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5話「市場の外れで」

 今まで訪れた町がそうであったように、町の中央に位置する広場には、ささやかな平日の市場が立っていた。野菜や果物、肉、パン、その他には日用品を売る店が軒を連ねている。店番をする者の中には学校へ行っていないのか、子供の姿もあった。


 ささやかとはいっても生活に根差した逞しさは活気となって、まだ朝のうちから市場の、広場の、町の雰囲気を支えていた。


 そんな市場で余所者のルーは最も目立たない、どこの出入り口からも遠いスペースで敷物に物品を並べて座っていた。ルーがここへ来たのは市場に出店するためではなかった。


 休日だった昨日、この町の市場に出店するという業者と待ち合わせをしていたのだが、彼はいっこうに現れなかった。一人で広場を何周も歩いて探していたところ、見慣れないルーを怪しんだ顔役らしき男が声をかけてきたのだ。ルーが事情を説明すると、一転、その顔役は気の毒に思ったのか、明日も待つなら邪魔にならないところで店を出してもいい、といった。


「よほどガラクタじゃなければ一つくらいは売れるだろ」


 と笑う顔役に、ルーはぱちぱちと瞬きをしながら苦笑いをした。


 おせっかいとは言え、厚意は断りにくかったし、どうしたって約束した業者が来るまでの時間つぶしは必要だ、とルーは自分への言い訳のように何度も考えた。決められた客を訪問するならまだしも、例えば客ともつかぬ、前を通る人にはどんな顔をしたものか。一言でいえば苦手な作業だった。


 そう思いつつも、バイクの前に布を敷き、簡易な露天販売を始めたところ、三十分もしないうちに一人の男が近づいてきた。


「見ない顔だね」


 ルーが口を開こうとすると


「同じ顔ばかりだと飽きるからな」


 と男は言った。


 その時点でルーは店を畳みたくなったが、男が目の前に並べてある商品について幾つかの質問を始めたので、我ながら律儀だと思いつつ説明をした。どれも普通の、仕事のついでに回収したようなモノばかりだったが、男は初めて見るというような顔つきで、それでいて説明に対する反応も薄かった。ルーは、随分と長いこと説明をしたのに理解してないのだろうか、と思ったが、すぐに、この男は別に興味をもってるわけではないのだ、と気づいた。


「その荷車の後ろ、なんて書いてあるの?」


 と聞く男に、


「サザンカ精工、会社名です」


 ルーはその文字を指で追うように示して、そして男の目を見たが


「ふぅん、パッとしないな」


「会社ってこれからどんどん増えていくから埋もれそうだね。宣伝が必要な時代に、何をしてるのか一見してわからないと意味がないかな」


 と言って、じろりと社名の横にある花のレリーフを見た。


「で、それがサザンカなの?」


 という男に、ルーはそうですと答えた。


 だが、実際はイヌバラであった。


 ルーは立ち上がり、その自分で彫ったばかりのイヌバラのレリーフを、荷車から取り出したウエスで拭いた。


「ところで、その荷車に積んだままの商品は売れないの?」


 男が初めて興味を持った風に言った。


「これは売りものじゃないですね。感情鉱石式の古い機械ばかりで、要らなくなったり故障した物を回収して回ってるんです」


 そういって、荷車のカバーをめくったが、男を見ると感情鉱石についてはピンときていないようだった。


 ルーは分厚いカタログを男に手渡して、簡単な説明をした。


「蒸気やらガスやらがメインだった時代が終わって、一時的に持てはやされた動力があったんです。外国の話ですが、それは不思議と燃料がなくても動き続けるんです。不思議でしょう?でも、今のように電気が流行ると同時にあっという間に終わりました。それもまた不思議で」


 男はあっけにとられたような顔をして口を開いた。


「燃料がいらないだって?何であんたそれをもっと売らないの?」


「新しい感情鉱石がもう出回らないからです。商品が生産されなければ、商売にはならないでしょう。せいぜい、弊社のように回収と修理が関の山です」


「なんでもう出回らないの?」


「鉱山を巡って先の戦争の原因になった、という噂もありますが、本当のところはわかりません」


「それはねえ」


 と男が一段声を大きくして言った。


「あんたの売り方が悪いんだよ。そんなチャンスにリスクを負わないで、商売なんてできないよ」


 男は続ける。


「あんた今朝、この店出すとき他の店よりもずっと遅かっただろう?良い商売人っていうのは人よりも先に準備を済ませるもんなんだよ」


 さらに


「俺そういうのちゃんと見てるから」


 と続けた。


 暖かい風が吹いて、ルーの黒い髪が揺れた。黒い瞳をぱちぱちとしばたたかせながら、そっと服の砂埃を払った。時計塔を見あげると、店を出してから三時間は経っていた。市場には平日なりに喧噪があるものだが、今のこの場所には、それがなかった。男はそれに気づいているだろうか。


