男の姿は消えていた。

 一瞬の隙に<転移>で逃げたと言う事か。

「ちっ!逃げ足が速い男だな!」

「エジル!しっかりしなさい」

「お姉ちゃん!」

 揺すぶるが、意識が戻らない。

 ホディがお姉ちゃんを抱えた。

「とりあえず、町の方に戻ろう。エジルの治療も必要だ・・・・この辺は荒れっちまったな」

 辺りはソグド、リラ族の遺体達と、その血痕や干上がった池の場所に大量の土砂が流れ込み、草木も戦いで損傷しているようだった。

 逃げた男以外は撤退したか、ホディ達が倒したかで周りには気配もなくなっていた。

 街の方に走って帰還した。


     *


 お姉ちゃんの怪我は幸いにも致命傷ではなかった。

 族長の家で、数人に手当や<治癒>の力を受けて、お姉ちゃんは目を開けた。

「ルー、少し話したい事がある。こちらに着てくれないか」

 族長ティエダが声を掛けてきた。

 振り返り、その部屋を出て案内されるままに、書物が多く棚に納められていた族長の部屋にまで付いて行った。

 族長がその部屋のソファーに腰掛けると向かいのソファーに招いた。

 ソファーに腰掛けると、族長は目を瞑って話し始めた。

「そうだね・・・・・。もう十四年になるかな。君たち二人の両親から・・・・族長の地位と、君たちを守る義務を渡されたのは・・・・・・」

 少し間を置き、視線を上に向け続けた。

「君たちの両親はこの一族を牽引する最強であり、責任感もある人たちで、私は若い頃から彼らを尊敬していた。彼らが、十四年前に起こった悲劇の犠牲になる前は・・・・・・」

「十四年前の悲劇・・・・・?」

 そう言うと、族長は頷いた。

「そうだな、あの頃はまだルーは3つ・・・・何も覚えていないかもしれない。空は荒れ、今のような流行り病が流行し出す兆しが見え始めた。千年に一度の<神の審判>が近づいている事を誰もが悟った・・・・」

「千年に一度の<神の審判>・・・・・?」

 ルーが尋ねると族長はゆっくり頷いた。

「千年に一度の<神の審判>、それは神がこの世界の者を生かすか殺すかを定めるものと呼ばれる。その前後には作物の不作や、天変地異や異常気象が起こり、流行り病で人々が苦しみ、神が住む天界に繋がるという<天界塔>から妖怪が現れ人々を食い、最終的には全ての者が息を絶やす。その前に、その審判の場所と言われる古くから聳え立つ廃墟と化した塔<天界塔>に登り、その頂上から続いていると言う<神の領域>に行き着き、神が下す試練を乗り越える者が出た時に、神はこの大陸の者に千年の平和を約束して眠りにつくと言う伝説。その試練を乗り越えた者には、神の力の一部を手渡し、神の代わりにあらゆる生命を支配する力を得ると言われている。それがその十四年前に起こった。その時にこの大陸で<神の領域>に行きつくと預言されたのが、ルー。お前なのだ」

「え・・・・・・・?」

 何?神の試練?<神の領域>?十四年前の預言・・・・?

 さっぱりわからない。

 私が<天界塔>を登る者・・・・・?

「当時3つだった子を化物が蔓延ると言う塔に登らせるなど勿論、考えられなかった。お前たちの両親は私にこの一族と二人の子を託し、<天界塔>に向かった。その後、彼らは戻っては来なかった。しかし、悪天候や天変地異は、そう今年に入るまではぴたりと止んでいた。何故だかわからない。彼らは<神の領域>に行きついたのか、それとも途中で息絶えてしまったのか・・・・・・調査隊を組んで、何人かで塔を登ろうと試みたのだが、我々は<天界塔>の門を開く事さえできなかった。どれだけ力を込めても、術を向けても、斧や鎌や剣で壊そうとしても、強力な強い力に押し返され、塔の入り口に入る事さえできなかった。我々は塔に入る事さえ許されぬ者達なのだろう」

「一時期止んだ天変地異や病も今年に入り、再び猛威を振るっている。一旦大人しくなった街の外れの鉱山や樹海にも住んでいる妖怪たちも、町近くまで姿を見せている。今年に入り天気が良かった日など今日くらいだ。このまま続けばいいのだが、重たい雲が凄い速度で流れてきている。また明日には雷雨になるだろう。エジルには、預言する能力がある。<神の領域>に行きつくのは誰なのか占えれば占って欲しいと今日は儀式をして預言の降臨を待っていた。そこに、どうやらソグド族の者が邪魔をして攻撃して来たようだった。エジルを護衛していた者達は倒れた。その連絡を受け、ホディ達に向かわせた」

「ソグド族は本来我々と同じ<神の試練>に打ち勝って来た仲間だった。しかし、数百年前に一族同士で争いが起き、対立するようになったようだ。彼らは彼らで預言者を立てて<神の領域>に打ち勝つものを占わせた様なのだが・・・・・エジルを襲ってきたと言う事は、此方の邪魔をするつもりなのかもしれん。もしくは<神の領域>に行きつくとされるものが、ソグドには現れないと預言され、<神の領域>に行きついて神の力を手に入れる為に此方の者を殺して辿りつこうと思っているのかもしれない。私としても、娘のように育て、どうしても子供たちだけは試練に巻き込まないでくれと頼まれた以上はこの様な話をしたくはなかった。けれど、もう避けられぬ事態なのだろう・・・・・・・全ての者の全滅と引き換えなど・・・・・」

 そう言うと、族長は俯いた。

「・・・・・・・・・君たちを引き取って、町の丘の一番の高みの外れに二人の家を建て、出来るだけ世話をしつつも・・・エジルとホディが婚約して共に住みだした時も本当に嬉しかったと言うのに・・・・・やはり君たち姉妹を引き換えにしなければ、神はこの大陸の者全ての命を絶つのだろうか・・・・」

