第11話 弟子
「父さんを殺した人物に心当たりはありませんか?」
その言葉にアスマ、トッポ、スミの3人は理解が追いつかず一瞬の沈黙。
「……てめー今なんつった?」
固まったスミの制止を振り解きアスマが勇の胸ぐらをつかみかかる。
「父さんは、殺されたかもしれないんです」
「……勇坊、その冗談は笑えないぜ」
「ちょっと、それどういうこと?」
「ふざけんじゃねぇ! 先生はあの時死んだんだろ! 自分で! お前が見たんだろ! 遺書だって」
「……それも誰かに殺された後に吊るされて、偽装されたかもしれ……」
「あぁそういうことか! 先生の死をわざわざ蒸し返しにきたのか! ぶっ飛ばすぞ!」
アスマが殴ろうとしたのをスミは止め、勇の前に良々が立ち塞がる。
「落ち着いてください。勇くんの説明を聞いてあげてください。お願いします!」
腕を広げて毅然と前に出る良々の様子に荒げた息を整えるアスマ。
「チッ……」
「僕も確証はありません。ただ、父さんからメッセージが来たんです。自分は殺されたと……」
驚いて顔を見合わせる3人にそのメッセージを示す。
「確かに、そう書いてあるわね」
「父さんになりすました偽物が送ってきたと思います。狙いはまだわかりませんが、僕は父さんの死を改めて調べる必要があると考えています」
「それでここに来たと」
トッポの言葉に頷く勇。
しかしアスマはまだ納得がいっていないようで、眉間にシワをよせ注がれた酒をグイッと飲む。
「それだけか?」
「……はい」
「へっ、はは」
呆れたとばかりに笑って首を横に振るアスマ。
「陰謀論が好きなガキのお前に現実を教えてやるよ。国家公務員ってのはな、悲しいが年に数十人が自殺してる。決して多くはねぇがないことはねぇ。過去には外交官が自殺した例だってあるんだよ。そいつらも本当は殺されたんだーってか? ふざけんなよ。先生を安らかに眠らせてあげようと思わねぇのかお前は」
トッポとスミは同調するように苦い顔をする。
至極真っ当な意見。確たる証拠がない以上説得力のない僕の意見はただの妄想に聞こえるのも当然だ。
「じゃあ、メッセージはなんなんですか?」
ここで先ほどからアスマの言動にムスッとしていた良々がたてつく。
「イタズラ、それかただの機械の故障かもしれねぇな?」
「そんなわけない! 勇くんがどれほど苦しんだか何も知らないくせに!」
「良々ちゃン、落ち着いてヨ」
「感情論か。これだから女のガキは……」
「おい! 言い過ぎだアスマ」
見かねたトッポはアスマに注意を促す。
まずいな、このままでは情報を聞き出すどころではなくなる。
とにかく主導権を握らなければ……。
「とにかく僕は父さんの死を調べます。そのためには父さんの情報が必要なんです」
「ま、まぁ、いいわ。思い出ぐらいなら語れるわよ」
「俺も、まぁいいだろう」
トッポとスミは父さんが殺されたとは信じてはいないだろうが、とりあえず協力はしてくれるようだ。しかし……。
「ジャーナリストごっこかよ、うっとうしい。俺は協力しねぇ!」
「なーんだ、あんたも感情論じゃない!」
「んだとこのガキ!」
「お願いします。アスマさんの力を貸してください」
良々とアスマが取っ組み合いの喧嘩を始めようとする中、僕は頭を下げて懇願する。正直、これ以上の手がない。
「先生も可哀想だぜ。こんな自分勝手なせがれに墓を荒らされてよ」
なんだろう、すっごいむかつくな。なんでこんなに言われなきゃいけないんだよ。父さんのことを知りたいだけなのに。確かに証拠はない、だがここまで言うか? まさかこいつが殺したんじゃないのか?
