第18話 邂逅
おそるおそる暗闇を進む僕と良々。
スマホで四方八方を照らすと浮かび上がるシューズラックや傘立て。しかし、靴はなく、使われている形跡は全くない。
廊下の奥には複数の部屋に分かれているようだ。
物音ひとつ聞こえない。誰もいなさそうだ……、一体どうやって解錠したんだ?
「ねぇねぇ! 勇くん、これ照明のスイッチじゃない?」
良々は、玄関横についているスイッチを指差す
警戒しながら押すと、明かりがついた。
「……なんだか普通の空き家みたいね」
「だな……入ってみるか」
靴を脱いでゆっくりと入る。周囲を警戒しながら音を極力立てないように僕たちは廊下を進む。
なんの飾りもない無味乾燥な廊下。
廊下の突き当たりから複数の部屋を扉の隙間から覗く。うっすらだが、洗面所や物置のようだ。その中でも正面の部屋に入り、明かりをつける。
そこは広い書斎だった。
左右の壁には巨大な本棚になっており、ありとあらゆる書籍が敷き詰められている。部屋の奥にはワークデスクが一つ置かれており、その上にもいくつかの書籍が積まれている。
種類は実にさまざま、人文学から実用書まで、地図なんかもある。棚の端から端まで一通り見ると、それらの書籍に新書らしきものは見当たらず、どこか古い感じがした。
「すごい本の量ね……」
「あぁ、というか……」
本の表紙をなぞる。ほこりはつかない。
「……この書斎、今も使われている……みたいだ」
背筋に流れる冷や汗。
「……一旦、外に出たほうがいいんじゃない?」
「……だな」
誰かがこの家を使っている以上、長居は危険だ。ゆっくり……ゆっくり戻ろう。
とりあえず出直して……って!!
帰ろうと振り向いた瞬間、僕の視界の端に、棚に置いてある写真スタンドが見えた。
驚いた僕はその写真に近づいて、まじまじと見る。
「ちょっ、ちょっと! 何してるの!? ってこの写真もしかして……」
「あぁ……これは」
間違いなく僕たちの家族写真。父さんも写っている昔に撮ったものだ! やはり、ここは父さんが使っていた別荘なのか。
しかし、なぜ……なぜこれがまだここに置いてある!?
「勇くん! どうする?」
「……しかたない」
謎を抱えたままだが、これ以上は……。
写真を元の場所に戻した後、扉を開け僕たちは廊下にでる。
その時だ――
――ガチャ
玄関の扉がゆっくりと開いた。
僕と良々はお互い顔を見合わせ、身を屈める。遅かった、家主が帰ってきたか?
――!!
そこに立っていたのは橋本奈々、委員長であった。
委員長は腕を組みながら、怒ったような呆れたような表情で僕たち二人を見ていた。
「あなたたち、説明してくれるわよね?」
「委員長、どうしてここに?」
「どうしてって、心配になって引き返したら遠くであなたたちが一目散に走っていくのが見えて、後をついてきたのよ。良々ちゃん、腹痛は嘘なのね?」
「うっ……ご、ごめん……で、でもこれにはいろいろ訳があって」
「何言ってるの! これ不法侵入じゃないの? それなのに二人がずかずか入っていくのが見えて、とっても心配したんだから! あなたたち普段もこんなことしてるの? 大問題よ! 先生に報告を……」
まずい、先生に言われたら、これまでのことが水の泡になってしまう
「お、おちついて奈々ちゃん。ここ実は勇くんの別荘で……」
「ふーん。じゃあなんでそんなにコソコソしてるのかしら? まるで泥棒じゃない」
「委員長……これにはいろいろ訳があって」
クソッ、こんなことをしている場合では、ここでこうしているのも危険な気がする。
まったく、まさか委員長がついてくるとはとんだ誤算だ。
「こんなことをする人たちだと思わなかったわ。聞きたいことがたくさんあるから覚悟しておいてね」
ドアを閉めるのも忘れ、委員長が本気でキレている。普段のおしとやかな態度から想像もできないほど。まさに怒髪天。
まぁ、不法侵入している身としては言われて当然なのだが……
「ご、ごめん委員長、今からそっちにいくよ」
当たり前よ! と言いたげな表情。静かになるも僕たちを睨みつけている。
とにかく、この後の言い訳を考えないと……はぁー
そう落胆しながら玄関に向けて足を踏み出した時、ふと委員長の背後、扉の端に小さな黒い影が出ているのが見えた。
なんだ? 鳥? いや……だんだん大きく……これは…………
銃!!