 悲壮な面持ちで族長が俯いたまま、何も語らなくなった。

 私は現実味を感じず何処か遠く感じるその話に首を傾げた。

 私はただ、私とお姉ちゃんが無事ならそれでいいだけだもの。なんで、私にわからない話をしているんだろう。

 ドアを開ける音がした。

「あなた!・・・・エジルが目を覚ましたわ」

 族長の妻がそう言って部屋に入ってきた。

 私はそれを聞くとお姉ちゃんの寝ている部屋に向かった。

「お姉ちゃん!」

 ドアを開けて入ると数人の者達がお姉ちゃんを看護していた。

 お姉ちゃんはベットの上に座る形で半身を起していた。

「お姉ちゃん!平気?何処も痛くないっ?」

 お姉ちゃんの体を必死に揺すぶった。

 お姉ちゃんは、私に向かってにっこりと微笑んだ。

 族長が看護していた人に退出を促すと部屋には3人だけになった。

 そこに族長がゆっくりと歩み寄ってきた。

「エジル・・・・・・襲ってきた男について・・・何か知ってる事はあるか?」

 そう族長が尋ねた瞬間、お姉ちゃんは一瞬顔を強張らせた様に見えた。

 しかしお姉ちゃんはゆっくりと首を振った。

「そうか・・・・・そして、<預言>は降りてきたのか?」

 族長がそう尋ねると、お姉ちゃんは俯いて何も語らなかった。

「族長っ!・・・・・お姉ちゃんはきっとまだ具合悪いんだよっ!そんなこと後でも良いじゃないっ」

 族長にそう食いかかると、お姉ちゃんは私の肩に手を乗せて「良いのよ、ルー。違うの」と言った。

「・・・・・・わかった、エジル。それならば族長としてではなく、育ててきた養父として尋ねよう。<預言>は十四年前のままだったのか?」

 そう尋ねると、お姉ちゃんはゆっくりと頷いた。

 族長はそれを見ると何度も小さく頷いて「わかった、エジル。族長としては何も聞いていない。お前は<預言>が降りる前にソグド族に襲われ、何も預言が下りなかったのだ」と言って振り返らずに部屋を出た。

「・・・・・?お姉ちゃん?どう言う事・・・・」

 きょとんとお姉ちゃんに尋ねると、お姉ちゃんはうっすらと泣いていた。

「お姉ちゃんっ?どっか痛いのっ?ねぇ、横になって!もう変な事聞くジジイはいなくなったよっ」

「ち、違うのよ・・・・・・ルー」

 そう言うと、お姉ちゃんは私をぎゅうと抱きしめてくれた。

 怪我人とは思えないほど強い力だった。

「お、お姉ちゃんっ?苦しいよぉっお姉ちゃんっ?」

 お姉ちゃんはずっと小さい頃から私を見てくれた。育ててくれた。

 共に遊び、共に笑ってくれた。

 お姉ちゃんがホディと婚約するまで二人で一緒に住んでいたし、その後も私の様子を毎日見に着てくれていた。小さい頃にお姉ちゃんは私の父であり、母でもあり、姉であり・・・・・・。

 お姉ちゃんが作ってくれるアップルパイは私にとっては世界一の御馳走。

 勿論、族長の奥さんが持って来てくれたお料理とかも食べたけれど、どんなに焦げていても小さな頃から私はお姉ちゃんが作ってくれたアップルパイが大好きだった。

 お姉ちゃんは、両親の記憶がない私の為に父となり母となり姉となりずっと私と一緒に居てくれたのだ。

「ごめん・・・・・ルー!ごめんなさい、ルー!・・・・何にも出来ないお姉ちゃんを許して・・・・・・!」

「お姉ちゃん!?お姉ちゃん!何言ってるの?なんで泣いてるのっ?お姉ちゃんはルーの事ずっと見てくれていた、なんで何にも出来ないとか言うの?いっぱいルーの事をしてきてくれてたのに・・・・・・」

 そう言うと、またお姉ちゃんは首を振った。

「ああ・・・・私は、<運命>を止めることは出来ない。見えるだけの未来。楽になりたい為に・・・・・私は私は・・・・でも・・・・でも私は・・・・・」

 そう言うと再びお姉ちゃんは縋りついてきて号泣した。

「お姉ちゃん・・・・・・?」

「でも・・・・・これだけは忘れないで・・・・・私はずっと小さい貴方を見てきた・・・・・ルーの為だけに生きて・・・・誰を愛しても、貴方の為に、私は生きてるのだから・・・・・・・・・・・」

「お姉ちゃん・・・・・わかってるよ・・・・お姉ちゃん、怪我の後なのだからもう眠って、ね?そうしたら落ちつくから。ルーはホディとお姉ちゃんが結婚してもお姉ちゃんは永遠にお姉ちゃんだよ」

 そう言ってお姉ちゃんを寝かせた。

 お姉ちゃんが寝付いたのを確認すると私はそっと族長の家を出た。



  *



 まだ日が高い。

 今日は本当に珍しく天気が良かった。

「ルー」

 街の者が声を掛けてきた。

「エジルは大丈夫だったのかい?皆心配してたよ」

「うん・・・・大丈夫、もう怪我も治療されていたし、眠った所なの」

 そう話すとその先で、マニャ姉ちゃんとホディが仲良く話すのが目に入った。

「ホディ!マニャ姉ちゃん」

 呼ぶと、二人は此方を振り返った。

「ホディ!いけないんだー!浮気してるんでしょっ」

 からかう目つきでホディを突いた。

「馬鹿いうなよ、俺は、エジル一筋、だぜ?」

 自慢げに言うと、マニャ姉ちゃんが「うわー気持ち悪い」とそれを見て言う。

「何が気持ち悪いんだよ、気持ち悪いのは浮気男だろ?一途の何処が気持ち悪いんだ?」

「違うのよ、一途は良いのだけど、ホディが言うと似合わなくて気持ち悪い。だってほら、ただの筋肉オヤジじゃない」

 ホディは見た目がっちり体格。

 肉付きがよく、がっちりとした筋肉に覆われていて、顔も美形ではなく、勇ましいタイプだった。

 オヤジと言ってもおかしくない、三十を過ぎたが、その体格は尚更磨きがかかった様に見える。

「なにぉっ?」

「ほらほら、そう言うのが仲よさそうで浮気に見えちゃうんだよっ」

 そう言うと、ホディが「糞生意気な妹に育ちやがってっ」と私の額を小突いた。

「そうよね、私は小さい頃からエジルと親友で、ルーを一緒に小さい頃から見てきてから、ルーも私の事お姉ちゃんって言うけど、ホディとエジルが結婚したら、ルーはホディなんかをお兄ちゃんって呼ばなくちゃならなくなるのよね」

「ホディなんか!って部分は何だー?マニャ」

 そう言うとマニャお姉ちゃんは笑って丘の方を指差した。

「そう言えば向こうで、何やら怪しげな人と、キーカスが話してたのを見たわ」

 一瞬予期しない所でキーの名前が出てきた事にどきりとした。

 マニャが差す方角を見る。

 キーが木の陰でそっと佇んでいた。

「怪しげな奴ってどんなの?」

「今まで見た事ない顔だったわ。女だったような・・・・遠目だったので、会話までは聞こえて来なかったけど」

「へぇ、女ねぇ・・・・・あいつ、ルーの事好きな訳じゃないの?」

 それをホディが言い、私を見詰めてきた。

 最近、キーは何やら思い悩んでいた。

 目を合わせても逸らしたり、何かぎこちない。

 はっ、まさかコレがその浮気とかそう言う・・・・?

