第17話 別荘へ
チュンチュン、チュンチュン
鳥のさえずりが聞こえる平日の朝、僕たち東品川高校一年生は銀杏並木を抜け、裏門から国会議事堂の地下に集まっていた。議員の方々の邪魔にならないよう、参観者は議事堂の裏門から中に入るらしい。
そこは大きなホールになっており、同じく団体で見学をしに来た他の参観者もちらほら見かける。
「じゃーお前らー、班ごとに入って行くぞー。約1時間見学の後、各自2時間の自由時間なー。ここ周辺で昼飯を班で取ることー。くれぐれも遠くには行くなよー。それが終わったらまた集合して大体13時に解散なー」
先生の声はおっとりしているがよく通る。
「私たちの番ね、行きましょうか? 王城くんに良々ちゃん」
委員長が先導して僕たちは議事堂の見学に進む。
僕と良々はお互いに目配せをする。
***
「すごーい!」
「へぇー……」
「綺麗ねー」
目の前に広がる荘厳な建築。しかし装飾は少なく、教科書で見た古代ギリシャの神殿に似た作りになっている。天井は手を伸ばしてもまるで届かないほど高い。
ある部屋では大きな絨毯とシャンデリア、その下には小さなテーブルと椅子が置いてあった。なんとも哀愁を感じさせるものだ。
中央広間にやってきた僕たち。
大きな吹き抜けのホールになっており、僕たちは2階の回廊から下にいる議員や職員の様子を見学できる。
特徴的なのは窓や天井に貼られたステンドグラス。空の青さが透けて、鮮やかに輝いている。
それにしても、何やら職員たちが騒がしいな……
「何かあるんですかね委員長?」
「ええっとー、たしか午後から本会議っていう会議が行われるみたい。それじゃないかしら」
「本会議?」
「良々ちゃんも見たことあるんじゃない? ほらよくテレビでやってるやつ」
あーそう言えば、さっきテレビマンっぽいのがちらほらいたな……
「次、行きましょうか」
「はーい奈々ちゃん!」
委員長と良々はまるで先生と生徒のようだ。
いつもツンツンしている良々がこうも懐くとは、これが意外な一面というやつなのか?
「あっ、見えてきたよ、国会と言えばここ衆議院議場。ここもテレビでよく見るところね。一度入ってみたかったの!」
ここが今回の目玉『衆議院議場』か。下の階では全議員分の机と椅子が半円状に並べられており、その奥にはスピーチするためのマイクと議長席が佇んでいる。
僕たちの立つ2階は傍聴席になっており、マスコミ関係者や見学者が会議の様子を見ることができるようになっている。
「へー、奈々ちゃんって政治に興味あるんだ?」
「もちろん! 実は私、公務員になるのが夢で……友達や家族の力になりたいの。だから国会ってとっても素晴らしい場所だと思うんだ」
「委員長はすごいね。良々と違ってしっかりしてる」
「一言余計なのよ!」
いてっ!
パンフレットで良々に頭をはたかれてしまった。
ふと、人だかりが目の端に映る。
なんだ?
『外交官』と書かれた幕がかかっているいわゆる外交官専用の席。
その人だかりの中心にいる一際目立つ男、背の高い強面のオールバックの中年。にこやかな笑顔で隣の外国の……貴賓だろうか、両手で固い握手を交わしている。
「どしたの勇くん?」
「いや、あの人誰かなと思ってさ」
良々が僕の視線の先を見るも、よく知らない様子だ。
「まったくー、二人とも不勉強なんじゃない? あの人は外務大臣の大河内大臣だよ。10ヶ国語喋れるって有名な」
「外務大臣か……」
外務大臣、それは父さんのような外交官の言わば上司のような存在。もしかしたら……
「ちなみにですけど委員長、5年前にも彼は外務大臣だったんですかね?」
「いいえ、確かちょうど4年前に内閣改造があって、その時に外務大臣が彼に変わったはずよ。その前は特に役職はなかったと記憶してるわ」
なるほど、それなら父さんのことは知らないかもな……
「ねぇ良々ちゃん、大河内大臣って結構かっこいいと思わない? 私ああいう人がタイプなの」
「えっ!? そうなんだ……確かにイケメンだと思うけど、私はあんまり好きになれないかも、なんだか怖そうだし……」
「ふふっ、まぁ確かにね」
そんなこんなで僕たちは見学を続けるため、衆議院議場を後にした。
***
「面白かったね奈々ちゃん!」
「ねー! こんなところなかなかこれないし。貴重な体験だったよー。記念写真も撮れたし」
一通り国会議事堂を見学し終えた僕たちは、門外へと出る。
周りには同じように見学を終えた生徒たちが続々と外に出てきている。
「さて、じゃあ良々ちゃんと王城くん、そろそろお昼ご飯にしましょうか。二人とも食べれないものある? 一応この辺の美味しそうなお店は……」
さて、そろそろ始めるか……
