第12話 勇 vs アスマ
チェス盤面の矢印の意味は以下の通りです。
青色:勇側の守り
橙色:敵側の守り
赤色:攻撃
両者握手を行い対戦の挨拶を行う。
勇の集中力が上がり、冷たい空気を纏い出す。
その様子を静かに見ていたアスマは、勇の顔を睨みつけながら側に置いてある酒を口に含む。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
勇がテーブルに置いてあるチェスクロックの頭についたボタンをパチと叩く。すると、アスマ側のタイマーのカウントダウンが始まる。制限時間は互いに30分だ。
アスマは勢いよくクイーンの前の白ポーンを動かす。
それに対して、勇は同じようにクイーンの前の黒ポーンを動かす。
「お互いのクイーンの前のポーンを進める序盤展開。互いにじっくりとした長期戦になりやすいと言われているネ……」
アスマは勇に挑発的な視線を向け、隣のポーンを<c4>に動かす。
「えっ! やった、タダで駒取れるじゃん!」
良々の言うとおり、今アスマが動かしたポーンは勇が最初に動かしたポーンの斜め前にあり、勇はタダで取ることできる状況だ。
「違うわ良々ちゃん、これは犠牲って言うテクニックよ。わざと駒を取らせる、駒を犠牲にすることで有利な状況を作り出すってわけ」
「もし、勇坊がこのポーンを取れば駒得にはなる。が、中央に駒が集まらずセンターへの支配力を失う」
スミとトッポが良々にすかさず解説する。
駒得かセンターの支配かどちらを取るか、勇は駒の交換を行わずセンターの支配を維持する選択をした。
「慎重なやつだ……まぁ予想はついていたが」
「『クイーンズギャンビット・ディクラインド』、白番がクイーンサイドでポーンを餌にするけど、黒番はそれに食い付かない。有名な定跡だネ」
店内には穏やかなジャズの音と、対照的に激しくチェスクロックを叩き合う二人だけの音が反響している。
探りを入れるか……
ここで勇が動いた。
勇は黒のナイトを展開し、最前線のセンターへ突撃させる。アスマのビショップとナイトを牽制。戦いが始まって間もなく、お互いの陣形も整わないまま勇が先制して仕掛ける。
「ふざけた攻撃しやがって」
アスマは酔っているように見えて判断は的確。
勇の打ってきたジャブを簡単に振り払う。
この流れでアスマはセンターでポーンの鎖、ポーンチェーンを作り、素早くセンターの支配と広い領土を確保した。
「形成は白番、アスマにあるな」
トッポが淡々と話す。
それを聞いた良々は手を組んで祈る。
センターの主導権が握れなくても焦る必要はない。別のルートで攻めればいいのだ。
勇はナイト前のポーンを上げ、クイーンサイドでの展開を図る。
「読めてんだよそんなのは」
アスマがクイーンを展開し、勇のクイーンサイドを射程に入れる。勇が下手に動けば、アスマのクイーンでカウンターをお見舞いするという算段だろう。
しかしここは冷静な勇、焦る様子なく着実な展開でクイーンサイドでポーンチェーンを作ることに成功。その後方につけたビショップでアスマのクイーンを牽制する。
「へー、勇くんもやるわね~。駒を上手に連携させてるわ」
そう、それが僕の強み。僕のスタイルは駒を連携させて着実にポジションの有利を積み重ねること。いわゆるポジショナルプレイヤー。少しづつでも確実に相手を凍てつかせる氷の如く。
アスマは不満げにクイーンを逃す。
さて、どう攻めるか。
センターの主導権は握られていて、正面突破は無謀。だが明確な弱点が一つある、盤面橋、a4のポーンだ。このポーンを守る駒がルーク1枚しかない。明らかに陣形から浮いている。
その時、アスマがa4のポーンを守っていたルークをセンター側に回す。
ガラ空き!