 いや待ってそんな、えっと私とキーはその前にそう言う仲って言うのだろうか・・・・。

 言葉に困っていると、マニャ姉ちゃんはにたりと笑って楽しそうに私の頬を突いてきた。

「ねぇねぇ、そう、ルー、どうなの?」

「ええっっっどどどっどぉって」

 顔を赤らめてマニャ姉ちゃんを両手で押し戻した。

「ルー、赤くなってるー」

「えっ、いやっ、まま、まだ何もしてないもんっ」

「へぇ、まだ何もねぇ。やっぱりそう言う関係になったわけ?」

 そう言うと、さらに楽しそうにマニャ姉ちゃんが笑い、大声でキーを呼んだ。

「キーカス!大きな目をつぶらに輝かせた可愛い子が顔赤くして変な事期待してるわよー」

 その叫びにキーが此方を振り返った。

 キーはゆっくりと此方に歩み寄ってきた。

「ねぇ、キーカス!さっき話してた女性は誰?どんな関係?」

 楽しそうにマニャ姉ちゃんが尋ねる。

 その時だった。

 また警告音。

 カンカンカンという鐘の音にハッと顔を向けた。

「近くに今度は妖怪が現れたらしいんだ!」

「何だと、こんな近くに?」

 ざわざわと街の人が騒ぐ声が聞こえてきた。

「妖怪・・・・・ですって?」

 ホディとマニャ姉ちゃんがそちらに向かって歩いて行く。

 その後を私も追った。

 後ろを振り返ると、キーもその後に付いて着ていた。

 



  *



 妖怪が現れたと言う近くに行くと、始めてみる化物のような者達が数体うろついていた。

「へぇ、これが千年に一度、食いちぎりに来るとか言う妖怪なわけだ?」

「この両手の斧の刀の錆びにしてやるかね」

 さっとホディが両手に斧を構えて、振り下ろす。

 強力な攻撃は妖怪の体に刺さった。

 しかし刺さったが、妖怪は此方に気が付くと一斉に襲いかかってきた。

「まさか斧が効かないだと?」

 続いてホディが鎌を取り出して投げたが、それも妖怪には刺さってもダメージがない様だった。

 それを見たマニャ姉ちゃんが氷と水の術をぶつける。

 妖怪たちは氷の力で冷凍されて足を止めた。

 しかし、一瞬足を止めただけで、ダメージがない。

「なんですってっ」

 寄ってくる妖怪たちをさっとかわして、私は剣を振り下ろした。

 剣を振った事で風圧が起き、その剣が起す力が妖怪の額を切り刻んだ。

 妖怪は苦しそうに悶えると一体倒れた。

 続いて襲ってきた奴を再び剣を振り下ろして斬る。

 あともう一体か!

 剣を振り、もう一体に襲いかかり、それをなぎ倒した時だった。

「へぇ、やはり、貴方は<預言>された者ということですか」

 低い男の声。

「さっきの・・・・・お姉ちゃんを・・・・襲ってきた・・・・」

 声の方を見るとお姉ちゃんを水晶に閉じ込めていた男が姿を現した。

「・・・・・・・ふん、それでは私がこの手を下しましょうか」

 端正な顔立ちの男は両手を構えた。

 男の手にはまた強い魔力が宿った。

「待て!今の妖怪はお前の仕業なのか?妖怪まで掌握してるって言うのか?」

 男は答えず、にっこりと微笑んだ。

 男は強い火の力を向けて此方に放った。

 左手で力を無効化すると、男を睨みつけた。

 そして剣を構えると、後ろから声がした。

 今まで聞いた事がない、低くて怒りにまみれたような声だった。

「・・・・・・言ったはずだ!手を出すな、と!」

 振り返るとキーが、男を睨みつけていた。

 その後ろからさらに人が走ってきた。

 人影に目を凝らすと、タィトだ。キーを追うように現れた。

「お前にも言ったはずだ、バラム・・・・・それとも、ルーではなく、俺の手を下されたいのか?」

 キーが遠方の男に向けて指を向けて手を斜めに振り下ろした。

 離れたその距離から、風圧が発生し、バラムと言われた男の腹を裂いた。

「っ・・・・・お前・・・・そんな娘を・・・・」

 男が傷を右手で庇い、受けた傷に因って口から血を吐きながらよろよろと後ずさる。

「キー・・・・?・・・・キーはこいつの事・・・・・知ってるの・・・・?」

 キーに向かって問い掛けた。

「俺にはもう残される時間はない。その道、お前もわかっている通り、預言の結末は変わらない。お前の結末も変わらないが、此処で俺の手を下されたくないなら、何か答えてみると良い」

 キーは全く私の問いには答えず、男に向かって言葉を放つ。

 男は、その場からすっと身を翻して消えた。

「あっ!また逃げやがった!」

 思わずそう叫んだ。 

 男の居た場所に走って寄った瞬間。

 ずしっと大気が重くなるような感覚があった。

「ぐっ?」

 背中に何か重みを感じた。その瞬間に散らばる出血に何が起きたのかわからなかった。

 背中に刺さった短剣。

 男は、剣を刺して私の首を締めあげた。

 思わず握っていた剣を落とす。

「ぐぅううっ!」

 消えたかと思ったが、上空に飛んだだけだった事に今更気が付く。

 こんな、判断ミスを犯すなんて・・・・・。

「ルー!」

 ホディ、マニャ姉ちゃん、キー、タィトが私を心配そうに見ている。

 しかし、抜けられない。早く、この男の手を振り払わなければ。

 じたばたと手足をばたつかせて腰に手を伸ばすが、剣は鞘にはなく、締めあげられた時に地面に落ちていた。

 剣・・・・剣を取れば・・・・。

 頭がぼうっとしていく感覚に剣ではなく男の締めあげる手を両手で剥がそうとするが、怪力で締めあげられて外せない。

「ぐぅっ!」

 しかし苦しそうに声を上げたのは男だった。

 その声の後、私を締めあげていた手を離した。

 私は男から自由になり、座り込む形でげほげほと咳き込みながら深呼吸をした。

 すると刺された背中の激痛に気が付いて、背中を抑えて蹲った。

 顔だけ何とか上げると、強い魔力を全身に宿したキーが、男に向かって、力をぶつけていた。

 後の者は呆然と成り行きを見守っていた。

 男は、素早くキーに火の反撃をぶつけた。

 キーはそれに風の力をぶつけて吹き消した。

「お前が・・・・・その娘を庇ったとしても、運命が変わらないから、どの道同じだと?だが、運命が変わらないなら、その娘は此処で俺が始末した方が、お前には有難いんじゃないのか?」