僕がそう思った矢先、隣にいたはずの良々が全速力で委員長の元へ駆ける!
委員長は背後に人の気配を感じ、驚いて振り返ると、
拳銃を持った人影が扉の影から現れ、今まさに委員長に銃口を向ける。
と同時に良々が委員長の腕をガシッ! とつかみ僕の方へ思いっきり投げ飛ばす。
僕が受け止めると、銃に驚いたショックなのか委員長は気絶してしまった。
良々は僕たちを守るため、両腕を大きく広げ射線を塞ぐ。
彼女の顔のほんの数センチ正面に銃口が置かれていた。
「……誰だ?」
その人影は良々と僕たちを交互に見て静かに声を発する。
ん? 僕たちのことを知らないのか?
「私たちは、高校生です。友達の家と間違えてしまいました。すぐ出て行きます」
「……くだらない嘘をつくな」
……待てよ、この声、間違いない!
「……おじさん!?」
「い、勇君かい!?」
僕がそういうと、その人影は僕をじっと見て驚いたように叫ぶ。その声は先ほどまでの静かで覇気のある声ではなく、優しい声になっていた。
目の前の人影は、そう何を隠そう僕の父さんの昔からの親友。
「久しぶりだね、里見さん!」
里見栄治、父さんの中学からの親友で警視庁の警察官だ。中年のおじさんだが、童顔で少しぽっちゃりした体がチャーミングに映る。
「勇君、大きくなったねー。見違えたよ」
「ありがとうございます」
「な、なになに!? 勇くんの知り合い?」
おじさんは焦ったように銃を胸ポケットにしまう。
「勇くんのお友達だね、驚かせてすまなかった。警視庁の里見栄治というものだ。勇君とはお父さんの王城と親友だったという間柄だね。改めて驚かせてすまない。そうだ、お茶でも淹れようか」
***
その後、小さめのリビングで僕たちはこれまでのことを話しあった。
委員長は未だ目が覚めないようなので寝室のベッドで横になってもらっている。
「つまり、里見さんはメッセンジャーではないと?」
「そうだね、全く知らないな。とはいえそんなことが起きてたとはね……」
「この洋館は里見さんが管理してるんですか?」
「そうだね、王城が何かあった時に、僕に譲渡されるようにしていたらしくてね。僕も突然だったから訳が分からなくてね……。処分するのも気が引けたし、とりあえずできる限り当時のままにしていたんだよ」
「そうだったんですね……」
僕は淹れてくれた温かいお茶をすする。
「どうして勇くんに知らせなかったんです?」
良々が聞く。
「勇君に知らせることも考えたんだけどね、仕事に関する大事な資料がけっこうあって、伝えることができなかったんだ。それにまだ完璧に片付け終えた訳じゃないんだ。すまないね」
「いえ、いいんです。僕と母さんじゃ手に余りますし……父さんがおじさんに託したんだから、何も不満はないですよ。むしろそのままにしていてくれて感謝してます」
「そう言ってもらえると助かるよ」
おじさんは優しい目でこちらを見る。父さんのことを思い出しているのだろうか?