ビショップを展開しアスマの弱点、孤立しているa4ポーンを牽制する。
「いいよ勇くン! 相手の弱点を的確に突いているヨ!」
「その調子よ!」
部長と良々が興奮気味に叫ぶ。
その時だった、アスマ始め観衆がゲラゲラと不気味に笑い出す。
店内に流れる異様な空気。
「…くっ、ははは!」
「あはは!!」
「はははは、おもしれー!」
「いいねーアスマ!」
良々と部長もこの異様さに困惑しているようだ。
「なんなんだヨ?」
「なぁ勇、先生の息子のくせしてこの程度か? 期待はずれもいいところだぜ」
「……!!」
「今頃気づいたか? だがおせぇ、そう、わざと弱点を見せたに決まってんだろが!」
「ト、トラップってわけね!?」
そうか、彼はさっきから不自然にa4ポーンを守らない動きをしていた。形成を逆転させたい僕はその囮に戦力を集め、展開を進めたわけだ。しかしそれが罠! よく見ると、アスマは一斉攻撃をするための準備を整えているではないか。嵐の前の静けさだったわけか。
さすがに「カーディナル」No.1は伊達じゃない。
勇の氷のような冷たい顔が少し歪む。その様子をアスマは見逃さない。
「動揺したな? そのむかつくポーカーフェイスが揺らいだぜ!」
「やっちまえアスマ!」
「アスマさーん、かっこいい!」
「いつもの頼む!」
「あぁ、準備は整った。お前ら頼む酒でも決めときな!」
アスマの高々とした勝利宣言に、観衆のボルテージが一気に上がる。
「なになに、なんなの、どういうこと!」
「盛り上がりがすごいヨ!」
アスマが酒を飲み干した後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。そして深呼吸を一つ。
彼の纏う空気が轟々《ごうごう》と歪むのを感じる。
『超感覚・千刃刺突』
アスマの背後に現れる剣士の影、鞘から抜いたレイピアの切先が勇に向けられる。その場にいた皆がそんな錯覚を覚える。このただならぬプレッシャーに思わず息を呑む勇たち。
「な、なにが起こったの!?」
「なんだか怖いかんじだヨ!」
戸惑う良々たちを見かねたトッポ。
「チェスに必要な能力は様々だ。読み、空間把握、戦略思考、集中力。超感覚はプレイヤーが極限のゾーン状態に入り、それらの能力を一気に向上させることだ。ただその能力はプレイヤー毎に個性が出る。例えばアスマは鋭い戦術的な攻撃を好む、いわゆるタクティカルプレイヤー。あいつの超感覚はその優れた攻撃にさらに磨きをかけ、一気に攻めきるのさ」
トッポが言い終わるやいなや、アスマが駒に手を伸ばす。
「処刑開始だ」
アスマがチェーンポーンの一番前、センターのポーンを前進させ、攻撃を仕掛ける。さらにクイーン、ナイト、ルークによりセンターの前線を押し上げ、勇の黒陣に牙を向く。アスマの放つ剣士の影がそのレイピアを振るう。
ポーンを動かすが? いや後ろのルークが危ない。クソッ、とりあえずビショップを動かして、退避しつつ弱点を突くしか……。
勇は当初狙っていたアスマのa4ポーンをビショップで取る。駒得にはなるものの、次に繋がる攻撃ではない。
攻め手がない非常に苦しい盤面だ。
「おら! 次はどうだ!」
アスマが白ナイトをキング側の端、勇の陣深くに展開する。
背後に立つ剣士の影が視界一面に怒涛の突きを放つ。
「ま、まずいヨ! 次にクイーンで勇くんのキング前が攻撃されれば、チェックメイトになっちゃうヨ!」
「……くっ」
勇はキング前のポーンを1マス進めキング側正面からの攻撃を防御。
それでもなお攻撃の手を緩めないアスマは、センターにて白ポーンと白ナイトをより深いエリアに侵入させる。もはや勇のキングは盤面の一番隅、h8まで追い込まれる。
「それで守ったつもりか? ああ!」
アスマが放つ無数の斬撃を、駒を交換することで紙一重で回避していく勇。一つのミスも許されない、絶望的な状況。
ここから攻撃に転じるのは……無理か
アスマの怒涛の攻撃はまだまだ終わる気配がない。剣士の放つ刺突攻撃に勇の防衛陣がザクザクと削られて行く。これ以上やられるのは致命傷になる。
この絶望的な状況でも勇の目に宿る闘志は消えていなかった。




