表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/20

第13話 先輩の衣装が見たいです♥

 その日の『アネモネ』は、妙な緊張感に包まれていた。


 原因は、カウンター席の中央に鎮座する巨大なパフェである。


 グラスは通常より一回り大きく、アイスクリームは三段。生クリームの山にはチョコソースが惜しみなくかけられ、側面にはウエハースとバナナ、さらに店長の厚意で苺まで添えられている。


 商品名をつけるなら、失恋後始末パフェといったところだろう。


「でかいな」


「今日はこれくらい必要」


 夏目はそう言うと、スプーンを握り締めた。


 グラウンドで泣いた直後よりは落ち着いているが、目元はまだ少し赤い。


「真壁先輩の彼女さん、いい人だった」


「そうか」


「それが一番腹立つ」


 夏目はアイスを乱暴にすくって口に運んだ。


「嫌な人だったらよかったのに。そしたら、先輩は見る目がないって思えたのにさ。綺麗で、優しくて、先輩のことをちゃんと分かってる人だった」


 負けた相手が悪人なら、恨める。


 勝者に欠点があれば、納得しない理由にできる。


 けれど現実は、そう都合よくできていない。


 琴葉を選んだ蓮がいい奴だったように。


 久世会長が氷室へ誠実に断ったように。


 篠崎先輩の彼女が、椎名の手紙を読まずに返したように。


 勝者が必ずしも悪者とは限らないから、敗者は自分の感情の置き場に困るのだ。


「春日井」


「何?」


「アタシ、ちゃんと負けたんだな」


「ああ」


「そこは否定しろよ」


「負けたって認めたほうが、次に進みやすいだろ」


「正論が染みる……」


 夏目は額をテーブルに伏せた。


 その向かいに座る氷室は、紅茶を飲みながら淡々と言う。


「夏目さんの場合、告白前に敗北が確定しただけです。負けを認めることは、必要なプロセスだと思います」


「氷室、慰める気ある?」


「あります」


「嘘だろ」


「では言い換えます。今日のあなたは、最後までよく耐えました」


 氷室の言葉に、夏目がゆっくり顔を上げた。


「……そういうのも言えるんだな」


「わたくしを何だと思っているのですか」


「春日井の隣に座る女を社会的に処理しようとする人」


「誤解です」


「半分くらい事実じゃん」


 珍しく、氷室は言い返さなかった。


 代わりに視線だけで夏目を黙らせようとしている。


 その隣では、椎名がノートへ何かを書いていた。


「椎名。今日は何を書いてるんだ?」


「夏目さんの失恋エピソードを、物語に転用できないか整理しています」


「本人の前でやるな」


「名前は変えます」


「そういう問題じゃない!」


 夏目が叫ぶと、椎名は真面目な顔で首を傾げた。


「ですが、とても良い場面でした。好きだった人の幸せを認めながら、自分の敗北も受け入れる。青春小説としては非常に美しいです」


「現実のアタシは全然美しくなかったけどな」


「泣いていましたね」


「言うな!」


「でも、春日井君の制服を掴んで泣くところは、挿絵にしたいほどでした」


「挿絵にするな!」


 夏目は顔を真っ赤にしてパフェを食べ進める。


 その様子を見て、店長がカウンターの奥で楽しそうに笑っていた。


「青春ねえ」


「店長、面白がってません?」


「少しだけね」


「止めてくださいよ」


「悠人君がちゃんと対応できているなら、私は見守るわ」


「できてますかね?」


「少なくとも、全員ここに来る前よりは顔がよくなっているもの」


 店長の言葉に、三人が一瞬黙った。


 失恋して、泣いて、怒って、恨んで、未練を吐き出して。


 それでも確かに、初めてこの店へ来た日よりは、三人とも前を向けるようになっている気がした。


 俺自身も、たぶんそうだ。


「先輩」


 その空気を切り裂くように、扉のベルが鳴った。


 入ってきたのは白崎だった。


 手には生徒会の資料を抱えている。


「文化祭喫茶スペースの追加資料をお持ちしました」


「わざわざ店まで?」


「はい。先輩に会えるので」


「目的を隠さないな」


「隠しても、先輩は気づいてくださらないので」


 白崎はにこりと笑い、自然な動作でカウンターの空席へ腰掛けようとした。


 しかしその瞬間、氷室が先に鞄を置いた。


「そこは荷物置きです」


「先ほどまで空いていましたよね?」


「今、必要になりました」


「では、反対側に」


 白崎が俺に近い席へ移動しようとすると、今度は夏目がパフェの皿を横にずらした。


「そこ、アタシの肘置き」


「肘を置くには広すぎませんか?」


「失恋した女は広いスペースが必要なんだよ」