 男の問いにキーは沈黙し、しばし間を開けた後、口を開いた。

「・・・・運命はどう足掻いても変わらない。だが、お前はその預言の結末さえ許せないんだろうけどな」

 キーが意味ありげに笑うと、男は、憎しみに満ちた表情を向けた。

「・・・ああ、そうさ、運命が変わらなかろうと、俺にとってはお前も敵、いや・・・・最もお前を憎らしいと思ってるのは・・・・俺だよ!」

 男がそう言うと火の力をキーに連続で叩きつけた。

 狂ったような連打だった。

 憎しみ狂った表情で、ひたすらキーを攻撃していた。

 キーは身を翻して避け、男に向かって雷を投げつけた。

 男はそれをさっと避ける。

「そうだよ、俺にとってはな、お前のがよっぽど邪魔なんだよ!」

 男はそう言うと、更なる火の攻撃をキーに向けた。

 キーは身の周りに白い気の固まり、『結界』を張った。

 男の火の攻撃は『結界』に触れると、塵になって消えていった。

 そして手に地の力を宿し、手を上から下に振り上げた。

 その手から現れた地の波動が男の体に命中した。

「ぐっ・・・・くぅ・・・・どう足掻いても・・・・結局は・・・・預言は・・・変わらない・・・・と」

 そう言うと、姿を消した。

 きょろきょろと辺りや上空も見回すが男の気配はなくなった。

「キー・・・今のは・・・・誰なの?キーは・・・・知り合い・・・なの?」

 マニャ姉ちゃんがキーに問い掛けた。

「・・・・・ちょっとした知り合いなんだ・・・・・・」

 そう言うとキーはそれ以上語らず、私に向かって歩いてきた。

 私の背中に刺さる短剣を引き抜いて、治癒の力を注いでくれた。

 広がる回復の力に安らぎを感じて、瞳を閉じ体の力を預けた。

「もう傷は塞がった。それ以上の治癒は、お姉ちゃんに頼むと良い」

 そう言うと、無視やり私の体を引き剥がした。

「キー・・・・?」

 複雑な表情で、キーは目を背けた。

「キー・・・・今のは誰?預言は変わらない?運命は変わらない?キーが私を庇う事でも変わりがない?一体何のことなの?・・・・さっきの妖怪は、さっきの男が呼んだものなの?」

 キーは背を向けたまま、呟いた。

「・・・・・とりあえず、町に戻ろう」

 キーの後に付いて戻ろうとした時、制止の声が掛かった。

「待て」

 止めたのはホディの声だった。

 キーと私はホディを振り返った。

「お前のその力、そして、今の奴の力は、ソグドのものだ。俺はずっと気が付いていた。我々、リラはそれほどの魔術の力を持つことは出来ない。それもな、お前らのその力は雑魚なんかじゃない・・・・・」

 そう言うと、ホディは、その両手に鎌を構えた。

「ホディ、何を・・・・」

 マニャ姉ちゃんが間に立って止める。

「そこを退けよ、マニャ。別に俺はキーを殺すつもりなわけじゃない。聞きたい事があるだけだ」

「キー、お前は一体何のために此処に居る?さっきの会話から察するにお前らはソグド一族の代表権でも争って居るんじゃないのか?」

 殺気立った表情でホディがキーに鎌を投げつけた。

 キーは微動もせずにその鎌の動きを止めた。

「俺はそんなくだらない事にも、興味もない。この鎌も俺は求めては居ないんだよ・・・・・俺を殺す?出来るならやって見ろ」

 静かにそう言うと、振り下ろされた鎌は静かにホディの手に戻った。

「何故此処に居るか?それは俺が本当は知りたい答えなんだよ、ホディ。これは母の罠なんだ。物心ついた時に俺はもう伯母の・・・・ホディの母親に育てられていた。リラ族として」

「そう、キー。お前は俺と共に弟の様に育ち・・・・弟同然だった。だが俺はずっと気が付いていた。俺をはるかに凌駕する力。リラが持ち得ぬ強い魔力。そして、お前の中にある迷い、だ」

 そう言うと、キーは静かに目を閉じた。

「気が付いてなかったとでも思うのか?お前が、強い魔力を放ち、ソグドの者と繋がっていたであろう事。・・・・・今までは疑惑だった。でもこれで確信になった。お前はまさか、エジルが今の奴に連れされた時に裏で手を引いていたんじゃないだろうな?今の奴と知り合いなんだろう?」

 そう言うと、キーは静かに目を開けて笑った。

「今の男は・・・・俺と手を組むくらいなら、自害するだろうさ。今のやり取りは嘘偽りではなく、あいつの本当の心だろうさ。俺は確かにくだらない事に興味はない。でも、今の奴にとっては、重要な事なのかもしれないけどな」

「じゃぁ聞く。お前と今の奴の関係は何だ?そしてお前はソグドの血を引いているんだろう?お前はリラ族で一体何をする気だ?・・・・・此処で、言えよ」

「・・・・・・」

「黙るな!・・・・・・言え」

「・・・・・・・・・時期が来れば、全て・・・・わかる。預言はもう動き出した。全てわかるのはすぐさ。詳しい事を聞きたいなら、<預言者>に聞く事だな。そしてリラの命運は俺じゃない、そこの<預言された者>が握っている」

 そう言うと、キーはマントを翻して街の方に歩いて行った。

 ホディが鎌を投げつけた。

 振り返らず、キーは右手を動かした。

 鎌はホディの手に戻っていた。

「<預言者>・・・?エジルは何か・・・・・」

 マニャ姉ちゃんが呟く。

「しゃべる気ないから逃げただけだよ、けっ。今度とっちめてやる」

 ホディは鎌を仕舞って街に向かって歩き出した。

 <預言された者>・・・・私?

 それに、<預言者>・・・・・お姉ちゃんが何か?