いろいろな考えが頭を駆け巡ると、イライラが溢れてくる。こんなにムシャクシャするのは久しぶりだ。
「ちょっと、だから子供の前で……!!」
いつの間にか勇の目は恐ろしく鋭く冷たく光り、周囲には場の空気が凍るほどの殺気が漏れ出す。
そんな気配を察してアスマ以外の皆が静まり息を呑む。
「あんたが殺したんじゃないだろうな?」
「なんだぁ? 次は警察ごっこか。おれが殺しただと? そっくりそのまま返すぜ、お前が殺したんじゃねぇのか、勇?」
アスマは物怖じせず、グラスを勇の顔に近づけ答えた。
二人の間にバチバチと稲妻が走る。
「まぁまぁ落ち着いて下さいヨ、二人とも」
「邪魔です!」
「邪魔だ!」
部長が二人をなだめようと試みるも二人に跳ね除けられる。
「……トホホ」
「……部長……ドンマイ!」
その時、トッポがドン! と音を立てて二つのグラスを勇、アスマそれぞれの前に置く。
「ここチェスクラブ&バー『カーディナル』でのいざこざはな、チェスで勝負して決着をつける。そう決まってんだよ。意味はわかるな?」
「おい、アスマ、てめーにゃ関係…」
「大いにある! それにここのマスターは俺だ。従えないなら出禁にするが?」
「チッ……どいつもこいつも」
「僕はいいですよ、もちろん」
了承した僕とアスマは、グラスに入れられた酒(僕のは麦茶だが)を一気飲みする。
こうして勇対アスマの開戦の火蓋が切られたのであった。
店内の客は大盛り上がり。それもそのはず、かつて世界の舞台へ到達した数少ないチェスプレイヤーの息子と、その弟子『三銃士』の一番弟子アスマの対局なのだから。
トッポはこの期を逃すまいとちゃっかり賭けを執り行っている。
「ほらほらお前ら! どっちに賭ける? 負けた奴の酒代は二倍、勝ったらタダ酒だぜ!」
もしかしてこれをしたかっただけなのでは……? まぁいいや。
そんなこんなで対局の準備をしている中、スミさんが僕に話しかけてきた。
「さっきはごめんね勇くん。あいつ素直じゃなくてさ。正直先生のことまだ受け入れられてないのよ。それなのに、突然殺されたって聞いて動揺しちゃったんでしょうよ。内心は勇くんに会えてすっごく嬉しいはずよ」
「……いきなり押しかけてきて、本当にすみません」
「いいの、だから……絶対に勝って、あいつの目を覚させてあげてね」
「おいスミ! 勇と何喋ってんだ?」
アスマにどやされたスミがウインクをした後、アスマに駆け寄る。
確かにさっきから言葉遣いは悪いが、父さんに対する想いが人一倍強いのはよく伝わる。しかし、父さんへの想いなら僕も負けるつもりはない!
「よーし、じゃあ準備が整ったみたいだな。もう一度言うが、対局は待ったなしの一発勝負。言い訳文句も聞きゃしねぇぞ。勇坊が勝てば先生の情報提供を約束するが、負けたら大人しく帰ってもうここにくるな。いいな?」
店内中央の一際目立つテーブル席に腰をかけ、お互いの目を睨み合いながら頷く僕とアスマ。二人の間には美しく研磨された大理石のチェスボードと駒。
「ちなみに賭けのオッズは 9 : 1 でアスマ優勢だぜ」
「当然だろ、あぁ勇、お前には言い忘れてたが俺はこの店で一番強いぜ」
周りには一部始終を見守ろうと野次馬が集まっている。
その中にいる部長と良々に目が合った。二人はファイトと言わんばかりに大きく頷く。
コイントスの結果、僕が黒番でアスマが白番となった。
ふー、呼吸は深く、視野は広く、支配しろ……全てを。
……さて、始めようか、盤上の戦争を!