「そうですか。では、椎名先輩の隣に座ります」


「私は構いません」


 椎名だけは素直に席を譲った。


 白崎はそこへ腰掛けると、俺へ資料を差し出す。


「明日の昼休み、生徒会室で文化祭喫茶の衣装案について話し合うそうです」


「衣装案?」


「はい。接客担当の服装をどうするか、意見を集めたいと」


 嫌な予感がした。


「俺は助言だけだよな?」


「久世会長は、先輩にも試着していただくと言っていました」


「なんで?」


「喫茶店経験者として、動きやすさを確認するためです」


「俺じゃなくてもできるだろ」


「私もそう思います」


 白崎はそこで一度言葉を切り、楽しそうに微笑む。


「ですが、先輩の制服以外の姿は見たいです」


「目的が漏れてる」


「隠していませんので」


 氷室の視線が鋭くなる。


「白崎さん。春日井君を着せ替え人形のように扱わないでください」


「副会長は見たくないのですか?」


「業務上必要であれば確認します」


「見たいのですね」


「違います」


「では、目を閉じていてください」


「確認業務を放棄するわけにはいきません」


「やっぱり見たいのですね」


 氷室が黙った。


 夏目はパフェを食べながら笑っている。


「春日井の執事服か。文化祭、盛り上がりそうだな」


「お前まで乗るな」


「アタシはジャージで接客でもいいけど」


「客が落ち着かないだろ」


「椎名先輩はどう思いますか?」


 白崎に尋ねられた椎名は、少し考えてから答えた。


「春日井君には、黒いベストと白いシャツが似合うと思います。派手な衣装より、控えめで、でも目を引く感じがいいです」


「具体的だな」


「すでに描写していますので」


「どこに?」


「次回作の三章です」


「俺を勝手に登場させるな」


 白崎が椎名のノートを覗こうとする。


「その作品、読んでもいいですか?」


「まだ駄目です」


「どうしてですか?」


「春日井君が最初に読むと決めています」


 椎名はノートを胸に抱え、珍しくはっきりと拒絶した。


「私の作品を最初に読むのは、春日井君です」


 その言葉に、白崎の笑みが少しだけ深くなる。


「椎名先輩も、なかなか強いですね」


「私は弱いです。だから、作品の中では負けないように書きます」


「現実でも?」


「……できれば」


 椎名は小さな声でそう答えた。


 本人は自覚しているのか分からない。


 だが、その一言で店内の空気がまた変わった。


 負けた恋を慰め合うだけだった彼女たちは、少しずつ次の場所へ向かい始めている。


 そしてその向かう先に、なぜか俺が立たされている。


「悠人君」


 店長が厨房から声をかけてきた。


「明日の試着、写真を撮ってきてね」


「店長まで何を言ってるんですか」


「文化祭の参考でしょう?」


「絶対に違う目的で言ってますよね」


「半分はね」


「半分もあるんですか」


 店長は楽しそうに笑う。


 その後、白崎が持ってきた資料を広げ、文化祭の話し合いが始まった。


 氷室は業務担当として意見を出し、白崎は俺の隣を狙い、夏目は客として見たい衣装を好き勝手に提案し、椎名はそのすべてを小説のネタに変換していく。


 俺はただ、話が脱線しないように必死だった。


 だが、ふと気づく。


 この騒がしさの中で、夏目はもう真壁先輩の話をしていなかった。


 氷室も、久世会長の名前を口にしなかった。


 椎名も、未開封の手紙を握り締めてはいなかった。


 失恋の痛みは消えない。


 けれど、その痛みだけで一日が終わるわけではなくなっている。


 それはきっと、悪いことではないはずだ。


「先輩」


 白崎が資料越しに俺を見る。


「明日の昼休み、迎えに行きますね」


「一人で行ける」


「私が迎えに行きたいんです」


「春日井君は、わたくしと教室から向かいます」


 氷室が即座に言う。


「アタシも見に行く!」


「夏目は関係ないだろ」


「執事服を見る権利がある!」


「ない!」


「私も……資料確認として同行します」


「椎名は文芸部だよな?」


「文化祭で小説展示をするので、関係があります」


 四人の視線が俺に集まる。


 明日の昼休みが、平穏に終わる気配はまったくない。


 そのとき、店長が小さく呟いた。


「本当に、負け犬たちのたまり場というより、悠人君争奪戦の控室ね」


「何か言いました?」


「いいえ。文化祭が楽しみね、って言っただけよ」


 俺には、明日の時点ですでに不安しかなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