第15話 委員長と良々
新たに学級委員長になった橋本さんが教壇に立ち、白のチョークで『校外学習について』と綺麗な字で書いた。チャームポイントの艶やかなロングヘアが揺れる。普段おっとりしている彼女だけあって、クラス全体が和やかな雰囲気になる。横のこいつを除いては……。
最近席替えをして偶然にも隣になった良々が机に突っ伏しながら、こちらを睨みつけている。
「なんだよ、まだ怒ってんのか?」
「あなた本当に私に投票した?」
「と、投票したよ」
「は~ぁ、どうだか」
でかいため息をつく良々、そんな良々の気持ちもつゆ知らず、橋本さんは今週に行われる校外学習の詳細を説明する。
「……えーと、えっと、国会議事堂の見学はみんなで行います。でも、それが終わった後の2時間は班で自由行動になります。それじゃあ、今から班を決めたいと思いますー」
班の人数は4人で、どうやら近場の人で組まれるみたいだ。
「じゃあ、私たち同じ班ってことかしら」
「多分、だけど人数が……」
クラスの人数の関係で、一番奥の端に座っている僕と、その隣の良々があぶれてしまう。
「あの、先生……王城くんと有美さんはどうしたら?」
橋本さんが教室の隅で座ってうとうとしていた先生に呼びかける。
「……うん? ああ、そしたらどこかの班から一人抜いて、3人グループを二つ作ってくれ」
「じゃ、じゃあ、私が有美さんのところに入ります」
「え……」
驚く良々。
まずいな……ただでさえ機嫌が悪いのに、選挙で負けた相手と同じ班だなんて、後でどんなことされるかたまったもんじゃない。とはいえ、委員長の顔を見るに決意は固そうだ。
班でまとまり、自由時間の計画を立てることになった。
「よろしくね、王城くん、有美さん。橋本です」
「お願いします」
「よ、よろしくー、あはは、あは、は……」
うわー、無理して笑顔を作ってる。橋本さんもなんで負かした相手のところに? これからこの二人に亀裂が走って、僕が板挟みになって地獄を見る羽目になるってか? 父さんによると女性同士の喧嘩はそれはそれは恐ろしいことになるとか言ってた気がする。まずいな、非常にまずい展開だ……。
頼むから大人しくしておいてくれよ良々さん!
***
「でねー、あれがーこれでー」
「えっ! 有美さんも好きなの? 実は私もそこ好きなの」
「え! そうなんだ! じゃあ今度一緒にさ——」
ふーよしよし、僕の心配をよそに、良々と橋本さんはかなり打ち解けたようだ。今は好きなスイーツのお店で盛り上がっている。
「ごめんね、有美さん。急に班に入るって言って。気分悪くさせちゃったらごめんなさい。一緒に選挙を戦ったライバルだけど、それで終わらせたくなくて。私、本当は人と競争することとか苦手なの……。みんなと仲良くなりたい。だから……」
なるほど、そういうことか。確かに心穏やかな橋本さんらしい。
「うん、全然気にしてないよ。むしろ私も仲良くなりたいし。でも、こんなに可愛くて優しい女神みたいな人が相手なら、そりゃ私に勝ち目ないわよ!」
「もーなに言ってるの、有美さんこそ可愛いよー」
「えへへ、そうかなー。橋本さんかわいいー。すきー」
「もう、ふふふ」
なんだろう、なんだかすごくアウェーな感じだ。
「よかったら奈々って呼んでほしい、なんて」
「もちろん、私のことは良々って呼んで。あ、こいつは勇くん。荷物でもなんでも持たせるから言ってね」
「誰が荷物持ちだ」
「ふふ、仲いいんだね」
「いや、ダル絡みされてるだけだよ委員長」
そんなこんなでお互いのことを少し知れた後、自由時間に議事堂を見回るルートを決めてお開きとなった。
***
————自宅—————
ベットに横たわる僕。
結局のところ、父さんの別荘がどこにあるのかは全くわからない。千代田区っていったって、どこにあるのか。そもそも本当にあるのか……。家族にも話さないなんて本当にあるのだろうか?
おもむろにスマホを見る。
あれからアスマさんたちに父さんの別荘について、なにか情報があるか軽く調べてもらっているが……今のところなにもないようだ。こればかりは待つしかないのだろうか。
こうしている間にも父さんを殺したやつが生きていると思うと……虫酸が走る。
まったく、数日後には校外学習か。正直そんなところに行って楽しむ余裕なんてないのだが……。
……いや待てよ、国会議事堂?
スマホで国会議事堂の住所を調べる。
『東京都 千代田区 永田町』
千代田区……まさか、父さんは仕事の、外交官として別荘を持っていた。仕事用として。そう考えるのも不思議じゃない。家族を連れて行くところではないから話さなかった。
父さんなら……有り得る。気さくな人だが余計なことは話さない口の固い人だったから。
横たわりながら、考え込んでいたその時だった。
……ピコン
メッセージの通知がなった。差出人は父さんから。
——!!
やつだ、またやつがメッセージを送ってきたんだ。
中身を開く……
『c4 O-O』
***
————東品川高校 情報室————
「ということが昨日あったんだ」
「なるほど、c4にO-O。チェスの棋譜のようだネ」
「はい、c4はポーンを動かすこと、O-Oはキャスリングで、キングを安全な場所へ避難させることですね」
チェスで最初の一手目が白のc4、これはイングリッシュオープニングと呼ばれる定跡。センターを側面からコントロールするテクニカルな戦術だ。しかしそれが一体なんの意味を……。
「ただからかっているだけじゃないかナ?」
「かもしれません。だけど、何か、何か意味があるような……」
こいつは僕に何かをして欲しいのだろう。だから最初にメッセージを送ってきた。ここにきて意味のないメッセージを送るとは思えない。
「もう、わけわかんない! 別荘を探さないといけない時に!」
そうだ、このメッセージがなんであれ別荘を探すのが先決か。
「別荘なんですけど、おそらく父さんが仕事で使っていたのではと」
「そうか、国会議事堂は千代田区だったネ。国家公務員として国会の近くに仕事場を持っているのはあり得るネ。何かあった時にすぐ国会に足を運べるし……」
「でも、そこから絞れるの?」
「いや、それはなんとも……」
うーん、どうしたものか……
3人とも頭を抱えて必死に考えるが何も思いつかない。
「千代田区、仕事場、別荘……これだけじゃ、情報が足りないヨ!」
しばらくの沈黙。
部長はコーヒーを淹れてくれた。
ズズズッー
濃いカフェインが体に染みわたる。焙煎された豆の匂いがよく際立っている。相当高価なバリスタを使っているらしい。たしか部長の私物だとか。
「それにしても別荘にこもって仕事かー、なんだかかっこよくて憧れちゃうわね」
「たしかにな、どんな仕事をしていたのか……」
「勇くん!!」
突然、部長が大声をあげた。
思わず驚く僕と良々。
「どうしたんですか部長?」
「びっくりしたー」
部長の顔は先ほどとは違い、やけに青ざめている。
「良々ちゃン、今……なんていったんだイ?」
「え? 憧れちゃうなーって」
「なにに?」
「だから、別荘にこもって仕事を……」
「それだヨ!」
どういうことだ?
「勇くン、もし僕の推測が正しければ……」
「正しければ……?」
「君は奴に監視されている」




