表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

第4話 負けヒロインは何時どこにでもやってくる!?

 失恋した人間に、開店時間という概念は通用しないらしい。


「とりあえず、中に入れ」


「遅い」


「まだ開店五分前だぞ」


「アタシは昨日から待ってた気分なんだよ」


「知らないよ」


 店の鍵を開けると、夏目陽葵は我が家のような足取りで店内へ入り、カウンターの中央席に腰を下ろした。


 目は真っ赤に腫れ、普段は高い位置で結ばれている髪も、今日は力なく肩へ垂れている。


 昨日までの快活な陸上少女とは、同一人物に見えなかった。


「パフェ」


「まだ開店準備中」


「約束した」


「分かったから、少し待て」


「大盛りで」


「失恋を理由に何でも通ると思うなよ」


 店長へ事情を説明すると、少し早めに厨房を使わせてもらえた。


 グラスへコーンフレークとアイスクリームを盛り、チョコレートソースをかける。仕上げに生クリームを乗せ、ウエハースを突き刺した。


 普段店で出しているものより、少しだけ大きい。


「ほら」


「……春日井が作ったの?」


「盛りつけただけだよ」


「じゃあ、春日井の手作りパフェ」


「言い方に妙な意味を足すな」


 夏目はスプーンを手にしたものの、すぐには食べ始めなかった。


 色鮮やかなパフェを前にして、鼻を小さくすすっている。


「昨日、告白できなかった」


「メッセージで見た」


「先輩のほうから、相談があるって言われたんだ」


 夏目はアイスの表面をスプーンで削りながら、ぽつぽつと語り始めた。


 真壁先輩には、中学時代から付き合っていた彼女がいた。


 高校へ進学した際、別々の学校になり、互いに部活動が忙しくなったことで一度は別れたらしい。


 それでも気持ちは残っていた。


 そして昨日、相手からやり直したいという連絡が来た。


「先輩、すっごく嬉しそうだった」


「……そうか」


「アタシには相談してくれるくらい、心を許してくれてたんだって。でも、それだけだった」


 夏目は笑おうとした。


 けれど口元は不格好に歪み、目から涙が一粒落ちた。


「アタシ、先輩の一番近くにいたつもりだった」


 その言葉は、俺にもよく分かった。


 近くにいることと、選ばれることは違う。


 隣にいる時間が長ければ、いつか自分のほうを向いてくれる。そんな都合のいい規則など、恋愛には存在しない。


「相談されたとき、ちゃんと応援したんだよ。先輩なら大丈夫ですって。元カノさんも、絶対まだ先輩のこと好きですよって」


「偉いな」


「偉くない!」


 夏目がスプーンをテーブルへ叩きつけた。


「本当は、やめろって言いたかった! アタシのほうを見ろって、元カノなんか忘れろって言いたかった!」


 静かな店内に、夏目の声が響いた。


 開店前でよかった。


「でも、そんなこと言ったら嫌われるかもしれないし……先輩が幸せなら、それでいいって思うしかないだろ……」


「思わなくていいんじゃないか」


「え?」


「好きだった相手の幸せを、すぐに祝えなくても普通だろ。少しくらい恨んだって、罰は当たらない」


 失恋した人間に、綺麗な役を演じさせる必要はない。


 夏目は俯いたまま、拳で涙を拭った。


「……じゃあ、恨む」


「好きにしろ」


「先輩も恨むし、元カノも恨む」


「ほどほどにな」


「二人のデートの日だけ雨が降ればいい」


「規模が小さいな」


「でも風邪は引かないでほしい」


「優しいのか怖いのか、どっちかにしてくれ」


 夏目はようやくパフェを口に運んだ。


 一口食べた瞬間、また涙が落ちる。


「甘い」


「パフェだからな」


「失恋したら、甘いものが染みるって本当なんだな」


「そういうものなのか?」


「春日井も食べれば?」


「俺は仕事中」


「じゃあ、あーん」


「自分で食べろ」


「負けた女に冷たくない?」


「負けたことを万能の免罪符にするな」


 俺たちがそんな会話をしていると、店の扉が開いた。


「まだ開店前では?」


 制服姿の氷室が、時計を確認しながら入ってきた。


