表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/24

第17話 失恋したもの同士の集い

 俺が「全員から好かれているなんて勘違いだった」と結論づけた翌日。


 学校へ向かう道の途中で、早くも何かがおかしいことに気づいた。


「おはようございます、春日井君」


 自宅近くの交差点で、氷室玲奈が待っていた。


 制服はいつも通り完璧に整えられ、長い黒髪も乱れていない。ただし、彼女の家は学校を挟んで反対方向にあるはずだ。


「どうしてここにいるんだ?」


「偶然です」


「氷室の家、こっちじゃないだろ」


「朝の散歩です」


「学校とは逆方向に二十分歩いて?」


「健康維持のためです」


 氷室は少しも動揺せずに答えた。


「春日井君も、これから登校ですね」


「それ以外に見える?」


「では、ご一緒しましょう」


「最初からそのつもりで待ってたよな?」


「偶然、目的地が同じだけです」


 かなり苦しい説明だった。


 それでも、昨日の一件を考えれば理由は分かる。


 俺が妙な勘違いを口にしたせいで、氷室は俺が余計な方向へ考えないよう監視しに来たのだろう。


 同じ失恋仲間として、誤解を解こうとしているに違いない。


「春日井君」


「何?」


「朝食は食べましたか?」


「食べたよ」


「何を?」


「トーストと目玉焼き」


「野菜がありませんね」


「昼に食べる」


「昨日の夕食は?」


「店の賄い」


「内容は?」


「そこまで聞く?」


「健康管理です」


「いつから俺の管理者になったんだよ」


「昨日からです」


 きっぱりと言い切られた。


 昨日、俺が一瞬でも好意を疑ったことが、相当心配だったらしい。


「氷室。別に昨日のことなら気にしなくていいからな」


「何のことですか?」


「俺が、お前らから好かれてるんじゃないかって勘違いしたこと」


「……はい」


「冷静に考え直したから」


「そうですか」


 氷室は微笑んだ。


 それは、とても綺麗な笑顔だった。


「それは、本当によかったです」


「なんか怖いぞ」


「気のせいです」


 少し先まで歩くと、交差点の向こう側から誰かが走ってきた。


「春日井!」


 朝練用のジャージ姿をした夏目だった。


「お前、朝練は?」


「今日は自主練にした!」


「それ、勝手に決めていいのか?」


「顧問には連絡した!」


 夏目は俺たちの前で止まり、膝に手をついて息を整えた。


「間に合った……」


「何に?」


「春日井との登校」


「約束してないよな?」


「昨日、決めた!」


「誰と?」


「自分と!」


 それは約束ではなく決意だ。


「夏目さん」


 氷室の声が冷たくなる。


「あなたの自宅から学校へ向かう場合、この道は大幅な遠回りでは?」


「氷室もだろ!」


「わたくしは散歩です」


「アタシは朝練!」


「学校から離れる方向へ走る朝練などありません」


「失恋から立ち直るための精神的トレーニングだよ!」


 便利な言葉を見つけたものだ。


 俺を挟んで二人が言い合っていると、後ろから自転車のブレーキ音が聞こえた。


「春日井君……」


 振り返ると、椎名が自転車に乗っていた。


 前の籠には本が大量に入っている。


「椎名まで?」


「通学途中です」


「椎名の家もこっちじゃないだろ」


「図書館へ本を返却する予定がありました」


「朝早くから開いてる?」


「……返却口は、二十四時間です」


「学校とは反対側だけど」


「本を返した後、急に遠回りがしたくなりました」


 三人とも同じような言い訳をしている。


 昨日の俺の勘違いが、よほど気まずかったのだろう。


 たぶん、失恋仲間として距離が近すぎたせいで誤解を生んだことを反省し、逆に自然な距離感を作ろうとしている。


 その結果、なぜか全員が俺の通学路に集まった。


 人間関係というものは難しい。