 ルーは男に声をかけた。


「ちょっとお手洗いに行くので、商品を見ててもらっていいですか?」


 そして返事を待たずに、市の外れの公衆トイレへ向かった。

 のんびりと用を足すと、そのままトイレの裏へ回り、少し離れたところから市場の中へ戻った。どこの町も似たような市の立ち方をするが、例えば野菜などは種類も出来栄えも違う。ルーはそういう土地土地でのわずかな違いを好んだ。そして、そこで作られた肉も魚も野菜も、毎日同じ住人の口に入るわけではなく、自分のような余所者が気まぐれに訪れ、腹を満たすために買われることもある。それは小さな運命の分岐だ、と思った。


 ちょうど腹も減ってきたころに、ルーの鼻を甘い匂いがくすぐった。


「芋ですか?」


 屋台をのぞき込んだルーに、売り子の若い女が笑顔で答えた。


「ええ。でも色々混ぜて揚げてるの。他所じゃ食べられない、うちだけのお手製よ」


 女はルーが余所者だと気づいたからか、「おまけよ」と言って、注文よりひとつ多く、紙で包んでくれた。


「ありがとう」


「こちらこそ、また来てね」


 ルーは食べる場所を探して辺りを見回した。ちょうど花壇の縁に座って昼飯を食べている者がいたので、ルーもそこに座り込んだ。芋料理は売り子の言う通り、他所で食べられないかは不明だが、味はとてもよかった。二個目を食べていると、前から数人の男がまっすぐ歩いてくるのが見えた。一人は顔役だった。

 ルーは立ち上がった。


「おう、あんたに連絡がきてるんだ」


 顔役は連れているうちの一人に促した。


「あんたサザンカ精工だろ、あんたと待ち合わせてた業者から連絡があってよ。車が故障したんだと」


 その男の説明によれば、この町に向かう道で車が故障して一度会社まで戻ったのだという。戻るのに時間がかかりすぎて連絡も出来なかったらしい。


「そんな事情らしい。勘弁してやってくれよ」


 顔役に言われるまでもなく、ルーは怒ってもなかった。ルー自体が遅れることも少なくないからだが。


「それ、美味ぇだろ」


 ルーの手元を見て顔役が言った。美味いと返すと満足そうに微笑んだ。


「で、売れたかい?」


 ルーがさっぱりだと言うと、


「ほんとにガラクタだったのか?」


 と、顔役は笑った。そのあと、ルーの陣取っていた市場の外れの方を見て、あれ? といった。


「フラーがいるぞ。あんたの店のとこ、あいつ何やってんだ?」


「店番を頼んだんです」


 ルーがそういうと、顔役は呆れた声で何かつぶやいたあと、ルーに尋ねた。


「あいつはほんとに暇なやつなんだよ。話を聞いてくれそうな相手には何時間でも話し続けるんだ。あんたも相当しつこく何か言われただろ?」


「商売のコツとかですね」


「悪い癖なんだ。あれであいつ、まともに働いたことないんだぜ。この町から出たこともない」


 ルーは、そんなことだろうと思ったが、黙っていた。


「ところで、待ってる相手は明日や明後日に来られるかわからないんだろ? あんた、これからどうするんだ?」


 と、ルーに聞いた。


 ルーは市場が閉まったら出発する旨を伝えた。合わせて、出店させてくれたことのお礼を言った。


「まるで旅だな。どんな感じだ? 楽しいかい? って仕事は仕事だな」


 そして顔役はフラーの方をまた見て


「この町にずっといるのは俺も同じだけどな」


 といった。


「求められていることが大切なんだと思います」


 と、ルーはつぶやいた。


 しばらくして、二人でルーの店の場所まで歩いた。着いたときにはフラーは居なくなっていた。隣の屋台の主が「フラーならどっか行ったよ」と教えてくれた。


 顔役はルーの並べた商品を見て、


「ガラクタなんて言ったけど、様にはなってるな」


 といった。


 ふと、思い出したように顔役が続けた。


「昨日から気になってたんだけど、何でサザンカじゃないんだ?」


「それ、イヌバラだろ?」


 顔役が荷車を指さしてそういった。


 ルーは、そうだと言った。


「自分で彫ったのか?」


 ルーはもう一度そうだと言った。


「ふうん」


 とだけ顔役が言った。


 そして、ルーはまたいづれ、この町を訪れる約束をして、片付けを始めた。


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