第9話 手がかり
もうこんな時間か、今日は大変な一日だった。
あれから僕たちはとりあえず一旦解散することになり、いつもより遅めの帰宅をした。キッチンではすでに帰ってきていた母さんが、夕飯の支度をしていた。玄関を開けた音に気づいて、チラッとこちらを振り向く。
「あら勇おかえりー、遅かったわね」
「うん、まぁちょっといろいろね」
朝と同じく二人して黙って静かに夕飯をとる。いつも通りの食事風景。
その時、ふと母さんが手を止めて僕の顔をじっと見つめて話しかけてきた。
「ねぇ勇、なにかいいことあったんでしょ?」
「えっ、なんで?」
「だって嬉しそうだもん。そんな顔久しぶりに見たなー」
「そ、そうかな……」
「帰るのも遅かったし、学校でなにがあったの? あっ! もしかして彼女できた?」
「ぶふぉ! げほげほ! ち、違うよ!」
勘弁してくれ、思わぬ質問に口に入れたものを吹き出してしまったじゃないか。
「なーんだ。じゃあ、お友達ができたとか?」
「まぁ、うん。そんな感じかな」
そう聞くと、目を輝かせる母さん。それもそうだ、5年もの間友人も作らず一人で塞ぎ込んでいた息子が、高校に入って早々友人ができたと言ったんだから。まぁ正直、良々にグイグイ引っ張られただけなんだけど。
「よかったじゃない。お友達は大切にしなさいよー。それでー何してたの? カラオケとか行ってた?」
「……チェスだよ」
「っ!」
目を大きく見開いて、手に握っていたスプーンを床に落とす母さん。
スプーンが落ちたカランという音だけが響いた。
「そ、そうなのね。へー……ま、また始めたの?」
母さんの動揺も無理はない。母さんは父さんの話題はいっさい口にしない。もちろんチェスのことも。もう二度と思い出したくないのだろう。わかってる、わかってはいるが。
「あ、遊ぶのもいいけどね……ちゃんと勉強も……」
「世界一を目指すことにした」
僕は重苦しさを出さず自然に、ただ当たり前かのようにサラッと言い放った。
母さんの目は赤く充血し涙を溜めていたが、決して流すことはなかった。
「……」
「……ごめん」
「……いいの、いつかこういう日が来ると思っていたもの」
「父さんの意志を、夢を僕が叶えたい」
「……ふぅ……そっか。うん、わかった。私に止める権利はないわ、応援するわよもちろん」
「ありがとう母さん」
母さんが見せたのはあの頃のような笑顔。嬉しいのか悲しいのか、おそらくどちらもなんだろう。だからこそ絶対にチェスの頂点に立ち、あの過去を塗り替えてやる。
たけど、メッセージのことは母さんには黙っておこう。余計な心配をかけさせたくない。今は……まだ。
食事を終えた僕は自室に戻る。
一人食卓に残った勇の母はゆっくりと立ち上がり、棚の奥に隠していた写真を取り出す。それは若き日の家族写真だ。今は亡き夫の姿も写っている。
「あなた……やっぱりあの子はあなたの息子ね。ほんとチェスのことになると夢中になっちゃって……ふふっ、同じ目をしてたわ。ねぇ……あなた……あの子に力を貸してあげて」
そう呟くと、彼女は夫の頬に手を当てて、しばらくの間、微笑みながら物思いにふけるのであった。
***
——翌朝
僕と良々は情報室に向かった。何やら提案があると部長から呼び出されたのだ。
「やぁ、二人ともよく来てくれたネ」
「提案って何ですか?」
「いやネ、二人がパソコン部に入ってくれたら、調査もしやすいな~と思ってネ。どうだろうか?」
「それ、部長が部員不足で困ってるだけじゃないの?」
「ギクっ! いやいや、違う違う、そんな邪な考えは……一切ないわけじゃないけれど、このままじゃ廃部になっちゃうんだヨ! 勇くんにも協力できないヨ」
部長は焦ってズレ落ちそうになった眼鏡を掛け直す。
「勇くんが入るなら私も入るけど」
「まぁしょうがない、よろしくお願いしいます」
「よ、よろしくネ~、活動時間の義務とかはないから好きな時に来てネ〜。ふぅ、これで部費が……」
「ん?」
「うぉほん! おほん! 何でもないヨ~」
その後、部長に部員申請書に名前を書かされ、早速部費を徴収された。
というわけで、僕と良々そして部長の3人で新パソコン部が結成された。
まあとりあえず、これからの準備が整ったと思おう。
「それで、勇くんはこれからどうするつもりだイ?」
「まず父さんに関する情報を集めようと思います。そこで、父さんが通っていたチェス倶楽部に行こうかなと」
「チェス倶楽部って?」
「チェスをやる人が集まる社会人倶楽部だよ。学生から大人までいろんな人が集まってチェスの技術を磨く。大会の練習をしたり交流したり研究会なんかも行われるね」
正直、家にいる時の父さんの姿はよく知っているが、仕事や外で何をしていたのかはほとんど知らない。その中でも唯一覚えていること、それがチェス倶楽部だ。
昔、父さんがよく行っていた場所で、僕も幼少期に時々連れて行ってもらった記憶がある。そこには父さんの顔馴染みがいる可能性が高い。父さんに関する情報を少しでも聞き出せるかも。もちろん、チェスのリハビリも兼ねている。
「それどこにあるの?」
「銀座」
「銀座! ってどこ?」
「ズコー! 良々ちゃん銀座知らないのかイ?」
「ごめんごめん、私高校で引っ越してきたから東京あんまり詳しくないのよ」
「意外だな、清楚系のギャル? みたいな見た目して」
「どういう偏見よそれ」
そういえば、良々のことあんまり知らないな。
興味がないわけではないが、そこまで考える余地がなかった。
なぜ良々に懐かれてしまったのだろうか、不思議だよまったく。
「前はどこで住んでいたんだイ?」
「前はねー、新潟の田舎なんだー。多分誰も知らないとこ」
「米だネ」
「もー、みんなそれ言う!」
「田舎系ギャルか……」
「なにそれ!」
良々がプンスカと怒る。
「話を戻すと、銀座っていうのは東京の商業の中心地だ。そこの5丁目の通りにあるのがチェス倶楽部『カーディナル』、東京で一番有名なチェス倶楽部さ」
「へー、大きいところなのね~」
「いや、人が多いわけじゃないよ有名な理由はね。これは行ってからのお楽しみにしよう」
「ほうほう、楽しみだネ」
メガネを怪しげに光らせ、ニヤつく部長
「えっ? 部長も来るんですか?」
「そりゃそうだヨ勇くん! 部長なんだから!」
「パソコン関係なくないですか!?」
「しょうがないわねー」
「なんで良々も来る気なんだよ!?」
その後なんやかんやあり、結局3人でチェス倶楽部『カーディナル』へ向かうことになった。
ここ東品川高校から電車で20分ほどのところにある。そのため、明日の放課後にさっそく向かうことにした。
でも待てよ。あそこ、僕たちだけで入れるのかな? まぁいいや