「とりあえず、学校へ行こう」


「はい」


「そうだな!」


「自転車は押して歩きます」


 俺の右側に氷室。


 左側に夏目。


 少し後ろを椎名が自転車を押して歩く。


 通行人から見れば、どんな集団に見えるのだろう。


「春日井君」


 椎名が後ろから声をかける。


「昨日は、小説をどこまで読みましたか?」


「百二十八ページ」


「予定より八ページ多いです」


「頑張っただろ」


「はい。とても偉いです」


 椎名は嬉しそうに微笑んだ。


 その瞬間、氷室が反応する。


「春日井君を子供扱いしないでください」


「褒めただけです」


「でしたら、わたくしも褒めます」


「何を?」


「昨日も、よく働いていました」


「急だな」


「それから、水瀬さんを振り返らずに帰ったことも評価します」


「朝から重い話を持ち出すなよ」


「アタシも褒める!」


 夏目が俺の肩を叩いた。


「何を?」


「アタシの特大パフェを綺麗に盛った!」


「仕事だからな」


「あと、泣いてるときに黙って前に立ってくれた!」


「もうその話はいいだろ」


「よくない。あれはアタシの中で大事な思い出だから」


 夏目はそう言って、少しだけ顔を赤くした。


 どうやら昨日の勘違いを否定するため、三人とも「恋愛ではなく感謝だ」と伝えようとしているらしい。


 ありがたい話ではある。


「みんな、おはよう」


 学校へ近づいたところで、琴葉の声が聞こえた。


 蓮と一緒だった。


「悠人、今日は氷室さんたちと登校なんだね」


「偶然会っただけだよ」


「三人とも?」


「ああ」


「すごい偶然だね」


 琴葉は笑っていた。


 ただ、視線は俺の隣にいる氷室へ向いている。


「水瀬さん。おはようございます」


「おはよう、氷室さん」


「高宮君も」


「おはよう」


 表面上は穏やかな挨拶だった。


 それでも、なぜか空気が硬い。


「悠人」


「何?」


「今日の放課後、少し時間ある?」


 その言葉に、氷室たちが同時に反応した。


「ありません」


 氷室が答える。


「春日井はバイト!」


 夏目が続く。


「読書の予定もあります」


 椎名まで口を挟んだ。


「俺に聞いてるんだよな?」


「うん」


 琴葉は少し困ったように笑った。


「文化祭のクラス準備について、相談したいことがあって」


「それなら教室でいいだろ」


「できれば二人で話したいの」


 また、二人で。


 以前なら、その言葉に期待しただろう。


 今は少しだけ警戒する。


「内容によるけど」


「悠人にしか頼めないこと」


 琴葉は俺を真っ直ぐ見た。


 隣では蓮が、僅かに複雑そうな顔をしている。


 恋人がいる前で、別の男子へ二人きりの相談を持ちかけるのは、確かに少し変かもしれない。


「琴葉」


 蓮が静かに声をかけた。


「俺も一緒じゃ駄目なのか?」


「蓮君には関係ないから」


「関係ないって……」


「ごめん。でも、悠人と話したいの」


 蓮の表情が曇る。


 俺は胸の奥に嫌な感覚を覚えた。


 琴葉は、俺が今までと同じように自分を優先すると信じている。


 以前の俺なら、それに応えた。


 でも今は。


「悪い。今日は無理だ」


「どうして?」


「生徒会の仕事もあるし、バイトもある。それに、蓮に聞かせられない相談なら、俺も聞かないほうがいいと思う」


「悠人まで、そんなこと言うの?」


「琴葉には恋人がいるんだから、その辺は気をつけたほうがいい」


 言いながら、自分でも驚いていた。


 少し前までの俺なら、琴葉から頼られれば、何を差し置いても応じようとした。


 だが今は、蓮の表情まで無視することはできない。


「……分かった」


 琴葉は俯いた。


「もういい」


 そのまま先へ歩いていく。


 蓮は俺へ小さく頭を下げ、琴葉の後を追った。


 俺は二人の背中を見送る。


「春日井君」


