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第21話 衝突する視線

 翌日の昼休み。


 俺が生徒会室へ入ると、三島先輩は窓際の机で文化祭の予算表を確認していた。


「おはようございます」


「もう昼です」


「挨拶の細かいところ、気にしますね」


「会計は一円の誤差も許しません。時刻も同様です」


 昨日、喫茶店でコーヒーを飲んでいた人と同一人物とは思えないほど、いつも通りだった。


 ただ、机の隅には見覚えのある小袋が置かれている。


「それ、砂糖ですか?」


「資料室に余っていました」


「学校の資料室に角砂糖なんて置いてませんよね」


「……登校途中に購入しました」


 三島先輩は気まずそうに視線を逸らした。


「昨日のコーヒー、気に入ったんですか?」


「味は普通でした」


「店長に聞かれたら怒られますよ」


「しかし、また飲んでも構わない程度ではあります」


 つまり、また来るつもりらしい。


 俺が笑うと、三島先輩はわずかに眉を寄せた。


「何がおかしいのですか?」


「いえ。少し安心しただけです」


「何に?」


「昨日より顔色がいいので」


 三島先輩の手が止まった。


 無理をしていないか確認しただけなのだが、なぜか俺の顔をじっと見てくる。


「春日井君」


「はい」


「あなたは、そのようなことを誰にでも言うのですか?」


「昨日も聞かれましたね、それ」


「回答をいただいていません」


「気づいた相手には言いますよ」


「そうですか」


 先輩の声は平坦だった。


 けれど、角砂糖の袋を握る指だけが、ほんの少し強くなった。


「春日井君」


 背後から冷たい声が飛んできた。


 振り返ると、氷室が入口に立っている。


「昼休み開始から三分しか経っていませんが、ずいぶん親しげですね」


「予算の確認をしてただけだよ」


「顔色の確認も、会計業務に含まれるのですか?」


「三島先輩が昨日――」


「春日井君」


 三島先輩が俺の言葉を遮った。


「昨日の件を話す必要はありません」


「そうでした」


「昨日?」


 氷室の視線が鋭くなる。


「三島先輩は昨夜、『アネモネ』へ来たのですか?」


「はい」


「春日井君がいる時間に?」


「はい」


「今日も行かれるおつもりですか?」


 三島先輩は少し考えた後、淡々と答えた。


「業務が予定通り終われば」


「では、予定外の業務を追加します」


「副会長が私情で仕事を増やすのは問題です」


「文化祭前ですので、必要な作業はいくらでもあります」


「氷室、そんなに三島先輩と一緒に仕事したいのか?」


 俺が尋ねると、二人とも黙った。


 どうやら違ったらしい。


「春日井君は黙っていてください」


「また怒られた」


「原因はあなたです」


「俺、何かした?」


「していないことが問題です」


 ますます分からない。


 その後、久世会長と白崎も生徒会室へ入り、文化祭の準備が始まった。


 俺たちのクラスが担当するお化け屋敷では、内装用の段ボールが不足しているらしい。放課後に倉庫から運ぶ人員を決めることになった。


「俺が運びますよ」


「先輩。私も行きます」


 白崎が即座に手を上げる。


「わたくしも同行します」


「氷室は生徒会の仕事があるだろ」


「調整します」


 三島先輩も資料から顔を上げた。


「倉庫内の備品数を確認する必要があります。私も行きます」


 三人の視線がぶつかる。


「段ボールを取りに行くだけですよね?」


 俺が確認すると、白崎は微笑み、氷室は目を細め、三島先輩は眼鏡の位置を直した。


「はい。段ボールを運ぶだけです」


 その割には、全員の声が妙に硬かった。


 放課後。


 結局、俺は三人と一緒に旧校舎の倉庫へ向かうことになった。


 文化祭準備で賑わう廊下を歩きながら、俺は少し前まで琴葉の背中ばかり追っていた自分を思い出す。


 今は、前後左右から声をかけられ、余計なことを考える暇もない。


 失恋してからの学校生活は、静かに終わっていくものだと思っていた。


 どうやら俺の青春は、負けた後のほうが騒がしくなるらしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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