第19話 銀冠のポーン
「我輩の名はクラウ、銀冠のクラウじゃ」
そう言葉を発しているのは目の前で浮遊している銀色のポーン、頭には銀の冠が乗っかっている。
なぜ浮いているのか、なぜチェスの駒が喋っているのか、ありとあらゆる疑問が頭の中に溢れだした。
しかし、呆気にとられた僕はしばらくの間言葉を出せないでいた。
「二人とも大丈夫かい! って……一体なんだいこの隠し部屋は? それに……この駒は一体?」
僕たちに続いて階段を降りてきた里見おじさんは、部屋をぐるっと見回したあと、目の前に浮く銀色のポーンに目を奪われた。
「里見おじさま、このポーンはな、なんですか?」
「お、おじさま!?……コホン、いや、それよりも、このポーン今喋ったよね?」
「当たり前じゃ、話せるに決まっておろう」
「当たり前って……」
クラウの声色は堂々としており、威厳を感じさせる。
「ふむ……どうやら我輩が眠りについて数年経ったようじゃのう。そして目覚めた。きっかけは……」
クラウは宙に浮いたまま僕の目の前まで近づいてきた。
「君じゃな、王城勇よ」
「僕のことを知っているのか!?」
「当たり前じゃ、我輩の目的は一つ、君を守ることじゃからのう」
「ぼ、僕を守る? ど、どういうことだ?」
「ふむ……細かいことは忘れてしまった」
「ちょ、ちょっと、忘れたってどういうことよ?」
「ふーむ、記憶に強力なロックがかかっておるのう。これじゃわからんな。ほっほっほっ」
「なに笑ってるのよ……」
呑気なもんだ
「君はロボットの類なのかい?」
少し冷静さを取り戻したおじさんがクラウに問いただす。
「ふむ、概ね間違いではない。が……説明が難しいのう。完全自立型AIという表現が近いかのう」
「どうやって空中に浮いているんだい? 見たところドローンみたいなプロペラもついていないようだけど……」
「すまんが、それは我輩にもわからん」
「そ……そうか。 眠っていたと言っていたね。その間は何を?」
「なにも……ただ眠っていただけじゃ。勇がここにやって来た時、我輩が目覚めるように自己プログラムしていたのじゃよ。例えるなら『コールドスリープ』かのう」
コールドスリープって……ロボットがそんなことする必要があるのか?
「あと……」
「すまんがのう、先に勇に伝えなければならんことを伝えたい」
クラウが里見おじさんの質問を遮る。
「僕に?」
「勇、君がここにきたということは父親の痕跡を辿ってきたのじゃろう?」
「あ、あぁ」
「自分に何かあれば勇がここへ来るとあやつはそう言っておった。まさにその通りになったわけじゃ」
「父さんとはどういう関係なんだ?」
「少し記憶の整理がついておらんくてのう……いや、じゃがあやつとの出会いは思い出した。あれは十数年前、我輩が世界を放浪しておった時のことじゃ……」
AIも放浪するんだ……
「日本を訪れた際、我輩は唯一の趣味であったチェスの大会を見ておったんじゃ。そこで日本最強のプレイヤーと呼ばれておった王城と戦ってみたくなっての。会いに行ったというわけじゃ」
「なるほど、そこで出会ったと」
「そうじゃ……そこであやつと意気投合してのう。我輩はあやつと共にここで時間を過ごすことにしたのじゃ。そして5年前かのう、我輩はここで眠りについた」
父さんがここでクラウと時間を過ごしていただって?
さっきから、なにがなんやら……
「眠りについた経緯はなんだい?」
里見が問う。
「それは……そうじゃ、段々と思い出して来たぞい。一つ確認したいのじゃが、勇がここに来たということはあやつは……」
「死んでしまった。5年前アイスランドで……」
「……やはりそうじゃったか。我輩が眠りについたのも5年前じゃ、あやつが緊急信号を送って来たすぐ後にのう」
「き、緊急信号!?」
「そうじゃ……あやつの身になにかあったのじゃろう」
父さんの身に何かあっただって?