 心の中でこの時に、何か引っかかったような気がした。

 悪い、予感がした。

 私はホディを追いぬいて駆け足で街に戻った。

 街の状態は平穏さを取り戻していた。

 日は暮れかけていた。

 街を走り抜けて真っすぐと、村長の家に向かった。

「お姉ちゃん!」

 村長の家の奥に居る姉の無事な姿を見る為に。

 奥の部屋で姉はまだ治療を受けていた。

 幾分か元気になったようで、私を見ると微笑んだ。

 ほっと息を吐くと、姉に擦り寄った。

「よ、良かった・・・・・なんか悪い予感がして・・・・なんか、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがね」

 そう言って姉の胸に頭を寄せて抱きついた。

「あらあら、甘えっ子になって」

 そう言いながらもお姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。

「お姉ちゃんが・・・・・お姉ちゃんが・・・・氷漬けに・・・・・・・なるような幻が一瞬・・・・」

 頭を撫でてくれる暖かい手。誰よりも安心するその温もり。

 ほっと落ちつくと、疲れたのかそのまま眠って意識を失っていた。

「あら、ルー?ルー?」

 その呼びかけも聞こえる事はなかった。

 ドアが開き、「エジル、町の近くに化物が出たらしい。もう・・・・・待ったは出来ないようだ・・・・」と族長が重たい声でエジルに言った。

 エジルは辛そうに顔を伏せて、眠りこけた妹の頭を撫で続けた。

 私はお姉ちゃんの撫でてくれる手が暖かくて、お姉ちゃんと二人で遊んでいる小さな頃の夢を見ていた。


        *



 目を覚ますと、族長の家の一室で眠らされていた。

「え・・・・?あれ・・・・なんでこんなとこで・・・・寝てるんだろう?此処・・・・族長のお家・・・・だ」

 ベットから起きて、部屋をきょろきょろとする。

 間違えなかった、小さい頃に私が与えられていた部屋。現在は客間になっている。

 そうだ、お姉ちゃんに寄り沿って、寝てしまったんだ。

 カーテンを開けると窓の外は日差しが明るかった。朝になっていた。

 部屋のドアを開ける。

 族長、おばさん、そして元気になったお姉ちゃんが、テーブルを囲んで食事をしていた。

「お姉ちゃん!もう元気になったの?」

「あら、ルー、起きたのね。もう元気になったわ。ご飯を食べたら、もう家に帰るわ。その話をお父さん、お母さんにもしていた所なの」

 お姉ちゃんは、族長夫妻の事を、お父さん、お母さんと言えるようだけど、私はどうしてもそれが出来なかった。本当の両親の事は全く記憶にないのに。恐らくお姉ちゃんは本当の両親の事、覚えているのだろうけど、覚えてない私が、引き取ってくれた族長たちの事をそう呼ぶことは出来なかった。

 だって、やっぱり、お父さんとお母さんなんかじゃ、ない。私の中でそう気持ちが鬩ぎ合い、私は族長とおばさんとしか呼ぶことは出来なかった。

 私も椅子を引いてテーブルを囲む椅子に座った。

 暖かいスープにサラダとパンを私が席に座るとおばさんがくれた。

「ルー、落ち着いて聞いて欲しい。街を守る為に、防衛部隊を編成した。我々リラ族の中でも力を持つ者達で協力して、この街を守ろうと思うのだ」

 族長は、腕を組んで悩んだ顔でそう告げた。

 目は腫れていて、赤い。もしかして眠っていなかったのかも知れない。

「ルー、その部隊にお前は加わるか?昨夜のうちに、本人の希望も含めて、部隊編成はだいたい決まった」

 族長は紙を広げた。

「恐らく、天界へ向かう天界塔から妖怪は沸きだしている。そう思い、天界塔へ向かう部隊と、この街を囲んで守る部隊に分かれて、行動するつもりだ。ホディたちの部隊は天界塔に向かう事を希望している。そして、エジルは街を守る部隊になる事を希望している」

 紙に部隊のリストを示して説明し出した。

「・・・・・・お姉ちゃん、怪我したばかりだよ・・・・無茶させるつもりなのっ?」

 族長に掴みかかる勢いで怒鳴った。

「ルー、止めなさい。違うの。私が希望した事なの。それに私の傷が開いて無理なようならすぐに休むようにと言われているわ。問題ないの」

 厳しい顔で私の抗議を止めた。

「お姉ちゃん・・・・わかった。無理、しないでね・・・・・そして族長・・・・・・昨日気になった事が二つ。ソグド族の者が現れた時、妖怪を仕切ってるかごとくの様子だった。天界塔とかいう場所からじゃなくて、ソグドが妖怪を沸かせて居るとかそういう事はないのかなって疑問が一つ。それともう一点は良くわからない伝説を族長が私に告げた事よ・・・・族長は私に天界塔へ向かえと、そこには私の記憶がない両親の消息が残っているかも知れない・・・・・とそう言っていたんでしょう?」

 そう言うと、お姉ちゃんも族長も黙った。

 族長が数秒後、重い口を割り、話し始めた。

「伝説ではソグドが妖怪を沸かせたと言う事実は語られてはいない。しかしそれが出来る出来ないの確証は取れないが、我々リラがそのような事を出来た事はない。妖怪は天が人間に向かって放った者と言われている。だが用心に越したことはない。仮にソグドが沸かせる事が出来ないとしても何らかの形で手を組んだとか利用してるとかいう可能性もある。・・・・・そして、天界塔だが」

「・・・・・十四年前と変わらずに、お前が<天界塔>を登り、<神の審判>を受ける者だとエジルは預言した。私もエジルもその事実を隠すつもりだったが、もう街付近さえも安全ではなくなってきている。人類が全滅するかどうか、まで追い込まれている。・・・・・お前が行く事が恐らく・・・・天界塔が・・・・いや、神が望んだ事なのかと・・・・・・」

 そう言うと族長は黙った。

「その事を私は一族の者には伝えないつもりだ・・・・十四年娘として育ててきた子を、死路に追いやるのと・・・・同じ事だから・・・・・人に伝えれば、早く行かせろという状態まで追い込まれてしまうから・・・・だ」

 族長は横を向いてそう言うと、私の方を向き、私の頭を撫でた。

「ルーは・・・・私達は親なんかではないと思ってきた事だろう。でも私達は、親を失い、指をくわえて大きな瞳を向けて私達を見ていたあの日から・・・・・可愛い娘だと・・・・思ってきた・・・・つもりだったのだ」

