第2話 世話焼き
ガバッ!!
ベッドから勢いよく飛び起きた僕、首元を触ると汗でビショビショだ。
ここは、間違いなく僕の部屋。カーテンの隙間からはいつものように日差しが漏れ出ている。先ほどの悪夢がまるで嘘のように穏やかな春の朝。
またこの夢か……
5年前、父さんはホテルの自室で首を吊って死んでしまった。地元の警察は仕事の過労によるストレスで自死したと結論づけた。実際、父さんのパソコンにはそう書かれた遺書代わりのメモが残されていたのだ。
父さん、なんでだよ……
あれから僕は好きだったチェスをキッパリやめて、普通の暮らしをしていくことにした。普通に高校生活を過ごして、普通に大学に行って働いて、普通の人生を真っ当できればそれで十分幸せじゃないか。
そう、何も頑張りすぎることはない。母さんと二人で楽しく暮らせればそれでいいのさ。父さんのことも、家族で過ごせていたあの日々も、もう過ぎたことなんだ……。
今日は高校に入学して二週間が過ぎた頃、普段通りの登校日を迎える。
顔を洗うため一階に降りると、スーツに着替えた母さんが朝食の支度をしていた。
「あら、おはよう勇、ってあんた顔色悪いけど大丈夫?」
「おはよう母さん。平気だよ、全然」
母さんに余計な心配はかけまいと必死に作り笑いをする。父さんを亡くしてからというもの、持ち前の明るさはどこへやら、母さんは酷く元気を失ってしまった。それでも僕のためにと奮い立たせているのだろう。時々、隠れて独りで泣いている。かすかに漏れ出た声を聞くといつも僕の心はキュッと痛む。
喪失感が人をこんなにも変えてしまうことを思い知った。
目玉焼き、味噌汁、白飯、料理上手な母さんの作る料理は絶品だ。しかし、ここ数年はお互い無言のまま朝食を済ませる淡白なものになった。正直なかなか話す話題もないし、なんだか少し気恥ずかしい。これがいわゆる思春期というやつなのだろうか。
朝食をかきこんで食べ終えた母さんが仕事に出かける。
母さんは父さんの死後、引っ越してきた先で旅行代理店に勤務した。海外を家族で飛び回っていた経験が活きたようだ。とはいえ、今はもう昔のようにあちこち行ったりはしないのだけれど。
「じゃあ、いってくるわね。戸締りよろしく」
「うん、いってらっしゃい母さん」
朝食を済ませた僕も、制服に着替えて家を出る。
***
いい風だ
満開の桜並木、小川にかかる橋、なんて穏やかで平和な日常なんだろう
僕が通うのは東京にある私立東品川高校、家から通えるならどこでもよかったんだが、まあ割と校則も緩くて、自由度の高い高校だと耳にしてここに決めた。堅苦しいのはあまり好きじゃないし。
高校に到着したら自分のクラス1-Cに向かう。
僕は最後列の窓際にある自分の席に座り、いつものようにイヤホンをつけて突っ伏しながら音楽を聞く。
――カッ
最近聴いてる曲は昔バズったアイドルの曲。特別ファンというわけではないのだが、地味にいい曲で癖になるんだよなー。
――カッカッ
はぁ、今日も何もない、いい一日を過ごそうじゃないか……
――カッカッカッ
なんだ? ノイズか? いや足音?
――カッ
誰かが目の前で止まった?
恐る恐る顔を上げて見ると、目の前には小柄な女の子が腕を組み仁王立ちしている。
ポニーテールが特徴的な気の強そうな子だ。
なんかこっちを睨みつけているような? クラスメートだっけ? 名前なんだったかな?
「ちょっとあなた! 王城くんよね。王城勇くん」
「え、まぁそうですけど? えっと……」
「まさか私の名前忘れたの? まったく……クラス全員で自己紹介したじゃないの。まぁいいわ。改めて、私の名前は良々《らら》、有美良々《ゆうみらら》よ」
呆れた顔でこちらを見下ろしてくる良々。
キリっとした眼差しをこちらに向けている。
「はぁ……有美さん……何か用ですか?」
「敬語禁止。あとクラスメイトは名前で呼ぶものよ。良々って呼んで」
ムッ、なんだこいつ、やけに図々しいな。
「初対面では普通呼ばないだろ、てかどっちでもいいじゃないか」
「よくないわ、みんなそう呼ぶ、というか呼ばせる。だからあなたもそう呼ぶOK?」
まったく、なんなんだこいつは? 面倒そうな奴に絡まれてしまった
「今、面倒くさいって思ったかしら?」
うげ、ばれてる。
「はいはい良々さんね……で何の用だよ?」
「用件は一つ、勇くん、あなたを助けたいの」
「は?」
「周りを見なさい。みんな誰かとお話ししてるわ。でもあなた、他の人と一切関わろうとしないじゃない。入学して二週間も経ってるのに!」
「……人の勝手だろ」
こいつの言うとおり、父さんの死後、僕は人との関り合いを避けてきた。
もう大切な人を失いたくない。ならこれ以上大切な人を作らなければいい。
簡単な話だ。
「ダメよ。学級委員長として、仲間外れは作らないの」
「学級委員長? なに言ってるんだ、まだ決めてないだろ」
その言葉を待っていたかのように、意気揚々と髪をかき上げ、得意げな顔をする良々。
「あなたは知らないでしょうけど、私ってこの学校で一番美人って噂されてるのよ。ほら、入学初日に高等部だけじゃなくて中等部の子たちも、たっくさんの男子が私目当てに見に来てたの覚えてない?」
あぁそういや入学式の日、やけに教室の外が騒がしかったが、こいつが原因か。
「しかもしかも、もう私のファンクラブができてるんだってー。つまり人望激アツなわけ。学級委員長になって当然の器ね」
呆れたように目を細める僕。
「な、なによ」
「あのなぁ、学級委員長はアイドルがなるもんじゃないの」
「え、そうなの?」
「そりゃそうだろ。学級委員長ってのは、気遣いが出来て人に優しくて責任感が強そうな人がなるもんなの。君とは正反対のね」
その瞬間、顔を真っ赤にする良々。
「っ! あなたよくも言ったわね! 私のような淑女に向かって!」
どーこが淑女なんだよ。どんだけ自己評価高いんだこいつは。
そんなこんなで良々のガミガミうるさい文句をしばらくの間ハイハイと頷いて受け流していると、ようやく腹の虫が治まったようだ。
「まぁ、とにかくもっとクラスに馴染みなさいよ!」
行ってしまった……ったく、余計なお世話だっつうの。
まぁ、あいつもしばらくしたら諦めるだろう。僕はこのまま独りで平和に卒業できればそれでいいんだから。
今日も平和で何もない……のか怪しいが、学校生活が終わった。




