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第百七十六話 「帰還とは、逃避を終わらせることではなく、守るべき場所を再定義するための移動である」という話

夏休み回はじまりかな

六月。サマーターム最終日。

校門の前に、黒塗りの車が停まる。


エンジン音は低く、静かで、どこか場違いに整っている。


ドアが開き、詩織が降りる。


迷いのない足取りで、まっすぐこちらへ来る。


それを見て、拓海は――


「げっ」


顔をしかめる。


だが、そのまま歩き出す。


逃げるでもなく、渋るでもなく。


ただ、普通に近づく。


「姉貴。……わざわざ迎えに来なくても、自分で帰るって」


「任せてたら、帰らないでしょ」


即答。


「『予約』だの何だのに付き合って、気づいたら夏終わってるやつ」


拓海は、苦笑いを浮かべる。


否定しない。

できない。

詩織の視線が、拓海の背後へ滑る。


十メートル。


定位置。


そこに立つ、エドワード。

一歩も動かない。

ただ、こちらを見ている。


「サエキ詩織殿」


先に口を開いたのは、エドワードだった。


「タクミの夏季期間の全工程は、私が――」


「却下」


被せる。


間髪入れない。


「坊や、あんたパパに呼ばれてるでしょ」


詩織は腕を組む。


「大人しく帰って、ちゃんと叱られてきなさい」


一歩も引かない。


言い切る。

エドワードは、わずかに目を細める。

反論は、できる。


だが、しない。


拓海が、肩をすくめる。


「……わりぃな、エド」


困ったように笑う。

でも、その笑いは軽い。

どこか、自由だ。


「俺、姉貴には勝てねぇんだわ」


エドワードは、何も言わない。


ただ、その表情が、ほんのわずかに固くなる。


(……違う)


頭の中で、短く否定する。

これは「負け」ではない。


これは―


(……ここで、止めるべきではない)


一歩、踏み出しかける。

止まる。

その先が、見える。


ここで手を伸ばせば。

止められる。

引き留められる。


―そして壊れる。


わずかに、息が止まる。


理解する。

自分の役割ではない。

ここでは、違う。


「……タクミ」


呼ぶ。

声は、低い。


「六週間だ」


短く。


「……忘れるな」


それだけ。


拓海が、振り返る。


一瞬だけ。


ほんの一瞬。

何か言いかけて―やめる。


「……九月には、またここでクソゲーやるって」


手を上げる。


軽く。


「……じゃあな、エド」


間を置かずに続ける。


「せいぜい、親父さんと仲良くしろよ」


笑う。


そのまま、車のドアを開ける。


乗り込む。


ドアが閉まる。


乾いた音。

車が、ゆっくりと動き出す。


エドワードは、動かない。


追わない。

追えない。

ただ、見ている。


テールランプが、遠ざかる。


小さくなる。


消える。


(……戻る)


思う。


確証はない。

証明もない。


だが。


(……戻る)


それだけが、残る。


■ジョージ幕間(校門前・再定義された分離ログ)


『サエキ事変ノート:自立と執着の夏休み編』


「いやー」


ジョージは、少し離れた場所から眺めていた。


「ちゃんと帰ったね」


軽く息を吐く。


「逃げじゃないやつ」


視線の先。

消えていく車。


「選んでる顔してた」


一拍。


「いいね」


カメラを構える。

今度は、エドワードの方。


動かない。

ただ、立っている。


「ハミルトン様もさ」


小さく笑う。


「追わなかった」


シャッター音。


「これ、でかいよ」


もう一枚。


「止めなかったってことは」


少しだけ声を落とす。


「信じるしかないって、理解したってことでしょ」


肩をすくめる。


「まぁ、本人は絶対認めないけど」


遠くを見る。


「サエキ」


ぽつりと。


「ちゃんと戻ってこいよ」


小さく笑う。


「じゃないと、あの人」


視線を戻す。


まだ動かないエドワード。


「今度は世界ごと止めにくるからさ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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