第五百五十七話 「接続(リンク)とは、無関係に見えた断片が一本の線になることではなく、一人の少女が命懸けで守り抜いた記憶が、巨大な闇へ辿り着く最初の道となる現象のことである」という話
全然すすまない(´・ω:;.:...
夜明け前。
雨の上がった倉庫街には、赤色灯だけが静かに明滅していた。
救急隊員が慌ただしく行き交い、規制線の向こうでは鑑識が現場検証を続けている。
その一角に停められた救急車の中。
毛布を肩まで掛けた美咲は、小さく息を整えていた。
身体の震えは、まだ止まらない。
無理もない。
ほんの数十分前まで、自分は命を奪われるかもしれない場所にいたのだから。
正式な事情聴取ができる状態ではない。
それでも、一人の刑事だけは静かに手帳を開いた。
松本龍平。
椅子へ腰を下ろし、美咲と視線を合わせる。
「覚えていることだけで構いません。」
「小さなことでも。」
「何でも話してください。」
美咲は小さく頷いた。
ゆっくりと呼吸を整えながら、言葉を探す。
「……見張りの男が、一人だけ。」
「右足を少し引きずっていました。」
ペンが走る。
「他には。」
「……三分くらいおきに。」
「外を、大きなトラックが通っていました。」
龍平は黙ったまま書き留める。
「時計。」
美咲は目を閉じた。
「一人だけ……何度も懐中時計を見ていました。」
「電話も。」
「電話?」
「はい。」
「相手のことを……。」
一拍。
「『管理者』って呼んでいました。」
龍平のペン先が、一瞬だけ止まる。
それでも何も言わず、再び紙へ文字を刻んだ。
「他には。」
「……部屋。」
「甘いような。」
「薬みたいな匂いがしました。」
ただ、それだけ。
本人にとっては、生き延びるために必死で覚えていただけの記憶。
だが龍平の頭の中では、それらが少しずつ繋がり始めていた。
港で見つかったコンテナ。
消えた輸送記録。
南へ誘導された偽の逃走経路。
そして。
"管理者"。
点だったものが、一本の線になろうとしていた。
「……。」
龍平は静かにページをめくる。
その時だった。
「おい。」
聞き慣れた声が救急車の外から飛んできた。
振り向くと、缶コーヒーを二本持った拓海が立っている。
「佐伯さん。」
「そんな一気に聞くな。」
「え?」
「この子、さっきまで命懸けだったんだぞ。」
拓海は救急車へ乗り込み、龍平の肩を軽く叩いた。
「証拠は逃げねえ。」
「でも人は休まないと壊れる。」
「……。」
龍平はしばらく黙っていた。
やがて手帳を閉じる。
「……失礼しました。」
その一言だけだった。
誰にも気付かれない。
けれど
実の妹が目の前で生きている。
その事実だけで、冷静な仮面の奥は静かに揺れていた。
その時だった。
「あの。」
美咲が龍平を見つめる。
「はい。」
「……刑事さん。」
一拍。
「どこかで、お会いしたこと……ありませんか?」
龍平の指先が止まる。
本当に、一瞬だけ。
それだけだった。
ゆっくり顔を上げる。
「いいえ。」
穏やかな声だった。
「今日が初めてです。」
美咲は小さく首を傾げる。
「……そう、ですよね。」
それ以上は聞かなかった。
***********
「松本さん!」
現場から鑑識官が駆け寄ってきた。
透明な証拠袋を差し出す。
「床板の隙間から発見しました。」
「被害者が意図的に落とした可能性があります。」
袋の中には、小さな髪留めが入っていた。
拓海は美咲を見る。
「これ。」
「お前が落としたのか?」
美咲は静かに頷く。
「……はい。」
「誰かが。」
「ここにいたって、気付いてくれたらと思って。」
拓海は少しだけ笑った。
「届いたぞ。」
大きな手が、美咲の頭をそっと撫でる。
「ちゃんと届いた。」
「お前、よく頑張ったな。」
その瞬間だった。
美咲の目から、大粒の涙が零れ落ちた。
”助かった”
その実感が、ようやく胸へ追いついてきた。
***********
合同捜査本部。
ホワイトボードには新しい付箋が次々と貼られていく。
右足を引きずる男
三分間隔の大型車
懐中時計
管理者
薬品の匂い
それまで無関係だった情報が、一人の少女の記憶によって繋がり始めていた。
龍平は資料を見つめる。
「佐伯さん。」
「ん?」
「終わっていません。」
拓海は缶コーヒーを開けながら頷く。
「うん。」
龍平は静かに言った。
「……むしろ。」
「ここからです。」
拓海は小さく笑う。
「そうだな。」
「やっと。」
「相手の尻尾が見えてきた。」
誰も気付かなかった。
その一本の線が
やがて巨大な組織の"幹"へ届く最初の道になることを。
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【世田谷署・深夜の捜査本部】
~緊張感ゼロの缶コーヒータイム~
美咲の保護から数時間後、
合同捜査本部にも、ようやく少しだけ静けさが戻っていた。
廊下のパイプ椅子へ腰掛けた龍平は、缶コーヒーを片手にぼんやりと天井を見上げている。
そこへ聞き慣れた、遠慮という言葉を知らない足音が近付いてきた。
「ほら。」
拓海が缶コーヒーを一本放って寄越す。
「マヨネーズは入ってねぇぞ。」
「安心しろ、バカ。」
龍平は危なげなく受け取り、小さくため息をついた。
「入っていたら、その場であなたを公務執行妨害で逮捕していました。」
「ガハハ!」
拓海は笑いながら隣へどかっと座る。
「捕まえてみろ、バカちんが。」
「俺のママチャリ爆走から逃げ切れるかな?」
「乗りませんよ。」
龍平は缶を開けながら真顔で返した。
「あの前かごにマヨネーズが常備された違法車両には。」
拓海は吹き出した。
「違法車両って何だよ。」
しばらく二人で缶コーヒーを飲む。
静かな時間だった。
やがて拓海がぽつりと口を開く。
「で?」
「何がです。」
「あれ。」
「"今日が初めてです"。」
龍平の動きが一瞬だけ止まる。
「……聞いてたんですか。」
「聞こえた。」
拓海は悪びれもしない。
「カッコつけやがって。」
「"俺がお前の兄ちゃんだ!"って泣きつけば良かったじゃねえか。」
龍平はゆっくり缶を置いた。
「私は刑事です。」
「感情を優先する立場ではありません。」
「それに。」
「突然そんなことを言われても、彼女を困らせるだけです。」
「へいへい。」
拓海は笑う。
「真面目だねぇ。」
一拍。
「でもさ。」
「あの子、お前のこと見てたぞ。」
「……。」
「"どこかで会いましたか?"って。」
龍平は視線を落とした。
「……母に似ていたからでしょう。」
「違う違う。」
「え?」
拓海はニヤリと笑う。
「お前ら。」
「舌打ちするときの角度がそっくりなんだよ。」
「"チッ"って。」
「世界一似てる。」
沈黙……
龍平は無言で缶コーヒーを一口飲んだ。
そして。
「……佐伯さん。」
「ん?」
「今。」
「無性にあなたを逮捕したくなりました。」
拓海は腹を抱えて笑う。
「ガハハハハ!」
「ほら見ろ!」
「その真顔が一番おもしれぇんだよ!」
拓海はニヤリと龍平をみて笑った。
何時もの軽口、それが龍平を少し落ち着かせていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