 氷室が隣で言った。


「今の判断は正解です」


「そうかな」


「はい」


「でも、琴葉を傷つけた」


「誰も傷つけずに関係を変えることなどできません」


 氷室の言葉は冷静だった。


「それに、水瀬さんには高宮君がいます」


「……そうだな」


「春日井君まで抱え込む必要はありません」


 俺は短く息を吐いた。


 すると夏目が俺の背中を叩く。


「難しい顔すんなよ」


「痛い」


「放課後、パフェ食べる?」


「食べるのはお前だろ」


「今日は春日井に一口やる」


「珍しいな」


「失恋後、初めて他人に分ける特別な一口だから」


「重いよ」


 椎名も静かに口を開く。


「今日の場面は、とてもよかったです」


「また小説にする気か?」


「主人公が過去の恋へ戻らず、現在の仲間を選ぶ場面として使えます」


「俺、誰かを選んだ覚えはないけど」


 椎名は何も言わず、小さく微笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間。


 また、昨日と同じ疑念が頭をよぎった。


 もしかして。


 彼女たちは俺が琴葉を断ったことを、ただの友人として喜んでいるわけではないのでは。


 氷室は俺の生活を管理しようとし。


 夏目は俺との思い出を特別だと言い。


 椎名は俺をモデルにした物語を書いている。


 そして今日、三人とも俺と登校するために遠回りをしてきた。


 さすがにこれは。


「春日井君?」


 氷室が首を傾げる。


「どうしました?」


「いや……」


 一瞬だけ、三人の顔を見比べる。


 まさか、本当に。


「もしかして、お前ら――」


 三人の表情が同時に固まった。


 氷室は呼吸を止め。


 夏目は頬を赤くし。


 椎名は自転車のハンドルを強く握る。


 俺はその反応を見て、確信しかけた。


 だが。


 次の瞬間、昨日の自分の発言を思い出す。


 全員から好かれているのではないか。


 そう言った直後、三人はあれほど呆れていた。


 氷室には「ひどい勘違い」とまで言われた。


 つまり今の反応は、また同じ痛い発言をするのではないかと警戒しただけだ。


 危ない。


 二日連続で同じ勘違いをするところだった。


「……俺に、何か言いたいことある?」


 急遽、質問を変えた。


 三人は沈黙する。


「あります」


 最初に答えたのは氷室だった。


「もう少し、自分の周囲をよく観察してください」


「してるつもりだけど」


「足りません」


「アタシもある」


 夏目が唇を尖らせる。


「何?」


「鈍いにも限度がある」


「何に対して?」


「それが分かってないから言ってるんだよ!」


 理不尽に怒られた。


「私も……」


 椎名が遠慮がちに手を上げる。


「春日井君には、物語の伏線を読み取る力が不足しています」


「小説の話?」


「現実の話です」


「現実に伏線なんてある?」


「目の前に大量にあります」


 三人とも、妙なことばかり言う。


 やはり昨日の勘違いについて、俺を戒めようとしているのだろう。


 俺は一人で納得し、学校へ向かって歩き出した。


 その背後で。


「今、絶対に気づきかけたよな?」


「はい」


「どうして最後に戻るのでしょうか」


「主人公補正ではなく、主人公欠陥ですね……」


 三人が何かを話していたが、風の音でよく聞こえなかった。


 少なくとも一つだけ、俺には分かっている。


 彼女たちは大切な失恋仲間だ。


 俺が余計な勘違いをして、その関係を壊してはいけない。


 だからこそ。


 彼女たちの好意を疑うような自意識過剰だけは、二度と繰り返さないようにしよう。


 その決意を固めた俺を見て。


 氷室たち三人が、揃って深いため息をついていたことには、もちろん気づかなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