「あの日・・・・お前の両親が天界塔に向かった時も・・・・断腸の思いだった。再びあんな思いをすることになるとは・・・・な」

 そう言うと、族長は薄らと頬に涙を伝わせていた。

「行けなどと・・・・言えるわけがない・・・・いや、残ってほしい!・・・・行くな!そう言いたい・・・・でもそう言う事が出来ない・・・・・私にお前たちの両親と同じ力が有れば・・・・・私が行って来ると言うのに・・・・・」

 そう言って、俯いた。

 透明な雫がテーブルに落ちた。

「・・・・・・・・・・」

 私はスプーンを置き、何も言わずに立ち上がった。

 家の出口の扉を開けて、一言、言った。

「ありがとう・・・・・・」

 振り返らずに、扉を閉めた。

 


  *


 <天界塔>へ向かうメンバーは、ホディ、キー、ケヴァン、ゾォラ、シリア、私だった。

 集められたメンバーは翌日の出発の為に、装備品の用意や食料の用意をしていた。

 持ち出す物の確認を終えたら、解散した。

 家に戻って、荷造りを終えると、キーの家に向かった。

 キーの家の扉を叩いても返事がなかった。扉を開けて中に入り、キーを探すと、部屋で荷造りしていたキーに声を掛けた。

「キー・・・・・・・忙しい?」

「あれから、ホディとは何か、話したの?」

 そう問い掛けると、キーは荷物を用意しながら返答をくれた。

「いや、何も・・・・もう家も別れて住んでいるし・・・・・」

「ねぇ・・・・・何、隠してるのか、聞きたいな・・・・・・」

 ぽつりと呟くと、キーは顔をこちらに向けた。

「私さ、隊に入る事を承諾したのは、街の為でも、街の人の為でも族長の願いの為でもないんだ。ただ一つ、お姉ちゃんをこれ以上危険な目に遭わせたくない。お姉ちゃんを守れるなら、・・・・私がそれを出来る唯一の者なら、私はやってみようと思った。死路だと言われて、実感わかないけど怖くないわけじゃない。でも、それが唯一お姉ちゃんを守れる事なら、行くしかないと思った・・・・・・でもキー」

 キーの側に寄った。

「貴方は族長やお姉ちゃんが誰にも口外していないという<預言>という言葉を使った。そして今回の<天界塔>に向かうと言う。キーが守りたいものは何?一体何を知っていて、何をしようというの?」

 座っているキーの顔を持ち上げて、視線を合わせた。

「・・・・・・・ルー・・・・・・」

 キーはゆっくり頷くと、手を伸ばしてきた。

 抱き締められた。

「えっ・・・・・キー?」

「守りたいものは、ルー。お前だよ。俺が共に闘う限り、お前を死なしたりしない。お前の命を奪えるのは・・・・・・・・誰も、居ない」

 その言葉に、昨日のバラムと言われた男の言葉を思い出した。

『お前が・・・・・その娘を庇う事も、運命が変わらないから、どの道同じだと?だが、運命が変わらないなら、その娘は此処で俺が始末した方が、お前には有難いんじゃないのか?』

 私を庇う事も運命が変わらない。

 その運命とはお姉ちゃんが<預言>したと言う<預言>の<結末>なのか?

「・・・・・キー、それは・・・・昨日バラムと言う人が言っていた・・・・<預言>の<結末>を知っている、と言う事なの?」

 そう言うと、キーは寄り強く、私を抱き締めてきた。

「キー?ヤダ!苦しい!離して!」

 暴れると、キーは手を離した。

「<結末>・・・・か。その結末は<二つある>・・・・・・それは、二つの一族に示されたそれぞれの未来。・・・・お姉ちゃんには何も聞かなかったのか?」

 そう問われ、首を振った。

「二つ・・・?何・・・それ?・・・・お姉ちゃんには聞けなかった・・・・・・お姉ちゃんも・・・・キーと同じ。なんか隠してる。でも辛そうで・・・・」

 そう言うと、キーは立ち上がった。

「エジルーナは・・・・確かに隠してるだろうな。たった一人の姉だろうから、こんな事は言いたくないけど、急に襲われたりするなよ」

 それを聞いて、思わず腰に手を伸ばして剣を振った。

 剣が当たる事はない位置で振った。しかし、波動が、キーの頬に擦り傷を負わせた。

「言っていい冗談と悪い冗談が有るよ!キー」

「っ・・・・・」

 これ以上はない苛立ちを抱えて、そのまま部屋を出ようとした。

 しかし、痛がる声に振り返るとキーが腕を抱えて蹲っているのを見て、もう一度側に寄った。

 いくら、私の剣が術力を伴うと言えども、本気で切ったわけではない。

 キーに重大なダメージを与えるわけではない筈だ。

「そ、そんなに頬・・・・痛かった・・・・?」

 返事がない。

 それにキーが痛そうにしているのは・・・腕だ。

 腕には多少の術力が飛んだとしても、傷にもならない程度な筈・・・・そんな痛いなんて事が・・・・。

「キー・・・・?」

 起きないキーに不安を覚えて、キーが抱えている右腕を掴んで、ローブの袖を捲り上げた。

 右腕には無数の擦り傷が有った。

 そのうち一つの傷口が開いて血が滲んできていた。

 その傷の周りには、痣のような大きな跡が有った。

 黒い丸が模様のように6つ刻まれていた。

「キー・・・・何・・・・これ」

 その言葉にキーはハッと我を取り戻し、腕を私から引き袖を戻して傷を隠した。

「何でもない・・・・・」

「その傷・・・・それに、その模様みたいな痣・・・・何?」

「何でもないよ・・・・ちょっとかなり前に受けた傷口が開いただけ・・・・」

「嘘!」

 誤魔化そうとするキーの言葉を遮った。

「過去に受けた傷・・・・?そんな訳ないよ。その傷、ごく最近のモノだ!それに・・・・キーが、そんな傷を自分で治せない訳ない!・・・・・わざと治してないって事でしょう?何で?」

「何でもない!何でもない事だ」

「嘘よ!それにその模様は何?キーは何を隠してるの?」

「・・・・・・ルー・・・・何でもない。この傷は確かに、癒そうと思えば癒せる。気にしなくていい」

「キー!」

 相変わらず、私には・・・・・何も教えてくれないの?

