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幕間 「生い立ちとは、人生における初期設定のハンディキャップではなく、すべてを諦めることに慣れきった知性のなかに、消えない「渇き」を定着させるための、果てしなく冷徹なログのことである」という話

まぁ。ちょっと先になる話ですが。

すべてを諦めることに慣れたのは、いつからだっただろう。


物心ついた頃には、両親はいなかった。


母は父と俺を捨てた。

父は俺を捨てた。


残された俺を育ててくれたのは祖父母だった。


群馬県の片田舎。

決して裕福ではない、小さな家。


祖父母は俺を愛してくれた。


そのことに嘘はない。

だからこそ、生活が苦しいことも分かっていた。


祖父母は何も言わなかった。

だが、子供でも分かる。


食卓に並ぶおかずの数。

何度も補修された作業着。

壊れても買い替えない家電。


そういうものを見れば、嫌でも分かる。


中学の頃、祖父が亡くなった。


それから家はさらに静かになった。


中学を卒業する時、俺は働くつもりだった。

高校へ行くつもりはなかった。


だが祖母は言った。


「高校だけは行きなさい」


教師たちも同じことを言った。

成績は悪くなかった。

だから俺は地元の公立進学校へ進学した。


高校生活は勉強とアルバイトだった。


放課後、友人たちは遊びに行った。

俺はアルバイトへ向かった。


友人たちは新しい携帯電話を買った。

俺は祖母の薬代を気にした。


欲しいものがなかったわけじゃない。

ただ、欲しがる前に諦める方が早かった。


”それだけだ”。


高校卒業後、教師たちは大学進学を勧めてきた。


奨学金もある。

成績も問題ない。

そう言われた。


だが、俺には就職以外の選択肢がなかった。


祖母は高齢だった。


少しでも安心させたかった。

少しでも楽をさせたかった。


俺は地元の会社へ就職した。


その時、祖母は泣いた。


「すまないねぇ……」


その言葉だけは聞きたくなかった。


謝ってほしかったわけじゃない。

安心してほしかった。


それだけだった。


祖母が亡くなったのは、その半年後だった。

突然だった。

仕事を終えて帰宅した時には、もう冷たくなっていた。


病院へ行っていなかったのかもしれない。

金がかかるから。

心配をかけたくなかったから。


今となっては分からない。

分からないままだ。


俺は泣いた。

子供みたいに泣いた。


これからだった。

やっと少し楽をさせられると思っていた。


それなのに。


その日を境に、家には俺しかいなくなった。


静かだった。

驚くほど静かだった。


そして初めて、自分のことを考えた。


祖母が残してくれた保険金。

僅かな貯金。

奨学金。

アルバイト。


全部使えば、もしかしたら届くかもしれない。


そう思った。

二年後。

俺は東京の大学へ進学した。


昼は講義。

夜はアルバイト。

深夜は勉強。


四年間、そんな生活を続けた。


気が付けば卒業していた。


卒業後の進路に警察官を選んだ理由は単純だった。


「食いっぱぐれがない。」


それが一番大きい。

それ以外に理由らしい理由はない。


 ……たぶん。


ただ、失踪したままの両親のことが、一度も頭をよぎらなかったと言えば嘘になる。


生きているのか。

死んでいるのか。

今さら知りたいとも思わない。


どうせ、ろくな人生じゃないだろう。


そんな冷めた考えを抱えたまま。


『松本龍平』は、警視庁警察学校の重厚な門を見上げた。


ここから先は、自分の力で生きていくしかない。

そう思った。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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