 そしてカウンターに座る夏目を見つけた瞬間、目を細める。


「……なぜ、あなたがいるのですか」


「失恋したから」


「そうですか。お帰りください」


「薄情すぎるだろ!」


「この店は傷心者の収容施設ではありません」


「氷室も毎日来てるじゃん!」


「わたくしは正規の客です」


「アタシだってパフェ頼んでる!」


「代金は?」


「春日井の奢り」


 氷室の視線が、ゆっくりと俺へ向いた。


「春日井君」


「何?」


「わたくしには、一度も奢ってくださったことがありませんね」


「氷室は財布を持ってくるからな」


「では、今後は置いてきます」


「変な対抗意識を燃やすなよ」


 氷室は夏目から一席空けて、カウンターへ腰掛けた。


 いつも座る窓際ではない。


「紅茶をお願いします」


「開店準備が終わるまで待ってくれ」


「夏目さんにはパフェを作ったのに?」


「昨日約束したんだよ」


「なるほど。約束すれば、春日井君の手作りを頂けると」


「盛りつけただけだって」


 なぜか店内の空気が重い。


 俺と同じ失恋者が増えたことで、氷室も気を許せる相手ができると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「氷室も振られたんだろ?」


「その表現は品がありませんね」


「じゃあ、失恋したんだろ?」


「言い直しても傷は浅くなりません」


「だったら仲間じゃん」


 夏目は隣の椅子を引いた。


「ここ座れよ。春日井に先輩の悪口聞いてもらおうぜ」


「久世会長の悪口を言うつもりはありません」


「まだ好きなの?」


「もう何とも思っていません」


「じゃあ春日井のこと好きなの?」


 氷室の動きが止まった。


 俺も止まった。


 夏目だけがパフェを食べ続けている。


「なんでそうなるんだよ」


「だって毎日来てるんだろ?」


「同じ敗者だから話しやすいだけだ」


「へえ」


 夏目は俺を見て、次に氷室を見た。


 そして何かに気づいたような顔で笑った。


「春日井って、本当に女心に疎いんだな」


「琴葉から聞いたのか?」


「今ので分かった」


「何が?」


「別に」


 夏目が楽しそうに笑う一方、氷室は無言で紅茶のメニューを開いていた。


 なぜか上下が逆さまだった。


 開店時間を迎える頃には、夏目も少しだけ元気を取り戻していた。


「明日も来ていい?」


「客としてなら」


「金ない」


「部活帰りに買い食いするのやめれば貯まるだろ」


「じゃあ水だけ飲みに来る」


「陸上部の給水所にするな」


「わたくしが支払います」


 氷室が突然口を挟んだ。


「その代わり、春日井君の仕事を邪魔しないこと。大声を出さないこと。無闇に話しかけないこと」


「最後だけ氷室の都合だろ」


「あと、春日井君の隣には座らないこと」


「そんな決まりある?」


「今、作りました」


「だったら、氷室も隣に座るなよ」


 二人が睨み合う。


 まだ失恋の傷も癒えていないのに、どうしてこんなに元気なのだろう。


 俺には理解できなかった。


 その日の昼過ぎ。


 客足が落ち着いた頃、店の扉が控えめに開いた。


 入ってきたのは、眼鏡をかけた小柄な少女だった。


 文芸部の椎名小夜(しいな・こよる)


 同じ学年だが、クラスは別だ。


 いつも一人で本を読んでおり、誰かと話している姿をほとんど見たことがない少女だ。


 椎名は胸元に紙袋を抱え、店内を不安そうに見回していた。


 やがて俺と目が合うと、覚悟を決めたように歩み寄ってくる。


「春日井君……ですよね」


「そうだけど」


「失恋した人を、ここで匿ってくれると聞きました」


「誰がそんな噂を流したんだ」


 俺が尋ねると、窓際にいた夏目が露骨に視線を逸らした。


 その隣で、氷室は深々とため息をつく。


 椎名は抱えていた紙袋を、さらに強く抱き締めた。


「私も……昨日、負けました」


 どうやらこの店には、恋に敗れた人間を引き寄せる何かがあるらしい。


 そして俺たちのたまり場に、最後の敗者が辿り着いた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