 知らないうちに、涙が溢れていた。

「どうして・・・・・?どうして・・・・?お姉ちゃんもキーも・・・・私は心配してるだけなのに・・・・どうして、その事柄を教えてもくれないの・・・・・?」

 そう言うと、私をじっと見つめてキーは手を伸ばしてきた。

「・・・・・俺には時限爆弾が掛けられているんだ。この模様はその印。何とかこの印が消える方法がないかと、傷つけても、この印は消えなかった。この腕を切り落としても、解くことは出来ない呪いだから、これくらいで消える訳・・・・ないのだけど・・・・・」

 予想外の言葉に、私は一瞬言葉を失った。

 傷を・・・・自分で付けたって事・・・・・?

 時限爆弾・・・・?

「時間が経ったらキーは・・・・爆発して死んじゃうの・・・・?」

 きょとんとした顔で問い返すとキーは笑った。

「いや・・・・そうじゃなくてね・・・・・・・もうそして気にしなくていい。明日の出発は早いから、準備もあるだろうし、もう行けよ。腕は大丈夫だから」

「・・・・・キー・・・・・・」

 不安な気持ちが広がった。

 でも、私は魔法を防御する力と、剣を振ってその剣の持つ能力を最大に引き出す能力はあるけれど、キーの腕を治してあげられる力はない。

 キーの青色の瞳が底知れない深海を示しているように感じた。

 私がキーやお姉ちゃんに出来る事は・・・何もないの?

「腕・・・・ごめんね、キー・・・・怪我してる・・・なんて知らなかった、から」

 ぼそぼそと謝罪を口にすると、キーは黙って聞いてくれた。

「キー・・・・あのね、今日、マニャ姉ちゃんに教えてもらってスープを作るの・・・・・よ、かったら、た、食べに来てくれる?」

 自分の顔が赤くなってないか心配になった。

 その事で頭が一杯になって混乱した。

「ええ、っと」

 そう言うと、キーは微笑んで頷いた。

「わかった、そうするよ」

「ややや、薬草・・・じゃなくて約束だからね!」

 そう言うと赤面して部屋のドアを閉めて、キーの家を出た。

 家に戻る途中の道にあるパン屋に、買い物に立ち寄った。

 街の中心街にある路地の通りにあり、日々の買い物客で賑わっていた。

「相変わらず込んでるわ・・・・」

 この辺には食料を販売する店が多く立ち並んでいる。

 中心の路地はレンガを敷き詰めて作られていて、街の景観を彩っている。

 店を出た所で、タィトが壁に寄りかかって此方を見ていた。

「よぉ」

「・・・・・何?」

 無愛想に返した。

 タィトは私と同じ年だが、小さい頃から、やたら私に文句を付けてくる奴だった。

 キーやお姉ちゃんと遊んでいても割り込んで引っかき回してくれた。

「明日、塔に行くって言うのに、随分沢山パン買ってるじゃないか。明日からの食料は別に用意してあるって言うのに」

「そんなのあんたに関係ないでしょ?」

 無視して通り過ぎようとすると、その横を通った時に腕を掴まれた。

「離してよ!あんたに構ってる時間なんてないのよ。これから夕飯作るんだから」

「・・・・・・今さ、キーカスの家から出てくるのが見えたんだけど、お前ってやっぱり、あいつが・・・・」

「あんたに関係ないでしょ!」

 睨みつけて、手を振りほどいた。

「俺さ、ホディさんから聞いたんだけど、あいつが赤ちゃんの時に、ホディさんの両親があいつの母ごと引き受けたらしいけど、その時、腕に不気味な痣が有ったって聞いた事有るんだよ。で、昨日あいつが見せた力って・・・・ホディさんが言うように・・・・リラの力じゃなくて・・・・もしかしてあの痣がなんか魔力になってるとかそういう事も有り得るんじゃないか?お前は信用してるのかも知れないけど、もしかしてあいつが元凶だったり・・・」

 パン、という音が響いていた。

 手が勝手に動いていた。

 荷物を持ってない左手で左頬を叩いていた。

「いてぇえっ」

「当たり前でしょ?何言おうとしてたか知らないけど、聞きたくもない」

 そう、聞きたくない。

 その先も、何を言おうとしていたかなんて考えたくない。

 恐怖か苛立ちか。

 さっき見てしまった黒い痣。

 その事実からも不安を掻き立てられる。

 でも、キーは・・・・キーは、私を死なせたりしないって・・・・そう言った!

