幕間 距離のかたち
たっくん、人気者!
中庭を抜ける風に、
わずかに冷たさが混じっていた。
石畳に落ちる陽射しはまだ柔らかいのに、
空気の奥だけが先に冬へ向かっている。
秋の終わり。
季節が、静かに入れ替わろうとしていた。
エドワード・ハミルトンは、変わらない。
群れず、寄せ付けず、
必要のないものは容赦なく切り捨てる。
それが彼に許された在り方であり、
周囲もまた、それを疑わなかった。
そこに現れたのが、佐伯拓海だ。
着崩した制服。
遠慮のない声。
そして、妙に近い距離感。
この場所の「静けさ」から、あからさまに外れている存在。
本来なら、交わるはずのない二人。
だが、その境界線を踏み越えたのは、
エドワードの方だった。
「タクミ」
自然すぎる呼び方。
当たり前のように隣に立たせる。
誰も踏み込まない距離に、
ただ一人だけを引き込んだ。
周囲の視線など気にせず、拓海はいつも通りだった。
「それ、ちょっと貸して。サンキュ!」
「あー、助かった。またな!」
相手が誰であろうと変わらない。
軽くて、雑で、妙に風通しがいい。
その「均一さ」が、凍りついていた空気を少しずつ緩めていく。
「……さっきの、助かった」
ぽつりと、言葉が落ちる。
「んー? 別に。たまたまそこに居ただけだし」
拓海は振り返りもせず、軽く手を振る。
恩を売るでもなく、残すでもな。
ただ通り過ぎる。
その積み重ねが、知らないうちに周囲を変えていった。
「タクミ」
「ん?」
「来い」
「今すぐ? 無茶言うなよ……」
ため息をつきながらも、結局ついていく。
その光景を見て、周囲は少しずつ理解する。
――あれは「例外」なのだと。
エドワードが許しているのなら。
ならば、自分たちも少しだけ近づいていいのかもしれない。
「なあ、これどう思う?」
「んー? どれどれ」
気づけば、拓海の周りに人が集まり始めていた。
特別なことではない。
ただの、会話。
ただの、日常。
エドワードはそこに加わらない。
止めもしない。
ただ当然のように、その光景を視界の端に置いている。
エドワードは、誰とも群れない。
拓海は、誰とでも同じ距離で接する。
それでも、その二人の周囲だけが、
冬の手前に残された、わずかな暖かさを孕んでいた。
「タクミ」
「またかよ」
「『春はあけぼの』の『あけぼの』だが」
まだ言うか。
拓海は、空を見上げた。
淡く、境界の曖昧な色。
秋が終わりきらないまま、冬に触れようとしている空。
「……まあ、あんな感じじゃない?」
指差した先を、エドワードも同じように見る。
一拍。
「…………エモいな」
「語彙力死んでんぞ、お前」
即座に返る。
少し遅れて、周囲から小さな笑いが漏れる。
冷たい風の中で。
それでも、二人の周りだけは、
まだ秋のままだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