「君の目は本当に王城に似ているよ。あいつも君のことをいつも誇らしげにしていたよ」
「自慢の父さんです」
「ああ、そうだな……頼れるいいやつだったよ。そうだ! つい先日君の家族のアルバムを見つけたんだ。見るかい?」
そういうとおじさんはアルバムを持ってきてくれた。
開くとそこには僕が生まれた時から小学生の時までの写真が貼られていた。
「うわー、勇くんちっちゃくてかわいい!」
「なんか恥ずかしいな」
「ふふっ、ぜひ持って帰ってくれ」
「ありがとうございます」
数十分だっただろうか、そろそろ帰らないと集合時間に間に合わない。
結局のところメッセンジャーはいなかったが、父さんの別荘を発見することができた。
そうだ、後は……
「おじさん、父さんを殺したやつに心当たりあったりしないかな?」
父さんの親友なら高い確率で……
「勇君、親友の息子だからこそ言うが、君は今関わっちゃいけないことに首を突っ込んでいるんだ。非常に危険なことをしていることはわかるね?」
おじさんは静かに重い口調で答える。
まぁ、そう言うよな……
「でも、僕は真実を知りたいだけなんだ……何か知ってるのなら教えて欲しい。おじさん」
僕の目をしかめ面をしながらしばらく見つめていたおじさんは、諦めたようにため息を吐いた。
「やはり、あいつの息子だな。こうと決めたら曲げないところが特に。しかたがない。……あいつの死に疑問を感じているのは君だけじゃない。僕も同じだ。だから僕も調査をしているんだよ」
「おじさんも!?」
コクリと頷くおじさん。
「この件は思った以上に複雑でね……まぁ言えるのはここまでだ。とにかく! 勇君、これ以上は危険なんだよ。だからこれ以上の詮索はお勧めしない。いいね?」
「……わかりました。ただ、できれば何か分かったら教えて欲しいです。もちろん言える範囲でいいので」
「……わかった、約束しよう。さっ、そろそろ行きなさい」
「わかりました。ありがとうございます」
クソッ、はぐらかされるか……
しょうがないとりあえず今日は帰って情報をまとめよう
僕は、良々に目配せをして委員長を呼びに行ってもらう。
「そういえば、勇君。君たちはどうやって洋館に入ったんだい? 鍵閉め忘れてたかな?」
「いえ……閉まってると思ったらガチャって解錠されて……遠隔で開くとかじゃ?」
流れる沈黙……
誰か他にいる!!
僕は警戒心を最高レベルまで引き上げたと同時に、おじさんは拳銃を取り出し警戒する。
――ガタン!!
「きゃっ!」
委員長が寝ている寝室で大きな物音、さらに良々の小さな悲鳴。
僕とおじさんは急いで寝室に向かう。
良々が尻餅をついて見ている視線の先、ベッドの脇の床が開き、隠し階段が現れているではないか!
なにか、なにかある!
そう脳内のセンサーが強く反応する。
「良々!」
僕が声をかけると良々は立ち上がり僕と一緒にその階段を降りる。
「ああ! 勇君、待つんだ!」
おじさんの制止する声が耳に入っても、なにか、なにか僕はその階段を降りなければならない。そんな気がする。
引き寄せられるように降りた地下室は数人だけが入れるような小部屋だった。その奥には台座がある。その上には……。
「チェスの駒か?」
銀の冠を頭に乗せた銀色のポーンが一つだけ佇んでいた。
『王城勇を認識、承認しました』
そのポーンから音が発せられているのか、部屋全体に反響する機械音。
その後、ポーンが突然動き出した。というか、浮いている……空中に。
「……勇くん、これ夢?」
「いや……わ、わからない」
空中に浮いた銀のポーンは眩い光を放つ。
『これとは失敬な。我輩はクラウ、銀冠のクラウじゃぞ』
年配のおじいさんのような声を発する銀のポーン、もといクラウ。
そう。この時こそが、僕とクラウの初めての邂逅であったのだ。
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