表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/383

第百八十八話 「秩序とは、与えられた役職に従うことではなく、誰がその場の重力を支配しているかを誇示することである」という話

拓海が監督生とか、良いんか?まじで。

クレストフィールド学院

九月、新学期最初の夜。


ハウスのコモンルームには、まだ夏の余熱を引きずったままのざわめきと、どこか落ち着かない緊張が同居していた。暖炉には火が入り、古びた絨毯と木の匂いに、ほんのりと焦げた薪の香りが混じっている。


やがてハウスマスターが一歩前に出て、手元の紙に視線を落とした。


「今学期のハウスキャプテン及びプレフェクトとして――Upper Sixth、タクミ・サエキを指名する」


短い沈黙のあと、控えめな拍手が広がる。


拓海は軽く肩を回し、少し窮屈になった制服の襟元を整えてから前に出た。形式ばった空気に馴染みきれないまま、それでも逃げることなくそこに立つ。その姿に、去年までの軽さとは違う“重さ”が、確かに宿っていた。


視線が集まる。


その中で、ひとつだけ質の違う視線があった。


最前列――エドワードが、静かにこちらを見ている。


かつてよりもわずかに高くなった位置から、まっすぐに。


「……タクミ」


低い声が、空気の底を撫でるように響いた。


「そのバッジは……似合わないな」


ざわ、と周囲が小さく揺れる。

拓海は一瞬だけ眉をひそめ、それからわざとらしく肩をすくめた。


「は? 文句あんのかよ」


軽く顎を上げる。


「今は俺が上だ。ルールも、俺が決める」


挑発とも冗談ともつかない言い方だったが、その場にいる誰もが、そこに嘘がないことだけは理解した。


エドワードは、しばらく何も言わなかった。


ただ、じっと拓海を見ている。

やがて、ほんのわずかに口元が緩む。


「……そうだな」


その一言は、否定ではなかった。

ゆっくりと一歩、前に出る。

けれど、ぶつからない。


拓海の真横でもなく、前でもなく――半歩だけ後ろに、静かに位置を取る。


「ならば、従おう」


その言葉に、場の空気が一度、止まった。


「今学期、私はサエキ・プレフェクトの判断に従う」


穏やかな声音。


だが、続いた言葉にわずかな違和感が混じる。


「……すべて、だ」


その“すべて”が何を意味するのか、誰もはっきりとは理解できないまま、ただ背筋に冷たいものだけが走る。


エドワードはゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。


新入生たちが息を詰める。


「彼は秩序を与える」


静かに言う。


「我々は、それに従う」


一拍。


「だが、従うという言葉を、履き違えるな」


声の温度がわずかに下がる。


「考えずに従うのは服従だ。理解した上で従うのが、秩序だ」


そのまま視線を拓海へ戻す。


「彼の言葉は軽い」


ほんのわずかに、皮肉を含んだ声音。


「だからこそ、解釈が必要になる」


小さく、息を吐くように。


「……私がやる」


それだけだった。


場に残されたのは、拍手でも歓声でもなく、説明のつかない静かな圧だった。


拓海は数秒遅れて、頭をかいた。


「……お前なぁ」


振り返る。


「勝手に仕事増やすなよ」


呆れ半分の声。

だが、その奥に拒絶はない。


エドワードは答えない。

ただ、その位置に立ったまま、動かない。

前に出るでもなく、下がるでもなく。


けれど、その存在だけで、空気の重さが変わっている。


新入生たちは直感的に理解していた。


このハウスには、二つの中心がある。


ひとつは、公式に与えられた役割としての“頂点”。


そしてもうひとつは―

誰にも与えられていないはずの“重力”。


拓海は小さく息を吐いたあと、前を向いた。


「……まぁいい」


軽く手を振る。


「好きにしろ。ただし」


少しだけ口元が緩む。


「暴走したら蹴るからな」


その言葉に、エドワードの口元がわずかに動く。


「望むところだ」


短く、それだけ返す。

距離は近い。

けれど、触れない。


それでも―その場の誰もが、逃げ場がないことだけは理解していた。


■ジョージ幕間(観測ログ:秩序と重力の共存編)


『サエキ事変ノート:表の王と影の補助線』


「……あーあ」


ジョージは肩をすくめて笑った。


「始まったね」


カメラを覗き込みながら、楽しそうに続ける。


「表に立つのがサエキで、後ろに立つのがハミルトン」


シャッターを切る。


「どっちが主導権を握ってるか、誰にもわからない状態」


少しだけ目を細める。


「……でもさ」


小さく笑う。


「こういうのが一番タチ悪いんだよね」


もう一度シャッターを切る。


「逃げ場、ないから」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