委員長がスマホに意識を向けている隙に、僕はこっそりと良々に目配せをする。
うんと大きく頷く良々。
次の瞬間——
「いたたたたっ!!」
急に良々がお腹を抑えてうずくまる。
少しわざとらしいが……まぁいいや。
僕が即座に良々に駆け寄る。
「え!? え!? ど、どうしたの良々ちゃん!?」
突然のことに委員長が驚き慌てふためく。
良々は震えながら僕の耳に囁く真似をする。
「ううぅ、うぐ……ゴニョゴニョ」
「ああ、ああ、そうか。委員長、どうやら良々が腹痛のようだ。僕の手が必要らしい。ちょっとトイレまで連れていく」
「だ、大丈夫良々ちゃん!? トイレなら私が連れて……」
「いや! 委員長にはちょっと先生のところまで行って伝えてきてほしい。 あとお昼はいらないって、休みたいらしい。ごめんね」
「そ……そう? わ、わかったじゃあ伝えてくるわね。良々ちゃん、頑張って!」
「うぅぅ、うん」
委員長が先生のいる裏門へと駆け足で向かっていく。ここからは真反対、それなりに時間はかかるはずだ。
悪いな委員長
「まぁまぁ上手くいったんじゃない勇くん?」
「そうだな、ただもう少し演技力があれば完璧だったけど」
「うるさいわね、奈々ちゃんは純粋なんだから。これで大丈夫よ! はぁーごめんね奈々ちゃん!」
「いいから行くぞ!」
僕と良々は委員長が去ったのを確認すると、急いでその場を後にする。
「国会議事堂前」駅に入り、地下を通って「溜池山王」駅についた。
ここから四番町の最寄り駅、「市ヶ谷」駅までわずか3駅。時間にして約10分で着く。
ホームで電車を待つわずかな時間の間、良々がぽつりとつぶやく。
「本当に行くのよね?」
電車がやってきた。
汗ばんだ手をグッと握りしめた僕は、無言でその電車に乗りこんだ。
良々はふっと笑い僕の後に続いたのであった。
***
たどり着いたのは「四番町」
駅の周辺は低めのビルが立ち並ぶビジネス街、しかしそこを抜けて少し進むと、住宅街が立ち並ぶ。とあるマンションとマンションの隙間、小道を進んだ奥に、ひっそりと佇んでいるのが例の洋館だ。
「うん、間違いない、写真と同じだ。ここが、父さんの別荘……だったところか」
「表札はかかってないわね」
良々の言うとおり、『勇家』の表札はなく、洋館も調べた時よりだいぶ風化している感じがする。さらに、窓は全て雨戸を下ろしており、長いこと使われた形跡がない。
「そうだ! この前にSNSで投稿していたギャルさんがいるかも! って……」
洋館の前にあったであろう家は無くなっており、更地になっている。
「ど、どうする? 誰か住んでるのかな?」
「いや表札がかかってないしな。だけど洋館が取り壊されていないのが引っかかる」
とりあえず、インターホンを押して……ってそれもないのか……しかたがない
僕はボロボロで鍵の壊れている門を開け、玄関扉の前まで歩いていく。
「ちょ、ちょっと! 勇くん! 不法侵入じゃないの!?」
良々が小声で叫ぶ。
「いや……迷子になっちゃっただけだよ」
「またそれ! 苦しい言い訳すぎるでしょ! もう」
渋々良々もついてくる。
僕は玄関のドアをノックした。
「すいませーん! 誰かいませんかー!」
「…………」
物音ひとつしない。
「誰もいないみたいね」
「じゃあ、いったん開くか確認するか」
「えっ!? 開けるの?」
「……もちろん」
恐る恐るドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと回す。
ガキッ!
「だめだ、開かない。鍵がかかってるみたいだ」
「流石にね」
くそっ! まぁ洋館が実際にあることが確認できただけでもよしとするか……
「しかたない、今日のところは帰るか」
「まぁ、いつでも来られるしね」
僕たちは門を出て帰ろうとする。
おっと、来た時と同じように元通りにしないとな。
「なんだか、空き巣してる気分ね……」
「違う、道を訊きたいだけだよ」
「はぁー、まったく……」
ガコン!!
その時だった、急に玄関から大きな音がした。
「な……なに今の音!?」
僕は考えるより先に門を勢いよく開け、扉の前に走った。
「だ、誰かいるのか!? 急に押しかけて申し訳ない。少し聞きたいことがあって……、よかったら開けてくれると助かるんですが!」
僕が再度ドアノブに手をかけた時、それは驚くほど簡単に回った。
どうやら……解錠されたようだ。
誰か……、誰かがいる!
良々と顔を見合わせると、僕はゆっくりと扉を開いた。
中は真っ暗、何も見えない。
「勇くん、気をつけて……メッセンジャーかもしれないんだから」
「あぁ、わかってる」
たとえそれでも止まるわけには行かない。
僕たちはスマホのライトを頼りにその中へと進むことにした。