 言葉を遮る為に平手打ちを喰らわせた。

「本当、乱暴な女だな!ちゃんと話を聞けばいいだろう?」

「聞きたくない事を・・・・聞いても仕方ない事を言おうとするから、殴られんのよ!右手が埋まっていて剣を取れなかった事を感謝しなさいよ!」

 そう言うと、タィトは睨みつけてきた。

「何よ?あんたが睨んだって何も怖くないわよ!小さい頃は殴られたら私は泣いてる子だったけど、やりあったら、あんたに勝てる自信くらいあるわよ!」

 手に持っていた荷物を壁に寄せて置いて剣を抜いた。

「そんなもん、今から振り回してどうするんだよ!振り回すなら明日からにしろよ」

「そんな事、あんたに言われなくたってわかってるけど、あんたが苛立つような事ばかり言うからよ!」

「俺はっ・・・・・お前が心配で・・・・・それで」

「え・・・・?」

 驚いて抜いた剣の握る手を緩めた。

 タィトは駆けだして走って行った。

「・・・・・・・変な奴・・・・・」

 私は荷物を持って家に戻った。

「マニャ姉ちゃんに前に習った、スープ・・・・早く作らなきゃ」

 マニャ姉ちゃんの野菜スープはとにかく絶品だった。

 真似して作ろうと思い、数日前に作り方を教えて貰っていた。

「同じ・・・・味になると良いな・・・・・・」

 そして美味しいって食べてもらえたらいいなぁ。

「あら、随分と荷物抱えてるのね」

 妄想していると後ろからいきなり肩を叩かれて驚いて振り返った。

「マニャ姉ちゃん・・・・・」

「やだ、何赤い顔して歩いてたの?やらしい子ね。どんな事妄想してたの?」

「えっ、いやっ、な、違うもん!」

 慌てて取り繕うと、マニャ姉ちゃんはけらけらと笑いだした。

「やだぁ、素直で可愛い子だわねぇ。何?キーカスとデートでもしてくるの?」

 そう言われて思いっきり首を振った。

「・・・・・・そう」

 そう区切ると、マニャ姉ちゃんはこそっと耳打ちした。

「じゃぁ何?エロい事でも妄想してたの?子作りとか?」

「な、なになになにをっ」

 心臓が飛び跳ねた。思いっきり動揺して、何を言っているのかわからなかった。

「マニャ姉ちゃん、わ、わたっ」

「そうよ、いっそ二人で結婚して、子供作っちゃいなよ。最強の剣士と最強の魔力を持つものたちの子・・・・すごい事になっちゃうかもっ」

「け、結婚?こどっ・・・・」

 赤くなって顔を伏せた。

「あはは、ルーってば可愛いっ!赤くなっちゃって!ナニ想像したの?」

 マミャが冷やかす。

「な、ナニって・・・・ち、ちがっ!」

「あはははは」

 声を上げて笑うマニャ姉ちゃんにおもちゃにされた事を悟り、思いっきり不貞腐れた。

「冗談よ。本当は、明日私も行きたかったのだけど・・・・・この街の事も心配だし、エジルの事も心配だし・・・・ルーの事も勿論心配なのだけど・・・・・」

 マニャ姉ちゃんは真面目な顔になった。

「ただ、昨日の状態から考えて、大した力もない私が<天界塔>に向かうのは、足手まといになるんじゃないかって思って・・・・・・伝説に語られる廃墟の<天界塔>。今生きる街の者は誰も踏み入れた事がない。貴方とキーカスの力を見て・・・・・思ったの。ホディはともかく、私は何が出来るだろうって・・・・」

「マニャ姉ちゃん・・・・?」

「だけど、絶対生きて帰ってくるんだよ。・・・・・ルーは何処に行こうと、どんな運命でも、私の妹なんだから」

「マニャ・・・・姉ちゃん・・・・・」

 血は繋がってないけど、マニャ姉ちゃんは、お姉ちゃんと同じように私を見て、本当に姉のように接してくれている。

 マニャ姉ちゃんが私の手を引いて、抱きしめた。

 暖かい、手。

「いい?ルー!私はルーやキーカスみたいに強い力も、エジルみたいに預言を受ける力もない。でも、貴方を心配に思う気持ちは、負けてないんだからね」

「マニャ姉ちゃん・・・・・・うん、ありがとう」

「貴方が帰って来なかったら、エジルがどれだけ悲しむか・・・・・私だってどれだけ悲しいか・・・・だから、絶対に帰ってくるんだよ!」

「うん!・・・・・・・わかってるよ」

 マニャ姉ちゃんの腕の中で力強く頷いた。


 

   *


 頑張って料理を作ろうと思ったのは久しぶりかも知れなかった。

 野菜を切って鍋に入れて野菜スープを作り、羊の焼き肉の様子を見ていた。

「うーん・・・・もう焼けたかなぁ」

 その時、扉をノックする音に、扉を開けに行った。

「キー・・・・・ちょっと、テーブルで座って待ってて、もうすぐ出来るんだ」

 キーを中に迎え入れて急いで調理場に戻った。

「え、えっとね・・・・多分出来たの」

 皿にスープと肉を盛り付け、パンをスライスして差し出した。

「えーっと・・・・・ど、どうかな」

 スプーンでスープを飲みだしたキーの様子を覗いながら自分も同じテーブルの椅子に腰を掛けた。

「ん~・・・・」

 キーがちょっと首を傾げた。

 自分も、スープを手にとって勢いよく飲んだ。

 途端に襲ってきた舌への刺激に思わずスプーンを床に落とした。

「うへっ!やだぁ辛いっ!な、なんでっ!そんなにスパイス入れすぎたっけ」

 げほげほと、自分の作ったスープを飲んで咽た。

 それを見たキーはけらけらと笑った。

「や、やだなぁっ!か、辛いなら辛いって言ってよぉっ!で、でも、の、飲めるもん。ま、不味くはないもん。ちょ、ちょっと辛いけどっ」

 自己弁護しながら上目遣いでキーを見ると、キーは再びけらけらと笑いだした。

「ルー、俺は不味いなんて言ってないよ?」

 そう言われて、いじけ顔になるとキーは楽しそうに微笑みながらパンを手に取り、肉に齧り付いていた。

 食事が終わると、キーは席を立った。

「じゃ、帰るよ、ルー。夕飯ごちそうさま」

 帰ろうと、キーが席を立ち、羽織ってるローブの上着を手に取った。

 術を使う者に相応しいと思える、立派なローブを着ている。布製で衝撃には弱いけれど、術を行使する力を増幅する事が出来るらしい。

 私が着ている鎧とは目的が違う。

挿絵(By みてみん)

 キーに似合っていると思う。宝石が飾られていて横顔がとても綺麗に映える。

「あ、待ってよ」

 呼び止めるとキーは振り返った。

「えっと・・・・その・・・・・・・・と、泊まって・・・・いかない?」

 そう言うと、自分が、どんどん赤面していくのが自分で分かった。

 キーはポカンとした表情で沈黙した。

 体中が熱くなっていく。耐えきれずに、手で顔を覆った。

 マニャ姉ちゃんに感化された訳ではない。

 ただ、側にいてほしい。そう思った。

 ずっと側に・・・・・それが有り得ないなんて・・・・思いたくない。

 肩に温もりを感じた。

 抱きしめて、くれた。

「キー・・・?」

 手を外し、目を開けた。

 抱きしめてくれたキーの胸にそっと頭を寄せて、手をキーの背中に回した。

 キーが手を私の頬に触れ、そっと柔らかい唇の感触が重なり合った。

 その唇が離れた時、キーは切なそうな表情で私を見つめていた。

「キー・・・・・?」

「ルーは・・・・・・・いや、なんでもない」

 何かを言いかけて、止めた。

「これで、帰るよ、ルー」

 そう言うと、キーは振り返らずに足早に部屋を出た。

「えっ・・・・キー・・・・?」

 追いかけて、扉を開けた時には、町の明かりの方に向かって歩いて小さくなっていくキーが見えた。

「結構、勇気を出して言ったんだけどな・・・・・・」

 いじけながら、部屋のソファーに腰を掛けた。

「そ、それとも・・・・・言ってる意味・・・・つ、通じなかったのかなぁ・・・・・」

「あっ・・・・」

 痣と、ソグド族の事・・・・一体キーが何を隠しているのか問い詰めようと思っていたのに、本題をすっかり忘れていた事に、気が付いて、自分が嫌になった。

「い、いやキーが悪いんだもん・・・・・・あ、あんな事するから・・・・・・」

 嵌められた・・・・。

 問い詰める事を今まで忘れてしまっていた。

「はぁあ~」

 深い溜息をついた。

 悔しい気持ちで肉に思いっきり齧り付いた。


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