「それだけじゃない。緊急信号と共に、あるデータが送られてきたんじゃ」
「データ? どんなデータだい?」
里見おじさんが食いつく。
「それがわからんのじゃ。これもまた別のロックがかかっておる。とても重要なデータだったはずじゃが……」
「つまりクラウ、あなたは5年前、アイスランドにいた勇くんのお父様から送られて来た緊急信号とデータを受け取った。その後すぐ眠りについたというわけね。それはそのデータを守るためのようにも見えるけど?」
「そうかもしれんな。あと最後にメッセージがあったんじゃ。『勇を守ってくれ』とだけのう」
良々とおじさんが僕を見る。
「クラウさん。僕は里見栄治と申します。王城とは昔馴染みの親友でした。先ほどからとても興味深いお話しで……ぜひ詳しくお聞かせ願いたい。つきましては署までついて来ていただけると助かるのですが……」
おじさんがクラウへ任意同行を提案する。当然のことだろう。
この正体不明のAIについてこの場にいる皆が困惑していた。
「ふむ……、悪いがの里見殿、我輩は勇から離れることはしない」
「……そこをなんとか」
「悪いのう、我輩には勇を守る使命がある。あやつとの約束じゃ」
「それでも日本のために、ぜひクラウさんのお力添えが……」
「しつこいのう、ダメと言っておろう」
クラウはそういうと、離れない意思表示だろう、僕の手の平の上に乗る。
「ま、まぁ里見おじさま。またお話しできる機会があるはずです。今は……」
「……」
おじさんは納得していない様子。一瞬の沈黙の中、里見おじさんの眼光が鋭く光ったような気がした。
まぁ、親友の父さんが送って来たデータ、気にならないはずがないか。
「おじさん、なんだかわからないけど。クラウと話して分かったことは逐一報告するよ。だから安心して欲しい」
「……ふっ、わかった。勇君、頼んだよ。こちらも引き続き王城の事件を調査しておく」
「はい。おじさんも父さんの件頼みます」
その後、僕たちは父さんの別荘を後にした。
帰り際、委員長が目を覚ましたが、どうやらあの隠し部屋のことは気づいていない様子。
だから、隠し部屋のこともクラウのことも黙っておくことにした。
今回のことは知り合いの里見おじさんが急に僕たちを呼び出したということにしてごまかした。
なんとか助かったよ、まったく。
***
「ご、ごめんなさい。私、驚いちゃって……色々と勘違いしてたみたい」
「いいのいいの奈々ちゃん。私たちも急だったからさー、あははー」
「そ、そうそう。委員長は何も悪くないんだよ。説明不足だった僕たちが悪いんだ」
「そうじゃ、おぬしが案ずることでは……」
「シッー! クラウは黙ってて!」
「良々ちゃん? どうしたの?」
「ううん、なんでもないなんでもない!」
国会議事堂に戻る電車の中で、僕たちは和解した。
「あれ? だったら良々ちゃんの腹痛……」
「ゴホ! ゴホ! 奈々ちゃん! 着いたよ! 降りよ!」
タイミングよく電車は「国会議事堂前」駅に着く。
これ以上喋ってボロが出る前に急ぎ足で戻ることにした。
昼の自由時間も終わり、僕たちは集合時間ギリギリに戻ってくることができた。どうやら僕たちが最後だったようだ、危ない危ない。
なにはともあれ無事、校外学習を終えることができたんだ、よしとしよう。
「結局メッセンジャーは見つからなかったね、勇くん」
「あぁ、でも里見おじさんも父さんのことを調べてくれていたのは心強いよ」
「首を突っ込まないほうがいいって言われてたけど?」
「……まあね、でもやめる気はないよ。次の手がかり、このクラウを見つけたんだから。父さんに何があったのか、つきとめて見せる。絶対に……」
僕はポケットに忍ばせた銀冠のポーン「クラウ」を見ながらそう呟いたのであった。
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