第百九十七話 「反逆とは、体制を壊すことではなく、相手という絶対的な規律の中で、どれだけ無様に足掻けるかを証明する儀式である」という話
そろそろ話を動かさねば…
十一月五日。
夜の冷気は、吐く息を白く変えるほど鋭かった。
グラウンドの中央には、高く積み上げられた薪の塔。
その頂で揺れるガイ・フォークスの人形が、火に呑まれながら黒く崩れていく。
爆ぜる音。
舞い上がる火の粉。
周囲では生徒たちの歓声が途切れなく続いていた。
その喧騒の中で、エドワードは隣の拓海を見た。
「……タクミ」
低い声だった。
「この男は、王国の秩序そのものを吹き飛ばそうとして失敗した」
火に照らされた翡翠色の瞳が、どこか愉しげに細められる。
「だが、私は思う。……彼は敗北していない」
「はぁ?」
拓海は売店で買ったホットドッグを片手に、眉を寄せた。
「焼かれて終わってんだろ」
「違う」
エドワードは静かに首を振る。
「秩序に従って生きるより、秩序へ牙を剥いたという事実の方が、よほど長く残る」
そう言って、拓海の首元へ手を伸ばした。
そこに巻かれているのは、自分が半ば強引に貸し付けたハミルトン家のマフラーだった。
ずれた端を整えるふりをして、ほんの少しだけ引き寄せる。
「私も同じだ」
「何がだよ」
「ハミルトンという名前も、与えられた役割も」
視線が、まっすぐ拓海へ向く。
「お前の前では、いくらでも裏切れる」
拓海は数秒黙り、
それからホットドッグを一口かじった。
「……お前さ」
「何だ」
「腹減ってるだろ」
次の瞬間、残り半分をエドワードの口へ押し込んだ。
「むぐっ……!」
「さっきから小難しいことばっか言ってる時は、大体空腹なんだよ」
拓海はけろりとしている。
「まず食え。話はそれからだ、バーカ」
エドワードが抗議しようとした、その時だった。
夜空に花火が打ち上がる。
轟音。
赤、青、金。
冷え切った空を裂いて、大輪の火が次々と咲いていく。
「……おー」
拓海が素直に見上げる。
その横顔は、火の色を映して子どものように明るかった。
エドワードは口の中のホットドッグを飲み込み、口元を拭う。
自分が語った反逆も、秩序も、運命も―
この男の前では、いつも食欲や寒さや日常の一言で片づけられる。
だが。
そのことに腹は立たなかった。
むしろ、救われるようですらあった。
ふいに、エドワードは自分の手の冷たさに気づく。
次の瞬間、その手が掴まれた。
「……冷てぇな、お前」
拓海だった。
「ほら」
そのまま、自分のコートのポケットへと引き込まれる。
厚い布地の内側。
暗く狭い空間。
そこにあるのは、拓海の掌の熱だけだった。
「…………」
エドワードは息を止めた。
花火の音が遠くなる。
世界が一度、静まったように感じた。
「タクミ」
ようやく絞り出す。
「……私は今、かなり重大な感情の変化を」
「うるせぇ」
即答だった。
「黙ってあったまってろ」
再び夜空に光が弾ける。
エドワードは、ポケットの中で小さく笑った。
反逆も、爆破も、革命もいらない。
この数センチの熱だけで、
自分はもう充分に世界を書き換えられていた。
■ジョージ幕間(観測ログ:Bonfire Night編)
『サエキ事変ノート:革命、ポケット内で終結』
少し離れた場所で、ジョージは望遠レンズを覗き込んでいた。
花火の下、並ぶ二人。
そのうち片方の手が、片方のコートの中に消えている。
「……あーあ」
シャッター。
「また大事件だ」
ノートを開く。
ハミルトン様:体制転覆を宣言
結果:防寒対応で鎮圧
くす、と笑う。
反逆心
→体温で溶解
もう一枚、シャッター。
「いやー、すごいね」
肩をすくめる。
「国家規模の思想が、ポケット一つで片づいたよ」
最後に書き足す。
結論:サエキ拓海、冬季最強兵器
「……今年の冬も、長そうだね」
ジョージは満足げにノートを閉じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




